「う〜〜〜ん……なかなか寝つけないよぉ」


薄手の毛布に包まったまき絵が呟いた。

気持ちはわからないでもない。
この部屋は適温にこそ保たれてはいるのだが、ずっと明るい。
暑い寒いの問題ではなく、眩しいのだ。
疲れてはいるのだが、この妙な光りが睡眠を邪魔していた。


無論まき絵は、自分が寝つけないからと言って他人を起こすような人間ではない。



そう。
他の人は皆寝ているのだ。

最初はネギを抱き枕にでもしようかと考えていたが、少し遠すぎた。





もう、1日は寝つけないでいる気がする。

そんなとき、誰かが台所に立っているのを見つけた。
















第10話『LIBRARY ISLAND STORY3』














国級月戒もまた寝つけないでいた。

なんというか、特に寝れない理由など無い。
正確に言えば、脱出できるかどうかの不安なのだろうが。
しかし、そんなことは関係無かった。
問題は眠れないことそのものにある。
眠れないことの理由などは関係無い。




月戒の計算が正しければ、今は午前7時。
すでに登校を開始する時刻である。

だが、イロイロな出来事が重なってそうはいかなくなっていた。


謎の地下室に隔離されたのである。
しかも人数がイキナリ増えたせいで、食料はあと4日程度。
まぁ、ジュースや菓子で誤魔化せば6日は持ちそうだった。



と、なればだ。
時間と食料を無駄にしないため、最低限の材料で効率の良い料理をする必要がある。
勿論、味も良くなければならない。
飲み水は腐るほどあるから問題は無かった。










まず、腐りやすい卵を優先的に調理することに決めた。


30個もあるので、適当にオムレツにして全員に配れば良い。
あと、トーストを焼いて牛乳をコップに注いで。
サラダなんかも作っておこう。
ドレッシングはココにあったので良いか。
マーガリンとジャムだけで満足するか?
いや、むしろフレンチトーストの方がいいか?



イロイロなことを考えながら次々と料理を作っていた。










考えることが面倒な月戒ではあるが、健康に関しては気を配っていた。
特に、他人の健康に関しては。






全て作り終えて、皿の上にも盛り終わった。
そして、さぁテーブルに並べようとしたときに、後ろから「くぅ〜」と小さな音が響いた。

俗に言う、空腹の際になるアノ音である。
その音が後ろから聞こえてきたのだ。



くるりと振りかえる月戒。
目に入ったのは、本棚の影からコチラを覗いているまき絵だった。




「あははははは……………………」


まき絵の乾いた笑いが響く。
その笑いは月戒に届いているのだろうが、聞こえていないフリをしている。




月戒は割った卵をボールに入れて手早くかき混ぜる。
プロとまでは行かなくとも、充分に上手といえる混ぜ方だった。
その卵の中に、色とりどりの具材を入れていく。
グリーンピースや刻んで細かくしたニンジン。
さらには、小さなプルーンを入れて混ぜる。
それをフライパンの上に落した。
甘い香とともに、見る見るうちに小さなオムレツができあがっていく。
オムレツができあがっていくと同時に、まき絵の空腹も増していった。





月戒は、完成したオムレツを器用に皿に移した。
箸とナイフとフォークとともに、それをまき絵に突き出す。


「他の連中には黙っとけよ。もう材料無いからな」

「あ……ありがと♪」



ぎこちない笑みを浮かべて皿を受け取った。
甘い匂いが、より一層強くなる。



「あ! ココで食えよ。匂いで他の奴が目を覚ますかもしれん」








まき絵は、はっきり言って月戒のことをそんなに信用していない。
尾ひれのついたであろう噂のせいだ。
まき絵自身も、噂が全て真実でないことくらいわかっている。
だからといって、そういう噂が流れるのだから可能性はある。
無論、可能性とは『変態』の可能性だ。


今の今までそんな動作は微塵も無かったが、余計に怪しい。
このオムレツを食べさせるための伏線かもしれないと思ってしまうくらいだ。



しかし、その思いを振りきった。
こんなギリギリに近い状況で、他人に気を使う人はそういない。
これだけ栄養のありそうなものなら自分で食べてしまえば良いはずだ。
なのに、わざわざ自分が来てから『作ってくれた』のだ。

まき絵はそう考え、ひとまずオムレツをいただくことにした。





左手のフォークで左端を押さえ、右手のナイフで切り分ける。
すると、またもや甘い匂いが広がった。
嗅覚を刺激され、食欲を増すような甘い匂い。

オムレツのひとかけらをフォークで刺し、口に運ぶ。
まき絵の口の中に、甘い香とふわりとした感覚が広がった。
一言で言えば、おいしい。
と言うか、起き抜けのまき絵がそれ以外の言葉で表現する方法は無かった。



