今日も何人もの人を殺した。肉の爆ぜる音、肉の裂ける音、骨の砕ける音、断末魔の悲鳴。そして、飛散する紅い紅い血。この銃、この刀、この身体でいったい何人の人間を殴って蹴って撃って斬って殺したのだろう? Executionerエグゼキューショナー.No.4ブラッディー・アイか。自分に相応しい通り名だな。
何を考えてるんだ? あの時に誓ったことを忘れたのか? あの子の復讐を誓った時のことを。復讐のためには手段を選ばないと誓ったことを。



狂華

第一章
第一話:一日の始まり




朝と言うには早過ぎて、深夜と言うには遅すぎる時間。まだ太陽は登っておらず、暗闇が住宅街を支配している。その住宅街の一角に存在するアパートのように巨大な建物。アパートと言っても過言ではないその建物。近くの巨大学園学生専用の男子寮であり、名を「月詠荘」としている。そこのある一室から青年の声が聞こえる。

「……今、何時だ?」

青年はまだ睡眠を望む身体に鞭打ちながらベッドから起き上がる。無論、起きるには相当早い時間である。しかし、彼は軽く慌てた様子で時計に目を遣った。時計の針は五時五分を指している。もし仮に、彼が学生としても普通の学生ならこのような時間に起きない。普通ならば。

「しまった、五時五分か。五分程寝過ごしたな」

普通ならば慌てないはずの時間に慌てる青年。端から見れば、少し奇妙である。そんな青年は後悔の念を表しつつも、さすがに過ぎた時間を悔やんでも仕方がない事を悟っており、今すべき事に全力を傾ける。それは制服に着替えること。着替えるという作業をものの三十秒も掛けずに終わらせて、ドアノブに手を掛ける。掛けた手を捻り、ドアノブを回すと部屋の外に出ようとした。

―――シュルルルルルル、ガスッ

青年の目の前を白銀の“何か”が通り過ぎる音と、その“何か”が壁に叩きつけられる音。彼は目の前を通り過ぎた“何か”を認識し、軽い溜め息をついた。その“何か”の正体は見た目、切れ味が非常に良さそうな磨き上げられた日本刀だった。模造刀だと分かっていても腰が抜けそうになる。もっとも、ここに来た当初は腰を抜かしてしまったのだが。

「何時まで寝ているつもりですか? 鳴神亮……くん?」

凛とした少女の声。“くん”は取って付けたようなニュアンスが含まれていた。明らかな皮肉。皮肉交じりで鳴神亮と呼ばれた青年は、模造刀をぶん投げた張本人である少女に訴えた。

「相変わらず、寝起きに恐ろしいことしてくれるね。如月静江さん」

この出来事は既に日常茶飯事と化していた。恐ろしい事この上ない。溜め息を出し尽くすところまで出し尽くした亮は静江の方を見た。そして、一歩だけ後退りする。彼女の背後には薙刀、槍、ナイフ、斧の模造品がずらりと、これでもかと言うほど並んでいた。誰だって、凶器の山が後ろにある人間、しかもその中の一つを既に手に取って殺気を放っている者を見れば後退りするだろう。

「後ろの凄く危険なもので何をしようとしてるんだ?」

亮は返ってくる言葉の半分以上が分かっていながらも、敢えて疑問系で静江に話しかけた。おぞましい返答が返ってくるのは目に見えている。

「ええ、これであなたを起こそうかと思いまして」
「起きるどころか、永遠の眠りにつきそうだよ。それにもう起きてるから良いだろ?」

亮は自分が考えていたものとほぼ同等の返答を理解しながらも、その異常な解答に反発した。しかし、静江に「反発」の二文字はあっさりと切って捨てられる。

「良いはずがないでしょう。五分もサボってたんですから」
「待った、どうしたら五分寝過ごしただけがサボリになるんだ―――って!」

理不尽とも言える解答に再びの反発を行った亮は、口だけではなく、朝起きたばかりでろくに動かない身体まで動かす羽目になった。静江が投げた模造の斧が亮の頭上を通り過ぎていた。亮はそれを紙一重で、ただ直感のみでしゃがんで回避した。亮の後ろを通り過ぎるとかなり大きな音を立てて斧は地面に転がった。

