突然だった。

 

今は午前5時くらいだろうか、もう春先とはいってもまだ朝晩は冷え込みを感じる。

一応予備校生時代からの習慣で、大体この時間には目が覚めているんだけど。

布団の中の暖かい誘惑とまどろみに抵抗できる奴なんているわけがなくて、

 

「もうちょっと寝ようかな」

 

と、ボソッと呟いた途端いきなり布団をひっぺがされた。

 

 

「私、今日は用事があるから店番よろしくね♪」

 

 

そこには、にこやかに笑う母さんが立っていたのだった……

 

 

 

 

 

 

 

大人になるための空白 vol.6

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで俺が……」

「いい若い者が何情けないこと言ってんの? どうせしばらく帰ってこれないんだったら、せめて親孝行の一つでもしていきなさい」

 

 

 

と、言う訳で俺は母さんに(無理矢理?)促され、今日は朝早くから店番をすることになった。

ウチはなんでも江戸時代から続く由緒正しい和菓子屋だそうで、いわゆる老舗というものなのだそうだ。

 

 

 

 

俺は入学式の前日くらいまでは実家の方にいることにした。

20年過ごした家を出て行くという、寂しさなんかも少しあったから……

 

ちなみに可奈子はもう学校に行っているが何故か今日に限って学校に行きたくないと駄々をこねていた。

登校拒否だろうか……心配だ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

まだ早朝なのに客足も多く、さすがに老舗と呼ばれるだけのことはあるなぁと自分の家の事なのにどこか他人事のように感じてしまっている。

高校の頃くらいまではこんなふうにちょくちょく店番をやってたんだけど、

俺が一番最初の受験から今年大学に受かるまでは一度も店に立ったことはなかったから約二年ぶりのお手伝いとなる。

 

まあ、それでもやってくるお客さんはだいたいが常連さんとかだから結構気楽にやれるし、

 

 

「あら、まあ景ちゃんじゃない。珍しいわねぇ」

 

 

なんて昔から知ってる人達に声をかけられたりするのは結構照れくさいけど、それはそれで嬉しいしね。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございました」

 

 

ウチで作っている和菓子を買っていった常連のおばさんに頭を下げて見送る。

店を開けてからもう数時間。

時計を見ればもうお昼の二時をまわったところ。

やっと客足も落ち着いてきて、ちょっと休憩でもしようかなんて思っていた矢先に静かに店の扉が開いた。 

 

 

「いらっしゃいませ……あ、鶴子さん」

「おや、おひさしぶり景太郎はん」

 

 

そう言って静かに微笑むこの女性はこの京都で有名な剣術道場、神鳴流の青山鶴子さん。

何故かいつも肩に大きくて綺麗な鳥を乗せている。

ウチの店の常連さんで、なんでも鶴子さんのお父さんが特にウチの和菓子を気に入ってくれてるらしく、よく鶴子さんや鶴子さんのお母さんがやってくるのだ。

 

 

鶴子さんはものすごい美人で、なんていうか……とても危ういカンジがする人だ。

鞘に収めた日本刀のような、って言うのかな。

纏っている雰囲気は木漏れ日のように暖かくてこんなふうに穏やかに笑っているけど、いつでもその刀を抜ける状態にある……

と、いってもあくまで印象だけど。

剣術とか格闘は素人の俺が思っているコトだからあんまりアテにはできないけどね。

 

 

 

 

 

「今日は袴姿じゃないんですね」

「景太郎はん、ひどいなあ。ウチかて洋服くらい着ます」

「あはは、俺が鶴子さんと会うときはいつも道場の方でしたから」

 

 

そんな鶴子さんは今日は薄い黄色のワンピースで清楚なカンジがとてもよく似合っている。

 

なんで俺が鶴子さんの家のコトを知っているかというと、もともと鶴子さんははるかさんと同級生で小学校・中学校が一緒で親友同士だったからだ。

はるかさんが中学に入ってからの二年間程鶴子さんの所の道場に通っていて、当時小学校に入ったばかりの俺はよく道場まで着いていったものだった。

とは言ってもホントに見ているだけでよく考えたら邪魔にしかなっていなかったなあ……

そんなこんなで退屈している俺を見かねてか、よく鶴子さんのお母さんが俺を家の中に呼んでくれてお菓子を出してくれたっけ。

 

そういえば鶴子さんの妹さんともよく遊んだけど……なんて名前だったかな?

はるかさんが高校受験のシーズンに入って道場をやめちゃったし、それ以来あの道場に行くこともなくなってしまったからなあ。

 

 

 

「そういえば……鶴子さんって妹さんがいましたよね。もう何年も会ってないけど元気ですか?」

「ああ、素子はんですか」

「そうそう、素子ちゃんっていいましたっけ」

「恐らく元気やと思いますけど」

 

 

なんかすごく曖昧な返事をする鶴子さん。

 

 

「実は素子、関東の方に精神修行に出てはるんですわ。今は神奈川の女子寮に住んでるんどす」

 


へ〜、神奈川の女子寮か……

……

……

…まさかね。

しかし、こういう予感というのはお約束のように何故か当たってしまうもので、

 

 

「はるかが管理人をやってる所やからウチも安心して預けられますわ……素子、はるかのことは覚えてないみたいやけど」

「もしかして……ひなた荘ですか?」

「おや、よくご存知で……と、いうより知らないほうがおかしいですわな」

 

 

それはそうだ。

だって身内が経営してるトコロなんだから。

 

