愛と剣と男と女
十の巻 『苦悩、葛藤、そして (下)』
「久しぶりどすな、景太郎はんがこないなことしはるのは。」
二人とも絵の中の登場人物であるかのように動かない。
「あの時は確か、大学で散々言われた時やったな。」
「・・・・・・えぇ」
彼と彼女の脳裏には景太郎が十五の頃入学したアメリカの大学で日本人の子供ということで天才だの何だのと皮肉されたり、様々な感情をぶつけられたことが浮
かぶ。
その度毎に必ず見返してやろうと机に向かう日々が続き、寝食を忘れた彼は部屋で倒れていた所を後から追ってきた鶴子に発見され、その後も止める甲斐なく、
幾度となく繰り返されたのだった。
「ほんに昔からこういう意地っ張りなところは変わりまへんなぁ。」
「そう、ですね。」
苦笑い。
「まぁ、景太郎はんどすから。そして、その解消方法も、な。」
景太郎はその言葉に一瞬ポカンとしたがその真意に気付くと沸き上がる想いが体を駆け巡る。
「クククッ、クハッ、ハハハハハハ・・・・・・ハァハァ、ありがとうございます。いいんですね?」
「勿論や。うちも久しぶりに景太郎はんと剣を合わせたい思っとりましたしな。本当なら二人とも万全な状態でやりたいところどすが・・・・・・」
言葉と共に脇に差した白木の鞘を抜き、右下に刀を構える。
「剣士としての血がうずく・・・・・・というところでしょうか」
それに応じるようにして左半身を前に向け、腰を落とし、前傾姿勢のまま刀を担ぐように構える。
二人の間はおよそ十メートル、彼らにとっては既に間合いのうち。
その間を未だ冷たい三月の風が吹き抜ける。
カサッ
かすかな、そしてはっきりと聴こえる枯れ葉の音だった。
「ハァッ!」
「・・・・・・昇覇風塵斬」
景太郎の烈帛の声と鶴子の静かな声。
鶴子の下からの袈裟切りと景太郎の上からの回転切り。
双方同時のそれらは朝焼けの眩い裏庭の河岸をそれらでいっぱいにする。
少しばかり景太郎よりで打ち合った斬撃は磁石のように二人を吹き飛ばす。
音もなく着地した瞬間、世界が早送りになった。
斬る、斬る、受ける、斬る。
受ける、斬る、受ける、受ける。
それは輪舞曲(ロンド)。
まさに輪舞曲。
しかし鶴子は物足りなかった。
その満たされない苛立ちは打ち合う度に膨れ上がる。
それから五、六撃目だろうか、ふと鶴子はその構えを下ろした。
「・・・・・・景太郎はん、うちを侮辱してはるんか?」
景太郎は一瞬その言葉の意味がわからなかったが、理解すると心外だと言うように眉をひそめる。
「まだ、怖いんか?」
続いた言葉に景太郎の体が強ばる。
「その様子だと変わってへんようやな。何度も言うたけど、あれは事故や。あの時偶然巻き込まれた子も結局かすり傷やったし、こちら側の人間だったんやから
あそこにいたらどうなるかわかっていた。ということは自業自得ともとれるな。ま、景太郎はんは優しいからそれも許せへんのやろ。けどな、今は景太郎はんも
成長しとるし、うちも成長しとる。威力強すぎるからと言う
て周りに遠慮する必要はあらへんえ。」
「でも・・・・・・」
「デモもストもあらへん! 相手に心配されて本気を出してもらえへん辛さは、わかるやろ?」
「!! ・・・・・・わかりました。すみませんでした、鶴子さん。『言霊』はちゃんと乗せます。」
「ん、それでええ。」
『コトダマ』――そう、言霊は彼ら神鳴流や浦島流のような気を使う武術や、魔法使い達の呪文には切っても切れないもの。それは形のない力を世界に働きかけ
て現象させる触媒。
その力故、“こちら側”の歴史はそれのみを特化させた言霊使いやその果てに文珠を生み出してきた。
「じゃあ、再開しましょう。」
言うやいなや体に捻りを加えながら空中へと跳び上がる。
「土龍・空、『翔刃乱舞』」
跳躍の最高点から繰り出され始めた無数の風の刃。
地上に舞い戻るまで計八回、途切れることのなかったソレは鶴子に反撃の機を与えない。
そして追撃、最後の刃の後に続いて距離を詰める。
「火龍、『紅蓮』」
だらんと横に下げられていた刀のその身に炎を纏わせ、そしてすれ違いざまに振り抜く。