「危ないじゃないか。それに他の人が起きたらどうするんだい?」
「起きませんよ。皆さんにはこの睡眠薬でたっぷりと眠ってもらってますから」

静江は亮の目の前に薬の入った瓶を掲げる。錠剤のそれと違って液体状の薬。いかにも即効性がありそうだ。 亮は頭で「睡眠薬」の言葉を反芻はんすうしていた。それと同時にこの少女は何処まで恐ろしいことをしてくれているのだろう、という到底は理解できそうにないことが脳内を駆け巡っていた。すでに彼女のやっていることは常識を遥かに逸している。このまま同じ内容で問答を繰り返しても、自分の命がこの非常識少女の手で消されるであろうことを悟り、質問を変える。

「それで? 何でこんなことして僕を起こそうと?」

静江は鋭い目つきを更に尖らせて亮を睨んだ。その目つきは殺意を通り越した何か邪悪なものを帯びているほどであった。

「しらばくれるつもりですか? この寮の家事はあなたに全て任せているはずですよ」
「つまり、朝食を作れと?」

亮はわざととぼけてみたりする。

「分かってるくせにあくまでとぼけるつもりですか? 終いにはぶっ殺しますよ?」

亮の冗談とも取れるはずのとぼけに本気で返答をする静江。再び、亮は命の危機に瀕していた。

「じゃあ、僕の首筋に当たってる薙刀の刃をどうにかして欲しいな。模造品だと分かっていても、一歩でも動いたら頚動脈を斬られそうな感じで怖いんだけど」

この言葉で納得したのか、それともこれ以上問答を続ける必要はないと思ったのか、静江は亮の首筋に突きつけていた薙刀を離すとがさがさと凶器の山を片付け始めた。信じられない筋力で全ての凶器を担ぎ、冷ややかに亮に言い放つ。

「とっとと朝食の準備をして下さい。あと洗濯物も溜まってますからそちらの方もよろしく」
「了解」

静江は凶器を片付けにどこへともなく、亮は洗濯の準備をするべく、それぞれ歩いていった。


鳴神 亮。彼はなぜ、「月詠荘」の家事を任されているのだろうか? その理由の答は少し長くなる。まず、彼に両親がいないことが第一の要因。そして、寮に入るようなお金を充分に持ち合わせていなかったことが第ニの要因である。そのため、学校へ相談に訪れたのだが、その時に出会ったのが如月静江である。ちょうど相談中の時に来た、これが第三の要因である。それを聞いた、生徒でありながら月詠荘の経営者的存在であった静江は“寮での家事を全部すること”を条件に、ただで月詠荘に寄宿して良いと言ったのである。とりあえず、途方に暮れていた亮は何も考えずに了承してしまったことが第四の要因である。と、様々な要因が絡まって彼はここでこのような生活を送っているという訳である。


(しかし、本当にあれで良かったのか?)

亮は洗濯を終え、台所で寮生全員分の朝食を作りながら回想していた。半分後先考えずに了承したことを後悔しているのだろう。彼は料理する手を止めずに思考を深めていく。

(良かった訳ないな、家事だけじゃないし。契約違反って言いたい)

取り敢えず、頭の中で愚痴をこぼすが現実はどうにもならない。静江は亮に家事以外の雑務まで押し付けるので愚痴をこぼしたくなるのも分からなくはない。だが、契約違反ではないのだ。自分の近くに住むべき場所が見つからずに焦っていた亮は入寮契約をしっかり読んでいなかった。そこには小さいがしっかりと“私は「月詠荘」の一切の雑務をこなします”と書かれていたのだ。だまされたと言っても過言ではないが、差し当たり行く当てもないためここで生活している。

(しかし、厳しいな。如月さんが自分で壊したものまで僕に直させるし)