「おいしい……!」


思わず声に出してしまう。
昨日の夜の食事が味気なかったから、余計にそう感じるのだろう。
細かいことはわからないが、美味しく感じた。








まき絵は、今なら月戒にイロイロなことを聞ける気がした。



今まで感じていた疑問の一つを月戒にぶつける。
誰もが気になっていたけど、誰も聞かなかったいくつかの質問。
失礼に値するかもしれないが、今しか聞くチャンスは無かった。




「あの〜……ちょっといいかな?」

「なんだ? 甘すぎたか?」


月戒は、ちょっと不安そうな顔でまき絵を見た。
それとは関係無く、まき絵は質問に入った。




「耳……もう治ったの?」

「ん? あぁ、そういや前怪我してたな。おう。もう治ってるぞ」

「おかしくない? 普通、痕とか残るはずなのに……」

「国級を甘く見るなよ? その程度の医療技術はある」






まき絵は腑に落ちないといった表情をした。


いくら財力があるからと言っても、おかしな話だ。
それだけの技術を持った者がいなければ、傷は無くならない。
いや、正確には『傷跡は消滅しない』
その点に引っかかっていた。

だが、ココで無理に話を進めて何も聞けなくなる訳にはいか無い。
その思いが、自然と話題を変えさせた。





「じゃあさ、なんで中学校なんか通ってるの? ……ネギ君から聞いたんだけどさ、小学校4年生の時
 には、もう大学3つ卒業してたんでしょ? 勉強しなくてもいーじゃん」


「そうもいかなかったんだ。俺の今までの行動を見てわかると思うが、ちょっとばかり……。ん?
 いや、かなりだな。社会的な集団行動力に欠けている。その訓練っていう目的らしい」


「皆と仲良くしたいなー、とか思ってるの?」


「ん? ……まぁな。でもよ、俺が金持ちの息子ってことだけで寄って来るヤツラとかいるだろ?
 で、それがムカツクから牽制してんだよ。朝礼であんなこといってる奴とわざわざ友達になろうと
 する奴だったら、そういう点では心配要らないだろ? ま、お陰で友達とか全然いないんだがな」


「ふ〜ん……」


「……お! 他のヤツラも起きてきたな。……お〜い! 飯作ってあるぞ〜!」



まだもう一つ、まき絵には聞きたいことがあった。









「なんで電気が出せるの?」









この質問は、後に意味を無くす。

いずれ誰もが知るのだから……。

















昨日と違い、今日はネギの授業オンリーだった。
皆楽しそうに授業を聞いている。
数学と英語を、45分ごとに交互にやっていた。
その45分授業の合間に、15分の休憩。




やはりネギは教えるのが上手い。と月戒は思う。


月戒には教育に関するセンスが無い。
要領良く物事を理解することができるが、それだけだ。
他人への伝達ができない。
よく『人は思ったことの10%しか口にできず、1%しか書けない』と言われているが、
月戒は全くそんなことは無い。
思ったことの1%も口にしているかどうか怪しいし、紙に書いたほうが効率が良い。
だから月戒は、ネギの教えられる教科はネギに任せることにしていた。















「〜〜〜〜〜っ! やっと終わったわね!」


アスナが、ぐぐ〜っと伸びをした。
肩がこっていたのか、自分の手でトントンと叩いている。
もともと勉強の不得意な彼女にとっては、必要以上の重労働かもしれない。
しかし、今回は自分たちの首がかかっていた。
『小学生からやり直し』などというデマに近い噂に触発されて、がぜんヤル気になっていた。




「アスナ〜! 私達ちょっと水浴びしてくるね!」

まき絵の声が鳴り響く。
「うん。 後から行くね〜」とアスナは軽く返した。

しかし、後から行ったのは正解だったかもしれない……。




















「っぷぁ! ……あ〜ダリィ〜〜〜…………。 頭が重い身体が重い足が重い〜……」




月戒は疲弊しきっていた。
湖の上に仰向けで浮いている。
腰に長いタオルを巻いているだけで、ほぼ全裸だ。



『 疲れ知らず 』とか長兄に言われ、少しむかついて藁人形と1日中向かい合ったり、
『 スタミナの塊 』と次男に言われて、三日三晩の殴り合いになり、
『 よ!この絶倫♪ 』とか姉に言われて、西回りで日本からアメリカまで鬼ごっこしたり……。



それくらい体力に自信があるのに、何故か疲れていた。



確かに、彼は頭を使うことが大ッッッッッキライで、ひとたび頭を使えばすぐ寝てしまうが、
いざというときにはそんなことは無い。
にも関わらず、物凄く月戒は疲れていた。

そこに都合良く温泉みたいな湖があった。
湯気こそ出ていないが、入浴するには充分な温度であった。
身体を癒すために、かれこれ2時間は浸かっている。
指などはとっくの昔にふやけていた。
もちろん、集中力など削ぎとられてかけらも無い。



