〈白夜の降魔・風の聖痕編〉

 

第一部・風の聖痕

 

 

第六幕   『凶津風まがつかぜ

 

 

 

 

 

 

《そこより離れいっ!!》

 

 退魔を終え、和気藹々わきあいあいとしていた雅人と武志、そして綾乃の脳裏に突如として古めかしい喋り方をした声が響く。

 

「え、なに? なにが「お嬢ッ!」―――――きゃっ!!」

 

 突然の事に反応できない綾乃を、雅人が突き飛ばす。その瞬間―――――

 

ザンッ!!

 

 音もなく襲いかかった風の刃が、武志の身体が脳天から股に掛けて両断し、その直線上に居た綾乃の変わりに差し出された雅人の右腕を根本近くから斬り飛ばした。

 

「叔父様っ!?!」

 

 突き飛ばされた綾乃がたたらを踏みながら振り返り、腕を斬り跳ばされた雅人を見て悲鳴を上げる。

 

「俺の事はいい! それよりもお嬢、用心しろ!!」

 

 自分に駆け寄ろうとする綾乃を一喝して制すると、雅人は周囲への警戒を促す。片腕を失っても取り乱さない叔父の言葉に、綾乃は必至に己を自制し、言う通りに周囲を警戒しつつ炎雷覇を再度呼び出す。

 それと同時に、雅人は炎を召還し、精霊に命じて腕の断面を炙らせ無理矢理止血を施す。無茶苦茶な行為だが、治療方法がない雅人が今出来る最善の処置だった。
 無論、想像を絶する苦痛を伴うが、綾乃に心配を掛けまいと意思力で苦痛の声を抑え込む。

 

(武志………)

 

 身体を左右に裂かれ、地に転がった甥御の遺骸を見て、雅人は悔しそうに奥歯を噛み締めた。一方―――――

 

(どこ………どこにいるの?)

 

 綾乃は炎雷覇に炎を纏わせ、いつでも打って出ることが出来る状態を維持する。本当なら、今すぐにでも敵に向かって炎を放ちたいところだが、肝心の敵の姿が見えない以上、それはできない。
 綾乃は敵の気配を探るがまったく感じない…否、感じさせない。元々、炎術師の索敵能力は絶望的であることは熟知しているので、一々その様なことで取り乱したりなどしないが、些か自分達に不利な状況に、

 

(こんな事なら、風牙衆の一人や二人連れて来るんだったわ)

 

 等と考えるが、それは後の祭りというヤツだ。

 そもそも、今回の退魔は場所も目的もはっきりしており、必要もないのにわざわざ足手まとい・・・・・でしかない風牙衆を連れて行くまでもない。と、断ったのは綾乃自身だったりする。

 

(早く…早くしないと叔父様まで……)

 

 武志は初撃で絶命。雅人も致命傷ではないとはいえ重傷。しかし、このまま無為に時間が過ぎれば雅人も武志と同じ運命を辿る。
 綾乃としては一刻も早く敵を討ち、雅人を治療できる場所に移送したいが、下手に打って出れば動くこともままならない雅人が狙い撃ちにされるは必死。かといって待ちの一手は先の理由で却下。

 次の取るべき行動が見つからず、逡巡している―――――その時、

 

《困っとるようじゃの、小娘》

「誰っ!?」

 

 またもや脳裏に誰ともわからぬ声が突如響いた。綾乃は驚きつつも、声の出所を探そうと周囲を視線に巡らせるが、やはり周囲には声の主も敵の姿もない。

 

「誰よ! 姿を現しなさい!!」

《大声を出すな。小声で構わぬから儂の言うことを良く聞け》

「―――――ッ! ふざ……いいわ、話を聞こうじゃないの」

 

 『ふざけんじゃないわよ』と叫びそうになるが、状況を考えてその言葉を飲み込み、理知的に返事をする。無論、小声でだ。

 

《ほほぅ、意外と冷静だの。構わぬのか? 儂は主の敵やも知れぬのだぞ》

「攻撃を知らせたあんたが敵である可能性は低いわ。無論、味方であるとは言わないけど、少なくとも私と敵対するつもりは無いんでしょ。だったら、話ぐらいは聞くわ」

《状況を冷静に判断できるか。ならば、この場を切り抜けられるやもしれんな》

「御託はいいから、何か手が有るんなら教えなさい」

 