少し思考に没頭しすぎたためか、彼は後ろに近づいている気配に全く気付かなかった。 「なにをぼさっとしているのですか? とっとと作ってください。後十分しかないですよ。」

亮の思考は、いつの間にか真後ろにいた静江の言葉で否がおうにも中断される。

「もうすぐ、出来上がるよ」
「そうですか。では皆さんを叩き起こしてきます」

亮は叩き起こすという言葉に苦笑しながら、静江の後姿を見つめていた。そして、早く料理を終わらせないと今度は己の命が危ないことに気付き、急いで調理を再開した。

◆◇◆◇◆


「いただきます。」

何事もないかのように一日が始まる。亮にとっても朝食を取っている他の生徒たちにとってもこれからは学校に行くだけだ。食堂に集まっている亮と静江以外の寮生は何やら顔に小さなあざのようなものがある。どうやら、静江に文字通り“叩き起こされた”ようだ。

「何か、頭がガンガンするな……」

寮生の一人がボソリと呟く。自分以外の寮生は静江に睡眠薬を飲まされていた恐ろしい事実を知っている亮は苦笑しながら、テレビに目をやった。テレビではニュースキャスターが淡々と事務的にニュースを読み上げていた。

「今日未明、長谷建設会社社長の長谷満さんとその他十数名が社内で殺害されているのが発見されました。殺された長谷さんの全身には刃物のようなもので斬られたような切り傷があり、現場は悲惨な状況のようです。また、現場には大量の花が残されていたそうです。詳しく捜査を進める内に長谷さんは暴力団などとの繋がりがあったようで、警察はそちらの線からも捜査を進めています」

猟奇殺人とも言えるようなニュースにテレビに目をやっていた数人の寮生が言葉を漏らす。

「全身を刀で斬られたんだってよ、悲惨だな」
「ああ、最近は物騒な事件が多いな」

寮生が猟奇殺人のニュースについての感想を述べる。亮は味噌汁をすすり、今日もなかなか美味しい味噌汁を作れたな、とほくそえみながらニュースキャスターと寮生の声を聞いていた。そんな亮の耳に、唐突に隣に座っていた静江の呟き声が入ってきた。余りにも小さい声だったために内容を理解する事はできない。少しだけ気になった亮は率直に静江に尋ねる。

「どうかしたの? 如月さん」
「何でもないですが?」

静江はぶっきらぼうに返答する。しかし、やはり腑に落ちない亮は静江に質問を続ける。

「そう? でも、何か言ってなかった?」
「しつこいですね。何か文句でもあるんですか?」
「い、いや、別に」

さすがに静江に睨まれては言葉を引っ込めるしかなかった。そして、何事もなかったかのように朝食を食べることを再開した。

◆◇◆◇◆


十分後。亮は食器の後片付けをしていた。静江は朝食の後片付けの時間まで考慮にいれてくれているから学校には遅刻しない。微妙な気配りはされているようだ。時間があるのを良いことに亮は今朝の事を考えながら、まったりと食器を洗っていた。

(如月さんは朝、何か言ってたはずだよな? 気のせいじゃないはずだ) 思考に没頭し始め、皿を洗う手が止まったことに気付くと再び手を動かし始める。
(でも、あまり首を突っ込むと殺されるな。止めとこう。)

命と引き換えに知りたいとも思えない些細な事なので亮はそういう結論に至る。しかし、少し考えに集中しすぎたためか、最後の皿を落としてしまった。これを落とすと静江に殺される。一瞬でそのことを理解した亮は寸でのところで落ちた皿をキャッチし、最悪の事態を免れる。冷や汗を拭うと全ての食器を食器乾燥機にかける。時間を設定すると学校に行く準備を始める。玄関付近からは静江の声が聞こえる。何やら、学校に行くように亮に言っているようだ。亮は溜め息をつきながら、玄関に向かって行った。

鳴神亮にとって普段と何ら変わりない、一日の始まりだった。