残ったのは鶴子を包む炎の柱。
普通の人間なら灰も残らないだろう、普通なら。
しかし彼女は景太郎と渡り合う、自称景太郎の妻、青山鶴子。神鳴流髄一の剣士なのだ。
刹那、炎が水に呑まれる。
そこに残ったのは無傷の彼女。人指し指と中指に符を挟みながら微笑みながら振り向いた。
「この技受けたんはは久しぶりやけど、惚れなおしたえ、景太郎はん。けどもほら、見ての通りうちは無傷やろ?」
言葉と共に符が灰となる。
「もっとも、符は耐えられんかったみたいやけどな。」
それを見て景太郎も微笑む。
「使い捨てですから」
「せやな。じゃあ今度はうちの番どすえ」
改めて構えなおすとそのまま瞬動術に入る。
「神鳴流奥技、『百花繚乱』」
花が舞う、そしてその花びらが景太郎を襲いかかる。
「火龍・星、『彗星礫』(すいせいのつぶて)」
景太郎も相殺すべく技を放つも数発かわしきれずに傷を受けた。
それは鶴子も同様で数箇所の傷を貰う。
「あらあら、着物が焦げてもうたわ。後でショッピング付きおうてくれはりますな。」
一撃二撃三撃
「っ、あちゃあ、今金欠なんだよな〜」
四、五、六、七、八
「あら、じゃあこのまま帰って景太郎はんにキズモノにされたってばらしますえ〜?」
九
「いやいやいや、そんな誤解受けそうなことを言わないでくださいよ。つーか、もろ脅迫じゃないですかぁ!」
十
「ご想像にお任せしますえ〜」
斬っ!
何気ない日常会話の裏でうなぎ登りに激しくなる打ち合い。
「斬空旋」
「火龍、『獄火車』」
鶴子の『旋』の名の通りの回転撃に対して景太郎も同様に回転撃を繰り出す。
タイミングは景太郎が不利だったものの、五行における火は風に克つという理によって相殺された。
「鶴子さん、日も高くなってきましたし、次で終りにしましょう。」
ふと気づいたように空を仰いだ景太郎が鶴子に呼びかける。
「そうけ? 景太郎はんが満足ならかまへんけども」
「えぇ、十分発散できましたよ。ありがとうございます。」
「ほうか、それは嬉しいわぁ。じゃあ最後は最大の技でいきましょか」
「構いませんよ。もう少し時間があればアレを出せるんですけど、プロセスを半分までしか踏んでないですからね」
「あ、あれは正直今は勘弁や。体と刀がもたへんわ。それに、この刀は弟子に贈る約束しとるしな」
さすがの鶴子も一度経験があるのか苦笑いで答える。
「ですから、鶴子さんにもまだ見せてない技を使わせてもらいます。」
おもむろに景太郎は側の枝を一本折り、いつかのようにそれを柄にして一振りの小太刀を作り出す。
「ほぅ」
鶴子は小太刀を見て感心すると同時に何か気がついたことがあるのか嫉妬の表情を表せずにはいられなかった。
「さて、いいですか。」
「もちろんや。」
刹那、周囲の空気が張りつめる。そしてここに素子がいたら気づいただろう。
二人の周りを針の通る穴すらないほど暴力的な気が渦巻いていることを。
鶴子は正眼に構え、景太郎は同様に左手の小太刀を眼前で横向きに、右手の醒幻を右斜め後方へ構える。
チチ・・・・・・
遠くから聞こえる雀の声。
「真・雷鳴剣」
雷の轟きのごとく振り下ろされる斬撃。
「土龍・空、火龍合成二刀連撃『暁』!」
小太刀の生み出す風の水平面から太陽が上るかのような炎の斬撃。それが水平の風にまで燃え移り、十字に広がる。
――――――・・・・・・
しぃんと静まりかえった裏山。
先程までの殺気は霧消し、しばらくするといつもの朝の森の声が帰ってくる。
「相打ち、やな。」
「えぇ、かなり効きましたよ・・・・・・」
「あほぉ、うちかて同じや。横向きの斬撃は受けられへんかったしな。」
二人は膝こそついていないものの、疲労の色が濃い。
「俺の方も太刀の重さではちょっと負けましたし、まだ未完成の技と完成したものでは違いますね・・・・・・」
よっという声を出しながら側の木に背を預ける。
「せや、最後の二刀連撃やけども、景太郎はん、陽歌のとこ行きはったやろ」
ジト目で景太郎を睨みながら同じように景太郎の隣へ腰を下ろす。
「ははは・・・・・・」