 綾乃の返答に感心している口振りの謎の声。褒められているのか貶されているのか判らない言葉に綾乃は苛立ちを込めて声を荒げる。こうしている間にも雅人は一刻と死に近づいているのだ。

 

《別に手なんぞありゃせん。単純な攻撃力で言えばお主は超一級品。儂が敵の居場所を教え、サポートするぐらいじゃ》

「偉そうな割には頼りになんないわね」

《ほざけ小娘。力が強くとも向ける敵さえ見つけられぬ者が何をほざくか》

「ぐっ………」

 

 言い返したいが全くの事実に言葉を詰まらせる綾乃。敵の居場所がまったく分からない自分が何を言っても負け惜しみにしかならない。

 そんな綾乃の心情なぞ知ったことではないと言わんばかりに、謎の声は話を続ける。

 

《良いか、儂が言った箇所に全力で炎を撃ち込むんじゃ。結果はどうあれ、敵は必ず隙ができる。その間に逃げろ》

「解ったわ」

 

 そう言って綾乃は精神を集中、更に炎の精霊を喚び、炎雷覇に集める。そして顕現した黄金きんの炎が凄絶な勢いで緋色の刀身より迸り、熱気と共に神々しい光を撒き散らす。

 

「―――――何処!?」

《二時の方向、一際大きい木、六メートルほどの高さにじゃ!》

 

 綾乃は炎雷覇を大上段に構えると、謎の声が示した空間に向かって刃を振り抜く。振り抜いた刀身の軌跡に沿って放たれた炎は、黄金きんの刃となって巨木目掛けて飛翔する。

 そして黄金きんの火閃は巨木と、その背後にあった数多の木々を一瞬で“焼滅”させ大空に昇った。

 

「出てきたわね!!」

 

 炎が木に命中する直前、黒い人影が巨木の影から飛び出し地面に降り立つ。あまりに距離があり、遠目ゆえにそれが男だろうとしか推測できない。次いで言えば、右手を上着のポケットに突っ込んでいるくらいか。

 それを見た綾乃は再度炎雷覇に炎を纏わせながら、現れた男に向かって走りだした。

 

《馬鹿者! 何を考えておる、この隙に男を連れて逃げんかっ!!》

「うっさい! ここまでやられて逃げられるもんですか! それに、そこまで了承したつもりはないわ」

 

 謎の声の制止を無視し、綾乃は構うことなく現れた男に向かって炎雷覇を振るい、数発のプラズマ火球を放つ。

 

(あたしの炎に敵う奴なんかいない!!)

 

 傲慢と取れる考えだが、自分の身分、高い実力、そして周囲の態度と環境が綾乃に絶対の自信を持たせていた。

 『自分の炎なら、敵を一瞬で燃やしつくせる。最速で倒して何の憂いもなく叔父様を助ける』と………

 事実、その叔父に炎術の制御が甘いと称されても、綾乃の炎は凶悪なまでに凄まじい。その自信を有するに値する強大な力だ。

 

 しかし、男は慌てた様子もなく自分に迫り来るプラズマ火球に左手を差し出したかと思うと……いきなり、迫り来る火球と同じ数の風の刃を放った。

 それを見た綾乃は馬鹿な奴と思い、勝利を確信した笑みを浮かべた。『風』如きに炎が―――――自分の炎が負けるはずがない。己が放った強力な火球は貧弱な風の刃を打ち砕き、そのまま相手を塵一つ残さず消滅する……と。

 

しかし、次の瞬間―――――その予想は目の前であっさりと覆された。

 

 男の放った風刃がプラズマ火球を斬り裂いたのだ。一つ残らず、綺麗に。

 

「嘘でしょ?!」

 

 通常ではありえない―――――夢にも思ったことのない現象に綾乃が驚愕の叫びを上げる。

 その叫びを余所に、火球を切り裂いた風刃はそのまま綾乃に―――――襲いかかると思いきや、

 

「え?」

 

 風刃は炎雷覇で慌てて迎撃しようとしていた綾乃の端を通り過ぎた。

 一瞬『外れた?』と考えたが……すぐに理解した。敵の狙い、それは―――――重傷を負い、まともに動くことができない叔父と慕う存在、雅人だということに。

 

「叔父様、逃げてぇ!!」

 

 綾乃が振り返って雅人に悲痛な声で叫ぶ―――――その時!

