第19話『俺の彼女のエリザベス』
「遅い」
月戒は、既に駅に来ていた。
数名の生徒と共に、部下と仲間を待っているのだ。
が、しかしだ。
誰一人として来ない。
友人に至っては『遅れたら蒸発させるぞ?』と爽やかに電話口で脅したはずだ。
他の仲間に関しても『奥さんの写真捨てるぞ』とか『まほネットで正体バラすぞ』と脅してある。
来ないはずがないのだが……。
月戒の予測を大幅に裏切る集まり具合だった。
「ギル先生、どうかしたの?」
裕奈が不思議そうに月戒の顔を覗き込む。
ボーっとしていたのに気付いた月戒は、眠たそうなフリをした。
目を擦り、涙を流す。
涙腺を電撃で軽く刺激して、少しばかり涙を生成した。
あくびで出たように見える涙を拭いながら、月戒は裕奈に返した。
「いえ、ちょっと寝不足でしてね」
「あのさ……先生」
「どうしたんですか? 改まって」
不安そうな顔をして、裕奈は月戒を二度見した。
『何で二度見?』とか思いながら月戒が彼女を見ていると、思いつめた顔で言われた。
ドギツイ一言を。
「人生、悪いことばかりじゃないんだから、死ぬなんて考えちゃダメだよ?」
「……いつ私が自殺するように見えたんですか?」
「いつって……もっぱらの噂だよ?」
「情報源は朝倉さんですか」
「うん」
後でシメておこう、とか考えているところに、新たな人影が見えた。
身長からして……ネギだ。
ようやく1人来たか、と安心した月戒だった。
が、ネギ1人ではなかった。
修学旅行に浮かれているネギ。
にやにやしている鳴里圭吾。
涙目でコッチを見ている帝。
目に見えてイライラしているクスヤ。
ここまではいい。
問題ない。
猪谷と笹本は今頃ハワイだ。
昨日、マカダミアナッツで手を打ってやった。
呼んだ覚えのない奴がいた。
「坊ちゃまぁ♪ 黒蓮に内緒で京都に行こうなど、甘いですわよ!」
いた。
メイド服だ。
呼んだ覚えの全くない、自分の部下がいる。
ボロを出しそうな黒蓮には絶っっっ対来て欲しくなかったのに。
隣では、スーツ姿の白桃が頭を抱えている。
きっと尾行されていたのだろう。
1人で勝手にもだえている黒蓮を無視して、白桃は月戒に歩み寄った。
困った顔というより、呆れた顔だ。
どうにかしてくれと、白桃の目が訴えているのがわかった。
ポリポリと後ろ頭を掻きながら、仕方なく月戒は答えた。
「やれ、手早く。で、荷物扱いで旅館に送っとけ」
「……了解しました」
溜息をつきながらも、命令を受けた白桃は行動を開始した。
カバンから全長2m近くあるハンマーを取り出し、黒蓮に歩み寄る。
独り言を言って勝手に身もだえしている黒蓮に、フルスイングで一撃加えた。
不意を突かれた黒蓮は、切符売り場に叩きつけられ意識を失う。
意識を失った黒蓮を、ハンマーを入れていたカバンに詰める白桃。
そして、携帯電話で部隊の部下を呼び、ホテルに黒蓮を送らせた。
一連の鮮やかな動作を無視して、月戒はネギと会話を試みようとした。
「おはよう、ネギ」
ネギは、爽やかな笑顔で返した。
「あ、おはよう! 月戒!」
空気が冷たくなるのを感じるネギ。
ついに終わったと頭を抱えるギルバートこと月戒。
よく見なくても、3−Aの生徒の視線は痛かった。
いや、3−Aどころか京都旅行のクラスの生徒全員の視線だ。
「ツキミチ?」
冷えた視線でこちらを見ている亜子に急接近して、月戒は肩を掴んだ。
ビックリして亜子は離れようとするが、月戒の力には劣る。
亜子が叫び声をあげようとすると、月戒の顔が見えた。
悲しみと言うより、むしろ絶望に近い感じだ。
借金取りに詰め寄られたらこんな顔になるだろう。
そんなやるせない表情で、首を何度も横に振っている。
「月見地上波放送中と言う裏番組があってですね。
この間それをネギと見ていたところ、私にそっくりな人物が出てきたんですよ。
それでネギが私のことを『月見地上波放送中』の略で『ツキミチ』と呼ぶんですよ」
「え〜と……」
「 呼 ぶ ん で す よ ? 」
亜子の肩をガッチリと掴んで、ギルバートこと月戒は亜子に言い聞かせた。
握りつぶさない程度の力で、出来る限り思いっきり肩を握る。
痛いと言って講義しようと思い亜子が顔を上げると、見ないほうがイイモノがあった。
