ベルリン・ミッテ区。ドイツの中心であるこの地に立つ高層ビルの最上階に、一人の少年が佇んでいた。
整った顔立ちの少年だが、普通の人とは少し違っていた。
銀色とも言えそうな髪の色に赤い目、白い肌。
典型的なアルビノだが、その風貌は整った顔立ちとも相まって、天使のように見えた。
 
(ああ、こんな静かな時は何ヶ月ぶりだろう! 全く、俺がいなければ何も出来ないのか、この会社は。
 俺が辞めたらどうするんだ? ……そうだ、俺は総帥だった。簡単には辞めれんな。じゃあ倒産させるか?)

彼はその高層ビルを本社とするドイツきっての大企業グループ、「メックリンガー財団」の総帥であった。 
そんな少年の毎日は極めて忙しい。分、いや秒刻みのスケジュールと言って過言ではない。
そんな風変わりな少年の数ヶ月ぶりの平穏な時間。
彼は久々に物思いにふけっていたが、そこは身についた習性とでも言おうか。
どうしても会社の方に考えが行ってしまい、悲しいやら腹立たしいやらであった。

「総帥、お電話ですが」

「ん? ……ああ、ありがとう。何番だい?」

「4番にお繋ぎしております」

「わかった」

その思考が変な方向に向かい始めた頃。黒服の側近の声で少年は現実に引き戻された。
その少年……ヴィクトール・メックリンガー総帥はその思考内容の所為もあってか少々不機嫌だった。
だが部下の手前、そんな素振りを見せるわけにも行かない。
礼を言うと、受話器を取り上げ4番のボタンを押した。

「グーテンターグ。ヴィクトールだが――」

「おお、ヴィクトール! 元気にしとったかね?」

その声を聞いて、ヴィクトールは露骨に嫌そうな顔をした。
悪寒が走り、即座に電話を切りたくなった。
そして、出来ればその電話があった事を記憶から消し去りたい、と宗教嫌いの彼には珍しく
大神オーディンに願った……が無理だった。
ヴィクトールは辛うじて口調を保ちながら、精一杯の嫌味を込めて返事を返した。

「ああ、貴方からの電話が無ければ元気だったよ。ヘル・近衛。今日は何の御用かな?」

 

 

電話の相手は日本の関東魔法協会理事の近衛近右衛門であった。
日本の魔法使いとしては十指に入る実力の持ち主であり、ヴィクトールが最も苦手とする人物の一人である。
何故かと言うと彼が連絡してくる時、それは厄介事に巻き込まれる時だと相場が決まっていたからだ。

(確か前回は……休暇に日本に来ないか、なんて誘われて行ってみたら怪物退治の手伝いをやらされたっけ)

そんな人から電話が掛かってきては、今日の運勢はきっと最悪だろうと彼が思っても仕方ないことではあった。

「そう邪険に扱うでないわ、ヴィクトール。今日はお主に頼みがあっての」

「頼み? 一体何の」

珍しい。そうヴィクトールは思った。
この好々爺が単刀直入に本題を切り出す事は滅多に無いからである。
ちなみに彼は今まで一回も直で頼み事をされた事は無い。大体が騙されてである。

「その前に質問じゃが、お主は魔法学校はまだ卒業しておらんな?」

「ああ、まだだが。卒業式は確か明日……」

嫌な予感。とっさにヴィクトールは口を噤んだが、遅かった。

「それは良かった! 詳しい事は明日校長にでも聞いてくれ。ではの。すっぽかしたりするでないぞ」

「待て! それはどういう意味だ!? というか頼みって何だ? 主語が抜けてるぞ! おい! ちょっと!」

――プツッ、ツー、ツー……
 
切れた。無情にも近右衛門は質問に答えることなく電話を切った。

「ふ、ふふふふふ……あの爺、今度あったら覚えておけよ?」

それと同時にヴィクトールの体からどす黒いオーラが発せられ始めた。
近くにいた側近は既に逃げていた。
後で怒られるほうがマシだ。そう思ったのだろう。

――この日の業務は、大いに滞ったそうである。

 

 

 

 


―――Legend of the Shlomo―――

第零話 Hero or wanted man?

 

 

 

 


「では、卒業証書授与!ヴィクトール・メックリンガー!」

「はい」

ここは、ドイツの南部に位置するミュンヘン(の郊外)にあるミュンヘン魔法学校。
ドイツ唯一の魔法学校である。
今日は卒業式――といっても特選クラスの――である。
その学校を、ヴィクトールは首席で卒業した。
メックリンガーの当主は代々この学校を首席卒業している。

「校長が呼んでいる。話があるそうだ。校長室に来てくれ」

証書を受け取って式が終わった後、教頭に声をかけられた。

(校長が?ふむ……)

この学校の校長とメックリンガー家は個人的な繋がりが深い。
それ故見知った顔ではあったが、校長室に呼ばれるのは珍しい。

「話、ですか?」

「うむ。日本の近衛の話と言っていた」

(……? ああ、昨日の)

