“ネギ・スプリングフィールド=英雄の詩”より抜粋
『あなたのおとうさんはねー、とっても有名な英雄……スーパーマンみたいなひとだったのよ』
スーパーマン?
『そう♪ 誰かがピンチになったら何処からともなくあらわれて、必ず助けてくれるの』
へぇ――スーパーマン――かっこいい――……
ネカネおねえちゃんも助けられたこと、あるの?
『フフ、それはひ・み・つよ♪』
『……じゃが、ヤツは死んだ。散々、無茶をやった挙げ句、お前をほったらかしてな。……馬鹿なヤツじゃよ』
『もうスタンさん、子供にそんな言い方……』
え?
「死んだ」っ……て?
『――もう、会えないってことよ……』
私の
零時間目『赤毛の少年魔法使い』
“サウザンドマスター”の異名を持つ大戦の英雄、ナギ・スプリングフィールド。
ネギ・スプリングフィールドにとって父ナギは、姉のネカネを含む周りの人間からその英雄譚を物心つく以前から繰り返し聞かされてきたこともあり、憧れという言葉では括ることの出来ない、神聖視された存在となっていた。
弱きを助け、強きを挫く、最強の魔法使い。
ピンチになったら必ず助けてくれる絶対無敵のヒーロー。
伝聞によって肥大化した父の偶像は、御伽噺話に登場する英雄そのもの。
そんな都合の良い存在などいるわけがないと、大人が聞いたら笑って捨てるだけの英雄を、幼い少年は夢想した。
死という言葉の意味すら理解していなかった幼年時代。
誰もいない家で一人、大好きな父の姿を想像して描いたこともあった。
ピンチになれば、大好きな父が助けに来てくれる……そう信じて真冬の泉にわざと飛び込んだことまで。
何も知らない子供のことながら、ずいぶんと危険な事をしていた。
その事をネカネに泣かれながら諭されたこともある。
それでも。
ネギはヒーローである父に憧れ、ただ会いたかった。
それは、想像力豊かな子供なら誰もが持つ正義の味方への憧憬。
ネギが持っていたものはただのそれと呼ぶには強すぎる代物ではあったが、所詮はその域を出るようなものではなかった。
――あの出来事が起るまでは。
住んでいた山間の村が突如、何者かの襲撃を受け壊滅した日。
その日の出来事を、ネギは一生忘れる事はないだろう。
次々に召喚される異界の住人、悪魔の群。
村の大人達は、一刻にも満たないわずかの間にほとんどが殺されるか、強力な呪を受け石にされた。
胸に渦巻くのは、異なる存在への本能的恐怖。
村は地獄と化した。
そんな中、何もできずに震えているしかなかったネギの目前で、たった一人で異形の群を蹴散らしたのは、ネギと同じ色の赤髪の青年だった。
圧倒的。
彼の敵を屠る姿は、あまりに圧倒的すぎた。
それ故に、幼い少年にはそれが悪魔のような所業に思えた。
怖かった。
それは無理もないことだったが、一時的はものであったにせよ、ネギはその青年に悪魔達に持ったものと同様の恐怖を覚えてしまった。
『お前に……この杖をやろう。俺の、形見だ』
だが、全てが終わった後。
彼は生き残ったネカネに手当を施し、ネギに自分の杖を託した。
悪魔などとんでもない。
青年の何処か優しい、包み込むような暖かい眼差しを感じた時、ネギはようやくそれが自身が憧れていた父なのだと気づいたのである。
その日。
死んだはずの父との運命的邂逅を経て、幼い少年にとってただの憧れだった英雄は、追いつき、追い越すべき目標へと変わった。
最強の魔法使いの血を受け継ぐといっても幼い少年ネギにしてみればそれは、遠き遥かなる道程。
しかし、そんなことは関係なかった。
ネギにとってもはや父は手の届かない幻影ではなく、明確な生きた存在なのだから。
全てが、その日から動き出した。
父が有した称号”
いつか再び父と出会うその時に、成長した己の全てをぶつけ、偉大な魔法使いたる父に培った自分の力を確認してもらうその日まで。
少年の成長は、めざましいものだった。
魔法への探求心、日々の勉学、己に貸した鍛錬によって著しい成長を遂げていく。
「勉強しないと、本読めないや。がんばろー」
真面目に。
「父さんが使ってた魔法、全然載ってない……図書室の本、全部読まないとね」
勤勉に。