その集中力の無さが、悲劇を生むのだった……。

















「ねー! ここの水、結構あったかいでしょ?」

「ホントアルな。 まき絵、よく見つけれたネ」

「………………うん♪」



まき絵とクーフェイと楓は水浴びに来ていた。
水浴びといっても、水はかなり温かい。
湯気こそ立っていないが、入浴するには充分な温度だった。



「良かった〜♪ ちょっとニオイ気になってたんだよね〜」

「でも服はどうするネ? 洗うにしても乾くまで時間かかるアルヨ?」

「コンロから火をもらってくれば良いでござる。 薪の代わりならいくらでもあるでござるし」



ちなみに、薪というのは本のことである。
この際、貴重な物だろうが何だろうが関係無い。
食べられる物を食べ、着れる物を着る。
もちろん、燃やせる物は燃やす方針だ。

これが、楓の得たサバイバルの教訓だ。
コレにそって動くことが、彼女にとって最良の手段だった。











「ん?」


入浴からしばらくして、楓が何かに気づいた。


水が揺れている。
厳密には、誰もいない方向からイキナリ波紋が発生していた。




「楓。 どうしたネ?」

「……誰かいるようでござる」



まき絵に声をかけようと思ったが、滝の奥にいたためそっとしておいた。
もしかしたら、不信な輩かもしれない。
そうしたら、まき絵はただの足手まといでしかないからだ。




2人は、ゆっくりと波紋に近づく。


















「う〜……ダリィ〜……。 眠いけど寝る気がしねぇ〜…………」

そこには、月戒がいた。

目には短いタオルをかけて目隠しをして、下半身はタオルで覆っている。
仰向けに浮いているため呼吸は問題無いが、浮いているだけだった。
何か目的があるわけでもなく、ただただ浮いていた。



それを見て、硬直する楓とクーフェイ。

どう考えても、コチラには気づいていない。
わざわざ声をかける必要も……無かった。




「あ〜……光が眩…………し…い?」

月戒のタオルが落ちるまでは。















「いやぁぁぁぁぁぁあああ!!!」

クーフェイの雄叫び(?)が響き渡った。
その雄叫びとともに、ショックで固まっていた月戒が蹴り飛ばされる。



「もべっ!」

奇妙な効果音で月戒は軽やかに吹っ飛んだ。
それはもう、物理の教科書に載ってそうな見事な放物線を描いて飛んでいった。
射出した角は、生徒に物理をわかりやすくするためにわかりやすくキッカリ45°を形成しており、
投擲することに最も効率良くエネルギーを消費していた。


月戒がまさにその最高点に達そうとしたその時、
どこから持ってきたのか、巨大な手裏剣を楓が投げつけた。
あの微笑のまま、寸分も違わず月戒のわき腹にクリーンヒットした。


