「――む、妖気! ……あっちか!」

 遅い朝の鍛錬を終え、汗を拭っていた素子は裏から漂ってくる妖魔の気配に、傍らの愛刀『止水』を強く握りしめなおしながら妖気の発生源へと向かっていった。

 

 




 

愛と剣と男と女

十一の巻 『京都へ!』










 

 

 

 

 そこにいたのは動く木だった。
 まだ枝には葉がまばらで、根を足にしてあがくように進む。幹のいたるところから眼球が覗き、何かを探すようにぐるぐると回っている。
 その通った後は生気に満ち、草花が青々と生い茂る。
 対して、その樹の妖はまるで周囲の陰気を吸い込み、更なる魔に堕ちてゆく。
 そう、まるで全ての「負」を背負おうとしているかのように。


「奥義、斬岩剣っ!」

 「妖」を調伏すべく生まれた神鳴流。その使い手たる素子は使命を果たすべく、是非もなく斬りかかった。
 しかし断ち切られたはずの妖樹の腕は傷さえ付かない。
 その光景が信じられない素子は未熟故に意地となって追撃を加えようとする。

「待ちぃ、素子! 攻撃するんやない!」

 遅れてやってきた鶴子と景太郎の姿に、敵から距離をとりつつ振り返る。
 そして心外だと食って掛かるが、それも鶴子の次の言葉までだった。

「姉上! 何故止めるのです! 妖魔の調伏は神鳴流の……」
「アホォ! それ以前の問題や。木の妖魔にその刀を使うとはどういうことや!」

 その言葉に素子ははっとする。

 彼女の刀の銘は『止水』――土の属性を持つ刀である。

「……後でお仕置きや」

 流派の技の使用において根底に関わると言ってよい程の問題に鶴子のこめかみに青筋ができ、目の色が反転する。

「ほな、景太郎はん。後は頼みます。うちは他にやらなあかんことできてしもたわ」
「は、はは……わ、わかりました……ほどほどにしてあげて下さいね」

 景太郎も数えきれない程体験したその言葉の意味に冷汗を流す。

「いやっ、イヤや、お仕置きは勘弁やぁ〜〜〜……」

 無情にも鶴子に襟を引っ張られていく素子に景太郎達は涙を流してハンカチを振る。妖樹も一緒に振っているのはご愛嬌。

「……じゃあ、悪いけど祓わせてもらうよ。」

 双方ハンカチを懐にしまうと先程までのギャグっぽい空間は消え去り、一転して生と死の狭間のはりつめた空気がたちこめる。

「俺としては、さっさと片付けて朝ごはんが食べたいんだけどね」


――金龍、『金剛斧』


 妖樹はその一太刀で横一文字に切り裂かれた……

「金を以って木に克つ……って、なぁっ!」

はずが、


――GYYYAGOOOOOOHHHHH!!!!!


 その力さえも取り込んで、その形を大きく、そしてまがまがしく変形させる。
 今や鋼鉄と化したその腕が景太郎を吹き飛ばし、ひなた荘の壁に大きな穴が穿たれた。
 しかしそれ以上の反撃は不可能だった。
 なぜなら、不覚にも、不意打ちの思った以上のダメージに景太郎は気を失ってしまったのだ。
 そして、その様子に興味を失ったとでもいうように、妖樹は西の方角へとその姿を消したのだった。










「っ……く、ここは?」

 そこは見慣れた机、風景、匂い。彼自身の部屋だった。

「あら、やっと起きはりましたか」

 そこにまるで見ていたかのように鶴子が襖を開け、景太郎の側に座る。
 景太郎はその様子をボーっと見つめていた。
 未だに頭が混乱してうまく働いていなかったから。
 彼女は景太郎の額にのせられていたタオルを、持ってきた桶の水で冷やす。
 再びのせられたタオルの冷たさに、少しずつ意識の回路が立ち上がってくれた。

「あの妖樹は?」

 鶴子は無言で首を振る。

「式の報告によると、今は長野の山間を進んでいるそうや。このままやと、確実に京都へぶつかりますえ」
「しかし何故京都なんかに……」
「それは、どうやらなるはんがしょっちゅうストレスの捌け口にしてたらしいんや。加えてここはうまいこと龍穴がありましてな、偶然その木が影響を受けやすい個体やった、ちゅうのがうちの考えや」