 

 

クオオオォォォォォッ!!

 

 力強い雄叫びを上げながら白い巨大な鷹が大空から急降下するや否や、その爪で雅人を鷲掴み、風刃の進路上から移動させる。

 そこまでは良かったのだが……その鷹は旋回すると同時に雅人を離した。

 

「叔父様!?」

 

 放された…否、落とされた雅人はそのまま落下。勢いのままに地面を転がり、その先にあった木に盛大に激突して地面に倒れ込む。死んではいない、気絶しただけのようだ。

 

「あんた、叔父様になにすんのよ!!」

 

 傍目には雅人を木に叩きつけたようにしか見えない鷹の行動に、綾乃が炎雷覇をぶんぶん振り回しながら猛然と抗議の声を向けた。

 何の確証も無い直感だが、綾乃はこの鷹こそが先程から自分達に語りかけてきた声の主だと感じ取った。

 

《この愚か者っ! 敵に背を向けるとは何事じゃ、死にたいのか!!》

 

 綾乃を叱責する謎の―――――鷹の思念こえ。そう、綾乃は今、自分達を狙ってきた敵である男に背を向けている状態なのだ。

 

「やばっ!」

 

 その事に気付かされた綾乃は慌てて振り返り炎雷覇を構える。

 しかし、敵である男は絶好の攻撃チャンスが山ほどあったにもかかわらず…むしろ綾乃の注意が自分に向くまで待っていたかのように突如踵を返すと、風を纏い飛翔してこの場より離脱した。

 

「逃がすか!!」

《待たんか!!》

 

 綾乃が逃げ出した男を追いかけようとしたところを、舞い降りてきた鷹が制止の声をかける。

 

《あの男を見捨てるつもりか、お主にとって大切な者じゃろうが!》

 

 その言葉に足を止めて逡巡する綾乃。重傷の叔父を助けるべきか、それとも神凪宗家の者として、殺された身内のかたきをとるべきか……

 

《それにお主ではあの者に勝てん。大人しくこの場は退け》

 

 だが、すぐ後に続いた言葉が綾乃の行動を決めた。

 

「勝てないかどうかなんて、やってみないと分かんないでしょうが!!」

 

 生来の負けん気と、あの襲撃者に傷つけられた炎術師のプライドが綾乃の背中を後押しし、その足を男が飛んでいった先に向けた。

 

《これ、待たんか!!》

「悪いけど、叔父様をお願い!」

《鳥の儂にどうしろというんじゃ! 待て、待たんか小娘ぇ!!》

 

 今度こそ綾乃は鷹の制止を無視し、全速力で男の後を追いかけていった。

 

《愚か者が。本当にあれでも“主”の義妹いもうとか?》

 

 白き鷹は走り去る綾乃の背を見つつ、呆れたようにそう洩らした。

 

 

 


 

 

 それは突然―――――まさに青天の霹靂の如く、上空にいきなり妖気が湧いて出たように現れた。

 

「なっ?!」

 

 突然のことに和麻が愕然と空を仰ぐ。洒落にならない力が上空の一点に凝っている。もはや防御する暇すらなく、和麻はその場から飛び退いて避けるのが精一杯だった。

 ゴロゴロと転がる和麻の傍らを、風の刃が駆け抜けて行く。さらには、その風の刃は微妙に軌道を修正しながら風牙衆の術者、そして慎吾と武哉を一刀の元に両断、絶命させる。

 

「ちょ、ちょっと待てぇっっ!!」

 

 思わず喚く和麻。和麻にとって、この様なことはあって良いはず無いのだ。

 

(不意を突かれただと!? この俺がか?!)