ギルバートの目は、血走っている。
典型的な精神異常者のそれを思い出させるように、真円に近く見開かれた眼。
口から漏れている息は、何故か白い。
その口元を見ると、さらに不気味なことに笑っている。
勿論、正常な意味を持った笑みなどではないのだろう。
『ツキミチってバラしたらバラバラにするぞ』と言っているかのようだ。
で、亜子は保身の道を選んだ。
ここ2週間ほど副担任をしていたが、別段害のある行動は……無かったことにしておこう。
若干数名がトラウマを抱えたり抱えなかったりだが、そこはそれ、置いといてだ。
目前の事態に対処しなければその先もなさそうなので、とりあえず命を大事にした。
「あ、そういやそんなこと言うてましたね!」
「……金で物事解決するのは好きじゃないが、とりあえず7億で手ぇ打ってくれないか?」
間。
「な……7億〜〜〜!?」
「コラ! 声がでかい!」
月戒は亜子の肩を引っ張り、自然を装いクラスメイトから遠ざかる。
大河内がコチラを不審な目で見ているので、あとでそちらも話をつけねばならない。
もっとも、大河内が確信も無いことを他人に言うと、月戒は考えていないが。
とにかく月戒は、亜子を自販機の隣にまで引っ張りこむことに成功した。
まだ状況を中途半端にしか理解していない亜子に、月戒は両手を合わせた。
「そう言う訳だ。悪いが、本名で副担やれなかったから偽名を使わせてもらったんだ。
残念ながら、このクラスの国級月戒に対する評価は相当低いと判断されたからな。
とにかく、必要とあらば素足で針山歩いてもいいから、黙っておいてくれないか?」
「ていうか、月戒君いくつなん?」
『ていうか、っていうけど、繋がってないやん』と心の中で突っ込む月戒。
だが、今現在においては、秘密を握っている亜子の方が有利である。
武力行使をしてもいいのかもしれないが、流石に月戒のポリシーに反する行為のようだ。
なんとか冷静さを保ち、亜子の質問に答えた。
「は? ……あぁ、今17歳だ。それが、どうかしたか?」
「生年月日は?」
「……1985年の11月11日だ、け、ど。それがどうかしたのか?」
「いや、占いに使おうと思って」
唖然とした。
女子中高生の間で占いが流行していることは知っていた。
だが、まさか自分にまでそのような矛先が向いてくるとは思っていなかった。
大体、月戒は占いを信じない。
ある程度の未来ならば、妹のキヨネが見てくれるし、なによりくだらない。
自分の意思決定を他力本願にする自己正当化の手段の1つ。
月戒にとって、占いはその程度のものであるのだ。
だが、1つだけ言っておかねばならないことがある。
これだけは言っておかなければならない。
「ギルバートの情報として流すのは結構だが、国級月戒の情報として扱うなよ。
一応俺のプロフィールって、世界最重要機密の1つとして登録されてるんだからな」
「こ……国家機密!?」
「いや。世界的機密」
とりあえず、情報を整理しきれていない亜子に止めを刺した。
実際のところ、いくら不限人とは言え、誕生日なんか単なる個人情報に過ぎない。
別段知られたところで不利益はない。
冷静に考えれば分かるのだが、今の亜子は冷静からは程遠かった。
驚くべき一言に、さらに動揺する。
「んじゃ、間違っても俺の正体バラすなよ?」
月戒は、亜子にキッチリと釘を刺してから、亜子を3−Aの輪に返した。
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先程亜子を借りていったことが少々問題になっていた。
が、『子供には秘密です』と意味ありげなことを言って泳がせておくことで解決した。
うっかり口を滑らせたネギも、コヘレト直伝の『必殺・便所説教』でとくとくと注意した。
出発前から忙しいのだが、そんな月戒に朗報があった。
ロリコン(だと思う)の鳴里の奥さん、風翼(カザヨ)が来れるらしいのだ。
ただ、教員ではないので京都で合流ということになるそうだ。
気持ち悪い笑みを零しながら鳴里が言うのだから、多分本当なのだろう。
水色の頭がフラフラと揺れて、少々不気味だったが。
