ゴーレムがハンマーを振りかぶる。
ゴーレムも重さを感じるのか、はたまた感性の法則ゆえか。
ゆっくりゆっくりとハンマーが持ち上げられていく。
そして、ハンマーがようやく最高点に達したとき、月戒の拳がゴーレムの頭に命中した。
ゴーレムは大きくバランスを崩すが、決して倒れはしない。
月戒の右手が、舐めるようにして裂傷を起こしていた。
拳の先から肩にかけて、スローモーションのように傷口が広がっていく。
だが、その傷口は縫うようにしてふさがっていく。
月戒の傷がふさがる一連の様子は滑らかで、芸術と思う者もいるだろう。
「だぁぁぁああ! 付加能力まで気が回らん! あのクソジジイめ!」
月戒は忌々しそうに右手の模様を、緑色の両目で睨みつける。
ゴーレムのハンマーが月戒を押しつぶそうとした、まさにその時だ。
第11話『LIBRARY ISLAND STORY4』
学園長は、月戒が魔法を使えないことなど既にに知っていた。
そう。
学園長が月戒にかけたのは、ネギが自らにかけたそれとは違ったのだ。
ネギの場合、魔法そのものを封印する。
だから、いくら詠唱しても魔法は発動しない。
しかし、根本的な魔力事態は変化せずに残っている。
月戒の場合、気の量そのものを下げられる。
無論、気は人体にとって必要不可欠な物である。
足りなくなれば身体も疲れる。
そもそも月戒や帝が使う『付加能力』と呼ばれる物は、気と大きく関係している。
『気の絶対値の引き上げ』・『潜在能力の開花』などといったように、
気の量を絶対値以上にすることで、余った気をその力に回しているのだ。
もちろん、付加能力を使い続ければ気の量も減っていく。
絶対値の手前まできたら、自動的に付加能力は使用不能になる。
月戒は気を奪われた状態になっている。
付加能力どころか、回復に関しても少し心配になっていた。
そんな月戒の頭に、巨大なハンマーが振り下ろされた。
月戒は咄嗟に後方に飛び退く。
ハンマーは月戒に触れることなく、地面にたたきつけられた。
「うぉ!? ……あぶね〜。今当たったら確実に致命傷だぜ」
珍しく、月戒は冷や汗をかいていた。
今までは、自らの感覚神経に電流を流して程よく麻痺させていた。
だから、痛みを気にせずに戦う事ができた。
だが、今は違う。
傷口の再生は間に合うが、電撃が使えなくなったら痛みが馬鹿にならないはずだ。
先ほどの拳撃までは、なんとか麻痺させられた。
しかし今は、部屋の温度まで正確に伝わってくる。
100%付加能力は使えない状況下にあった。
簡単に言えば、痛みでショック死しかねないのだ。
右腕の骨が粉々になっているが、気にしている場合ではない。
どっちにせよ、あまりの痛みに麻痺してしまっていたのだから。
月戒は走った。
若干速度が落ちている。
皮膚が焼けただれるのを防ぐためだ。
今まで異常な速度で走っても火傷一つ無かったのは、付加能力のお陰なのだ。
むしろ、炎や雷を浴びるほど傷の癒えも早い。
だが今は、ただの人間と同じ防御能力しかない。
故に速度を落しているのだ。
それでも充分過ぎるほど速いが。
尋常でない速さで月戒は駆ける。
先ほどの、出口の方向だ。
扉の問題を解けば開いていくといった、変わった仕組みの脱出経路。
最初は本棚にあった問題を適当に解いてみた。
そしたら本棚が動いて、非常口が見えた。
それを伝えに行ったとき、ゴーレムと対峙しているネギ達と鉢合わせてしまった。
それでもって、足止めを引きうけてしまった……。
「あのとき一人で逃げときゃ良かったかなぁ? ……ったく」
その一言を言うまでに、非常口についた。
案の定、結構高いところまでクリアしていた。