「まぁ、あそこは神鳴流の分家でもかなり異端のほうや。うちは本家やったから当たり前やけれども、よう知ってたなぁ。」
「えぇ、千草さんの家に遊びに行ったとき偶然ですけども」
「なっ、あのメガネザルめ・・・・・・。まぁ、それは置いといて、あそこの家は陽歌のとこと仲がええしな。」
納得して頷く鶴子。
「家族ぐるみみたいですからね。何度か陽歌さんに頼まれて産まれたばかりの娘さんを世話してましたよ。」
「月詠やったか? 今年の正月に帰った時ちらっと見たんやけど、どうしてなかなか。きっと刹那とえぇライバルになるえ。」
「そうですか〜」
そうして今京都で幼馴染みを守ろうとすべく修行に明け暮れているだろう弟子――景太郎にとっては妹分だが――に想いをはせる。
「陽歌も千草も景太郎はんに感謝しとるゆぅてましたえ。確かに景太郎はんがいなかったら陽歌はこの世におらんようになってたやろし、千草も復讐に囚われて
たやろ。うちからも改めて親友を助けてもろうたことにありがとう言わせてもらいます。」
「いえいえ、あの時は俺なんてそんな・・・・・・。」
懐郷の語らいは続く。
「大変や大変や〜、玄関になるの書き置きが!」
もう日が高くなってしまったひなた荘にキツネの大声が響く。
「どうしました、キツネさん?」
朝の鍛錬を寝坊したためにこれから始めようとしていた素子が余りのキツネの慌てように良くない予感を感じとる。
「これやこれ! なるが出てってもうた!」
キツネの差し出した紙には一言、探さないで下さい。
「はよ景太郎に知らせな! 素子は今日は会わへんかったか?」
「いえ、私も今起きたばかりなので・・・・・・」
Prrrrr・・・・・・
突然電話が鳴り響く。
「もしや、なる先輩では?」
「かも知れん。行くでっ!」
「・・・・・・えぇ、・・・・・・えぇ、・・・・・・かまへんえ、落ち着くまでゆっくりして来ぃ。みんなにはウチから伝えときます。くれぐれも、
気ぃつけてな。」
素子とキツネがロビーへとたどり着いた時には既に鶴子が受話器を手にしていた。
「あら、おはよう素子、みつねはん。・・・・・・何や、そないに慌てた顔して」
受話器を置いて振り返る鶴子。
「あ、おはようございます、姉上。実はなる先輩が書き置きを残して出ていってしまったようで・・・・・・」
「で、もしかしてさっきの電話はなるからなんか?」
冷静に説明しようとする素子を押し退けるようにして鶴子に詰め寄るキツネをなだめるように電話の内容を伝える。
「そのとおりや。暫く一人でゆっくりしたいて京都に向かっとるみたいや。心配かけてゴメンと言うてたえ。」
「そうでっか。いやぁ、安心したで〜。」
「そうですね、キツネさんのあの慌てようは凄まじかったですから」
ハハハと安堵の笑いがこぼれる。
「とにかく、うちらはここで帰りを待つのが一番どす。帰ってきても、あまり詮索せんほうがええよ。」
「ところで景太郎はどないしたんや?」
「あぁ、景太郎はんなら昨日は眠れなかったみたいで今ぐっすりお休みしとります。・・・・・・(さっきの試合は)激しかったなぁ」
「「な゛ぁっ!?」」
勘違いしそうな爆弾発言投下。
頬を染めながらくねくねしている鶴子と呆然と固まった素子とキツネはしのぶが朝ごはんのために呼びに来るまでそのままだったそうな。
ズルッ・・・バキバキッ・・・ボコッ・・・ボコバキッ・・・ズルッ・・・
まだ日が上ったばかりであるはずのひなた荘の裏で不自然に暗い場所があった。
オチタ・・・オチタ・・・ナグサメル・・・ナル・・・
暗い声が、する。
あとがき
これから京都編に入ります。
書き終わってたんだけど、二ヶ月近く投稿し忘れてたんですよね(笑)
年賀状作らされたとき気付きました。
次回は時間があればセンター後、たぶん二次試験の終わる二月中後半あたりでしょう。
たぶん今回の表現のチェックとか穴があると思いますので、その改訂もあるかもです。
では、感想その他お待ちしております。
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