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「それじゃあ、1班から順に乗り込んでくださ〜い」
ネギが促すと、1班の人々が続々と乗り始めた。
だが、月戒はまだ乗っていない。
新幹線から少しはなれたところで、5人で固まっていた。
鳴里・白桃・帝・クスヤ・月戒の5人だ。
猪谷と笹本が抜けたので、作戦を立て直す必要があった。
「とりあえず、帝とクスヤは俺からは極力離れていろ。
俺の正体が生徒の大半に知れたら、それこそ厄介だからな」
「OK!」
「ん。了解」
クスヤは両手を組んだまま返答し、帝は軽く敬礼をした。
「それと、鳴里。お前はとにかく風翼と合流しろ。
できれば、コヘレトの兄貴と素子の姉さんも一緒に呼んでくれ。
正味なところ、あの2人がいれば、猪谷と笹本の分は帳消しになるからな」
「それはいいが、配置はどうする?」
「あとでまとめて説明する」
小さくうなずく鳴里。
月戒の判断能力に舌を巻きつつも、冷静に思考していた。
ここで自分を補充要因の誘導にまわすのは、ある意味において正解であると。
鳴里は、この5人の中で最も強い。
この間は月戒の不意打ちで負けたが、身構えていなかったからだ。
ある程度警戒さえしていれば『コールド・キングダム』で対応できる。
徒手格闘にも定評があり、アドルフスキャンダルでも活躍した。
当然、コヘレトや風翼には到底かなわないが。
鳴里が推測するに、月戒は補充要因との接触に気を配っていた。
情報が既に漏れており、奇襲される可能性もあるのだ。
奇襲されれば、白桃や帝やクスヤではひとたまりもない。
月戒が行けばいいのかもしれないが、木乃香護衛の任を与えられている。
必然、鳴里にこの役割が回ってくるわけである。
だが、ある意味においては不正解だ。
コヘレトと素子と風翼がいれば、奇襲など恐るるに足らない。
仮に月戒と鳴里以外の誰かが向かっても、犠牲になる可能性は低いだろう。
むしろ、鳴里が離れることでの戦力ダウンが懸念されるのだ。
どちらをとっても得策といえない中、月戒は鳴里を向かわせた。
それだけの慢心は死を招くかもしれないと思いながらも、鳴里はそれに従うことにした。
「白桃。お前はできるだけ動くな。黒蓮と一緒に援護に回ってくれ」
「了解しました」
全員に指令を出し終えた月戒は、再び口を開いた。
今度は、鳴里御要望の配置だ。
「さて、今回の作戦での重要事項は3つだ。
1つは『木乃香お嬢さんの護衛』だが、これは俺とエヴァで充分だ。
というか、俺ら以外にも護衛が1人つくらしいがな。
2つ目は『国級ヨシュア達の撃退』になるんだが……。
たぶん総力戦になるだろうから、そのつもりで心構えをしておくように。
無茶はするなよ。特に、帝。お前はこの中で1番ヨシュアとの戦闘に向いていない。
ついでに言うなら、酸を使ってくるサワ・ガンジとか言う奴にもだ。
……鳴里、お前が一番頼りになる。お前の力なら、ガンジは楽勝だ。
できれば、ヨシュアのゲロシャブイカレポンチの方も積極的に頼むぞ。
さて、3つ目は『関西呪術教会への親書の受け渡し』だ。
コイツはネギの任務なんだが、もしかしたらもしかするかもしれん。
いざと言うときのために、クスヤと帝はコッチに回っておいてくれ」
と、月戒の言葉を聴き終えたところで、クスヤがおかしなことに気付いた。
いるべき人物の1人が、ここにいない。
「ねぇ、月戒。エヴァンジェリンさんは?」
「……連絡が取れん。来るとは言っていたがな。
つーか、新幹線の方から少し嫌な気配がしないでも……」
月戒が新幹線の方を見たとき、恐ろしい光景が目に入った。
エヴァがいる。
大人に変身しているエヴァがいる。
しかも、ネギの後ろに。
さっき月戒の名前をモロに叫んだネギの後ろに。
「だらっしゃあ!」
奇妙な掛け声と共に月戒は駆けた。
コンマ1秒でさえ油断ならない。
このままネギが振り返ったら、間違いなく名前を叫ぶだろう。
それだけは避けなければならない。
そう思った月戒は、『迅速』をフルに使って駆けた。
人にあるまじき速さで駆ける、駆ける、駆ける。
音速を超えないように気をつけながら、新幹線に滑り込んだ。
瞬間、月戒の足元に黄色い物体があった。
