第15話『副担任になった奴』
教室中、ざわめいている。
始業式を終えたばかりで、下校時間が早いからというわけではない。
かと言って、修学旅行が近いからという短絡的な理由でもない。
今日は3−Aに副担任が来るのだ。
10歳のネギには、やはり担任の役割というのは大変なものと判断されたようだ。
教育委員会から特別推薦を受けた、若手実力派の教師だと、そんな噂が広まっている。
しかも、ネギの友人であるということから、みんなの期待は膨らんだ。
次もきっと可愛い子供なのだろう。
いやいや、もしかしたらカッコイイお兄さんかもしれない。
女の人って可能性も捨てがたいね。
ダンディーな叔父様かも。
噂ばかりが肥大化していく。
現実を見据えることも無く、事実を知るわけでもなく。
噂とはそういうものである。
その事象の存在の有無はともかく、楽しめればいいのだ。
落胆するのは、事実を知ってからでも遅くは無いのだから。
とくに、こういった心躍るような噂ならば。
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「では、どうぞ!」
拍手とともに、教室の扉が開く。
ゆっくりゆっくりと、警戒心丸出しの開き方をする。
と、案の定、黒板消しが落ちてきた。
副担任と思しき男性の足が、黒板消しを蹴り飛ばす。
黒板消しは、複雑な起動を描きながら教卓の上に着地した。
すると、ようやく副担任が入ってきた。
真っ黒のスーツを身に纏い、颯爽と仕掛けの糸をまたぐ。
本当なら、そこの糸に引っかかって、上から水の入ったバケツが落ちてくる予定だった。
しかし、つや消しをした、普通なら見えないような糸を、副担任はアッサリと回避したのだ。
彼の容姿で最初に目に付くのは、西洋人独特の白い肌に、エメラルドグリーンの両眼。
同じく髪の毛もエメラルドグリーンだったが、眼の方が少しばかり濃かった。
その髪の毛は、教育者としては奇抜だが、ワックスで立ててある。
もちろん、髪の長さは見苦しくない程度の長さだ。
すらりと長い足のわりに、身長はそんなに高くなかった。
せいぜい、170前後だろう。
人間のキレイな面をより集めて作ったかのような、美しい容姿。
人間というよりも、むしろ、業師の作った人間のようだ。
その人形のような男は、黒と灰色のストライブのネクタイをキチッと閉め直して、教壇の前に立った。
一度ばかり深呼吸をして、ゆっくりと目を開いてから言った。
大きい訳でもないのに、その声は教室中に響き渡った。
「今日から皆さんの副担任になりました、『ギルバート・ホーエンツォレルン』です。
出身地はドイツの首都・ボン。これでも、オックスフォードの神学部と、
ドイツの医療大学2つと、サレルノ大学を卒業しています。
担当教科は主に数学ですが、英語の授業でネギ先生の補佐も行います。
一年間という微々たる時間ですが、どうぞお手柔らかに、よろしくお願いします」
例によって例の如く、歓声が巻き上がる。
が、一部の生徒は大した反応を見せない。
おざなりな拍手と、投げやりな苦笑い。
真実を知る生徒達は、他の生徒の驚きを待つばかりであった。
しかも、当の本人から口止めされているのでネタばらしはできない。
と、ギルバートが口を開く。
教室の中が、先ほどまでの歓声が嘘のように静まり返った。
コホン、と一つ咳払いをしてから、ギルバートの声が教室に響いた。
「何か、質問はありませんか? 出来得る限りお答えしますよ?」
「あ、じゃあ1ついいですか?」
即座に手を上げたのは朝倉だった。
彼女は、残念ながら真実を知らない生徒である。
知っていれば、質問をする気など微塵も起きないのだから。
で、彼女は舌打の嵐の中、メモ帳片手に質問した。
「ギル先生って、兄弟とかいるの?」
「えぇ。私は7人兄弟なんですよ。姉が1人に兄が2人、それと、妹が3人ですね」
ほぉ〜、とクラス中から関心の声が上がった。
一人っ子のような雰囲気をかもし出していたのだから、無理も無い。
また、6人も兄やら妹やらがいるのだから、まぁ、大家族なのだろうか?