秘密がばれないように、小走りで階段をかけていく。
小走りとはいっても、やはり速かった。
そのまま走ったら、100Mは6秒くらいのタイムだろう。
1分もしないうちに、ネギ達の元にたどり着く。
「あれ!? もうゴーレム倒したんですか?」
ハァハァと息を切らしたネギが言う。
首元が、汗でぐっしょりと濡れていた。
他の6人は壁にある問題と向き合っていた。
「はっはっは。この通り無理だった」
月戒が、下の方をクイッと親指でさす。
「待たんかぁ! このあばずれどもがぁぁぁああ!」
心なしか、さっきよりも怒っているように聞こえた。
ハンマーこそ持っていないが、壁を削りながら順調に昇ってくる。
「ほら。いやな、結構頑張ったんだけど右腕がイカれちゃってさ。ホラ」
ネギが月戒の右腕を見ると、ブラブラとしていた。
骨が無いと言っても何ら問題なさそうなほどだ。
ネギの目が点になっていたのは言うまでもない。
「おぉ! アスナが問題解いたで〜〜〜!」
「私だってこのくらい解かるわよ!」
遠くで歓喜の声が響く。
それと同じくして、快音を立てて扉が開く。
とっとと走り去ってしまったため、月戒には気がつかない。
「ったく……。元気な嬢ちゃん方だなぁ…………」
月戒はそう言って、もう一度下に注目する。
螺旋階段を砕かんばかりの勢いで走ってくるゴーレム。
月戒の小走りとあまり変わらない速度だった。
「月戒! なんかもうスグそこまで……!」
「いいから昇ってくぞ」
ネギをヒョイと小脇に抱えて、月戒は走り出した。
「テメェらな……。ちっとは自分の力で走れよ! 特にまき絵!」
何故か、月戒はまき絵と夕映を背負っていた。
アスナの制服の上を使って、母親が赤ん坊を背負うようにしている。
ちなみに、夕映はまき絵の上だ。
「え〜! コッチの方が絶対速いじゃん!」
「確かにこうしている方が効率的かもしれません」
二人の声が後ろから聞こえてくる。
あのとき、まき絵が疲れてそうだからっておぶってやるなんて言うんじゃなかった。
夕映が足をくじいたときに、俺にまかせとけなんて言うんじゃなかった。
そんな思いが月戒の頭の中を駆け巡る。
「私の胸が当たって、結構嬉しかったりとかするんでしょー?」
「腕の中グチャグチャになっててそれどころじゃないわ!」
いたずらっぽくささやくまき絵に、怒声を浴びせる月戒。
楓とクーフェイはゴーレムの足止めをしているので、今は後ろにいる。
ネギはアスナ達の後ろをハァハァ言いながら走っていて、アスナとこのかは問題を解いている。
月戒の予想に反して、クーフェイが頑張っていた。
鉄甲による拳撃と意外に華麗な足技で、ゴーレムと同等に渡り合っていた。
お陰で、他の6人は順調に行動できている。
月戒は目を凝らした。
ハッキリ言って月戒には、終わりの無さそうな螺旋階段を延々と駆け上がるつもりなど毛頭ないのだ。
皆のそうなのであろうが、面倒くさがり故かその傾向は特に強かった。
ゴールの無いマラソンをする人間はあまりいない。
だから、ゴールを探す。
まだ遠いのなら黙っておけば良いし、近ければ皆に教えてやって活気付ければ良い。
そう思って目を凝らした。
一気に広がる視界。
近くの物体がぼやけて、遠くのものほど鮮明に見えてくる。
その視界の中に、残りの問題の数がハッキリと映し出される。
_______あと15問__________
月戒はその事実をやや歪曲して伝える。
「おい! 頑張れ! あと数問でエレベーターに着くぞ!」
「よっしゃ! これも解けたで〜♪」
「このか! 急いで次行くわよ!」
聞こえていない
ピクピクと月戒の顔が引きつる。
