麻帆良学園構内にある広場。レンガによって舗装された地面と、中央に立つダヴィデ像がさながらミケランジェロ広場を彷彿とさせる。
 本来なら下校中の生徒や部活動へと向かう生徒が行きかっているのだが、放課となってからいくらか時間がたっているためか広場に人影はない。
 ――否、一人だけその空間に人がいた。

「っはぁ〜〜〜〜……」

 その一人であるネギ・スプリングフィールド教師はダヴィデ像の元に腰をおろし、ぐったりとひざに置いたカバンの上に突っ伏していた。

「つ、疲れたよぉ」

 思わずそんな言葉が口をついてでてしまう。
 1クラスの授業をすべて受け持つ、というのは10歳という外見とは裏腹に幼すぎる年齢の彼にとって――というよりも、一人の人間には――かなりの重労働であったことを、その言葉がすべて代弁しているかのようにも感じられるほど、そこ言葉には疲弊しきった響きがあった。

「というか、あのクラスのパワーがすごすぎるんだよなぁ……」

 ポツリとつぶやき、また大きくため息をつく。それというのも、授業が終わるたびに次から次へと質問がなげかけられ、それに答えているうちに休み時間が終わってしまうという悲劇を幾度も繰り返しているからである。

「おかげで、なんの授業してなにを質問されたかまったく覚えてないしなぁ」

 そう言って、さらにぐでっと体の力を抜く。
 義姉や知人にろくなあいさつも出来てないな、などと考えているうちに

「あ……」

 ふと、ひとつだけ鮮明に覚えている質問を思い出し、ネギは体を起こした。



 ……4時間目が終わり、昼食をとるため(質問攻めからのがれるために)教室を出て行こうとしたとき、

「先生、ちょっといいかな?」

 不意に声をかけられ、また質問かと少し不機嫌になって振り返るとそこにいたのは

「あれ? 和美さん」

 さきほどから質問軍団の後ろで、こちらの様子を伺っている少女であった。
 ――おそらく、質問の波が途切れるのを待っていたのだろう。

「どうかしたんですか?」

「あ、いや、その……こんなこと聞くのはアレかもしれないんだけどさ」

 少々あたふたとした様子で言葉を続ける和美。
 ……敬語でないのは、担任である自分の年齢が彼女たちより低いからなのだろうなと、少しためらうような表情をして悩んでいる和美を目の前にして、そんなことを考える。
 やがて意を決したのだろう、彼女はまっすぐとこちらを向くと

「――――先生って、昔私と会ったことない?」

 真剣な表情で言ってきた。そして、その言葉に


 チクリ、と頭の奥がうずいた。



NEGIMA! ―オルタナティヴ ヒーロー―
第三話〜再会、そしてばれちゃった?!〜



「う〜〜ん……」

 あの時和美に投げかけられた質問に対し、ネギは額に手をあててうなった。あの後、彼らにも彼女について聞いてみたのだが結局誰一人として彼女を知っているものはいなかった。

(ガーベラとソルベットはそれっぽいこと言ってたけどなぁ……)

 と言ってもソルベットは別人だと言い切ったし、ガーベラに関しては彼のことだから見間違いでもしているのだろう。

(ってことは、必然的に僕が会ってることになるんだろうけど……)

 ひざに置いていたカバンから名簿をとりだし、出席番号2番の場所にはられた和美の写真を凝視する。

「うー……む」

 うなりながらじっと見つめてみる。だが、彼女の顔を以前見たような気はひとかけらもしない。

「やっぱ、和美さんの勘違いなのかな……」

 結局その結論に至ってしまい、ネギは再びため息をついた。そして、そのままパラパラとページをめくっていく。やがて、生徒の部屋割りの書かれたページが開け、

「あ」

 そこでネギは目を留めた。彼の目線の先にあるのは一人の生徒の名前、
 ――――神楽坂明日菜
 今朝自分に見事な回し蹴りを入れてくれた相手である。そんな彼女と相部屋になった不憫な(というのは大げさかもしれないが)人は誰かと目線をずらすとそこに書いてある名前は