「学校の勉強だけじゃ全然、足りないよ。魔法もだけど、やっぱり身体も鍛えておかないと駄目かな」
逞しく。
「あわわ、な、なんで僕がこんな目に……ぜんぶ見通しが甘かったってこと? わ、わあぁーーーっ!?」
逆境にも負けず、めげず、挫けず、降り掛かる全てをバネに。
山を、乗り越えて。
光陰、矢の如しとばかりに歳月は流れ――。
「ただのガキと思ってなめやがって。はっ、ふざけんなよ! その程度でおれを殺ろうなんざ片腹痛いぜ! 己の愚行、あの世で後悔しなっ!」
周囲の思惑とは裏腹に真面目で素直な少年は、わんぱくどころの話ではなく、実に逞しすぎな成長をしていった……。
穏やかな陽光がウェールズの山々へ今日も平等に降り注ぐ。
近代文明に毒されていない、深い緑の森に小川のせせらぎ。
高原の盆地に点在する小規模ながらも美麗な街並みは、今なお古き中世の様式を色濃く残している。
魔法使い達にとっての始まりの学舎の一つメルディアナ魔法学校は、そんなウェールズの情景の中にあった。
「〜♪」
まさにその場所は特等席だった。
ウェールズの緑豊かな風景を一望できる学舎下の芝生で寝そべりながら、平和そうにハミングを口ずさんでいるのは、まだ幼さを残す一人の少年だ。
まるでロンドン貴族令嬢のような整った顔立ち。
髪の色と同じ、意思の強そうな紅玉の双眸は、同じくらいの年頃の少年達にはない別の何かを感じさせる。
少年の貌を飾る唯一の品は、実用よりもアンティークであるところの装飾品としての意味合いが強い、小さな丸眼鏡。
者によっては眼鏡に奇妙な魔力の流れを感じ取り、それがマジックアイテムである事に気づくことだろう。
寝そべった状態での何気ない仕草。
だがその仕草にはどことなく隙が無く、十才の子供のものとは思えない雰囲気を醸し出している。
十人中九人が美少年と答えるだろう、近い将来の容姿が容易に想像可能な少年ネギ・スプリングフィールドは、先程受け取ったばかりの証書を広げた。
今日はウェールズ・メルディアナ魔法学校の卒業式。
幼年期の基礎過程を終えた子供達が“魔法使い見習い”として世界に羽ばたいていく、魔法使いを目指す者にとって第一の通過点ともいえる日である。
今日卒業する何人かの卒業生の一人として、ネギも卒業証書を受け取り、入念な準備の後に次の修行地へと赴く事になるのだ。
「ぴんちになったらあらわれる〜♪ どこからともなくあらわれる〜♪ ……っと」
広げた証書に淡い輝きを放ちながら文字がゆっくりと浮かび上がってきたのを受け、上半身を起こしつつ、もはや口癖ともいえるハミングを止めた。
(さ〜て、おれの修業先は……――!?)
いや、止めたというよりも固まったといった方がいいだろうか。
そこには、卒業後の修行地とやるべき修行内容が浮かび上がるのだが、その内容が問題だった。
「これ、冗談か何かだよな?」
見習い期間の修業先は多種多様だ。
オーソドックスなところでいえば占い師から始まり、魔法界にある高等魔法学校への入学、高名な魔法使いへの師事、はてはNGO団体の応援など実に幅広い。
今年卒業する数名の見習い魔法使いの中でネギの成績はトップ、文句なしの主席での卒業だった。
ならば、優良者へのそれなりに見合った修行になるはずである。
どんな修行でもこなせる自信はあるので、むしろどれほどやりがいのある修業先になるのか楽しみにしていたのだが――。
「ネギ! やっとみつけたっ!」
ガックリと肩を落としたネギに声を掛けてきたのは、一人の女の子だった。
小柄な身体にツインテールが揺れている。
幼なじみのアーニャだ。
いたくご立腹のようである。
「なんだ、アーニャか……」
「もうっ、探したわよ。勝手に一人でいなくなるんだから声ぐらい掛けてよねっ!」
「おれは探してないぜ」
「わ・た・し・が探してたのっ!!」
子供ながらの可愛い自己中な理屈も、普段のネギなら手近なカラカイ材料となったはずだったが、残念ながら今は厳しい現実に意気消沈気味だった。
「そっか。だったら、見つかってよかったな……」
「む……なんか元気ないわね。どうしたの? 最近のあんたらしくないじゃない。それにその口調、地が出まくってるわよ。他の人が聴いたらどーするのよ」
「……」
