第12話『元専属家庭教師・三年坂白桃さん』


















イロイロ計画を練っていて、かれこれ30分が経った。

勿論のこと、このかは『ロータス』のことを話した。
だが、そのことを口にする度に空気が一瞬静まり返る。
そして再び、何事も無かったかのように会話が展開されていた。






「ん〜……? 来んなぁ……」

「どうしたのよ?」

「いやな、月戒君が侍女呼べって言うたから呼んだんやけど……」







このかが全てを言い終える前に、強烈なエンジン音が響く。
夕暮れの図書館島への橋を、アクセル全開で爆走しているリムジン。
後ろからは麻帆良学園の警備隊が、白バイやらパトカーで追走している。









リムジンの運転手は、何故か目が血走っていた。
元の顔は綺麗なのだろうけど、整った顔とロングヘアーとは裏腹に相当ぶちキレている。
ガラス越しに見てもフーフー言っているのがわかる。


助手席には、茶髪の小綺麗な顔をした女性が乗っている。
コチラは対照的に、かなり落ちついていた。
運転手の女性が何か言うたびに、ツッコミをいれる余裕さえあった。












で、そのリムジンがネギ達に向かって走ってくる。
だが、スピードは全く落ちない。
むしろ、加速を始めた。


迫り来るリムジンに全員が驚愕する。
砂ぼこりを巻き上げ、パトカーを振りきるリムジン。
それが、眼前にまでで迫ってきた。







「わぁぁぁぁあああ!」





ネギが身構えて悲鳴を上げた。
ネギをかばおうとしたのか、アスナの体がピクリと動いた。
このかはビックリして動けない。
楓・夕映の両名はリムジンの破壊範囲からは外れている。
クーフェイはとっさに飛びあがった。
まき絵も動けなかったようだ。







空気の破裂する音が響く。
一瞬ではあるが、大きな爆発音。
































リムジンが急停止していた。

















遅れてパトカーが来る。
ネギ達も含め、全員を包囲する。

何故か、SATクラスの重武装だった。
サブマシンガンに防弾チョッキ。
腰には2・3個ほど催涙弾が備えてある。







『そこのリムジンの運転手・ならびに同乗者。素直に連行しなさい。さもなくば……』


スピーカーを通した男の声が鳴り響いた。
夕方だからだろうか、かなりキマっていた。



その声に反応したのか、目が血走っている女性が運転席から降りてきた。
綺麗な顔が怒りで台無しになっており、一般的に言う侍女服も拷問官の着衣に見えてくる。


ドアはそのままにしてあるので、最終的にはもう一度乗るつもりのようだ。
その女のあまりに恐ろしい形相に、同乗者を除く全員が引いた。
スピーカーの声の主も、少しばかり狼狽する。






1歩1歩着実に踏みしめる女性。
その女性以外は全てが止まっているかと思うような錯覚に襲われる。
ゆっくりと歩いている女性以外は、誰一人・何一つとして動いていないように思われた。





そして、女性はスピーカーの男の前でぴたりと止まった。
スピーカーの男が、発言するために少し口をあける。
だが、声が先に出るよりも速く、女性の右フックが男の顎を捕らえた。


サウスポーの足運びで最大限に捻りを利用している。
円運動のベクトルの変化を巧みに操り、ほぼ直線的に男性の顎を打ち抜く。
まんまボクサーの右フックだ。



その右フックの直撃を受けた男は、横回転をしながら宙を舞う。
間も無く、鈍い音とともに男は墜落した。



意識を失って倒れている男の手から、女性はスピーカーを奪う。







『今気が立っとるんじゃ! 死にとうなかったら去ねい!』


スピーカーよりも大きく、その女性は叫んだ。
それを見かねたのか、助手席の女性がトテトテと歩み寄る。
先に出てきた女性と同じ服装をしているところから、同じ団体か職場の仲間であることがうかがえる。

まだ何か叫んでいる女性に、ポツリと耳打ちした。





「黒蓮さん黒蓮さん。国級の管轄って言えば良くないですか?」

「うっさい! クルァァアア! 坊ちゃんどこにやったんじゃ!」





助手席の女性の言葉に全く反応しない。








「じゃ、寝ててください。正直、あなたがいると、まとまる話がバラけます」


どこに隠し持っていたのか、巨大なハンマーを振り上げる。
まだまだ言うことがあると叫ぶ女性に、無常にもハンマーを振り下ろした。



『いいか! 坊ちゃんはこの木々原ゴモッ!』



奇妙な効果音とともに女性は叩き潰された。
いや、正確には地面に埋まった。


その埋まっていた女性を、茶髪の女性が引っ張り出す。
と、そのまま引きずってトランクに放り込んだ。

そして、先ほどまで怒り狂った女性の所有物と化していたスピーカーを拾い上げる。






『え〜。私達は国級の管轄の者です。当方には貴殿らへの攻撃の準備と権利があります。
 貴殿らの装備では抵抗は無駄です。速やかにその場を去りなさい。二度は言いませんよ』





























