「――近衛……木乃香って、ええ!?」

 思わず名簿を落としそうになる。……つまり自分は今朝の学園長の話からすれば、木乃香と同じ部屋――すなわち、明日菜のいる部屋に居候することになるのだ。

「…………」

 いくら《やつら》から木乃香を守るためとはいえ、さすがにこれは勘弁である。
 今からでも学園長に断りに行こうと腰を上げかけ――動きを止めた。そうして、頭に浮かんだ一つの可能性について思案しはじめた。

(まてよ。木乃香さんと同じ部屋ということは、ひょっとしたら明日菜さんもこっちの世界の人なのかな)

 その可能性は十分ある。あの学園長が、普通の少女を自分の孫と相部屋にするはずはない。特にここ数年で活発になった《やつら》の動きを警戒するならなおさらのことだ。
 おそらく、明日菜という少女もなんらかの能力持っているか、魔法使いなのであろう。
 ……そう思うと、急に親近感が彼女に対して沸いてきて、ネギは顔をほころばせた。

(考えてみれば、こっちに来ちゃうと魔法とかについて話せるのってタカミチやマナくらいだもんなぁ……)

 ただ、タカミチは教師としての仕事があるだろうし、真名は真名でクラスメイトに自分と話しているのをあまり見られたくはないだろう。
 そうなるとあと一人くらいはそういった裏の話ができる相手がほしかったところなのだ。

(まぁ、なんにせよしばらくは木乃香さん達のところにお世話になろうかな)

ほぼ思い込むように結論をだすと、パタンと名簿を閉じた。そして、視線をあげると――

「だーれだ?」

 声と共に視界が真っ暗になった。

「うわっ」

 突然のことに何事かと混乱してしまう直前、鼻腔をくすぐった懐かしいにおいに彼はその手の人物が誰なのかを悟った。

「…………ふっ、ふふふふっ」

「な、なにがおかしいんだ?」

 思わず笑いがもれてしまい、目隠ししている人物が少々不機嫌そうな声をもらした。その反応にひどく懐かしさを感じつつも、その手をはずし少女のほうへと振り返った。

「だってさ、マナってそういうことするタイプじゃないじゃないか」

「う、うるさい……私だってたまにはこういうことだってするさ」

 笑みを浮かべながら言うと、少女――龍宮真名は気恥ずかしそうにそっぽを向いた。そんな彼女の様子にまた声をあげて笑う。ムスッとしていた真名もネギのその様子につられて、やわらかい笑みをこちらへと向けてくれた。

「……久しぶりだね、マナ」

「…………ああ」

 ようやくこのセリフを言うことができた、と胸中で安堵にも似た感情を味わいながらネギは自分の隣に腰掛けた義姉を見た。

「大変だったようだね」

「え?」

「クラスの連中のことさ。ひっきりなしに君のところに質問しにいっていたからね」

 その言葉に、ああとうなずいて思わず苦笑する。

「まーね……あのクラスのパワーはすごすぎるよ」

 ちょっとため息混じりに言った言葉に、違いないと真名は笑みをもらした。
 ……大きな声を出して笑っているわけではないが、そのやさしい笑みは2年前に別れたときと変わっておらず、心から彼女が笑っているのだとひしひしと伝わってくる。

「あのクラスの連中とは2年間一緒だったが、本当に飽きない。毎日毎日、新しい出来事が起きるからね」

 その一言いう表情に真名がクラスにうまくなじんでいることを感じ、ネギはほほをゆるめた。
 ……数年前までは義兄あにのタツヤや自分たち以外の人とのかかわりを極力さける節があった彼女だから、なおさらである。