 

 “風の精霊”で不意打ちを受けるなど、和麻にとって初めてのことだった。否、繰り返すようだがあるはずのないことなのだ。

 精霊魔術といわず、西洋の精霊魔法などにしても、風の精霊が集まれば和麻に感知できないはずはないのだ。
 喩えそれが稀代の魔法使いであれ、風術師の最高峰である一族『ファン』家の者であってもだ。風で和麻を欺くことは出来ない。

 技量云々の問題ではなく、規則ルールとしてそう定められているのだ。

 

 だが、現実にはありえない事態が起こっている。和麻は即座に思考を切り替え、上空の存在モノに意識を集中した。

 

「なんだ? ありゃあ……」

 

 小さい…おおよそ二十センチ弱、周囲に五つの突起がある平べったいものが、二・三十メートル上空をふよふよと浮かんでいた。

 

「ヒトデ……いや、どっちかって言うと紅葉もみじか?」

 

 形から推測してみるが、そのどちらも空を飛ぶモノでもないし、風を操ることもない。

 風の精霊を通して見ようとしても何故か見えにくく、和麻は裸眼で凝視しているうちに、唐突にソレの正体に気が付いた。

 人の手だ。グロテスクに変質しているが、紛れもなく人の手首が空を飛んでいる。
 しかし、分かったところで何かが解決するわけでも無し、殺された三人が生き返ることもない。無論、訳の分からない状況もそのままだ。

 

(とりあえず、むかつくから潰しとくか)

 

 自分を不意打ちしてきた不可解な存在に対し和麻はそう考えた瞬間、空飛ぶ手首は和麻の思考でも読みとったかのように更に上空へと舞い上がって…………消えた。

 

「逃がすかよ―――――って、ちょっと待てお前ら?! 一体何考えてんだ!!」

 

 和麻が上空にいる風の精霊に向かって咆える。これは明らかな契約違反だ。
 だが、精霊達も戸惑った思念こえを返すばかりで、消えた手首の所在を告げるものはいない。

 

「どうなってんだよ……」

 

 目の前の惨状…縦に斬り裂かれた風雅の術者、胴で分かたれた慎吾と武哉の死体を見下ろし、和麻は戸惑ったように力無く呟いた。

 

 精霊が契約に背く―――――その様なことはありえるはずがない。それは自己存在を否定する行為にも等しい。
 和麻とて、他人からその様なことを聞こうものなら話の真偽よりも先に相手の正気を疑うだろう。それくらい、異常な事態が起こっているのだ。

 精霊とは意思ある現象。『原書の法則』―――――世界創世の時、何者かが…あるいは世界そのものが制定した不変の法則―――――に従い、世界をあるべき形に保つ為に存在するものだ。
 蜂や蟻のように己を全体の一部として認識する彼らには、知性はあっても個我はない。当然、契約を破るという自由意思もないし、考え自体もない。
 もし、精霊が個々の意思で自由気侭に動き出せば、物理法則そのものが崩壊し、世界が三日と持たずに破滅するだろう。

 全ての風の精霊は和麻に従う。『彼の者』との契約は必然的にそうした意味を持つ。何度も述べるが例外は決して……

 

「あったな……」

 

 そこまで考えた時点で、最悪の事態を思い付いて和麻が呻く。

 

(俺と“同じ”奴がいるだと? 勘弁してくれよ……)

 

 それは考えただけで気が滅入る話だったが、幸運にも…和麻にはそうでもないが…思考にふける余裕は無かった。

 今度は、莫大な炎の精霊が向かってくるのを感じたからだ。

 

(おいおい、今度は『炎の魔人イフリート』でも出てきやがったのか? くそ、いつから日本は魔界になったんだよ)

 

 言うまでもないが、この和麻の予想は外れていた。

 現れたのは一人の少女―――――膨大な数の炎の精霊を従え、右手に緋色の剣を携えた綾乃が和麻を睨み付けながら走り寄る。そして、

 

「覚悟ぉっ!!」

「なにがだよ!?」

 

 一瞬の躊躇いもなく炎迸る剣を振り下ろし、和麻が悲鳴紛いの叫びを上げながら飛び退いて避ける。

 

「それは!」

 

 和麻は振り下ろされた緋色の剣を見て、目の前の“辻斬り少女”の正体に気が付いた。

 

「それは炎雷覇?! お前、綾乃か!?」

 

 その返事は、炎雷覇の横薙ぎ一閃だった。

 

「おいちょっと待て、誤解だ。俺がやったんじゃない……って、話を聞けよ!」

 

 たて続けに撃ち込まれるプラズマ火球を避けつつ、和麻は必死に呼びかけるが、当の綾乃はまったく聞く耳を持とうとしない。

 綾乃にしてみれば、自分と同行していた武志を殺し、敬愛する叔父を重傷まで追い込んだ相手なのだ。それになにより、父が容疑者と告げた男なのだ。言い分を聞く気など微塵もなかった。

 

 

ドドドドドンッッ!!