 思考に沈む景太郎の髪を撫でながら鶴子が答えた。
 その言葉に景太郎の全ての線が繋がった。
 脳裏に素子と戦った日の夜、植えた枝がそうであるとしか考えられない。ということは……

――それ、原因って俺じゃん……

 背中に冷たい汗が流れた。
 とりあえず、アイツは俺が倒さなきゃならないということは確定らしい。
 しかし、おかしい。

「……ヤツは俺の金龍が効かなかった。木行であるはずなのにだ。しかも、有り得ない話だが、金気を吸収して成長してしまったみたいだ」
 
 そう、普通なら木を成長させるのは水の属性のはず。
 鶴子も少しばかり思案顔になり、

「それは変やな。詠春はんには電話で伝えとくけども、何とも今の西の戦力じゃ危ないやも知れへんなぁ」

 同時に景太郎は布団から起き出し、枕元の醒幻を手に取る。

「えぇ、けれども俺も行きます。体の方もずいぶん良くなったし」

 そのまま押入の戸を開いてそこにしまわれていた夢現を手に馴染ませるように掴むと、

「アレはたぶん俺しか、いやコイツでしか倒せないから」

 刀を腰に差した景太郎は何かを決心したような、力強い眼で鶴子に答えたのだった。
 鶴子も「やっぱりまたなんやな」と諦めにも近い感じで納得し、短くため息をついた。

「三度目は、ないえ? それに口止料に京都にはうちも連れてってもらいます」
「えぇ、ありがとうございます。さて、みんなにどう言い訳をしようか」
「そんなん、素子の修行でえぇやないか。あながち嘘と違うしな」

 鶴子の言葉に、景太郎は違う意味で嫌な汗を止めることができなかった。














「というわけで、一週間くらい修行に行くことにしたんや」

 朝の妖樹による破壊跡を鶴子と景太郎の修行のせいだとひなた荘の住民に説明し、なんだかんだと京都へ向かう理由を付けて誤魔化し今に至る。

「特に素子、その鈍りくさった身体鍛え直したるからしっかり準備しときや」

 ……ここらへんはマジっぽい。
 京都への同行を拒否し続けた素子は姉によってスマキにされ床に転がされている。お仕置きによるダメージがまだ回復していないのか、はたまた諦めたのかぐったりしていて動かない。地面がそこはかとなく濡れているのは悲しいからではない、きっと。
 そして景太郎と鶴子、留守を預かることになったはるかが軽く出立の挨拶を進める。


 で、その後ろでコソコソしている三つの影。

「なぁなぁしのぶ〜、キョートってウマイんかぁ?」
「ぶつぶつ……えっ、何? カオラ? あ、あぁ、確か京都は1192年に作ら……」
「しのぶ……それは鎌倉幕府や」

 思考に沈んでいたのか、テンパった見当違いのしのぶの返答にキツネがツッコミを入れる。
 ツッコミのためなら忘れかけていた勉強の記憶まで甦るらしい。さすが関西人(?)
 んで、そこで何かに気付いたのかニヤリとしてしのぶの肩に手をまわす。

「ははぁ〜ん、さては景太郎が鶴姉と二人(同然)で旅行に行くんが羨ましいんやろぉ?」

 案の定ビクッとした上に、慌てて「ち、違います」と慌てて取り繕うも図星だったのはバレバレな訳で。

「なぁ、ちょうど今日から中学生は春休みやったはずやなぁ……ウチも暇やし、旅行でも行かへん?」















「よ……よし、準備完了!」

 セーラーハットに真新しいワンピース、そして大きめなリュックを背負った少女がそこにいた。

「にゃはは〜、楽しみや〜」

 こちらはパーカーにパンツルック、キャップを被った少女。
 荷物はまだ、ない。
 そして、



「はぁ〜〜〜、何でウチがこんな役……」
「お前が旅行に行くと言い出したんだろ。それに今回はお前が保護者をやるんだ、せいぜい疲れて来い」

 キャスター付きの鞄を二つに、大きなリュックサックに背負わされてる細目の女性が……

「……京都は駄目だぞ?」
「うぐぅ」




 前途は多難なようだ。
























  あとがき

   お久しぶりです。Youth−K.です。
   文章自体は結構前にできていたんですが、HTML化する時間がなくて……
   まぁ、ただの言い訳ですが。
   書くこと自体は携帯でやってるんで楽なんですけどねぇ、いやはや。
   では、これからも愛剣をよろしくお願いします!

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