「すみませんね〜。月戒様がご迷惑お掛けしたようで」



脱出した皆はリムジンの中にいた。
見た目通り中もだだっ広く、9人もの人が悠々と座れた。
飲み物も充実しており、アボガドグレープからロマネコンティまで揃っている。

リムジンというかなんというか。
一種の豪華客船のようなものである。








あのあと、向かってきた隊員の一人を茶髪のねーちゃんが、
つまりは三年坂白桃が『ボッコボコ』にした。
いや、『クッチャクチャ』とか『ギッタンギッタン』の方がむしろ正確だろう。
見事な格闘術で、特殊な警察官は1分足らずで半殺しにされた。
綺麗な顔してる割にはなかなかどうして強かった。
約1分間、警察官は一度も地面についていないのだ。



そのせいか、会話が全く進まない。
クーフェイまで黙り込んでしまう始末なのだから、それはかなりショッキングだったのだろう。







「ところでみなさん。月戒様から話はしてもらっていますか?」






誰も反応しない。
だがこう言う場合、二つの解釈がある。



一つは、もう一度質問せねばならないのだと思い、質問しなおす。

もう一つは、否と受け止めその場合の対処をする。



白桃は後者の解釈をする。
何も彼女が面倒くさがりと言うわけではない。
今まで起きた状況を的確に判断し、その結果最も発生率の高い事象の対処をしただけだ。
白桃とはこういう女性なのである。










「いいでしょう。これを機に耳に入れていただきます」




沈黙の中、白桃は顔色一つ変えずに話を始めた。























「ご存知でしょうが、国級は俗に言う『裏のトップ企業』やら『大金持ち』に該当します」

淡々と白桃は話すが、他は全員黙りこくっている。
明らかに、白桃の威圧感に封殺されていた。

人を傷つけることをためらわない者の威圧感。
すなわち、殺気である。









「みなさんも少し考えれば御解りになるでしょうが、何か変なところがあるんですよ」

「……会社発足からの年数の割に異常な業績をあげている、という点ですね」


夕映がポツリと呟く。
ある意味において怖いもの知らずなのだろう。
無謀と言い換えても何ら問題ない。






しかし、無謀であろうとなんであろうと正解ではあったようだ。


「そう。ここ10年間でイキナリしゃしゃり出てきたんですよね。バブル崩壊とともに。
 ……タイミングがおかしいんですよ。普通なら、もっと早く、あるいはもっと遅くに
 企業を開いてもいいものです。でも、あのタイミングだったんですよ?」


またもや空気が静まる。
が、白桃は淡々と続けた。






 
「……これには、特別深い意味は無いんですよ。ただ単に、国級の御兄弟の御給料が
 その時期に入っただけなんですよ。人体実験の報酬がです。ご存知でしたか? みなさん?」

「人体実験!?」




ネギが声をあげる。
驚きの悲鳴だ。
親友の弟が、そしてあの優しかった親友までもが、改造されていたのだ。
普通の人間として生きることを否定されていたのだ。




「倫理的な観点から見ても、人体実験と言うのは全面的に禁止されていたのでは?」


またもや夕映である。
この手の現実感の薄い話には少々抵抗があるのだ。
だから、正論でねじ伏せたい。







「はい? 『りんりてきかんてん』ですか? もう木曜日の生ゴミの日に出しちゃったと思いますよ。
 第一、そんなこといちいち守る人もそうそういませんよ? 今の世の中は結果出したモン勝ちです」

夕映の正論はさらりと返される。
勿論、反論などできない。













再び場の空気が静まった。
例によって例の如く、口を開くのは白桃だ。







「ま、本題はそこじゃないんですよ。月戒様の体質に関してですね」

誰の返答もまたずに、白桃は続ける。






「妙に足が速かったり高く飛んだり、体力が凄かったり素早かったり」

「え!? アレがそうなの?」


ハルナが口を挟んだ。
何も見ていないのに。







「アレは『プロジェクトK』と言われる企画で月戒様の潜在能力が高められたものです。
 そして月戒様には、また別の能力と言いますか。実験が施されています。もう見ましたか?」