「なにを笑ってるんだ?」

「あ、いや、なんでもないよ」

 眉をよせた顔を向けられて慌てて顔に浮かんでいた笑みを消した。そして、彼女に聞かねばならないことを口にした。

「マナ、こっちでも《ドルグワント》はでるの?」

「……ああ。だが頻度はかなり少ないさ、他の魔物やら魑魅魍魎に比べれば、な」

 こちらの言葉に、なんでもないように返答する。
 真名がこんな様子で言うということは本当に少ないからなのだろう。ネギは、その言葉に内心安堵の息をついた。

「……《やつら》は?」

 そして、本題へと入った。意識しているわけではないが、自然と声が固くなるのを感じる。それにつられ、二人の間の空気がピンと張り詰めた。

「……そっちも今のところ、ない」

 目を細めていった彼女の言葉。それに安堵の息を漏らすと同時に張り詰めていた空気がゆるんでいく。だが、ゆるんでいくにつれネギは自責の念にとらわれていった。


 ――もし、自分がここに来たことで《やつら》が動き始めたとしたら……。


 そうなったとしたら、それは間違いなく自分のせいである。そしてもし、そのせいで一般生徒に被害が出たとしたら――

「大丈夫。たぶん《やつら》は体制を立て直すのとアルタイルの動きを追うので手一杯さ。こっちには目もくれないはずさ」

 こちらの意思を感じ取ったのだろう、真名は慰めるように言葉を続けた。
 彼女の言うように、二年前までの戦いで《七ノ夜明セブン ディブレイク》の一人と《十二ノ黄昏トワイライト オブ トゥエルヴ》の半数を失った損壊はたとえ《やつら》といえど小さいものではないだろう。それに、師匠――アルタイルが各地で《やつら》の傘下の組織を根こそぎ破壊して回っている(らしい)。
 そう考えれば今動く、ということはほぼないと考えていいのかもしれない。

(だけど、あくまでそれは一時しのぎでしかない……)

 しばらくすればおのずとその目はこちらへと向くだろう。

「そうなる前に、強くならないといけない……」

 その事実に、決意が口をついてでた。
 ……そう、自分は弱い。タカミチや彼女は無論のこと、《アシャワン》でもない真名にも勝つことはできないだろう。

「ネギ……」

 強い意志を瞳に宿らせた彼の名をつぶやくと、義姉はゆっくりと自身の腕を彼の肩へとまわし言葉を続ける。

「大丈夫、君は強くなるよ。私が保証する」

「……ありがとう、マナ」

 まわされた腕に彼女のぬくもりを感じながら、ネギは笑顔を向けた。真名も、そんな彼の様子をみて、やわらかな笑みをこちらへと向けてくれて――

「ところで――ちょっと聞きたいことがあるんだけどね」

 唐突に質問を投げかけてきた。こちらが首をかしげている間にも、その笑みはにこやかなまま続いている。
「さっき高畑先生に聞いたんだが。
 君は一年くらい前にもこっちに来てたそうじゃないか?」

「うっ……」

 ばれた。
 その問いに最初に思ったのはそれだった。引きつった笑顔につぅと冷や汗が流れていく。

「おかしいねぇ……私はひとっこともそんなこと聞いていなかったのになぁ〜」

 あくまで笑みを崩さずに真名がわざとらしく言ってくる。心なしか、まわされた腕がギリギリと締め上げてきている。

「そのうえ、そのときに私は君にあった覚えはないんだよねぇ〜……どういうことかな、ネ・ギ・先・生・?」

 満面の笑みながらどす黒いオーラをまとった顔が眼前へと近づいてくる。彼の顔からはだらだらと汗が流れ続け、本能が危険信号を鳴らしてきている。

(ヤバイ……)

「えっと、その、あのー……それはね」

 わたわたと言葉をつなげようとするネギに、半眼になった真名の視線がささる。

「それは?」

「えーっと、ああ、あれ! 師匠がいわれたんだよ。『麻帆良にいる間は極力人に、特に真名には会わないようにしろ』って」

 早口に理由を説明すると、しばし真名はじっとこちらを見た後深くため息をついて顔を離した。彼女は額に手を当てると、悔しそうに顔をしかめる。

「くっ……アルタイルのやつめ」

「ま、マナ?」

 恨みがましい声をあげる彼女に思わずひいてしまう。
 ……昔から自分の義姉はこうだった。いつも自分のことになると何故か知らないがやっきになる。それだけ自分が彼女に思われているのだ、とタツヤや師匠は言っていた。

