アスナが居たのは、校舎の入り口と石造りの幅の広い階段とを挟んだ大通りのような道
コンビニかスーパーからの帰りであるのか、学校の物ではない荷物を右手に持っている

歩きながら左手のメモで買い忘れた物がないかを再確認しているとき、大量の本を抱えたのどかが目に入った
顔を隠してしまう高さに積まれた本のせいで前が見え難いのか、フラフラしながら階段を下りている
その危なっかしげな足取りが心配になり、手を貸す為に近寄ろうとした瞬間
バランスを崩したのか、悲鳴を上げたのどかが柵も手すりもない階段から一直線に落ちていくのが見えた

反射的に駆け出したアスナは、1秒も経たない内に階段の縁に辿りつく
階段の下の惨状を覚悟して視線を落とすが、そこに広がる光景は異様なものだった
地面から数十センチ浮いているのどか
たった一歩で数メートルの距離を移動するネギ


「あ、あんた……」

ほとんど独り言のような呟きが震える口から零れ出る
しかし風の悪戯か、それとも思ったより大きな声だったのか、その呟きがネギには聞こえてしまったらしい
青ざめた顔で振り仰いだ彼と、目が合った



 第2話:厄日



学園長室の中央に置かれたテーブルを挟んで、ジークと近右衛門が対峙している

「サウザンドマスターを狙う者達は“暴虐なる王ユス・コーゲンス”や“黄金の士師インペラトル”など、他にも例が挙げられます
 それらは確認されている中で、“天上の楽園”と同じくらい規模も大きく、危険度が最上級レベルの組織ばかり……
 しかし堂々と動いているにもかかわらず、我々はその尻尾を掴むことが出来ません
 ネギ君の存在の発覚だけでなく修行先の情報まで、いくら“裏”で集めたとしても限界がある

 ―――王手です」

二人の間にあるテーブル、そこに置かれているのは縦横をそれぞれ9マスに仕切ってある一枚の板
将棋である
近右衛門が暇潰しに碁でも打とうとジークを呼び出したのだが、彼がルールを知らなかったので将棋を指すことになってしまったのだ
何故ジークが将棋のルールを知っていたかは疑問だが

「つまり、どこかで“表”と繋がっている可能性があるわけじゃな
 例に挙がった組織から考えると、“表”もそれなりに大きな規模を持っているということになるのう

 ―――……待」

「『待った』は無しです」

それからしばらく盤上を睨みつけていた近右衛門だったが、渋々といった風に投了した

「これからは大規模な組織への不用意な接触は控えるべきですね
 どんな情報網を“裏”が持っているのか分かりませんから」


「何か欲しい物があるなら遠慮なく言うてくれ」

いつの間にか自分の机に向かっている近右衛門が、テーブルを片付けているジークに問いかけた
問われたジークは何事かを思案する

「そうですね……
 ではこの学園の地図と、校舎の見取り図を用意してもらえますか?
 ここでは迷ってばかりなので」

その返事に何かを思い出したようで、机の中からB4サイズの封筒を取り出す
ゆっくりとした動作で席を立ち、その封筒を丁度片付けを終えたジークに手渡した

「この中に入っておる
 他にも必要な物も入れてあるから持って行きなさい」

どうやら渡すのを忘れていたらしい
そのことに気付き、苦笑しつつ中身を確認す
まず目に入ったのが、何枚かの紙に分けられた詳細な地図と主要校舎の見取り図、そして何か長方形の小さな手帳のような物
湧き起こる嫌な予感を押さえ込み、中からその長方形の物体を取り出す

「……これは?」

問いつつも、予想通りの物が出てきたことに心中で溜息を吐く


その様子を黙って見ていた近右衛門は、再び机の中を探り目当ての物を取り出した
そして、手にしたそれをジークの目の前に掲げる

「教師をやる以上、これが無いと何かとまずいじゃろ?」

封筒の中に入っていた長方形の手帳もどきと近右衛門が手にしている物、それらはパスポートと教員免許証だった
確かにジークは教員の免許も持っていなければ、転移魔法で日本に来た為空路は利用していない
しかし、ドイツに居たときにパスポートを取得してはいない――ということは、

「公文書偽造かよ」


  ―  ―  ―  ―  ―  ―  ―  ―  ―  ―  ―  ―  ―  ―  ―


ジークが思わず素でツッコミを入れてしまっていた頃、ネギは窮地に立たされていた


「あ、あんた超能力者だったのね!?
 ごまかしたってダメよ! 目撃したわよ、現行犯よ!!」

今にも頭をぶつけてしまうかのような距離まで詰め寄るアスナ
それを必死に否定しようとするネギだったが、口から出るのはもう言葉になっていない
弁解の余地もなく、彼女の迫力に飲み込まれているだけだ