淡々と白桃は話す。
まるで、対岸の火事のように。
あるいは、既に知っている御伽噺を何度も子どもに聞かせるように。













「炎のことでござるか?」

「もしかして電気のこと?」





楓とまき絵が同時に言葉を発し、それに反応して互いに向きあった。
2人とも嘘はついていない。
だが、異なる真実を耳にした二人は一瞬固まる。







「へぇ。もう両方使っちゃったんですね。ま、いいんですけど」

ほとんど間を空けずに白桃は続ける。




「月戒様のそれは『雷炎』というのです。文字通り、雷と炎を扱う異能力……」

「あ! 両方なんだ!」


またもやハルナが相槌を打つ。
一度も見ていないのに。
大方、『マンガのネタになるかもー♪』とでも考えているのだろう。
だが勿論のこと、そんなに簡単なことではない。




















一瞬空気が凍りつく。


和らいでいた空気が一気に固まった。









白桃の『殺気』だ。



顔つきどころか、目つき一つ変わっていない。
だが、確実に雰囲気は違う。
脳が危険信号を発している。
でも、指一つ動かすことができない。





今この瞬間に於いて、三年坂白桃が世界の主であるような感覚に襲われる。

逆らうことなど恐れ多くて許されないような、そんな存在に錯覚してしまう。







その空気を作り出した張本人が、先ほどよりもさらに冷たい声で言い放つ。

















「人を傷つけることを極端に嫌う月戒様の御心を踏みにじった腐れた能力です」




ガンッ、と力を込めてブレーキを踏んだ。
力を込めたことに、特に意味は無いらしいが。
兎にも角にも、月戒の家に着いた。






















「さ、着きましたよ。とっとと入ってください」


皆、唖然としていた。
普通の家なのだ。
大きめだが、決して金持ちの家には見えない。
確かに大人数は入れそうだが、至ってシンプルな構造だ。



「ふっつーね〜……」

「普通ですよ」

「普通やな」

「うん。普通普通」

「普通よね?」

「普通でござるな」

「普通アル」

「……普通だよ?夕映」

「確かに普通ですね」




口々に言葉を発していく。
意外と言うか、『金持ちの癖に何質素に生きとんねーん!』てな感じだ。
普通過ぎて他の感想が思い浮かばないのだ。








「ではみなさん。この家にはいる際に三つの約束をしてもらいます」

「約束……ですか?」



白桃の淡々とした言葉に、ネギが応答する。
白桃からは殺気が消えていた。
先ほど見た人物とは別の人物にしか見えない。
ネギはそんな感じがしてならなかった。





「はい。では今から言うので、くれぐれも忘れないように。……ちなみに、破れはしませんが」

意味ありげな言葉を最後に呟いてから、白桃は続けた。



「まず第1に『勉強中は他言無用』です。いいですか? 覚えましたね?
 第2に『勝手に席を立ってはいけない』ということです。トイレの場合は例外的に認めます。
 第3に『外部と連絡をとってはならない』と……これで3つです。
 さぁ。この家屋の中では、『必ず』以上3点を守っていただきます。……さ、どうぞ」





アスナは腑に落ちないようだ。
何故わざわざ『約束』などというのか?
しかも、簡単に守れそうな。
いちいちここで言う必要もなさそうだ。


「なんか引っかかるわね〜……。ねぇ? まきちゃん」


とりあえず、隣にいたまき絵に疑問をぶつけてみる。
疑問と言っても、具体的なモノではない。
何よりまず、自分が疑問にしていることが何かと言う疑問が解決されていない。





「ん〜。別にいいんじゃないかな? 約束とかもそんな大変なものじゃないし」

キョトンとした顔でまき絵が答える。
本当に大して気にしていなかったようだ。
あっけらかんとした返答だった。




「アスナは考えすぎアル。もうチョット楽にするヨロシ」

近くで聞いていたクーフェイもまき絵に賛同した。
だがクーフェイの場合、単にお気楽なのかもしれない。






そういった下らない推測は、ことごとく排除されていくのだった……。












































「はい。みなさん。3時間経過しました。頑張りましょう」

樫の木でできてそうな、ものごっつ固いっぽい木刀を片手で担いでいる白桃が言う。
そう。
地獄の勉強会が始まっていたのだ。





何故月戒の家にあるのかはわからないが、生徒用の机で皆勉強している。
地下室で。



ネギも何故か勉強しているが、細かいことは気にしない。
白桃が教えているから、これ以上は不用らしい。








かれこれ3時間、『誰も席を動いてはいない』
約束を守って……もとい。
約束を守らされている。







座っていることに耐えられなくなったハルナがのどかの元へ旅立とうとしたが、
その瞬間に動きが殺された。

続いて、隣にいるアスナに声をかけようとしたら声が消えた。





ちなみに、一見約束を破っていないように見える者もいる。
夕映・アスナ・このかの3名である




夕映とこのかは一度ずつ席を立っている。
トイレに行こうとしたから立てたのだ。

アスナは言葉を発している。
正し、白桃に対する理科の質問だ。



やはり、約束を守っている。





















刻一刻と時間が経過していく……。



あれから、思い出したように白桃は部屋から出ていった。
だが、誰も席から立てず、誰も喋れない。
仕方ないので、筆談が展開された。















(ねぇねぇ。ちょっとおかしくない?)