(――――もし本当にそうだとしたら)

 そう思うとうれしくなる反面、それに答えることができない自分がもどかしく感じてかなわない。目の前で小難しい顔をしている義姉に対し、申し訳ないという感情が滲みでてきて思わずネギは目を伏せてしまう。

「? どうしたんだい?」

「い、いやなんでもないよ」

 そんな様子をいぶかしまれ、慌ててその考えを頭から霧散させ目をそらす。と、

「あ……」

 高台に見たことのある少女の姿を見つけた。少女はその小柄な体とは不釣合いなほど大量の本を抱え、少々おぼつかない感じの足取りで高台からおりる階段へと歩を進めていた。

「ねえマナ、あれって僕のクラスののどかさんだよね?」

「ん? ああ、そうだよ」

 こちらの問いかけで少女の存在に気づいた真名が頷く。
 目の部分まで伸ばした前髪と物静かな雰囲気。遠めでそれだけしか把握できなかったが、やはり自分のクラスの生徒、出席番号27番の宮崎のどかに間違いなかったようだ。

「危なっかしいなぁ……大丈夫かな」

 彼女の足取りに不安を感じ、ネギは眉をひそめた。
 そんな彼の不安をよそに、のどかは階段へと足を踏み出し――それを踏み外した。

「なっ!?」

 恐れていたことが現実となり、ネギははねるように立ち上がった。

(まずいっ! あの高さから落ちたら無事じゃすまない!)

 固い舗装路へと叩きつけられるイメージを振り払いながら、キッと表情を鋭いものへとすると、ネギは背負っていた棒――《魔法の杖》を手にとり駆け出そうとして、

「待て!」

 その腕をつかまれ、静止させられた。驚いてそちらを見ると、真名が険しい顔で自分の腕を握っている。
 ――大方、自分が助けられるかどうか不安なのだろう。

「大丈夫、絶対助けるから!」

「いや、そうじゃなくて――――」

 何か言いたげな真名の手を振り切ると、ネギは落下していくのどかに向けて駆け出した。

「ラス・テル マ・スキル マギステル……」

 杖を片手に走りながら、呪文を詠唱する。詠唱に伴い、魔力が流水のごとく体を駆け巡る感覚が意識を支配していく。それは一つ呪文の言葉を紡ぐごとにより強くなり、ネギの意識を支配していく。詠唱を終え、それが最高潮へ達したとき、ネギは手に構えた杖をのどかへと向けた。


 ――瞬間、一陣の風と共にのどかの体が持ち上がる。


「よしっ」

 それによってできた空間へと自身の体をすべりこませ――

「ぐぇっ!」

 少女の体をその背に着地させた。
 衝撃に一瞬顔をゆがめるが、背に落ちたのどかの安否を確認するためにゆっくりと上体を起こしながら体をひねり、のどかを自分の体の前へと位置するようにする。その一連の動作の間も、彼女はぐったりとネギにその体を預けている。

(見た限り怪我はしてないし、落ちたっていっても僕の上に落ちたから大丈夫だと思うけど……)

念のため保健室に連れて行こう、と胸中でつぶやき視線をあげた。

「落ちたショックで気絶してるみたいだけど、怪我はしてないみたい。
 ね、ちゃんと助けれたでしょ?」

「…………」

 達成感からくる笑顔を彼女に向けると、彼女は渋い顔をして親指をピッと自分左へと向けた。
なんだろう、とネギはそちらへ目線を動かし

「あ」

 間の抜けた声を漏らした。
 なぜならばそこには、

「…………」


 出席番号8番、神楽坂明日菜がその勝気な瞳を丸くして立っていたからである。



+ + + + + + + + +



 神楽坂明日菜は目の前で起きた不可解な現象を、ただただ見ていることしかできなかった。


 階段から落ちていく無数の本と級友。そして、その場所から15メートルほど離れたところにいた、自分のクラスの新担任。落ちていく少女の元へと走りながら、彼は背にした棒状の何かを振るい、そしてその先端を少女へと向けた。
 ――瞬間、ふわりと少女の体が重力にさからい上昇する。それによってできたスペースへと彼は自らの体を滑り込ませ、身を挺して少女を受け止めた。