その割には落ち着いた雰囲気が見られるので、育ちの良さを際立たせた。
「あ! ウチもええですか?」
「いいですよ、和泉さん」
「先生って、何か特技ってありますか?」
亜子の質問に対して、ギルバートは少しばかり思案していた。
顎元に指を持っていき、少しばかりうなりながら考え込む。
「答えにくかったら、ええですよ」と亜子が言おうとしたが、ギルバートの方が早かった。
「そうですね。バレエとかタップダンスとか得意ですよ?
今は用意が無いからできませんけど、機会があれば見せて上げますよ」
「へぇ〜」と言う声と、「げっ!」と言う声がクラスの所々から響いてきた。
前者の声の主は、少しくらいは常識人であると察せる。
男がバレエをやることは、さして珍しいことではないのだ。
日本人の男子バレエの人口は低いが、そこはそれ、仕方の無いことだ。
男子新体操の日本人口が少ないのと、ほぼ同じ状況である。
でもって、後者の声の主は、ハッキリ言って非常識だ。
バレエとは女性の競技、という短絡的な発想の持ち主だ。
まぁ、今までの人生の中で事実を知る機会が無かったということもあるだろう。
でも、こういう差別はさらなる圧迫を生み出す。
一例として、『相撲は男の競技だ!』という風潮が、未だに日本に残っている。
土俵は無論のこと女人禁制だし、そもそも、女性が相撲を取るということは、『一般的に』考えづらい。
だが、少しずつではあるが、相撲の女性人口が僅かながら増加の傾向にあるのだ。
そういったことを考えれば、全ての競技が男女関係無く行われる日も近いと言える。
と、まぁ、話が少しばかり脱線してしまったが、ようはアレだ。
後者の人々はこんなことを考えている。
『ギルバート先生って白鳥で踊ったりするんだぁ』
当然、違う。
一瞬妙な空気が流れたが、ギルバートは気にせずに続けた。
「一応、格闘技とかもやりますよ?
テコンドーにカポエラに、キックボクシングもやってますね。
最近は、忍術とか一風変わったモノもやってみたり。健康にいいモンですよ、こういうスポーツは」
「オォ! 格闘技アルか! 1つ手合わせ願うアル!」
う〜ん、とギルバートは少し考え込む。
この男は、どうやら考えるフリをするのが好きなようだ。
目を泳がせたりして、考え込むマネをしている。
即決がモットーのこの男が、考えたりすることなど年に一回くらいしかないのだから。
「いいですけど、大怪我で済まないかもしれませんよ?
結構不器用な方なんで、力加減とか急所外したりとかできないんですよ。
開始直後に相手に目潰し喰らわしたり、喉笛に貫手かましたり、関節技使ったり」
と、チャイムが鳴った。
ギルバートの秘密を覆い隠すのを神が手伝うかのように。
「おっと」と、小さく言うと、ギルバートは足早に教室を出て行った。
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「ま……まぁ、ギルも中々忙しい身ですから」
ネギは、クラスの皆に軽いフォローをしておく。
が、クラスの皆は何かを感じていた。
デジャヴと呼ばれる現象だ。
何か、何か妙な感覚を覚える。
あっけにとられるというか、何か突っかかるものがあるというか。
「忙しいって、何かやってるの?」
疑わしいといった眼をした柿崎が引きつった顔でネギに問う。
感づいたようだ。
ギルバートの正体に、感づいてしまった。
だが、彼女は推測だけで満足するような人間ではない。
推測に対して、確証を欲しているのだ。
「えっと、その……『どうしても外せない用事があるから』って言ってました」
「どこで?」
「確か、生徒指導室がどうとか……」
と、柿崎はすっと立ち上がった。
キリッとした目付きで、堂々とした態度で教室を出ようとする。
しかし、その前にすることが残っていたようだ。
くるりと振り返り、然るべき人員に声をかける。
「朝倉、パル、クギミー、桜子。付いてきなさい。あのバカの正体暴くわよ」
無言で4人は立ち上がる。
その4人を先導するように、柿崎は踵を返し、今度こそ教室を去った。
慌てふためくネギの様子を見て、柿崎は確信していたのだ。
ギルバートは月戒だと。
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そこは、ちょっと広めの生徒指導室だ。
