第22話『花弁の刃と神速の剣』
「だからサァ、ちょっとくらい時間くれたってイイジャンヨ!」
「……しつこい」
帝は刹那と一緒にいた。
とは言っても、合意の下で一緒にいるわけではない。
目立たない場所でこのかを見張っている刹那に、帝がナンパを仕掛けたのだ。
そこで刹那は間違いを犯した。
『あら、丁度暇だったのよ。お相手願おうかしら?』とか言っておけば、帝の興は削げたのだ。
生憎、刹那はそれを全然知らなかった。
だから『とっとと失せろ』などと、帝の大好物な発言をしてしまった。
で、かれこれ40分ほど一緒にいるわけである。
「俺のこと知ってるデショ? 居合部の帝って言えばわかるカナ?」
帝の必死のアプローチも、未だに刹那には届いていない。
それどころか、刹那は無視を決め込もうと決心していた。
言うまでも無いが、それが帝を惹きつける要因となっていた。
今のところ何の異常も無い。
そう察知し、刹那は少々気が楽になった。
よくよく考えれば、修学旅行の初日から襲撃してくるほど敵もバカじゃないだろう。
精神力や体力を無難に削らせておいて、後半戦に持ち込む方が割が良い。
もしくは、その考えを逆手にとり、2日目に攻めると言うのもアリだろう。
ありとあらゆる策の中、わざわざ警戒の強い1日目に責める必要は無い。
だとすれば、敵の行動も少々把握できる。
「そこのカップルさん。ちょっとイイかしら?」
刹那と帝の事を指したのだろうか?
フラメンコに使うような真っ赤な服を着た女性が2人に声をかけた。
癖が強く長い髪の毛をユラユラとなびかせながら、刹那にカメラを渡そうと手を伸ばす。
2人の目線がカメラに行った瞬間、女生徒の悲鳴が聞こえた。
少なくとも、3人の女性が悲鳴をあげるような事態に巻き込まれたようだ。
「すいません! 他を当たってください!」
「Sorry! I must go!(悪いね! 行かなきゃ行けないんだよ!)」
女から視線を離し、2人は悲鳴の方向に駆け出そうとした。
だが同時に、周囲の異変を感じ取った。
観光の名所である清水寺。
そこに、3−A以外の生徒も沢山来ている。
刹那がこのかを見張っていた場所だって、決して人が来ない場所ではない。
いや、ある程度人が来なければ逆に目立ってしまうので、人が少し来る場所を選んだはず。
それなのに、今ココにいるのは、刹那と帝と、フラメンコの女だけ。
より早く反応したのは帝だった。
振り返ろうとする刹那の前に、覆いかぶさるように立ちはだかる。
その巨体にぶつかり、刹那は一瞬バランスを崩した。
しかし、すぐにバランスを取り直して帝を避けようとする。
だが、帝はそのまま刹那を抱きしめた。
イキナリの出来事に困惑する刹那に、帝の叫び声が聞こえた。
「No! Don‘t move here!(ダメだ! ココから動くな!)」
英語が苦手な刹那にも、今何が起きているかわかった。
帝は、必死で刹那を守ろうとしているのだ。
今、刹那が帝から離れると、攻撃に晒されるのだろう。
そう判断し、愛刀・夕凪も抜かずに、帝に抱きしめられていた。
数秒経ってから、帝がようやく刹那を離した。
「帝! その背中……」
「ドント・ウォーリー! 傷は浅いゼ。それヨリもサァ!」
帝は、右の腰に提げている忍者刀を構えた。
通例『逆手居合』の構えである。
腰を低く落とし、左手は相手を制するように。
一瞬の隙も見逃さないといった気迫が、帝の目に宿っていた。
刹那も慌てて夕凪を構える。
もちろんのこと、視線はフラメンコの女を捕らえていた。
「あら、残念ねぇ。もっと慌てる姿が見たかったのに……」
口惜しそうに、しかし微笑んで女は答えた。
右手には一輪のバラ。
その花弁は、軽やかに宙を舞い、鋭い音を立てていた。
息を呑む刹那と帝。
2人との間に緊張感が生まれると、女は笑った。
大声ではなく、そして下品でもなく。