「分かりました」

“近衛”の単語で全て理解したヴィクトールはすぐに校長室に向かった。

――コンコン

「校長?ヴィクトールです」

「入りたまえ」

促されて部屋に入るヴィクトール。奥の椅子に校長は腰掛けていた。

「話とは、何でしょうか?」

若干昨日のことを思い出し、若干怒気を発するヴィクトール。
だが、事情を知らない校長は自分に怒ったのか、と戦々恐々としている。
が、覚悟を決めたのか咳払いをすると杖を取り出し、

「まあ掛けたまえ」

そう言って杖を軽く振った。
すると何処からか椅子がヴィクトールの前に現れた。
ヴィクトールは仕方なしに椅子に座った。

「所で……卒業証書はもう見たかね?」

するとすぐ、校長は卒業証書について話を切り出した。
卒業証書は最初は白紙だが、魔力を込めると文字が浮かび上がる。
其処には最終試験ともいえる修行先が記されているのだ。

「いえ、まだですが」

「なら、まず見たまえ。その方が話が早い」

促され、卒業証書に魔力を込めると文字が浮かび上がってきた。
そこには、

      “EIN LEHRER IN JAPAN”

と記されていた。
昨日からの直感がこれは仕組まれた事だ、とヴィクトールに告げていた。

「校長、これは一体どういう事ですか?」

後で校長が語るには、静かな言葉の裏に張られた殺意を感じて、

(わしはもう生きてこの部屋を出れぬかも知れぬ)

と思ったらしい。

「し、仕方なかったのだ! あの近衛に言いくるめられてだな……」

――ガタッ!

言い訳をする校長を無視し、椅子から立ち上がるヴィクトール。
その怒りを敏感に感じ取り、怯える校長。
だが、

「はあっ、仕方ありませんね。まああの好々爺にあなたが勝てるとも思えませんしね」

と意外にも納得した様子だ。

「? い、いいのかヴィクトール。修行先がそこでも……」

予想外の反応に狼狽する校長だが、ヴィクトールは落ち着いていた。
本当に仕方ないと思えたのだ。
第一、断れるはずが無い。あの爺には弱みを握られているのだ。
校長が断っても、俺が断れない。
なら同じ事だ、とヴィクトールは思ったのだ。

「構いませんよ、校長。で、依頼とは?」

さっさと依頼内容を聞いて日本に向かおう――
もう面倒臭くなって来ていたヴィクトールはそう思い、早速切り出した。

「うむ、近衛からの依頼とはこの少年の護衛だ。君と同じ学校での修行だから護ってやれとの事だ」

安堵の表情をしていた校長は、待ってましたとばかりに写真を取り出した。
そこに写されていたのは10歳にも満たなそうな少年の姿だった。

「ふむ、この少年が護衛対象か。どこかで見た気がするが…… 名は?」

少し幼さ過ぎる、修行をするにはまだ若すぎるな……とヴィクトールは思ったが、
魔術師に年齢はあまり関係ない。
自分とて10歳くらいには既に一通りの魔法は使えていた。
そう思い直し対象の名を聞く。

「聞いた事位はある筈だ。ネギ・スプリングフィールドと言う」

「スプリング……フィールド? あの英国きっての魔術師の名家の?」

昨日からの嫌な予感は的中したらしい。
ヴィクトールはため息を一つつくとその写真を受け取り、校長を無視してさっさと部屋を出て行った。

「ふう、助かった。全く恐ろしい男だ、ヴィクトール・メックリンガー。相手にはしたくないものだ」

校長は椅子に深く座りなおした。暫くは立てそうに無い……

「しかし、いきなり出て行かんでも……びっくりするではないか」

ただ腰が抜けただけであったが。

 

外に停めてあったリムジンに乗り込むと、ヴィクトールは少し考え込んだ。

「全く……スプリングフィールドだと? なんで俺に頼むんだ」

彼の疑問には訳があった。

ヴィクトールの一族……メックリンガー家は英国とは非常に仲が悪い。
いや、正式に言えば英国魔法協会と仲が悪い。
代々当主は非公式に一億$の賞金を懸けられている、と言えばその仲の悪さが窺えよう。
勿論、英国の魔術師達とも仲が悪い。
その中でも名家として名高いスプリングフィールド家だ。
一体どんな言われ方をしておるのやら分かったものではない。

(そんな俺に何故護衛など頼む? 
 とにかく灰色の修行になりそうだな……日本の女子中と聞いて少しは楽しみだったのだが。
 まあいきなり攻撃されたりしなければよしとするか、仕事だしな)

蛇蠍のごとく嫌われているだろう英国紳士と相対するのは少し気が滅入ったが、
それも修行のうち、と機嫌を直し右手の指輪を眺めた。

(まあいい。この指輪さえあれば大抵の事は問題外だ)

「ちょっとした休暇に丁度いいだろう。
 おい、車を出せ。ウィーン国際空港に向かうんだ」

「了解しました」

彼は目的地を運転手に告げると電話を取り出し、何処かへ掛けはじめた。

「そうだ……あと東京行きのチケットを取れ、直ぐにだ」

そう告げると電話を切り、満足げに笑う。

(さて……今回はどの位の暇つぶしになるかな?)

そう心の中で呟き、ヴィクトールは空港に向かったのだった。

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