厳密なこの部屋の名称は、特別生活指導室だ。
生徒と教員の戦いを想定され、動きやすいように部屋が広く作ってあるのだ。
で、まぁなんで部屋が広いかというのには、厳密にはもう1つの理由がある。
いくら生徒と教師の格闘があるといっても、広いことが必ずしも教師の有利になるとは限らない。
結論は簡潔だ。
教師は常に何かしらの武器を携帯しているのだ。
武器を持っていれば、広いほうが振り回しやすい。
だから、特別生活指導室は広めに作ってある。
ちなみに、壁は防音素材で作られており、窓は1つも無い。
一応空調は付いているが、湿度に関しては自然任せである。
まぁ、その特別生活指導室に、ギルバートこと月戒がいた。
腕を組んで、大儀そうに机に座っている。
長机を縦にして、間隔の狭いところに月戒は座っていた。
間隔の広いところには、計6人の男女が座っている。
月戒に1番近い所に座っているのが、狛犬帝。
その向かい側に、ロングヘアーの芥子丘クスヤ。
青い髪と青い眼がトレードマークの、月戒に一撃でやられた鳴里圭吾。
向かいは、月戒の護衛の1人の三年坂白桃だ。
残りの2人も、月戒の関係者だった。
腰に太刀を堂々と掲げている男。
ナチュラルヘアーのような無秩序な髪の毛が目に付くが、不快感を煽るほどではない。
背の高さが目立つが、それ以上に首元の刃物傷に目が行ってしまう。
そして、獲物を狩らんとする鷹のような鋭い視線。
他の顔のパーツが霞んで見えるほどに、その印象は強い。
色黒の肌と引き締まった顔には、そんな目がお似合いかもしれないが。
とにかく、月戒を含めた8人の中では一際気味が悪かった。
もう1人は、パッと見ただのオッサンだった。
無精ヒゲこそ生えていないが、近くに行くとオヤジ臭が漂ってきそうだ。
ギターケースを抱えるようにして持って、前文の男に向き合っている。
一重まぶたが重そうだが、なんとか眠気に耐えていると言うような感じにも見える。
が、その奥の瞳は間違いなく輝いており、少年の様でもある。
歳不相応に夢を追っているオッサン、というのが、きっと彼への第一印象だろう。
雰囲気が、そこはかとなく子供くさかった。
沈黙を破るかのように、月戒が口を開いた。
「ま、ここに呼んだのは他でもない。ちょいとややこしい事になったんだ」
月戒の言葉には、誰一人として意見を言わない。
月戒がわざわざ召集を掛けたのだから、大きな問題が発生したということは明白だった。
それを承知で、全員ここに来ているのだ。
「シュウ兄……破壊の不限人『国級 世狩阿(くにしな よしゅあ)』が、あるグループに付いた。
この中で世話になったヤツもいるだろうが、ご存知、関西呪術協会だ。
国級も何度か世話になってるから、まぁ、顔見知り程度の認識で丁度いいだろう。
ヨシュアが何をしたいかは、まぁ、大体分かっちゃいるが、問題はそこじゃない。
知ってると思うが、今回の修学旅行で、ネギのクラスの3−Aと、鳴里のクラスの3−Gがだ。
その本拠地の周辺である、京都・奈良に行くということが既に決定している。
無論のこと、俺たち被験体は、本来このか嬢さんの護衛に当たるべきだ。
だが、あまりにも戦力が不足している。
とてもじゃないが、このメンバーじゃヨシュアを退けることも適わん。
そもそも、ある程度の役割分担が必要になってくるからな。
人数自体が根本的に足りないってのは、まぁ、言わざるを得んな。
そこでだ、鳴里。
お前の奥さん……旧姓『御霊頭 風翼(みたまがしら かざよ)』の力を借りたい」
「断る! 俺の妻をそんな危険な目に合わせるわけにはいかない!」
爽やかな鳴里の笑顔が、いきなり真剣な顔になる。
妻のことを大事にしている、という気持ちが、全身からにじみ出ていた。
が、そんな鳴里を月戒は簡単にあしらう。
「断るって……華楠の姉貴とまともにやりあえる人間の何が心配だ?」
「五月蝿い! 俺の風翼に何かあってみろ! 貴様を氷漬けにしてくれる!」
「黙れロリコン。どう見ても小学生にしか見えんような女しか好きになれんくせに」
「純愛だ!」
くだらない議論はしていられないと言わんばかりに、ヒラヒラと手を振り月戒は続けた。
「でもってだ。今回はヒサ兄と華楠の姉貴と、兄貴の奥さんにも手伝ってもらうことになった。
今回の目標は『国級ヨシュアの抹殺』だ。各人、心してかかるように。以上で解散!