 一瞬の間――人が落ちるという間に起きた出来事。流れるようなその動き。
  だからこそ気がついた――その事柄のなかの奇妙さに。
   そして直感する――これは見てはいけないものだったのではないか、と。


「…………」

 唖然としてその光景を見ていると、担任――ネギの傍らにいた少女、龍宮真名の視線がこちらへ動かしてきていた。視線が交差し、瞳が一瞬ではあるが大きく見開かれる。
 だが、彼女はすぐにいつもの冷静な瞳になるとネギへと視線を向けた。視線の先では、ネギが嬉々として何かをしゃべっている。しかし、彼女はそれに答えることなくこちらを親指で指し示した。

「――――っ!?」

 ギクリ、とした。ネギは、嬉々とした表情のままこちらを向き――その表情のまま固まった。

「…………」

「…………」

 交差する視線。お互いにこのさきどうすればいいかわからない、といった状況のようでそのままじっと見つめあう。
 …一秒…二秒。刻々と時間がすぎていく。それでも動くことはない。それを傍観している真名も、成り行きを見守っているかのように黙ったままである。

「んっ……」

 しかしその均衡は、第三者――ネギの腕の中で気絶していた宮崎のどかのうめきによって崩された。それに気づいたネギは、真名のほうへと視線を動かす。

「マナ、のどかさんをお願い。僕は……」

 そこで区切ったネギがチラリとこちらを見やってくる。その視線に一瞬身を固くする。
 真名が無言で頷くのを確認したあと、ネギはのどかを彼女に預けゆっくりとこちらへと歩いてくる。
 コツリ、コツリと足音をたてて近づいてくる彼の表情は険しい。
 彼が自分の目の前まで来る間に、この場を逃げ出すこともできたのかもしれない。だけどそれはできなかった。彼の様子からくる若干の恐怖心よりも、アレはなんだったのか知りたいという自身の好奇心のほうが上をいってしまったから。
 困惑の明日菜の前へと彼は立つと、

「……すいません、場所を変えましょう」

 笑顔でそんなことを言ってきた。



 広場からほどよく離れた木の下へと明日菜はネギに連れられ、やってきた。左を見ればそこには先ほどの光景を見た広場が広がっているが、右を見れば眼前に木の群が映るという、まさに『森の入り口』と言える空間である。そこで先行していたネギが立ち止まったことで、彼女もまたその歩みを止めた。

「――で、場所を変えたわけだけど……なんなのよ、いったい?」

 大方先ほどの事態の説明だろう、と憶測しつつも明日菜はネギへとたずねた。彼はしばし背を向けた姿勢のまま立ち尽くしていたが、ポツリと

「見ましたか……さっきの?」

「え、ええ、そりゃもうバッチリと」

 背を向けられたまま投げかけられた問いに、さきほどのことを思い出しながら答える。

「そうですか……見ちゃいましたか」

 ネギはうんうんと頷き、そして――



「うぉぉぉぉぉ、やっちゃったぁぁぁぁぁぁ!!」

「うひゃぁ!?」

 頭を抱えて絶叫した。唐突過ぎる事態に飛びのきそうになりながらも、明日菜は絶叫を上げたままの姿勢で硬直しているネギを見やる。彼はしばらくその体勢のまま虚空へと顔を向けていたが、またも唐突にガクリと地面に膝をついた。そして、そのまま四つんばいになるように地面へと手をつき

「ああああああああ、まただ、また……」

 がっくりとうなだれた。
 三文芝居のような大げさな彼のしぐさに唖然とするよりほかなかった明日菜だったが、さすがにこのままだと話が進まないと思い、どんよりと影を落としているネギへと恐る恐る近づいてみる。