上品そうに、そして、心底楽しそうに笑った。
「いいわ、合格よ。華鏡院レオナ、手加減は無用のようね」
「レオナ……。『ソード・フラワー』のレオナか!?」
「御名答。『神速剣』のミカド君♪」
この2人は、互いの手の内を知っていた。
『被実験体研究所』と言うところで、2人は初めて対面した。
同じ斬撃系統の付加能力者として、戦わされたのだ。
この実験の本当の意味は、ミカドにしか知らされてはいなかった。
レオナとミカドの能力にどれだけ差があるか、と言う実験だったのだ。
そのときはミカドが逃げ回っていたので勝負は付かなかった。
「あのときみたいに、逃げ惑ってくれるのかしら?」
レオナが上品に微笑むと、バラの花びらがレオナの周りを舞い踊った。
その様子を見て、刹那がギョッとする。
気や魔力の反応を全く感じさせずに、花びらを舞わせているのだ。
力を隠したまま伝えられるのは、相当の修行を積んだ者くらいだ。
そうでなければ、天賦の才の持ち主である。
刹那が身構えていると、ミカドが構えを崩さずに刹那に話しかけてきた。
しかも、何故か相手に聞こえない程度の声で。
「セツナ。ユーが思ってるほど、レオナは強くないゼ」
「何を言っている? あれほどの芸当ができるのは……」
「シャラップ。俺に任せてくれれば、本当に楽勝ダ」
刹那の不安を無視して、帝は一歩前に進んだ。
「あら、意外と大胆ね。でも……」
レオナが軽く手を動かすと、バラの花弁がミカドに襲い掛かった。
四方八方から来るのではなく、真正面から大量の花弁が迫る。
「オッケェェェェエイ!」
叫び声を上げながら、ミカドは刀を抜き放った。
彼の付加能力『神速剣』が発動し、文字通り無数の斬撃が放たれる。
それは、花弁を片っ端から叩き斬り、一瞬にして花弁の波を砕いた。
切り裂かれた花弁の波が、左右に分かれて帝を包もうとする。
しかし、ミカドは波に向かって突っ込むことをやめなかった。
勢いづいたミカドが、そのまま加速してレオナに突っ込む。
それを予想していたのか、慌てた様子も無くレオナは指を動かした。
途端、散った花弁が背後からミカドに襲い掛かる。
当然ミカドの死角からの攻撃なのだが、彼は意に介していなかった。
花弁は上空から襲い掛かった。
だが、ミカドに当たる前に花弁の固まりはバラバラに散る。
ミカドが後方に衝撃波を放ったのだ。
(ちなみに『背車刀』と言う斬撃である。本来の用途とは多分違うが)
が、花弁の波はすぐさま再生してミカドに襲い掛かった。
先程の頭上への攻撃よりは密度が低いが、それでも向こうが見えないほど波は濃い。
その大量の花弁が、ミカドの背中の皮膚を引き裂いた。
血が舞い、新たなバラの花弁を思わせる。
血煙といっても過言ではないほどの量だ。
「ミカド!」
刹那が、声をあげた。
このとき刹那は『自分も加勢しておくのだった』と後悔していた。
元々、これは自分の任務の一環なのだから。
にもかかわらず、危険な相手にミカドを1人で向かわせてしまった。
それによる罪悪感と後悔の念が、彼女の心を痛めつけようとしていた。
だが、血煙を上げながらもミカドは駆けた。
まるでレオナの攻撃が無駄であるかのように、その足取りは力強いままである。
右手に小振りな刀を強く握り締め、獣のような咆哮をあげる。
その声量に応じて、花弁の波が砕け散っていく。
レオナは慌てて花弁の盾を作ったが、もう遅かった。
盾がレオナを覆いきる前に、ミカドの太刀がレオナに振り下ろされた。
時間が止まったように、2人は硬直していた。
先程撒き散らされた帝の鮮血が、ようやく霧となって消える。
その血が木製の床をいくばくか血で汚すと、その場に時間が戻り始めた。
倒れたのはレオナ。
ただ、より多く血を流したのはミカドだった。