無理も無い。
皆のために良かれと思ったやったことなのに、完全に無視。
振りかえりさえしなかったのだ。
見かねた夕映が月戒に慰めの言葉をかける。
「月戒さん。あまり深く考えないでください。疲れますよ」
「……すまんな。どうも、やる事なす事全部裏目に出ちまってなぁ…………」
抹茶ナタデココ片手に、夕映は考えていた。
イロイロである。
目の前で起きているイロイロな事象である。
まず、ゴーレム。
自動で動いてるからには何かしらの仕掛けがあるのだろうが、全く解からない。
機械独特の音も匂いもしない。
次に、月戒の体力。
いくら比較的軽い二人とはいえ、もう三十分は背負って走っている。
にもかかわらず、平気で返答してくるのだ。
並の体力ではない。
体力ならバカレンジャーも負けていないが、これはこれでヤバい。
一般人には恐らく不可能なことを、平然とやってのけているのだ。
……夕映自身には意外と余裕があるようだ。
「やったー! エレベーターだ!」
月戒の背中で、まき絵が歓声を挙げる。
他の皆もそうだ。
ネギも、苦しいながらに喜びを顔に浮かべる。
皆、次々とエレベーターに乗り込む。
アスナ・このか・ネギ・月戒・まき絵・夕映・楓。
クーフェイが乗り込んだ時点で、全員乗れた。
……ハズだった。
『重量オーバーデス!』
沈黙。
沈黙。
沈黙…………。
月戒に視線が注がれたまま、沈黙。
思い空気の中、注目の的が口を開く。
「……死んだら化けて出てやるからな。最下位脱出できなくてもな」
月戒が、まき絵と夕映を降ろした。
そのままエレベーターから降りる。
元々立っていたので、単純に前に進むだけだ。
エレベーターを1歩出ると、月戒が振りかえる。
ネギは申し訳なさそうな顔をしているが、他の6人は違う。
「やっぱアンタが降りなきゃねー」とか、
「別にお前がいる必要は全く無い」と言う目だ。
なかなか腹の立った月戒は、少し言葉を足す。
「いいか? わざわざ命賭けてんだからな? 最下位脱出できなかったら人面詛じゃ済まんぞ!」
『重量オーバーデス!』
沈黙。
沈黙。
沈黙。
「機械の分際でグダグダぬかすな!」
怒りとともに月戒がエレベーターの押しボタンを蹴り壊す。
見事な後ろ回し蹴りがヒットした。
豪快な音とともに、ボタンは潰れる。
しかし、警報音は止まらない。
「追い詰めたぞ!こぉぉぉぉのド畜生がぁぁぁあああ!!!」
ゴーレムが迫り来る。
壁を崩しながら来たため、右腕が半分近く磨り減っていた。
それでも、勢いは落ちない。
「ちょっと!どうすんのよ!」
「私に言われても困るよ〜!」
「クーフェイさん。今何キロですか?」
「私は軽いネ!なんで楓やアスナに聞かないアルか!」
「まだスペース余っとるやん。根性無しのエレベーターやなー」
「ん〜…………」
「あの……僕が降りましょうか?」
「「「「「「あ! それだけはダメ!」」」」」」
井戸端会議が繰り広げられているが、全くもってそんな時間は無い。
しかし、満場一致でネギの提案だけは排除される。
堂々巡りの無意味な会議である。
「なぁアンタら。その本結構重いぜ? もしかしたら、コレ捨てれば大丈夫なんじゃないか?」
重量オーバーを宣告するエレベーターにスッと乗り込み、アスナから本をかすめ取る。
不意を突かれたせいか、アスナの手からは案外簡単に本が無くなる。
月戒は本を奪うと、そのままエレベーターの外に出る。
ついに、警報が止まった。
同時に、ゴーレムが迫り着ていた。
唖然とするエレベーターの中の7人に、月戒は携帯電話を投げつける。
条件反射なのか、このかが受け取った。
「なんやの?」