 

「うおっ」

 

 放たれていたプラズマ火球が一斉に爆発し、広がる炎が和麻の周りを取り囲んで逃げ道を塞ぐ。更にその爆発の乗じ、綾乃は炎雷覇を上段に振りかぶりながら間合いを詰める。

 対し和麻は説得不可能と判断し、僅かに身構えてそれを迎え撃つ。 

 

「叔父様の敵!!」 注・死んでいません

「っ!?」

 

 驚きに目を見開きつつも、唐竹に振り下ろされた緋色の刃をかわし、綾乃の手首を左手で抑え付けて動きを封じる。

 

「父―――――厳馬が死んだのか?!」

 

 だが、言い終える前に和麻は間違いに気付いた。父である厳馬と綾乃の関係は表層的で薄っぺらいものでしかなかった。厳馬が死んだところで、綾乃がここまで怒り狂って敵討ちに来るなどとは思えない。
 仮に、自分の知らない四年間があったとしても、綾乃はともかく厳馬が変わって綾乃と仲良くするとは到底思えない。

 そして、それよりも遥かに可能性が高い人物に心当たりがあった。綾乃が『叔父様』と呼び、慕っていた大神の男。

 

「大神 雅人が死んだのか?!」

「何をぬけぬけとっ!!」

 

 雅人の名を聞いた途端、綾乃の表情が更に険しくなり、和麻に向かって左の拳打を繰り出す。が、和麻は右手で難なく受け止める。
 しかし、その直後に来た頭突きが和麻の額に直撃し、思わず綾乃の拘束を解いてしまった。

 そこをすかさず綾乃は炎雷覇を和麻に向かって薙ぎ払うが、和麻はその一撃を後方に跳んで避ける。

 

「何があったのかは知らんが、俺は無実だ。大神雅人をやったのも、そこの連中をやったのも俺じゃない」

「この期に及んで……まだシラを切る気!」

 

 綾乃は和麻の白々しい言葉(綾乃主観)に更に怒りの炎を燃え上がらせると、和麻に向かって炎雷覇を振り上げつつ突進する。

 和麻はその様子を冷静に観察し、力量差を的確に判断した。四年前ならいざ知らず、今の自分ならこの程度の小娘をあしらうなど雑作もない……と。

 

「しっかりと受け止めろよ」

「え?」

 

 和麻は腕を横に一振りし、風刃を一発だけ叩き込む。
 それを綾乃は炎雷覇で蹴散らそうとしたが、緋色の刃が風の刃と接触した瞬間に異常な圧力を受け、その場に踏みとどまる。

 

「くぅ……」

 

 受け止めた衝撃に呻く綾乃。炎雷覇越しに響く衝撃に腕が軽く痺れる。
 神社の時から分かっていたが、綾乃は和麻が容易い相手ではないと再認識し、後方に跳んで間合いをとる。痺れが抜けるまでの時間稼ぎの意味合いも含めて。

 

(ふん。四元の中で最弱の風を使っている割には強いじゃない。でも、それがせいぜい。私の…神凪の炎に敵うはずはない。今のだって、私は本気で力を込めていれば打ち砕けていた)

 

 身近に風牙衆という風術師がいるため、それを基準に風術師というレベルを判断する綾乃。風牙衆は分家にすら敵わない……という攻撃力一辺倒の基準で。
 風術師は絶対に炎術師には敵わない。確かに、和麻は風術師の割には強いかも知れないが、それでも神凪宗家に敵うはずはない。それが風術師と炎術師の当たり前の相互認識であり、絶対的だ…と。

 

(過去にいろいろあったからってね……此処で見逃すほど、あたしは甘くはないわ)

 

 炎雷覇を握る手に力を込めながら綾乃は和麻を強く睨み付ける。対し……

 