おつかれさん」
両手をバッとあげて、勢い良く机に叩きつける。
と、全員の目に緊張が走った。
そして、月戒にその視線が集中する。
月戒は全員の視線に答えるように、コクリと頷いた。
「いやぁ、それにしてもすみませんねぇ! わざわざ指導室なんかに集めてしまって!」
鳴里が大きめの声で月戒に言った。
外に聞こえるかどうか微妙な声で。
「そうですよ鳴里先生。ギルバート先生はお忙しいんですから」
「いやぁ、だから謝ってるじゃないですか。三年坂先生」
白桃が鳴里を責める様な言葉を吐く。
極々自然に、会話を進行していく。
しかもその会話は、今まで流れがあったかのようだ。
出だしが少々わざとらしかったが、なんてことない。
彼らは会話を続行する自信があった。
「いいんですよ、三年坂先生。それよりも、この辺にカフェはありませんか?
折角ですから何か飲みながらでもゆっくり話しましょうよ。
できれば、チョコレートパフェかパン・オ・ショコラのある店に行きましょう」
にこやかな顔で言いながら、月戒は親指で黒板を指した。
そして、月戒に促された猪谷が黒板の下方を思いっきり押すと、黒板が回転した。
よくテーマパークの忍者屋敷などにある、隠し扉みたいなヤツである。
こっそりと音を立てないように、帝とクスヤは黒板の後ろに入っていった。
そして、何事も無かったかのように内側から黒板を元に戻した。
「そうですねぇ……猪谷先生、ご存知ありませんか?」
「俺が知っているはず無いだろう。そういうことは笹本先生の領分だ」
やわらかな白桃の言葉を突っぱねる様にして、猪谷は会話の中心から自分を除いた。
でもって、今度はギターを持ったオッサン、笹本に話はふられた。
と、ギターケースからギターを取り出し、ジャカジャカと掻き鳴らす。
「駅前の『クイーン・ブラックジャック』とか、世界樹下の『ジャックポット』とか。
どちらの店も、パフェに関しては専門家から相当な評価を受けていますよ。
ただ、飲み物を頼もうと思うんだったら、ジャックポットはお勧めできませんね」
「そうですか。なら、クイーン・ブラックジャックに行きましょう」
ポンと手を合わせ、月戒は席から立った。
そして、そのまま部屋の扉にまでマッハ4で移動し、扉を開ける。
そこには、予想通り3−Aの生徒数名がいた。
唖然とした顔で、ギルバートこと月戒を見つめる。
そんな生徒達に、月戒はにっこりと微笑んで声をかけた。
「おや、確か……早乙女さんと柿崎さんと朝倉さんと、釘宮さんと椎名さんですね。
ちょうど良かった。今日の帰りにカフェに行くんですが、皆さんもどうですか?