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切れ味抜群の花弁の盾に無理矢理割り込んだせいだろう。
制服の右腕の部分はずたずたに引き裂かれ、当の右腕は真っ赤に染まっている。
あまりにも酷いその腕は、切れていない場所を探すほうが難しいだろう。
それに加えて、背中にある無数と言っても過言で無い量の切り傷。
この様子だけ見たならば『ミカドが勝った』と言われても嘘だと思うに違いない。
「オイ、ミカド! 大丈夫か!? 腕を見せろ、すぐに治療してやる!」
刹那は、思い出したようにミカドに駆け寄った。
その傷は深く、命を脅かすものだと思っていた。
が、ミカドから返ってきた返事と調子は、全くの予想外のものであった。
「Really? Hurry up♪」
(マジで? じゃあ、早くして♪)
その瞬間、刹那の体中から力が抜けそうになった。
それは、単なる安心感からだけではない。
このバカは、よくも呑気にしてやがるな。
そう思いながらも、竹刀袋に入れてあった消毒とガーゼと包帯でミカドの手当てを始めた。
豪快に消毒をぶちまける刹那。
『No!』とか呻いているミカドの意思を無視して、刹那は手当てをする。
手当てをしながらも、聞くべきところはキチンと聞いた。
「なんで……だ?」
頭が整理し切れていない刹那は、辛うじてミカドに問うことができた。
刹那は別段怪我をしたわけではないが、脱力感に襲われたのだ。
ミカドの傷は、せいぜい深さ5ミリ程度の非常に浅いものであった。
おまけに、太い血管に達していた傷はひとつも無い。
ところで、『なんで』と言うのは『どうしてレオナがこんなに弱いのか?』という事だ。
理由は至って簡単なのだが、刹那の固い頭では気が付かないようだ。
得意げな様子で、ミカドは左手で刀を掲げて言った。
「レオナのアレは、カミソリみたいに鋭い花ビラで相手を切り刻むモノなんダ。
モチロン、当たれば滅茶苦茶痛いけど、死ぬってことはナイネ。
『切れ味は抜群だけど、花ビラの質量が小さすぎる』ってのが、致命的な欠点サ」
ミカドの解説を聞いて、刹那は大きな溜息をついた。
つまり、タダの雑魚だったのだ。
取るに足らない相手で、文字通りの見掛け倒し。
気をコントロールできる割には弱過ぎるわけだ。
付加能力の存在を知らない刹那は、レオナを過小評価した。
才能だけで、努力ゼロの典型的なダメ人間だと。
(ちなみに、実際にはレオナは刹那の想像とは真逆である)
刹那が包帯を巻き終えたところで、帝は右手に刀を握り直した。
そして、刹那が何か言う前に、その切っ先をレオナの首に突きつけた。
「さぁて、他のオナカマの能力を洗いざらい吐いてもらおうカナ?」
はだけた肩口が赤黒く染まっているレオナ。
ミカドの神速の峰打ちで肩を叩き潰されたのだ。
粉々とまではいかないが、その肩は確実に骨折していた。
そんな状態でも、レオナはミカドから顔を背けた。
『お前に答えることなど無い』
レオナの表情と態度が全てを語っていた。
その表情を見て、ミカドの顔が一気に無表情になった。
先程まで常に笑みを浮かべていたのに、その顔には一片も『情』がない。
まさに、文字通りの無表情である。
そして。
笑いも、怒りも、苦しみも、躊躇いも見せずに、レオナの耳に刀を当てた。
「じゃ、とりあえず耳からいっとこーカ」
帝がニヤリと笑い刀を引こうとすると、レオナは少し唇を歪めた。
どうやら吐くつもりらしい。
「佐波ガンジは『アシッド・リーダー』を使うわ」
「他のを教えろヨ」
「相田 名土(アイダ メイト)が『タイフケン』よ」
そのまま黙り込もうとしたレオナの顔を、一筋の風が掠めた。
一筋とは言っても、超高密度の疾風である。
浅くではあるが、その風はレオナの顔に浅い切り傷をつけた。
すると、再び唇を歪めながら言葉を紡ぎ始めた。
「タダのデカイ剣。一応、相手の気を一瞬だけ吹き飛ばせるわ」