(やれやれ、どうしたもんかね……)

 

 和麻はる気満々の綾乃に胸中で溜息を吐く。
 正直、綾乃一人を始末することは容易い。それは先程の攻撃で充分解った。だが、容易いからといって綾乃を殺せば……それどころか、傷一つ付けただけで親馬鹿である重悟が敵に回る。ついでに、重悟の懐刀である景太郎も敵に回るだろう。

 今の一撃も、ちょっと頭を冷やしてやろうと炎雷覇を狙って、更には受け止められる程度に手加減した一撃だったのだが、逆に煽ってしまったようだ。

 和麻にとって……『神凪 和麻』にとって重悟は数少ない味方だった。景太郎は味方と言うには微妙だが、少なくとも自分を虐めも蔑みもせず、自分をある程度認めてくれる存在だった。それに何より、景太郎には死にかけたところを助けてもらった恩もある。
 いくら自分がかつての姓を捨てたとは言え、恩のある彼らを悲しませるようなことだけは極力したくなかった。

 

(かといって、こいつほどの炎術師を無傷で無力化するってのも手間が掛かるし……なにより面倒臭い)

 

 今度は胸中ではなくはっきりと溜息を吐く和麻。
 傷つけるのは駄目、殺すのはもっと駄目、無傷で捕まえるのは不可能ではないが手間が掛かる……そして、話し合いの解決は絶対に無理。

 ……………となると、する事は一つ。

 

「それじゃ、綾乃ちゃん。俺帰るから、死体ソレの後始末お願い」

「なっ?! ―――――ちょっと待ちなさいよ!」

 

 いきなり和麻は風を纏うと、踵を返して高く飛翔した。それを許すまじと綾乃は追撃をかけようとしたが、不意に和麻の姿が消え去った。

 

「消えた!? どっ、どこ行ったの?!」

 

 きょろきょろと周りを見回し、綾乃は消え去った和麻の姿を探す。だが、和麻の姿は何処にも……三百六十度見回しても見つからなかった。

 

「和麻ァ!!」

 

 怒声を上げて烈火の如く怒る綾乃。それは冗談でも比喩でもなく、綾乃の身体から黄金きんの炎が盛大に燃え上がっていた。

 そんな綾乃の様子を………

 

「怒り心頭って感じだな……」

 

 直上の上空に漂っていた和麻がそう呟きながら眺めていた。

 和麻は空気の屈折率を変え、いわゆる光学迷彩をかけて透明化したのだ。冷静によく見れば、空気の揺らぎが見えたかもしれないが、真上という死角の上、頭に血が上った状態の綾乃は気付くことはなかった。

 

 煌々と輝く炎を纏いながら地団駄を踏む綾乃を暫く眺めた後、和麻は今度こそ遠くへ飛翔した。

 そして、飛翔しながら和麻は今後の身の振り方を考えていた。

 

(この分だと、神凪は術者殺しの犯人を俺だと確定するんだろうな…………ま、それはそれで面白くなりそうだがな)

 

 神凪一族と謎の風術師という二つの強大な存在に命を狙われながら、和麻は楽しくてしょうがないとばかりに笑みをこぼした。

 

 

―――――第七幕に続く―――――

 

 

 

 

【あとがき】

 どうも、ケインです。

 今回も景太郎の出番は無しです。期待されていた方、申し訳ございません。次回は冒頭から出番の予定です。

 その次回ですが…今回の出来事に関しての神凪の推察です。そして、黒幕の姿が初めて見え始めます。一種の分岐点…いえ、加速地点かもしれません。

 

 さて、話は戻して今回のことですが……大方は本筋から逸れていません。大きな違いは生き残りが居た事ぐらいですね。といってもかなりの重傷ですけど。それと思わぬ加勢、アルタイルの出番です。

 今回が綾乃とアルタイルの初顔合わせだったりします。こんな顔合わせだった所為か、それとも奇妙な縁か、アルタイルと綾乃は微妙な仲という訳なんです。
 これは、白夜本編での綾乃とアルタイルの会話などを再び読んでくださればなんとなく解ると思います。

 

 それでは…次回、白夜・聖痕編・第七幕『推理』を、よろしければ読んでやってください。ケインでした。

 

 

 

 

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