なに、お金のことは気にしないでください。皆さんの分は私が全額持ってあげますよ」
「あ……はぁ」
とりあえず、柿崎が生返事をしておいた。
現状にとても不満なのだが、決定的な証拠をつかめなかったのだ。
うまいことはぐらかされそうなのだが、どうにもできない歯がゆさも、彼女の神経を逆撫でした。
「いいんですかぁ、ギル先生? 他にも呼んじゃいますよ?」
「はっはっは。お構いなく。今日はフンパツしちゃいますよ?」
朝倉が月戒に軽口を叩くが、軽く返される。
しかも、話の流れが大きく切り替わってしまった。
「おっと! 次の授業って私じゃないですか? ほら、急いで戻ってください!」
と、ギルバートこと月戒は、あわただしく職員室に駆けていった。
そして、無常にもチャイムが鳴り響く。
苦虫を噛み潰すような思いで、その音を聞く柿崎。
多少の確信と今後の出来事への期待に胸を躍らせる朝倉。
ギルバートが生徒ナンパしたって言いふらしてやろう、と心に誓ったパル。
顔だけはいいのになぁ、と、どうでもいいことを考えているクギミー。
カフェで何おごってもらおうかな〜、と先のことを考えている桜子。
各々の思いをよそに、チャイムは鳴り止んだ。
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「で、結局なんでもなかった……と?」
「うん。結構自信あったんだけどねぇ」
柿崎は、いいんちょに対して言い訳をしていた。
5分も遅刻したのだから、当然の報いである。
が、当のギルバートが未だに来ない。
と、教室の外から軽快な音楽が聞こえてきた。
『迫る〜ショッカー! 地獄のぐ〜んだぁ〜ん
我らを狙〜う黒い影〜 ショッカーど〜もを打ちのめせ!
GO!GO!LET'GO! 輝くマーシーン〜〜!
ライダァ、ジャンプ! ライダァ、キック!
かめ〜んライダー! かめ〜んライダー! ライダ〜ライダ〜〜〜!』
聞き覚えの無い歌である。
だが、なんとなく趣旨の理解できる歌だ。
特撮の主題歌というヤツだ。
全員がそれを理解したまさにその瞬間、扉が勢いよく開いた。
ウルトラマンがいた。
唖然とする生徒一同に、ウルトラマンは言い放つ。
「いや、遅れてすみませんね。では、教科書の13ページを開いてください!」
ウルトラマンは、平然と授業を始めた。
いや、性格には、ウルトラマンの着ぐるみを着ているギルバートが、である。
淡々と生徒に教科書を開かせ、チョーク入れからチョークを取り出した。
そして、黒板にスラスラと文字を書き連ねる。
「え〜と、今日は18日だから…………22番の風香さん。
教科書の14ページを……春風に乗せて、爽やかなリズムで読んでください」
生徒達には、多々、突っ込みどころがあった。
まず、18日なのに、何故か出席番号22番の風香が当てられたのだ。
普通なら、18番の龍宮が当てられるのが普通だ。
そして、『春風に乗せて、爽やかなリズムで』と言ったが、
果たして、どのようにして教科書を爽やかに読み上げろというのだろうか?
それよりなにより、ウルトラマンの格好をツッコミたかった。
わざわざ遅刻してまでウルトラマンの格好で来る必要は無い。
しかも、テーマ曲が仮面ライダーだったというのもおかしい。
日本の文化を勘違いしているとしか考えられない。
ていうか、準備の段階で気付け、とは誰も言えない。
が、とりあえず、当てられたからには、風香は教科書を読まざるを得なかった。
「時計を見た。
背伸びをしている針は、不覚にも5を指し示していた。
いじけている針の方は、どうやらまだ6に未練があるようだ。
もちろん、私は8までは寝転がっていたい。
しかし、私は起きなくてはならない。
早く行かなければ、友であるアンダーソンを待たせてしまう。
それだけは、なんとか避さけなければならないのだ。
アンダーソンは、近くの喫茶店でのモーニングコーヒーを好む。
それゆえに、私は彼のブレックファストの終焉までに喫茶店に行かねばならない。
でなければ、彼には十中八九会えないだろう。
もしくは、一日中不機嫌な彼を相手にしなければならない」
「んん! グラッチェ、フラウ・風香。すばらしい音読ですね」
透き通るような声でも、ウルトラマンに褒められるとうれしくなくなる風香だった。
いや、それ以前にもう1つ突っ込みどころができてしまったではないか。
片手間ついでに、風香が聞く。
もちろん、疑惑の目線で。
「先生って、数学の先生じゃなかったの?」
「そうですよ。でも、今日は新田先生の代理で国語の授業もします」
あっさりと言って退けた。
その後、ウルトラマン(ギルバート=月戒)の授業は円滑に進んだ。
ただ、生徒全員の疑惑の視線は一度も止まなかった。