ハルナがアスナに紙を見せる。



(確かにね。声が出ないし、おトイレ以外の事で動こうとすると動けないのよ)

ハルナにアスナが見せた。



(催眠術でもかけられたんでしょうか?)

夕映が後ろを振り向いて二人に見せる。



(かもねー……。なんか念入りに言ってたし)
(夕映もそう思う?)

アスナとハルナが同時に書き上げて夕映に見せる。



(そこがまた怪しいですね←アスナさん)
(あくまで憶測ですが←パル)

機用に夕映は返した。



(おなかすいたー!)

まき絵が関係の無いことを筆談中の3人に向かって主張する。















ガチャリと鋼鉄製のドアが開く。
白桃が、いくつか食べ物らしきものを運んできた。
配膳は既に終えられているらしい。

「みなさん。食事を用意しました。今から30分間は自由ですよ」



全員、糸が切れたように身体が軽くなる。
言の葉の戒めから開放されたのだ。




「つ……疲れたでござる」

「あ〜〜〜〜う〜〜〜〜〜〜」

「何だったアルか? さっきまでの不自由さは……」




楓・まき絵・クーフェイは次々とうなだれて声をあげる。
完全に体力を削ぎ取られたようだ。
流石のバカレンジャーも勉強には勝てないらしい。




が、のどか・夕映・このか・アスナ・ハルナ・ネギは全然平気だったりする。


元々勉強のできる、のどか・このか・ハルナ・夕映。
勉強がただ単に苦手なだけのアスナ。
学習意欲は人一倍のネギ。

彼女等が疲れる理由など無かった。


が、目の前に広がる光景が疲れを炙り出した。






今までとは打って変わって、楽しそうな表情で白桃が説明を始める。
勿論、配膳された料理のだ。



綺麗な赤色のゼリーを指差す。

「これはですねっ♪ マグロの目玉と着色料をふんだんに使ったんですよ!」



続いて、御飯を指差す。

「これはですねっ♪ ビタミン剤を何と! 炊いちゃったものなんですよ!」



嬉しそうに、味噌汁を持ち上げる。

「そしてこのお味噌汁はっ♪ ドリンクと赤味噌とコーヒーを煮込んで作りました!」



フライを箸で摘み上げる。

「このフライ、カエルなんですよ♪ 最高級のウシガエル♪」






嫌な説明を聞かされた。
食欲を確実に削ぐ。
コテコテの料理に、ゲテモノデザート。
よっぽど空腹で無ければ全く食べる気はしない。



「あ! 味見はしてませんよ♪ 御出しする食べ物をつまむなんて真似はしませんからご安心を♪」


トドメだった……。






















「さぁ。朝ですよ皆さん。とっとと学校に……って今から言っても遅刻確定ですね」

目の死んでる少女たちに白桃は告げる。
普段から夜更かしになれているハルナとまき絵までもが死んだ魚の目をしていた。

一睡もしていない。
しかも、遅刻確定。
食事はまずいし、環境も悪い。
その上、風呂にも入れない。
かろうじてテキストが優秀だったが、そんなことを考える余裕など無い。






「ご安心を。私が国級カスタムのリムジンを用いて時速150kmで皆さんを学校にお送り致します」

幽鬼のようにぞろぞろとリムジンに入っていく。
亡者の行進としか言いようの無い光景だった。
美女が揃って乗り込んでいくが、生気が全く感じられない。

筆記用具を持ったまま、全員適当に座っていく。
白桃はそれを確認すると、左側の運転席に乗った。



「さぁ。逝きますよ!」

ガンッ、とアクセルを踏みつける。
ホイールスピンのけたたましい音が鳴り響き、一気にスタートする。
加速する前に、すでに初速度が最大速度となっている。
爆走するリムジンは、一気に麻帆良学園まで直行した。











ちなみに、この後全員無事テストを受けることができた。
地獄のドライブで目がさめたようだ。
さらに言えば、2―Aは最下位脱出どころか学年1位となり、大きな結果を残した。





……リムジンのトランクが開いていた事は黙っておいた方がイイだろうか?
月戒も、ちゃっかり帰ってきてテストを受けたことも黙っておいた方がイイのだろうか?


















うん。
黙っておこう。
あんまり関係無いから……。





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