空中で再び加速する月戒。
その代わり、手裏剣が余分な重みとなって、比較的固い岩場に墜落した。






「ノゾキとは最低アル!」

「うん。 確かに言えているでござる」



べしゃっという、何か間違った効果音を背に、2人の会話と入浴は幕を閉じた。












「あれ? 長瀬さんにクーフェイ。 もうあがったの?」

アスナが入れ替わりで入ってきた。
先ほどのクーフェイの雄叫び(?)は聞こえなかったようだ。
表情の中に、不安や焦りが見られない。



「もう温またアル」

「拙者もでござる」


簡潔に言葉を発し、2人はその場を後にした……。
























「いやぁぁぁぁぁぁあああ!!!」

次はまき絵の悲鳴だった。
この声はクーフェイのそれよりも大きく、全員に届いた。





「どうしました! まき絵さん!」

パジャマ姿のネギが、タオル姿のアスナと駆け寄った。
続いて、楓・クーフェイが現れ、後を追うように夕映とこのかが来た。









「フォフォフォ……油断したのう。小ネズミどもが」

「小ネズミと言えど、手加減などせんがのう」


2体ゴーレムが、まき絵をしっかりと捕まえている。
正確には、ハンマーを持ったゴーレムだ。





「よくも僕の生徒をイジメたな! 許さないぞ!」

ネギがむにゃむにゃと詠唱を始めた。
なにも小声で詠唱する必要は無いのだが、周りに一般人がいるので小声が癖になっていた。

そんなネギをアスナが止めようとしたが、もう遅かった。

「くらえ! 魔法の矢!」

バッとゴーレムに指先を向ける。












何も出ない。












「あ……あれ?」

調子がおかしいと思ったネギは、もう一度詠唱を始めた。
このかがポツリと呟く。


「ま……まほーのや? ど、どないしたん?ネギ君?」

「い……いえ、なんでもないんです! ホントに!」


ネギは今の今まで忘れていた。
自分で魔法を封印していたのだ。
しかも、タイミングが悪いことに、後1日で解けるのだった。

ポカンとした瞳で5人が見つめる。
魔法の矢が当たるはずだったゴーレムが、ふぉっふぉっふぉと笑っている。







「何のつもりか知らんが、わしらを倒してもこの地下迷宮を抜けるには3日はかかるぞい」

「え〜! 三日もかかったらテストに間に合わないよ〜!」
「ああ! もうダメアル!」


捕まっているまき絵が悲鳴をあげる。
後押しするように、クーフェイも嘆いた。

その時、夕映が声を絞り出した。




「楓さん! クーフェイさん! とりあえず、まき絵を助けてください! 」

「OKアル!行くネ楓! 」

「はいな♪ 」







夕映の指示に応じ、楓とクーフェイがハンマーのゴーレムに襲いかかった。



「ハイッ! 」

クーフェイがゴーレムの足元に潜り込んで一撃加える。
手甲をつけているため、威力は倍増された。
ゴーレムの足に亀裂が入る。


「ふぉ? 」

ゴーレムの動きが一瞬止まった。
そのスキをつき、楓がゴーレムの肩に飛び乗りカカトで一撃加える。
目潰しのような状態だ。

イキナリのことで、ゴーレムがビックリしてまき絵を握っていた手を離してしまった。
その失態に気づいたときにはもう遅かった。
楓がゴ―レムの腕を軽やかに駆け、まき絵をひょいと担いでいった。






「とりあえずここから逃げましょう! 」

まき絵が救出されたことを確認したネギは一目散に逃げることにした。
だが、それを遮るように剣のゴーレムが立ちふさがった。
剣を大上段に構えて待ち構えている。





「……万事休すでしょうか? 」

夕映が諦めの声を上げた。

魔法の本があるという発言をしたのは自分だ。
つまり、現状の責任のうち、いくらかは自分の行為によるものだと思っていた。
だからこそ、弱気な発言はしたくなかった。
間違いを修正したかった。
認めたくない過ちを、改善することで許されたかった。
誰も責めはしないけど、それでもなんとかしたかった。
だが、その希望はあっさりと断たれた。

いくら楓とクーフェイでも、2体のゴーレムには敵わないだろう。
アスナが加わっても足手まといだ。
自分とこのかとまき絵とネギには、戦闘能力は無い。

まさに、万事休すだった。











「くらえ! 『初代仮面ライダー式ライダーキ〜〜〜ック』!!! 」

剣を持ったゴーレムの左側から飛び蹴りをするヒトがいた。
見事な鋭角を築き、かなり高い位置から飛んできた。
ゴーレムはバランスを崩し、右に大きく倒れた。
そのヒトは、バク宙して見事に着地する。

ちょっと頭から出血していて、ズボンとカッターシャツしか着ていない。
素足でゴーレムに蹴りを入れたせいか、右足からボタボタと血が流れ出ている。
左のわき腹には本を抱えていた。

でも、誰も見たことの無い顔をしていた。









髪は血で固めてあり、かきあげてある。
赤黒くなっている髪が少し不気味だ。
目は両方とも緑で、髪の毛とは不釣合いな色をしている。
身体には物凄い筋肉がついているようで、カッターシャツの上からでもわかる。
足はすらりと長く、西洋人を思い浮かばせる。
顔つきは、上の上か、上の中に位置するモノだ。


でも、誰も見覚えが無い。









「ネギ! こいつが魔法の本だろ?出口っぽいが滝の向こうの本棚の後ろに隠れてた! そこから逃げろ! 」

そのヒトは、ネギに向かってパッと本を投げた。
ネギはその本をしっかりとキャッチする。






「どなたかわかりませんが、ありがとうございます! 」

「どうもご迷惑をかけて済みません」

「助かったアル! 」

「どなたか存ぜぬが、かたじけない! 」

「ホンマにありがとな〜! 」






ネギ・夕映・クーフェイ・楓・このかが、順に礼を言いながら去っていこうとした。
だが、アスナとまき絵はじ〜っとその人物の顔を見ている。






「ねぇ……あんた本当に誰? 」

「アスナ……このヒトってもしかして…………」






ヒトは大きく溜め息をついた。
そして、今度は大きく息を吸う。



「馬鹿かテメェら! 人様の顔忘れるんじゃねぇ! 」

こめかみに青筋が浮き上がるほど機嫌が悪いらしい。
キレイな顔をしながらも、鬼のような形相でヒトは続ける。









「国級月戒だよ! 全員揃って何寝ぼけてんだコラァ! 」









一瞬、全てが止まった。









「「「「「「「え〜〜〜〜〜〜〜!!?」」」」」」」














その瞬間、ゴーレムを含む全員が固まったとか……。



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