「白状なさい、超能力者なのね!」

ネギから取り上げた杖を頭上で振り回しながら、アスナは更に問い詰める



今二人が居る場所は、先程のどかが足を滑らせた階段から少し離れた所にある道の脇
木の多いこの学園では、道を脇に逸れただけでも身を隠すには十分すぎるスペースがある
魔法を目撃してしまったアスナはネギを抱えてその場を離れた
気絶したのどかとアスナの以外に誰も居なかったのが不幸中の幸いだろう
その後ネギを連れ、離脱に成功したアスナは尋問を開始していた

木に体を押し付けられたネギは、身動きすることが出来ない
そして、目の前でアスナの剣幕に気圧されていることもあり、遂に一つの決断を下した

「仕方ないですね……
 秘密を知られたからには、記憶を消させていただきます!」

それを聞いて驚きの声を上げるアスナを無視して、ネギは杖を構える
いつの間にかアスナから取り返していたらしい

「ちょっとパーになるかもですが、許してくださいね」

さらりと衝撃的な事実を言い放ち、何やら呪文のようなものを呟き始める


  ―  ―  ―  ―  ―  ―  ―  ―  ―  ―  ―  ―  ―  ―  ―


「ん?」

突然近くで魔力の放出を感じ、眉根を寄せるタカミチ
しかしそれは交戦というようなものではないし、殺気も感じられない
ネギの歓迎会をやるということでこのかに呼ばれてA組へ行く途中だったが、様子を見る為にその場へと向かう

異変を感じた場所はタカミチの歩いていた大通りの脇
辿りつくまでに1分と時間はかからなかったが、その間に魔力の放出は止まってしまった
だが、その割に2人の人物の気配がまだある
もう危険性がないことは確認したものの、どういう経緯で起こった事なのかを知る必要はあるので近づいていく

「おーいそこの二人、何やってるんだ?」

まだ視界に捉えられていない二人が口論をしていることに気付きながらも、それを無視して声をかけた
二人の口論が一瞬止まった隙に、目の前の樹に手を添えて身を乗り出す
そうして初めて、そこに居たのがネギとアスナであることに気付いたが……絶句
というのも、丁度タカミチの正面にいたアスナの服装が問題である
それはどう見ても学園指定のブレザーに手を通しただけの――正確に言うなら、ブレザー以外を吹き飛ばされた後――の姿だった

数秒にも満たぬ静寂の中を、アスナの悲鳴が木霊する



アスナの服をこのままにしておく訳にはいかないので、タカミチは替えの制服を買うために売店へ
この広い学園の中にはいくつもの支部と言うべき売店がある
しかし、今居る場所から一番近い売店だと制服関係は置いていない
制服なら制服、文房具なら文房具と必要に応じて種類を分けて売っている所が多いので、やむを得ず遠回りをする

サイズ等を合わせなければならない制服などは、基本的に外の店に買いに行く
校内で買えるということは楽ではあるが、自分に合った大きさの物がある保証はない
その為、何か事情がない限り売店を利用する生徒もいないので販売している所自体が稀少なのだ
それでもどこでどんな物が売っているかぐらいは把握している
そのおかげで、意外と早く見つかった



店員に怪しまれながらも女生徒の制服を買ったが、何度も疑われたことで心に若干の傷が残りそうだ
しかしこんな所で落ち込んでいてもしょうがないので、急いでアスナに制服を届ける
そして、ひたすらアスナに謝るネギの声を背中に聞きながら、A組の生徒達に呼ばれていた事を思い出し教室へ向かった


「高畑先生ー」

校舎に入って間もなく、不意に声を掛けられ立ち止まる
振り返ってみると、そこにはジークが居た

「ネギ君と神楽坂を見ませんでしたか?」

どこを探しても居ないんです、と溜息混じりに言う様子に思わず笑ってしまう

「その二人なら……いや、用があるなら今は止めておいた方がいい」

あの場に居たたタカミチは、ネギの魔法が何らかの形で暴走した物だろうと推測していた
彼が得意とする魔法は風系統だったはずだから、あのような現象が引き起こされることも十分に有り得る
この一連の解釈は完全に的から外れたものだったが、さすがに魔法使いであることがバレてしまった結果だとは思わない
アスナの機嫌の悪さを考えると、どっちにしても今は会わない方がいいだろう
それがネギにも関係する事であるなら尚更だ

「とりあえず話は歩きながらしよう、あまり待たせるのもクラスの皆に悪いだろうし」

「待たせるって……A組がどうかしたんですか?」

思わぬ返答に首を傾げるジーク
そんな彼を見て、今度はタカミチの方が意外そうな声を上げる

「おや、聞いていないのかい?
 今から君とネギ君の歓迎会を教室でやるからって呼ばれたんだけど」



2階分の階段を上がり、右手に曲がってすぐの所に2-Aの教室があった
中からは賑やかに笑い声などが聞こえてくる
いつの間に追い越されてしまったのかは分からないが、もうネギ達はこの中に居るようだ
そしてジークもタカミチと共に、開け放たれたままのドアをくぐって中へと入っていく



 〜あとがき〜

大体この辺りが漫画での1話目後半といった所でしょうか
思っていた以上に進んでいないので、歓迎会の話は飛ばします
もし機会があれば外伝という形で書くかもしれません……書かないかもしれませんが




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