普段は猫を被り十才の真面目な少年を装っているのだが、仮面を被ったままなのも億劫な心境だ。
もっともこの幼なじみの少女には色々とバレているので、今更気を使う必要もないのだが。
気力のない少年にふぅと一息ついたアーニャの視線が、ネギの手に握られたままの証書へ向けられる。
「そう、そんなことよりも修業先! ネギ、何て書いてあった? 私はロンドンで占い師よ」
「へえ、占い師か。魔法使いらしくて良さそうな修業先だな……」
「なによ、気持ち悪いわね……あんたのことだからてっきり『つまんねー、平凡な修業先だな』とか言うかと思ってたのに」
図星だった。
普段の心理状態なら、ネギは間違いなくそう返していただろう。
少年の“仮面”にアーニャが気づいたのは五ヶ月ほど前。
たった半年にも満たない間だが、やはり幼なじみは伊達じゃないということか。
「で、結局のところあんたの修行ってなんなのよ?」
「――先生」
「……え?」
「先生になって、勉強教えろってよ。せっかく我慢して優等生演じてきてやったってのに、この待遇ぜってーふざけてるぜ」
そう。
至極簡潔だが、修行内容は『先生をやること』だった。
先生をやる能力に関して言えば、まったく問題は無い。
語学力はオックスフォード大学卒業程度、語学力ほどではないものの、その他の学力もそれに準ずるものを修めている。
問題は己の鍛錬へのプラスになるかどうかだ。
いかにネギが天才といっても、教鞭を振るうにはそれなりの準備が必要である。
そして、準備には時間が掛かるのだ。
それに加え、学校行事や他の先生方、生徒との人間関係……費やされる時間は並大抵ではなく、はたして魔法や身体の鍛錬に時間を割けるかどうか怪しかった。
(じーさんに修行地の訂正、掛け合ってみるか? いや、初めから素で勝負を挑んでみるのも面白いかもな……!)
姉のネカネにすら秘密にしていることだが、ネギの本性は見た目通りの十才の真面目少年ではない。
その実力はただの秀才少年などではなくもっと異質な何かなのだが、それを大人達が知ればきっと彼らも考えを改める事だろう。
危険な考えが頭を掠め始めたネギの顔をじっと見ていたアーニャが、納得したように笑いながら言った。
「……いいんじゃない?」
「あ?」
「先生、意外と似合ってるかも。前のドジでボケなあんただったら心配するけど、今のネギならその必要も無いしね」
「お前なー、先生だぞ。先生! んな堅っ苦しい修行、おれには務まらねーよ!」
他人に物事を教えるなど面倒なだけだと、本心見え見えのネギにアーニャはため息をついた。
「ネギ、あんたは確かに凄くなっちゃったけど、そういうところは昔と全然変わってないよね」
「はぁ? 意味わかんねーこと言うなよ。おれの何処が変わって無いってんだ?」
「そういう思い込み一直線で、馬鹿なところが変わって無いって言ってるの! だいたい、簡単に務まるなら修行にならないでしょ?」
「う……ぐっ、それは確かにそうだけどな」
痛いところを突かれ、ネギは思わず言葉に詰まった。
(アーニャのやつ、本当に十一才かよ? 幼なじみだからってなぁ……)
精神年齢は確実に自分の方が上だと(ある意味、事実そうなのだが)、そう思っていた幼なじみに諭されたことは少し驚きだった。
アーニャは十一才、一応ネギよりも一つ年上ということにはなっているのだが、本当によく見ている。
「修業先って先生達の意向もあるけど、証書に掛かってる運命選択は本物だし、修行先に間違いは無いと思う。鍛錬以外にもネギに足りなかったものが、きっと見つかるんじゃないかな?」
「アーニャ……」
「それに、先生をやれば色々な人と知り合いになれるじゃない。生徒とか、年が近かったりしてきっと楽しいよ!」
「……そうだな」
嫌だ、なんだと駄々をこねるのは理屈を知らない者のすることだ。
自分の苦手なものに敢えて挑むのもまた、成長には違いない。
それに――。
(ま、ここしばらくは苦労の連続だったし、寄り道もたまにはいいか。しかし、女子生徒と仲良く楽しくってのも悪くないな。パートナーの問題もあることだし、そろそろ仮契約も試しておくか……って、そう考えるとなんだ。堅っ苦しいどころか、マジで面白そーな修行だな。ククッ!)
