また、上から何か言われるな。今朝のニュースから察するに意外と足がつくかもしれない。あそこまで派手に“華”をばら撒いたのは失敗だったか? いや、構わないか。どっちにしろ、警察には捕まらない。皮肉なものだ。どんなに捜査したところで犯人である自分は捕まらない。いや、捕まえられない。結果は一つしかないのだ。道が幾らあったとしても。




狂華

第一章
第二話:日常




道端には色取り取りの花で満ちている。暖かいから暑いに変わり始めるような時期。新品に近い制服に身を包んで静江と亮は登校中だった。亮が道端に咲く花を見てゆっくり歩いているのに対して、静江はきびきびと、速いとも言える速度で学校へと歩を進めていた。

「亮、もっと速く歩いて下さい」

速度を落とし、とは言え、歩を進めることは止めずに静江は亮に命令する。静江の命令にゆっくりと歩いていた亮は嘆息する。視線を道端の花から背け、静江の後姿に顔を向ける。

「良いだろ? 個人の自由なんだから」
「良くはありません。遅刻したら月詠荘の沽券にかかわりますから」

相変わらず歩を進めながら、静江は亮に理由を説明する。はっきり言って亮の意見などスルーするつもりであるのが目に見えている。

「はあ、何でそんなに僕に関わろうとする?」
「別に関わってなんかいませんよ」
「嘘だ。そもそも関わる気がないのなら……あの時、僕に声を掛けなかったはずだ」

亮の何らかの含みを持った言葉を聞き、前方を歩いていた静江はピタと足を止めた。そして、振り返ってから亮を睨みつけつつ返答する。

「声を掛けた理由ならありますよ。月詠荘の雑務を押し付けられそうな人を探してたというのが理由です」

あからさまな静江の返答に黙り込む亮。無言のまま、静江は学校に向けて歩を進めていく。まるで亮が必ず急いで学校に行くことを確信したかのように。しかし、亮は溜め息だけつくと再びゆっくりと学校へと歩き始めた。


亮たちの通う学校「雪月学園」
中学校、高校が一つになっている中高一貫の学校の一つである。学力は全国的に見ても高く、入学希望者も多い。また、学園の中も非常に広く、施設や設備も沢山ある。その事は定員が多い割に倍率が高くなることに拍車を掛けている。 舞台はそこの1−Cの教室に変わる。


◆◇◆◇◆


―――キーンコー……ガラガラガラッ

遅刻直前のチャイムがクラスのドアを開ける音で掻き消される。ドアを開けた人物―――鳴神 亮はクラスの中に一歩を踏み出す。 刹那、彼の目の前を恐ろしい物が放物線を描いて飛んでいく。
それはカッターだった。ご丁寧に今度は刃まで出ていたりする。初めから亮に当たらないよう設定されたかのような正確さで投げつけられてはいたが危険なことこの上ない。見事に亮の目の前を通過し、後ろの棚に突き刺さり静止する。一歩間違えれば怪我確実であるこんな事をするのはもちろん、如月 静江、唯一人。それを知っている亮は溜め息をつきながら、投げた本人へとカッターを投げ返す。 当然のごとく、刃は閉まって。
こんなことは日常茶飯事の出来事と化しているようでクラス内の人間は歯牙にも掛けない。 朝のショートホームルームが始まる前であり皆、他人の事など大して気にしていないことも原因の一つではあるようだが。宿題をやる者、予習をやる者、友人と話す者、様々ではある。亮は自分の席―― 一番後ろの廊下から数えて右から三番目 ――に腰掛ける。
「相変わらずだな、亮」
「うるさい」

いきなり亮に話し掛けてきたのはこの学校での唯一無二とも言える彼の友人。
名前はノヴァ・シャディアス。名前から察する事ができる通り外国人、というわけではなく、ハーフである。 そのためか、話している日本語も流暢りゅうちょうで日本人そのものである。 ただ、外見は銀髪で瞳の色も日本人の黒とは異なり、淡い青色なので外国人に間違えられることも多い。
「今日で何度目だ。遅刻しそうになっては如月に叱れる気分ってどうなんだ?」
「そろそろ黙っててくれ」

ノヴァに亮が返答したところでちょうど担任がクラスに入ってきた。急いでノヴァは席に戻ると、委員長である静江の号令がクラスに響き渡る。その後、担任から幾ばくかの連絡事項があり、数分も立たないうちにショートホームルームは終わる。 亮は鞄を漁り、次の授業の準備を始める。一時限目は数学。教科書とノートと宿題の入ったファイルを取り出す。ちょうどそのときに亮の席の真横にノヴァがやってきていた。
「次の授業の準備とは精が出ますな、鳴神君」
「当たり前だ。それより君こそ次の授業の準備は大丈夫なのかい? 特に宿題とか宿題とか」

ショートホームルーム前のやり取りでの恨みを込めてか、皮肉たっぷりに言い返す亮。ノヴァは、その口調にはっとして時計を見る。時計の長針と短針はそれぞれ八と十の場所を指していた。

