小泉政権後、分裂した与党が参議院選挙で大敗してしまい、さらに分裂した橋本派と公明、そして社民党と民主党の一部が提出した法案が可決した。 前政権の反動か、先鋭化してしまった人類の差別というものを根絶するための法案は国会を紛糾するが、過半数を持つ賛成派に後押しされたそれは、可決されてしまう。周辺諸国の評価も相まって、最初のうちはこの法案は圧倒的多数の支持を得た。 それは、かなりの危険要素を含みながら、施行されて数年が過ぎて・・・ セ イ ギ ノ ミ カ タ それは、暗い部屋だった。 機械油のすえた匂いがするそこは、かつては女子寮としてつかわれており、さらに、そのかつての住人が部屋に暗い表情のまま、何かを肩に立てかけている。 AK47突撃銃――世界中で使われている自由と正義の銃は、恐ろしいほどその人物に不釣合いだった。 「・・・やはり、ここにいましたか、成瀬川先輩?」 ふすまを開けた人物は、その住人を見ると、困ったような顔をする。彼女の腰には、職業上携帯することを許されている武器、スイス製の拳銃がぶら下げられている。 「素子ちゃん・・・来てたんだ・・・」 いささかやつれた美貌の持ち主、成瀬川と呼ばれた女性は、今気付いた表情で客人である青山素子を振り返る。安全装置を上げ、フルオートにする。 「絶対に来ると思ってた。それで、どうするつもり?」 皮肉な顔をしながら、青山素子・・・は、法務省のサインが入った逮捕状を出す。 「成瀬川なるさん、あなたを逮捕します。容疑は集団犯罪共謀です。」 ――平成○○年『人権擁護法案』が可決された。 一部のマスコミには『平成の治安維持法』と揶揄されたそれ自体は、彼女たちにはなんの関係もないことだった。浦島景太郎は冴えない歴史学者で、成瀬川なるは、兼業主婦の小学校教師・・・そして、青山素子は、日本の難関な公務員試験を突破した。中央官僚への道の一歩を進んでいた。 原因は、浦島景太郎の書いた一つの論文だった。小遣い稼ぎに書いたソレはAD二四七年の邪馬台国が制海権を持ち、新羅と同盟関係を持っていた、歴史的、軍事的地位を書いた記事だった。それが、周辺諸国の自尊心をいたく傷つけたという理由で、人権擁護委員会で協議され、その中の外国籍・・・日本に面白くない感情を持った人物の一言で、なんの後ろ盾のない貧乏歴史学者はあっさりと逮捕され、実名報道された。 その後の転落は簡単だった。 職も地位も名誉も奪われた、景太郎は、その後、韓国の民族主義傾倒の青年に刺殺さる。 成瀬川なるは、その後、自暴自棄になりながら教職を離れ、逃げるように出国した。 渡航先は、リビア、スーダン、シリア、etc・・・すべて、瀬田さんの手引きで、もちろん、その手の国を渡航目的はひとつ 2年後に、あらゆる公安組織が見守る中、彼女の手によって、在日同胞委員、社会党員、そして、同和関係者の7人が暗殺され、全員が人権委員のメンバーだった。 「・・・もう、充分でしょう。成瀬川先輩ッ」 青山素子の懇願も関心がないのか、部屋の隅にある箱の布を取る。 見覚えのある文字『C4』と書かれている。 さらに引き金に指をかける素子・・・ あらゆる紛争地帯で、人殺しのスキルを学んだ彼女の目を見る。 キレイだと、素直に思った。その思いは、この、ひなた荘で彼女に抱いた感情といささか変わりがない。 「・・・充分、なにが、なの?」 「7人も殺せば充分でしょ、もう・・・それに、浦島だってこんなこと望んでいませんッ」 「そんなこと、わかってるわよッ」 表で爆発音、それを気にした様子もなく、成瀬川は叫んだ。 「でもね、もう駄目なの・・・私の中で、二人が言うの・・・ッ・・・もっと、もっと復讐しろってッ、景太郎を殺したやつ、それを決定した。そして・・・世界全体にッ」 「・・・ふたり?」 「そうよッ、二人が、だからお願いよ、素子ちゃんッ・・・・・・私をッ」 「ダメです。成瀬川先輩ッ」 信管の起爆スイッチに指をかける成瀬川、彼女の額に赤外線サーチが当てられる。 そして、銃声――撃ったのは、素子ではなかった。 「間に合ったようですね。」 額を撃ち抜かれ、内容物が飛び出した成瀬川を収容した黒い集団、SATを引き連れてきたのは素子にも見覚えのある少女だった。 「前原しのぶッ!!」 「お久しぶりです。素子先輩・・・いや、防衛省防衛局調査課:青山素子一尉と言ったほうがいいですか?」 冷酷極まりない言葉のしのぶ、違う制服を着た二人の出会いは当然のように好意的なものではなかった。 彼女も、国家公務員試験を突破した一人ではあるが、その未来は素子よりも陰画的なものだった。 桜田門で数年を過ごした彼女は、どういう経路でか法務省のある組織に出向させられることになる。そのなかで、小動物的な生存能力で今の地位を勝ち得たらしい。 SATが他の危険物を捜索している中、血に濡れた一枚の写真があった。 ・・・おそらく海外であろう。抜けるような空の下、スコップをもった青年と、その隣で、幸せそうに微笑む女性・・・・・・それを見ながら、素子にはどうしても気になることがあった。 「本当は、駄目なんですけどね・・・」 某所の中央病院に勤務する、乙姫むつみさんは、突然の訪問者にも笑顔で接客してくれた。 一枚のカルテ、個人情報保護法が施行されてから、患者本人も見ることが出来ないそれを見ながら、素子は文字を追う、そこには、患者の状況がつぶさに書かれていた。そして、その女性に起こったことすべてが 「浦島君があんなことになって、まともな病院が受け入れてくれなくて・・・・・・もっと、早くココにきてくれたら、もしかしたら成瀬川さんは・・・」 「いや、もういいです」 カルテを返しながら、素子はどうしたものか考えた。 かかれていた文字、心労による胎児の死亡・・・・・・ たったそれだけだった。彼女の最愛の人を失った。最初は、朝日新聞の言うところ、民族の英雄によって行われた糾弾、そして、その胸に抱くはずだった新しい、いのち・・・ 「世界への復讐かッ・・・」 それは、事実かもしれない。この世界は不完全で欺瞞にあふれている。浦島が殺されたのも、きっと、一部の人間にとっては意味があったのだろうが、それでも・・・・・・いや、意味などなかったのだろう。 それでも、絶望するわけには行かない・・・彼女は絶望した。だから、テロリストになった。 自分は、この制服を着ている。人々から絶対の信頼を得ている職業なのだから・・・ |