そういえばなんとなく昔の鶴子さんに似てる娘がいたような……

考えてみればひなた荘に住んでる人達の名前も、よく考えたらキツネさん以外に知らないし……

これから色々と関わることも多くなるだろうし、名前くらいは覚えておかないと失礼だよね。

 

 

「実は俺、今度からはるかさんの所に住むことになったんですよ」

「おや、そうなんですか? それやったら素子のこと、よろしくお願いします」

 

 

ペコリと頭を下げる鶴子さん。

 

 

「あと昔みたいに素子と一緒に遊んでくれたら姉としても嬉しいんですけど」

「そ、それはちょっと……」

「まあまあ、そう言わんでください……景太郎はんやったら素子の婿になっても私はかまいまへんよ?」

「むむむ、婿って……」

 

 

自分でもおもしろいほどうろたえてしまった俺と、クスクスと右手を口元に当てて笑う鶴子さん。

店に差し込んでくる優しい午後の木漏れ日を浴びる鶴子さんは、いつまでも見ていたいと思うほど綺麗だった。

 

 

 

「冗談は抜きにして、素子のことホンマによろしくお願いします」

「分かりました。でも素子ちゃんの方もたぶん俺の事覚えてないでしょうし……」

「素子は――――」

 

 

急に声のトーンを落とした鶴子さん。

さっきまでの柔らかい雰囲気がどんどんと沈んでいくのが分かった。

 

 

「今、素子は”影”を抱えています」

「”影”……ですか?」

 

 

なんのことか俺にはさっぱり分からないが何やら深刻そうな話だ。

目を若干伏せた、いつもの鶴子さんらしくない振る舞いで。

見ている俺の方が心配になるほど暗い顔をしていた。

 

 

「そう、心に。これは私の責任でもあるんですが……私ではどうしようもないのが現状です」

「心……」

「素子が京都を離れてひなた荘に入っているのもそれが原因で……」

 

 

俺にそんな話をされても……とは思う。

そもそも心うんぬんなら、剣術を修めている鶴子さん達のほうがよっぽど詳しいハズだ。

それでも少しずつ、言葉を選びながら話す鶴子さんを見て何故かそれを遮ってはいけないような気がした。

 

 

「無理にとはいいません。でも景太郎はん、迷惑でなかったら素子のこと少しでも気にかけてやってください」

 

 

そう言って鶴子さんは再び頭を下げた。

だけど俺は一介の二浪して合格したただの大学生で、鶴子さんはそんな俺に何を求めているんだろうか?

 

 

「なんで……俺なんですか? そういうことならはるかさんの方がいいんじゃ……」

「景太郎はんも小さい頃から”影”を背負っているみたいやから……」

 

 

そういって少し寂しげに笑う鶴子さんに俺は何も言えなくなってしまった――――

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

「それじゃ、また」

 

 

鶴子さんを店の前で見送る。

少しずつ遠ざかっていく、凛としたその後ろ姿は木漏れ日とあいまって神秘的ですらあって。

俺は彼女の姿が見えなくなるまでその背に手を振っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん!!」

「あ、おかえり可奈子」

 

 

急に後ろから声をかけられて振り返ると、そこには肩で息をしている可奈子の姿。

走って帰ってきたのだろうか……うっすらと汗もかいているようだし。

 

 

「い、今の人は誰ですか?」

 

 

息を乱しながら詰め寄ってくる可奈子に、家の冷蔵庫に入っていたスポーツドリンクを投げ渡す。

どうでもいいことだけどウチの冷蔵庫には母さんの名前が書いてあるプリンやらジュースやらが入っている。

それを勝手に食べたり飲んだりしてしまうと、あとで何をされるかわからないのだ。

子供か、あの人は……

 

 

そのスポーツ飲料を一気に飲み干した可奈子は再びキツい目線で問い詰めてくる。

そんなを可奈子見て、俺は苦笑い気味にその問いに答えた。

 

 

「ほら、神鳴流の道場の青山鶴子さんだよ。はるかさんの幼馴染で親友の……」

「………」

 

可奈子はまだ納得してないのか上目遣いに俺を睨んでいる。

それになんだか圧倒された俺は、どうでもいいような事まで説明を始めてしまう。

 

 

「そ、それでさ確か一昨年の春に結婚したんだよね。確か相手は――――」

「そうですか……それならいいです」

 

 

俺の説明を途中で遮って、可奈子は胸を押さえて一息。

なにが『それならいい』のかはわからないけれど納得してくれたみたいでよかった。

 

俺はそんなまだ呼吸の整っていない可奈子の背中を押して、制服から着替えてくるように促した。

『私もお兄ちゃんと店番するから』と、トタトタと階段を登っていく子気味よい音が遠ざかる。

 

 

ほんの数分の喧騒から再び一時の静寂を取り戻した店内で、俺は誰に聞かせるでもなくつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そして、俺の初恋の人でもあるんだけど……ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうも黒鋼です。

Vol.6をお届けします。

本当はVol.5とVol.6は一つの話だったんですが、まあでも独立していけるかなと思ったんで先に出来上がっていたVol.5を投稿したんですよ。

まさかVol.6完成にこんなに時間がかかるとは思わなかったですけど(w

 

今回も感想のメールを下さった方々にこの場をお借りしてお礼を申し上げたいと思います。

感想と共に指摘なんかも送っていただければ嬉しく思います。

ではまた次回作で。

 

 

・Vol.6を修正しました。

 感想と共に誤字の指摘をしていただいた鳥さん、本当にありがとうございました。

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