ミカドが隙を見せなかったので、仕方なくレオナは言葉を続けた。
「文読 壱点(フミヨミ イッテン)が『ナスティ・スモッグ』
毒性のある煙を生み出したり、土煙に神経毒と同等の性質を持たせたりできるわ。
殿島 秀利(トノシマ ヒデリ)が『キャッスル・タワー』
残念だけど、私はコイツと付き合いが浅いから能力に関しても良く知らないわ。
そして、この私・華鏡院レオナが、ご存知『ソード・フラワー』と……」
帝は、ようやく異変に気がついた。
間違いなく声は聞こえているが、近くからの声ではない。
それに、レオナの口が歪んだまま動いていない。
「離れろ、セツナ!」
突然、ミカドが思い切り刹那を突き飛ばした。
刹那自身にも油断があったのか、容易に転がってしまう。
次の瞬間、ミカドは既に攻撃に移っていた。
いつもは逆手で構える忍者刀を順手に握っている。
素早くそれを大上段に構えると、常人をはるかに超える速度で振り切った。
「『拝(オガミ)』!」
レオナを脳天唐竹割りにするような鋭い衝撃波が、縦一文字に吹き荒れる。
レオナは、真っ二つになった。
……いや、ミカドがレオナだと思って見つめていたモノが、真っ二つになった。
真っ二つになったそれは、瞬時に花弁になって派手に舞う。
左右に分かれて風に吹かれて散ると、そこにレオナの姿は無かった。
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「SHIT!」
(チッ!)
口を歪めて、ミカドは刀を板張りの地面に突き立てた。
そして、レオナに見えていた花弁たちに踏み付け蹴りを執拗に打ち込む。
右手の包帯が朱に染まっているが、本人は全く気にしていない。
怒りのままに、ただただ花弁を踏みにじっていた。
「ミカド! とりあえず落ち着くんだ!」
敵はまだ近くにいるのだろうと、刹那は夕凪を構えて周囲を警戒した。
柱の影、自分の背後、ミカドと自分の影、そして中空。
すべてに気を配りながら、少しずつミカドに擦り足で近づく。
地団駄を踏み出したミカドに背中を合わせると、再び背中にいる奴に声をかけた。
「落ち着け。敵はまだ近くに……」
「いねーヨ」
今までとは打って変わった呆れた声で、彼は刹那の言葉を遮った。
ついに花弁を踏むのに飽きたのか、ミカドは刀を地面から抜いて鞘に収めた。
「何をやったかは知らないケド、花弁がレオナに見える幻覚ダ」
「幻覚? ……いや、そうか。例の付加能力とかいうヤツか」
刹那は気配を探り周囲に誰もいないことを確認すると、夕凪を鞘に収めた。
「でも、オカシイんだヨ」
納得がいかないという様子を顔に浮かべ、ミカドはうなった。
精悍な顔つきの彼が悩んだ顔をしている顔は非常にこっけいだった。
が、刹那はそれ以上にミカドの言葉が気になっていた。
一体何が『オカシイ』と言うのだろうか?
結局彼女は、ミカドに率直に尋ねる事にした。
「なぁ。何がおかしいんだ? そういう能力もあるんじゃないのか?」
「アァ、あることはアルんだけどサァ……」
再びミカドは顔をしかめた。
親指で顎を擦り、またしてもうなる。
そうやって考えて末に、ようやく続きを口に出した。
「アイツの能力って、『ソード・フラワー』だけなんだよナァ……」
刹那は、どうせミカドの勘違いだろうと決め付けていた。
それで心の整理もできたし、なによりそう考えるのが自然だった。
しかしながら、このとき彼女は重要なことに気が付いていなかった。
彼女は、いつもとは違って深く思考していなかったということに。
ミカドも、刹那の意見につられて決着をつけてしまった。
きっと、自分との戦いの後に付加能力を新しく付け足したのだろうと。
だから、彼も単純なことに気が付いていなかった。
浅はかな2人の判断が不必要な死を招くということに、まだ2人は気が付いていなかった。