「ヤバッ、一時限目は数学か! 授業が始まるまで五分しかねぇ! 亮、宿題見せてくれ!」

亮は呆れたように溜め息をつき、自分のファイルから宿題のプリントを探す。 しっかりと整理されたファイルの中からプリントを見つけるとノヴァの方に突き付ける。

「ったく、今日くらいは宿題やってきてるかと思えば」
「悪ぃ、悪ぃ」

さも当然のようにノヴァはプリントを受け取ろうとする。だが、亮はその行為を遮るようにすっとプリントを引き下げる。もちろん、ノヴァの手は宙を掠める結果に終わる。

「この後に及んで悪戯のつもりか、亮!?」
「まさか、ただで見せてもらおう、とか思ってないだろうな?」

余裕がなく焦るノヴァに対して、亮は涼しい顔で見返りを要求する。ここで反論しなくては要求を呑まされると感じたノヴァは反論を試みる。
「なっ、今まで見返りは求めてなかっただろ?」
「仏の顔も三度まで。何回見せてやったと思ってるんだ?」

亮は完全に呆れ返って呟く。そうこうしている内にお金よりも貴重な時間は刻一刻と過ぎてゆく。ノヴァは焦りながら時計と亮を交互に見る。

「クソッ。何が望みだ、亮?」
「そうだな、最近は金欠で困ってる。ということで昼飯を奢っていただけると非常に助かる」
「くっ、背に腹は変えられない……奢るから貸してくれ」
「取引成立。ほらよ、明日からはしっかりやれ」

そう言って、亮は再びノヴァの前にプリントを突き出す。渋々といった感じでだがノヴァはそれを受け取る。やっと宿題を借りる事が出来たノヴァはいそいそと写す作業に移る。ただ、途中の計算式も書かないといけない数学の宿題であったので残り三分程度で終わるはずがなかったのは余談である。


◆◇◆◇◆


時間は昼休み。 学生にとっては授業から解放され、心が沸き立つ時間。 雪月学園も例外に漏れることなく騒がしかった。 だが、1−Cのある一ヶ所からは負のオーラが流れていた。

「くそー、結局、宿題が終わらなくて追加課題を出されたじゃねえか!」

自分の感情を剥き出しに息巻いてるは、ノヴァ・シャディアスその人。目の前の青年を睨みつけながら叫んでいる。それに対し、目の前の青年、亮は冷ややかな視線を送る。

「なぜ、僕に対して怒ってるんだ? だいたい、宿題をして来ない君が悪いだろ」

亮はノヴァに対して冷静に言葉を返す。説教じみているのはご愛嬌である。それでも文句を言い続けるノヴァ。何が何でも自分の非を認めないつもりである。
「うるせ、お前がとっとと宿題を見せてればこんなことにはならなかったんだ」
「すごい理不尽だね。でも、どのみち終わらなかったと思うけどね」
「むがー!」

怒り狂うノヴァを尻目に亮は今朝のことを思い出し、喋り始めた。
「さて、昼飯を奢ってもらいますか」
「ちょっと待て! それはなしだろ! 間に合わないと知っていて渡すなんて、俺を助けるつもりじゃなく俺に奢らせることが目的だったってことじゃないか!」

ノヴァの怒りのボルテージは頂点にまで達する。何が何でも奢る気がないということを暗示するような形相である。亮はどのようにしてノヴァに奢らせようか考える。しかし、案外身近なところから亮の助っ人がやってきた。
「全く馬鹿の極みですね」

いつの間にやら側に来ていた静江がノヴァを揶揄やゆする。ノヴァは突然の来訪者に溜め息をつく。きっとこう思っているのだろう。“厄介な奴が来た”と。

「如月、いつの間に? いや、それより馬鹿のきわ―――」
「あなたですよ、馬鹿の極みは。さて、私にも何か奢ってもらいましょうか」
「なんでお前なんかに」
「文句は無いですね?」

ノヴァの文句に静江は間髪入れず、睨みを利かせて返答する。

「はい、ありません」

ノヴァは静江の睨みつけに一瞬で服従する。はっきりとノヴァは静江に対して恐怖感を抱いているようだ。涙目になりながら亮に話し掛ける。

「亮、如月って怖いな。お前、よくあんなのと一緒に居られるな」
「慣れたしね」

小声で静江に聞こえないように話す。亮は完全に慣れた風に言葉を返す。そして、悪口を本人の前で言っていたら気付かれるに決まっている訳で。

「聞こえてますよ、二人とも。ぶっ殺して差し上げましょうか?」

二人の小声の会話を聞き取った静江は軽く殺気を込めて二人に言い放つ。 さすがに二人ともこれには黙り込んでしまった。 この一言で、なお渋ったような顔をしていたノヴァは諦めたように立ち上がる。

「仕方ない、買ってきますか」
「では、焼蕎麦パンをお願いします」
「ったく、何が『では』だよ、いえ、何でもありません。亮は何が良い?」

再び、静江に睨まれたノヴァは、これ以上静江に睨まれては敵わないとばかりに、亮へと話を振る。

「食えるものなら何でも良いけど?」
「分かった。じゃ、買いに行って来る」

ノヴァは購買部に行くためにクラスの外に出ようとした。 しかし、何かを思い出したかのように亮を呼ぶ。 その声を聞き、朝の遅刻寸前のことで静江に嫌味を言われ続けている亮は気だるそうにノヴァの側に行く。 そして、ノヴァが亮に耳打ちすると更に亮の顔が不機嫌になる。

「……僕じゃないと駄目なのか?」
「ああ、駄目だ」

きっぱりと言いきられると亮は観念したかのように肯定の意を示す。 それを見たノヴァはいそいそと購買部に向かい、亮は後ろで小言を言わんとすべく待機している静江の元へ向かった。