あっさりと消沈状態を脱し、ネギはこれからの明るそうな未来に頬を緩ませた。
むしろ、ここしばらく無いほど闘志が燃え上がる。
いやがおう無しに心が高揚し始めていた。
アーニャが期待したベクトルでのものでは、明らかに無いのだが……。
「ありがとーな、アーニャ。おかげでちょっとは前向きになれたぜ」
「ふん、礼なんていいわよ。ウジウジ悩んでるあんたなんかあんたらしくないし、私もそんなんじゃ張り合いないしね。それに私は、あんたの幼なじみなんだからっ!」
「……そっか。幼なじみだもんなー」
頬を少し朱染めてそっぽを向くアーニャに苦笑する。
一緒にいる時、少女の仕草に見え隠れする自分への好意を、ネギは自覚していた。
それが友人、幼なじみに対するものなのか、それともまた特別なものなのかはわからない。
ネギにとっても、姉のネカネ同様にアーニャは近い、特別存在だ。
恋愛の対象にするには、残念ながらまだ数年の歳月が必要となりそうだったが。
答えを出すにはまだ早く、二人の距離は近すぎた。
いずれにしても、結果がずいぶん先になりそうなのは確かだ。
修行期間はともかく、しばらくはこの幼なじみの少女ともお別れである。
アーニャの修行地ロンドンとネギのそれとでは、あまりに遠い。
「それで先生になるのはいいけど、修業地って何処なの?」
「修行地? ああ……」
照れ隠しにそう尋ねる少女への、一時の別れへの手向けを用意するために立ち上がるネギ。
仮面がばれた時、ネギは自分の全てをアーニャに明かした。
そして彼女は、ありのままのネギを今まで通り受け入れてくれたのである。
その際にアーニャが『悪くないわよ』と言ってくれた姿へと、己をシフトさせるべく呪文を編む。
口ではそんなことを言っていたが、彼女はその時のネギを気に入ってくれたようだった。
だからそれは、自分を気づかってくれる幼なじみへのささやかな礼。
特殊な術式。
普段使い慣れている通常の魔法とは異なる類の呪文。
魔法発動媒体は杖ではなく、左腕に備わった銀製の腕輪だ
限定解呪施行 ネギ・スプリングフィールド
呪文の完成に合わせ、眼鏡を外して素顔を晒すネギ。
すると小さな光が少年の周囲を取り巻き、次の瞬間一際強い輝きを放った。
変化は一瞬だった。
光が消えた後、そこに立っていたのは背の小さな子供ではなくスラリとした長身の青年、いや少年。
年の頃は十七、八才といったところだろうか。
燃えるような赤い髪。
自信に満ちた貌、その口元に浮かぶは不敵な笑み。
別人……否、少年ネギの面影を色濃く残す美貌の少年は、ネギ本人以外の何者でもない。
突然の出来事を前に硬直したままのアーニャへ笑い掛け、右手を宙に差し伸べる。
一瞬。
空を鳥が舞った時のように陽光が陰る。
それと同時に少年の手に握られたのは一本の杖。
幼きあの日、自分を救った父から受け継いた魔法使いの杖を掲げながら、ネギはアーニャの問いに答える形で言った。
「おれの修業先は――日本だ」
誓いの日から逞しい成長を遂げた少年ネギ・スプリングフィールド。
数ヶ月後、遠い異国の地で始まる生活。
そこで待ち受ける数々の難題、そしてその地にて自分の人生に関わる”運命”が待ち受けていることを、彼はまだ知らない――。
続く
あとがき
初めまして、自称SS書きの三剣と申します。
“ネギま”の二次創作SS『私のマギステル・マギ』のプロローグ的初話を最後まで読んで頂き、ありがとうございました(読んでなかったらすいません)。
私にとってネギまを題材とした二次創作は本作が初めてとなりますが、この“ちょっと強いネギの活躍するお話”を楽しんで書いていきますのでお付き合い頂ければ嬉しいです。
では、また次の機会に。
Ver.102