「くそっ……このガキめ……!」
「ハハハ、そんなにその子に当たっても無駄でしょうに」
蛍光灯の灯りのみが唯一辺りを照らす光となっている部屋の中で初老の男性を若い男性が
「何を泣いている! 貴様があんな奴に話さなければ、こんな風になっていないのだぞ!!」
「まあ、落ち着いて下さいよ」
「落ち着いていられるか!」
若い男が初老の男を尚もなだめるが、一向に怒りが収まらない様子である。少女に向けていた怒りを今度は若い男の方へと向ける。だが、若い男の方は落ち着いた様子で続ける。
「確かに、この子が今日の夕方頃に話していた相手は殺し屋の類でしょう。気の配り方、移動の仕方……どれを取っても一般人とは違う行動でした。しかし、それが何だというのです?」
「な、何を……それは私が殺し屋に狙われているということだぞ!」
「では、貴方の目の前に居る私は何なのでしょうか?」
若い男の鋭い問いかけに初老の男は沈黙する。何かを思案するような素振りを見せると、フーッと溜め息をつく。そのままソファーの元まで歩いて行くとソファーへ腰掛ける。
「そうだったな、私が雇った殺し屋よ」
「その通りです。貴方は安心して良いのですよ。それに……向こうが攻めて来ることは無いでしょう。ここの警備は万全です。警備兵には銃も持たせてあります。仮に攻めて来ても返り討ちにしますよ、ハハハハハ」
若い男が高らかに笑う。初老の男は完全に安心しきったのか、葉巻に火をつける。それを口にくわえ、少女の方を向いて若い男に話しかける。
「こいつは如何する?」
「まだ、生かしておきましょう。人質として役に立つでしょう」
「そうか……フフ、フハハハハ」
高らかに男は笑った。己の死を運ぶ死神が近付いていることも知らずに。
「此処か……」
月明かりの下で一人の青年が呟いた。青年のいる場所は都心とも言える場所なのであろうか、見渡す限りビルが建ち並んでいる。ビルだらけの場所だからこそ、夜になると辺りには光も無く、月明かりのみが一帯を照らす光であった。青年の目の前にある建物もまた極普通の約十階建てのビルだった。青年はその建物を一瞥すると、周りを確認する。付近に人影は無い。ビルがあるということは、昼間は人で賑わっているのだろう。しかし、この場所は夜になると人通りはゼロのようである。まるで誰もがこの場所を恐れて近付かないかのように。その情景は、ビルが墓標の如く立ち並ぶ様を際立たせていた。
青年は付近に人が居ることを警戒したような素振りを見せ、周りに人が居ないと分かるとおもむろに携帯電話を取り出す。彼は素早く、それのボタンを押してその機器を耳に近づける。青年の耳に数回のコール音が響いた後、人の声が彼の耳に届く。
「予定より、早くなったが今から任務を遂行する」
青年の声が辺りに響く。大きいと言える声ではなかったが、人一人居ないその場所ではやけに響いて聞こえた。しかし、その声を聞いているのは青年と電話の相手のみ。青年は気にも留めずに会話を続ける。
「セキュリティーの解除の方は頼む。それだけだ……心配要らない、一人で大丈夫だ」
それだけ、実に一分にも満たない時間で会話を済ませる。ピッ、という電源の切れる音の後には静寂が広がった。携帯電話を直した青年は顔を上げ、月を見上げた。その瞬間に、月はまるで見計らったかのように雲のベールに隠れてしまった。青年はその様子を眺めると、月を見るのを諦めたのか、ビルの入り口に目を向ける。入り口はガラス張りの自動ドアのような入り口であり、うっすらと青年の姿を写し出していた。漆黒のコートに身を包み、左手には小型のナイフを逆手に持ち、左目は血のように紅く染まっていた。青年は唇の端を吊り上げ、自虐的な笑みを零した。
電話を切って、まだ、数分しか経過していない。しかし、既に十数分は経過したような、そんな錯覚を感じさせる雰囲気が辺りに立ち込めていた。
すると、次の瞬間にビルの入り口が音を立てて開く。青年はそれを待っていたのだ。足音も立てずに中へと入っていく。ビルの中はもちろん真っ暗である。光は一切無く、暗闇のみが支配している。それでも青年は歩みを止めずに進んで行った。ある程度進んだところで彼は歩みを止める。
止まったのと同時に、チーン、という音を立てて何かの扉が開く。その扉の開いた箱に身を投じると、扉が閉まる。エレベーターと呼ばれるそれは、行き先を指定しなければ、普通は動かない。だが青年は何もせず、それは動いていく。まるで何者かが操っているかのように。始動の際の僅かな揺れが収まると、青年を宙に浮いたような感覚が襲う。数十秒という時間が過ぎると、今度は青年を何かが押すような感覚が襲う。要するにエレベーターが止まる、ということだった。青年は深く息を吐き、目の前に集中する。
ドアが開く、その瞬間に僅かな隙間から青年は外へと踊り出る。直後、銃を構えてエレベーターの前の警備をしている男が青年の目に映る。青年は左手で握っていたナイフを右手に持ち返し、凄まじい勢いで横に
「ふぅ……さっきの銃声でさすがに気付かれただろうな」
誰に言う訳でも無く、一人ごちるとナイフを右手にサブマシンガンを左手に構え、部屋の入り口から外の様子を
「さすがにあの中に突っ込んだら、無傷ではいられない。如何したものか……」
青年は少し思案に暮れる。場所は割れているので、すぐにでもあの男たちが突撃してくるだろう。しかし、直接こちらから向かっても無傷では済まない。自分のことを考えると青年は無傷でこの場所を切り抜けたかった。
「フ、クククク……無傷で、か。僕も結構、現実のことを考えるようになってきたみたいだな」
―――ダララララララッ!
銃声が空中から響く。青年が紅い瞳で獲物を的確に捉え、銃の引き金を引いていた。銃を横に
「何とか、無傷で済んだな……ちょっとグロかったけど」
そうは言ってるが、顔は青ざめていないし、身体の何処も震えていない。明らかに場慣れしている雰囲気が漂っている。
既に弾を撃ち尽くしたサブマシンガンを捨てると、懐からハンドガンとナイフを取り出す。廊下の奥に向かって駆ける。正面に銃を構え、何時でも引き金を引けるようにして走って行く。
人影が走る、その度に青年は引き金を引く。その射撃は機械のように正確だった。全て、急所へと的確に銃口を向ける。引き金を引くのは一度だけ。それだけで確実に敵を殺していた。
狭い廊下を突き進む。突き進んで行くと、突然、開けた場所へと繋がった。青年はすぐに辺りを警戒する。だが、敵と思しき影は見当たらない。銃を構え、左右を確認し、ゆっくりと奥へと進んで行く。丁度、部屋の真ん中辺りまで来た瞬間に右へと飛んだ。
青年のいた空間を弾丸が
「出て来い……そこにいるのは分かっている」
カツカツ、と革靴の響くような音が廊下の奥から聞こえる。青年は何時でも回避行動を取れるように身構えながら、銃を正眼に構える。廊下の奥から人影が現れた。