「…だけど……不可抗力で……もうわけ……」

 ……なにやらブツブツといっている気がするがあえて聞き流し、明日菜はネギの肩を叩こうとし、

「お願いします、このことは黙っていてください!」

「うひゃぁあ!?」

 その手を逆につかまれ再び悲鳴をあげた。懇願してくるネギは、目と同じ幅の涙を滝のごとくながしながらこちらを見てくる。そこには外見相応の凛々しいともいえるものはなく、内面相応――いたずらを見付かった少年を思わせるものしかなかった。

「周りの目も気にせずに魔法を使ったのは軽率でした! 今後は絶対にそんなことしませんから、どうかっ、どうか学園長には内密にお願いします〜〜」

「え、え? そんなこと言われても……」

 鬼気迫った顔の彼に気おされ、なんと答えて言いかわからず困り果ててしまう明日菜。そして、その言葉の中に気になるものを見つけ首をかしげた。

「魔法?」

 あまりに唐突かつ自然に会話に組まれた、あまりに現実的でないその言葉に思わずそれ反復してしまう。だが、その言葉を発した張本人はキョトンとした表情をし

「? そうです、魔法ですよ。なに言ってるんですか」

 当たり前のように言ってくる。その様子に、むっと眉をひそめ考える。

(……あれ、私なんかおかしなこと言ったかな?)

 確かに言われてみれば、あの時確かにのどかの体は浮かんだ。それは日常ではありえ無い光景であったのは確かである。何が起きたのか、と問われればそれはもう『魔法』などという非科学的かつ非現実的なもので片付けざるをえない……

「いやいや、待ちなさいよ」

 おかしな結論を出しそうになった自分を自制する。そう、問題はそこではない。問題なのは――

「つまり……あんた、魔法使いなの?」

 目の前にいる担任が『魔法』を使うもの、すなわち『魔法使い』であるということである。あまりにも非現実なことであるが、話の流れからはそう解釈せざるを得ない。

「そうですよ、なに言ってるんですか。明日菜さんだって魔法使いなんですよね?」

 ……こちらがわけも分からずいるというのに、目の前の魔法使い(仮)は再び当たり前のように言って――

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ」

 そこでまたおかしな部分に気がつき、明日菜は声をあげた。


 ――明日菜さんだって魔法使いなんですよね?


 そのフレーズが頭にこだまする。……そう、目の前の新担任は、彼女も自身と同じ魔法使いだろうというのである。
 無論、彼女は魔法使いなどではない。その上、魔法使いという存在がおとぎ話の世界だけでなく、現実にいるなどということさえ今この瞬間まで知らなかったのであるから、

「私、魔法使いじゃないわよ?」

 そうあっさりと答えるのは当然ともいえる。その答えを聞いて、ピタリとネギが固まった。

「……へ……?」

 漏れるようにして呟かれた言葉だけがむなしく響いた。そんな二人の間を、ひんやりとした風がなぜていく。

「…………」

「…………」

 無言のまま見つめあう。というより、一方的に硬直したネギを見つめる。そうしているうちにも、一筋また一筋と彼の顔を汗が伝っていく。
 だらだらとひとしきり汗を流したあと、彼は人差し指をたてた手をゆっくりと顔の近くまで持ってくる。笑顔を作ろうとしているであろう顔は、ピクピクと引きつっている。

「な、なら、誰かとの仮契約者とか、それともアシャワンとか」

「なによそれ」

「じゃ、じゃあ、宇宙人とか超能力者とか」

「ハ○ヒじゃないんだから」

「な、なら! ○ーデ○ネータ○とか錬○の戦士とか!」

「どれもこれも違うわよ!」

 さすがにうんざりして言うと、ネギはそのまま言葉を閉口する。そして、表情の無くなった顔のまま、ゆっくりと明日菜から離れていく。2メートルほど間合いをとったところで、ゆっくりと両手を頭の横にもっていくと、