困った表情をしてこのかが問う。
月戒は間隔など空けずに返答する。
「それのアドレス張に『ロータス』って入ってるだろ?そこにかけろ」
このかが無言で首をかしげる。
それに続くかのように、全員無言で首をかしげる。
軽い溜め息をつき、月戒は説明を続けた。
「俺の家の侍女の番号だ。俺の家にあるテキストでも貸してもらえ。兄貴が半分以上の問題を
考案したテキストだから、それはもう効果絶大だ。……ほら、CMでも見たことあるだろ?」
ちなみにCMというのは、国級カンパニーの下請け会社のCMである。
何故かマッチョのアレな方々が腕立て伏せをしている。
3秒後に腹筋運動に変わる。
さらに3秒後には、背筋運動が映る。
そして、マッチョの中でもとりわけ大きなオッサンが青いテキストを持って一言。
『このテキスト! なんとIQ600を超える天才が作ったんです!』
で、隣のオッサンが一言。
『これでワシらも東大合格じゃ! のう! アニキィ!』
『おうさ!』
ガシィッ!と抱き合うマッチョなオッサン方。
何故か涙を流している。
画面右下には、『定価 28000円(税込み)』と、小さく表示されていた。
夕映とこのかとアスナとまき絵の中に、不快な記憶が呼び起こされる。
「え? あの気色の悪い生理的に不快なCMですか?」
「あれってホントに効果あるの?」
「あのセンスはちょっと狂ってたわね」
「インパクトはあったんやけどな〜」
余談だが、そのテキストを使って東大合格した奴は少なくないと言う。
「いいから電話しとけよ。あとな、俺は無事だとそいつに伝」
エレベーターの方を向いたままはなしていた月戒に、無常の拳が繰り出された。
ゴーレムは渾身の力で月戒を殴り飛ばす。
全員の視界から、月戒がいなくなる。
まさに一瞬のうちに視界から消えたのだ。
だが、声は響いてきた。
「いいか! そうしないとお前等の命がぁぁぁ…………」
……完全に聞こえなくなった。
それと同時に、無常にもエレベーターの扉は閉ざされた。
かくして、とりあえず当初のメンバーは脱出はできた。
エレベーターの中で、月戒が成仏することを皆が祈っていたのは言うまでも無い。
魔法の本が手元に無い今となっては、最下位脱出の自信は全く無い。
地上で待っていたハルナとのどかも安心していた。
皆わいわいとやっている中、楓と夕映は突如出現したエレベーターに驚いていた。
ふと、月戒の言葉を思い出したこのかが、電話をしてしまった。
月戒の携帯電話でそのまま、だ。
月戒の電話に登録してあった、『ロータス』へ。
プルルルルル、と小気味のいい音が聞こえてくる。
「もしもし? ロータスさんですか? あのですね、月戒君から…………」
『なんで坊ちゃんの電話から女の声がするんじゃ!』
一瞬固まるこのか。
勘違いかと思い、もう一度会話を試みる。
「………………はい? あのですね、月戒君無事ですから」
『坊ちゃんになんかあったらただじゃ済まさんぞボケェ!』
「それでですね、月戒君がテキスト貸してくれるて言うてたんですよ」
『八つ裂きなんかですむと思うなよ!この…………ぼべろばっ!』
巨大な炸裂音と、ロータスであろう人物の悲鳴が聞こえた。
何故か不安になってきたが、一応安否の確認をする。
「……あの〜?」
『はい。代わりましたよ。用件は聞こえていました。場所は特定できたのでお迎えに上がります』
「はぁ……。どーも」
『30分以内に行くので、動かないでくださいね』
電話は、一方的に切れた。
地獄の勉強会の前触れである。
だが、全てを知った上でイロイロな意味でお返しをした月戒以外は、その事実を知る由も無かった。
す。