それを踏んでから、月戒はようやくその存在に気がつく。
気付いた頃には既に遅かったのか、月戒の視界が上に移動した。
バナナの皮だった。
どごぐしゃぎゃば、と奇天烈な音。
しかも、大轟音。
3−Aの生徒全員が、立ち上がって駆け寄ってきた。
そこには、頭部から致命的なモノが垂れ流しになっているギルバートが倒れていた。
その後ネギが「月戒、月戒!」と何度も叫んで起こそうとしたことを、まだ彼は知らない。
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月戒は、別の車両で寝かされていた。
気がついたときには、大人版エヴァが頭に氷を載せておいてくれていたようだ。
……いや、多分頭を凍らせただけなのだろうが。
大きな氷の塊が素で乗っている。
心なしか、髪の毛も少しばかりそこら辺に散っていた。
「す……すまないな。エ……え〜と…………」
「エリザベスだ」
「すまないな、エリザベス」
目覚めてから20秒くらいで状況を把握すると、月戒はエヴァに礼を言った。
むろん、盗聴の危険があるのでどう呼んだらいいか分からなかったのだが。
なんと、それに関してはエヴァが既に考えていた。
偽名を用意してあったのだ。
それをそこはかとなく伝え、礼も言わせた。
「ところで、エー……エリザベス。話は聞いたな」
「あぁ。大体理解したぞ」
「ま、そういうわけだ」
月戒は、敢えて少ない言葉で会話を終わらせた。
朝倉の盗聴を恐れてだ。
エヴァに限ってそのようなミスはないと考えたが、油断は禁物である。
すれ違いざまに盗聴器を仕込んだりとか、それくらいは余裕だろう。
念のためにエヴァの表面に電流を流す。
少々痛かったのか、お返しと言わんばかりに往復ビンタを2,30発喰らわされた。
魔力が込められているので、一発一発が致命傷クラスの威力だ。
再び意識が飛びそうになりながらも、月戒は必死で細胞を働かせた。
そうでもしないと、衝撃が体に残って脳がやられてしまうのである。
とりあえず、致命傷になる前に体を蘇生をしたお陰で、月戒は何とか大怪我せずに済んだ。
「へい、エリザベス? いきなりオイタは不味いんじゃないかな?」
「まぁ、バートったら♪ 軽い冗談じゃない♪」
急に顔つきの変った月戒が、エヴァに詰め寄る。
額を擦り付けると、エヴァの頭の中に月戒の言葉が届いた。
『軽い冗談で命を落としそうになってたまるか!』
『ほほぅ。テレパシーを使えるのか?』
『アホか。お前の中の俺の血に、精神をシンクロさせて呼応させてるだけだ』
『手間のかかることを』
『盗聴されてると、そいつの記憶を消さなきゃならんからな』
『全く。手際が良い事この上ないな』
お互いの額を煙が出るほど擦り合い、火花が散るほどメンチを切る。
実際に互いの額からはかなりの熱が出ており、熱かった。
だが、意地の張り合いと言わんばかりに、お互い頭を離さない。
「どうしたんだい、エリザベス? 妙に突っかかるじゃないか」
「何を言っているの、バート? 私たち、昔からこんな感じじゃない」
下らない言葉を重ねる、月戒とエヴァ。
2人の視線と顔つきは、確信を持っていた。
己がすべき質問と、己にされるであろう質問。
ある種の確信を持って、2人はそれを感じ取った。
怒りに満ちた形相のまま、月戒はゆっくりと口を開いた。
「……アメリカのホームドラマと言ったら?」
「フレンズ」
睨んだままのエヴァが即答する。
そして、メンチを切り、額を擦りつけたまま、2人は握手を交わした。
しかも、友情を確かめ合うかのようにがっしりと。
『キャー! カエルが〜!?』
「なんだ? 今の悲鳴は?」
「さぁな。大方、あのバカなクラスの誰かがカエルのおもちゃでも投げたんだろ?」
「……だよな、きっと」
「あぁ。あのガキどものしそうな事じゃないか」
「確かに。ところで、やっぱりフレンズは第6期だと思わないか?」
「同感だ」
楽観主義の過ぎる2人は、魔力を察知できなかった。
普段の2人ならありえないことだ。
だが、なかなかいない趣味仲間を見つけた今となっては、見落として当然だった。
ちなみに、エヴァと月戒のフレンズトークは、京都に着くまで続いたと言う。