「うわぁぁぁぁぁぁ、またバレたぁぁぁぁぁあぁっ!!」

 二度目の絶叫をあげたのだった。
 そして、そのまま地面に頭がつくんじゃないかというくらい体をそりながら、ひとしきり声をしぼりだした後、先ほど以上の落胆を撒き散らしながらガックリと膝を折った。
 ……なにやら同情を誘うような構図ではあったが、そのまま同情するわけにもいかないので、とりあえず明日菜は最大の疑問を聞いてみることにした。

「あ、あのさ、落ち込んでるとこ悪いんだけど……やっぱあんたって魔法使いなわけ?」


 ――ビクリッ


 短くネギの体が反応をする。だが、返事はない。が、キリキリとこの世の終わりを見たような顔をこちらへと向けてくる。

「あー、その、なんか知らないけどゴメン」

 とりあえず謝っておく。それを聞き遂げたネギは、再びカクンと肩を落とした。

「…………」

 どうしていいものか、と頭をかいたところで、明日菜はこの空間に自分たち以外の人がいることに気づき、そちらへと顔を向けた。

「龍宮さん……?」

 そこには級友、龍宮真名の姿があった。彼女はどこか冷ややかな視線をこちらへと送ってきていたが、やがてその視線は愕然と膝をついているネギへと向けられる。ぶつぶつとなにやら呟いている彼の姿を確認した彼女はあきれたような表情でため息をついた。

「まったく、ずいぶん落ち込んでいるね、君は。大体バレたのは今日がはじめてじゃないだろうに……」

 腕組みをして目下の少年を見下ろす真名。そんな彼女の言葉に少年は反応をしめした。

「そんなこと言っても、修行初日でバレちゃうなんて思わなかったから……」

 あまりに弱々しい声。それを聞いて真名はあきれた表情のまま頭をかいた。そして、わずかに眉を上げ、口を開いた。

「やれやれ、君は深読みが過ぎるというか、勘違いしやすいというか。前にも同じようなバレ方をしているんだ、いい加減学習をしたほうがいい」

「はい……すいません」

 シュン、と小さくなるネギ。そんな様子をみて、真名は再び、今度は大きくため息をついている。だがそこにあるのは失敗をしたものに対する侮蔑の表情ではなく、どこか温かみのあるようなそれでいて叱っているかのような表情。そう、まるでしっかりものの姉が失敗をした弟をたしなめるかのような。

「……ねぇ、二人はいったいどういう関係なの?」

 だから気になった。かたや、クラスメイトではあるがあまり言葉を交わしたことのないどこかクラスと一線を引いた雰囲気をもった少女。かたや、出会いがしらに失礼な言葉を浴びせてきた外見と中身ねんれいのつりあわない新担任。


 あまりに不釣合いで接点のない二人。そんな二人の関係が。


「……お前には関係のない」

「――――っ!?」

 そんな思いを断ち切ったのは、彼女の冷たい言葉とぶつけられた鋭い視線であった。仇でも見るかのごときその瞳、そこから発せられるプレッシャーに明日菜は額に汗を滲ませながらたじろいだ。

「ちょ、ちょっとマナ、そんないいかたないって。アスナさんは何にも知らないんだから、聞きたくなるのも当然だって」

 鋭い空気に、ネギが声をあげた。その視線を受けた真名から鋭さが消える。だが、彼女の顔は依然として険しく不機嫌そうである。

「……しかしネギ、君も君だ。どうしてバレたと分かった時に記憶を消そうとしないんだ。
 ――今も、あの時も」

 ……なにやら不穏な言葉があったがとりあえずそこは流して、明日菜はばつの悪そうな顔をして彼女から目線をそらすネギを見た。

「だ、だって、師匠が言ってたじゃないか
 『知られることは恐怖ではない、真に恐ろしいは知った者がそれを恐れることだ』
 ってさ」

「それはアルタイル自身の経験からきているんだ。君に当てはまる言葉じゃない」

「た、たしかにそうかもしれないけど……記憶を消すと一週間くらいパーになっちゃうし、それにアスナさんは悪い人じゃないと思うから……」

「は?」

 唐突に自分の名前が出て、明日菜は思わず声をあげてしまった。その言葉に真名は再び呆れたように頭をかいて、

「まったく、君ってやつはそうやっていつもいつも……。
 それに、高畑先生から聞いたが、彼女は初対面でいきなり君の顔に蹴りを入れたそうじゃないか。そんな人物をどうして『悪い人じゃない』なんていえるんだ?」

(う……)

 思わずギクリとなってしまう。確かにあんなことを言われたとはいっても、初対面の相手に蹴りを入れるというあまりに非常識なことをしてしまっている。それを考えれば、逆に彼に恨まれていても仕方が無いくらいなのだ。

「そ、そりゃ初対面の相手に蹴りを入れるのはどうかと思うけど……。
 けど、その前にアスナさん達、男の人達に言い寄られてて、そんななかでアスナさんはもう一人の子をかばってたんだよ。だから、僕は悪い人じゃないと思う」

「なるほど……」

 力強いネギの言葉に、真名が半眼でうめくようにして答えた。そして、なにかを諦めたように首を横に振ったあと、こちらへと顔を向けてきた。そして、ネギを親指で指差すと

「神楽坂、どう思う。こんなお人よし、見たこと無いだろう?」

「…………」

 『悪い人じゃない』そう言われて悪い気はしない。だが、たったあれだけのことでその評価を下すことができるものなのだろうか。自分だったら、そんなことはできないであろう。

(……そこがお人よし、ってことなんでしょうね)

 胸中でそう呟くと、明日菜は首を縦に振った。

「えぇー、そんなぁ」

 それを見たネギが、悲嘆の声をあげガックリとうなだれる。

「だれだってそう思うに決まってるだろう。まったく、どこでどう育ったらこうなるんだか……」

 腕組みをして不満顔で呟いている真名。その体勢のまま、彼女はネギを片目で見下ろし――そして深くため息をついた。

「ま、いつものことだからね……君については後でたーっぷりと話すとして、だ」

 そこまで言うと、真名はゆっくりとこちらへと視線を向けてきた。

「神楽坂、お前はどうなんだ? このことを他人にしゃべるか、しゃべらないか……決めるのはお前だ」

「――――っ!?」

 静かに告げた彼女の言葉に、思わず息を呑んだ。

(選ばせる気なんてないじゃないのっ)

 言葉と共にぶつけられる威圧するような鋭い視線。言葉こそ穏やかなものだが、そこに秘められたものは――殺気。

(話せば――ただじゃおかない、ってことね……)

 そこまでして守ろうとする秘密……それを目の前でうなだれている少年はすべて話してしまっている。しかも自発的に。

「……わかったわ、話さない。約束する」

 どこか不条理な部分を感じながらも、明日菜はそう言って深くため息をついた。

(――ほんと、今日はついていない)

 内心でそんなことを考えていると、ネギが顔をあげた。彼は先ほどの落胆した顔と打って変わり、キラキラと目を輝かせている。

「ほ、ほんとですか!? ありがとうございます」

 そして、ガバッと立ち上がりお礼を言ってきた。そして、がっしりと握手をしてその手をぶんぶんと振る。その後ろでは真名が安心んしたような呆れたような複雑な表情でこちらを見てきていた。

(――――ほんとに……ついてない)


 ちょっぴり泣きそうになった明日菜であった。





*あとがき*
 どうも、颯です。
 だいぶ遅くなってしまいましたが、第三話です。いや、遅くなって本当に申し訳ありません。
 しかも、なんかもう、スランプというかなんというか……全然まとまりのない展開かつ構成な気がしてならないわけですが……とりあえず、現状での最大限の作品に仕上げました。
 さて、今後ですが……いよいよ2-Aによるネギ君の歓迎会へと物語は進んでいきます。二話でネギ君が言っていた『知ってる顔』が誰なのか、ここで明らかになると思います。意外な人物が知り合いだったりする、かもしれません。四話も楽しみにしていただけたら幸いです。
 それでは失礼します。
(乱文・乱筆申し訳ありません)

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