〈白夜の降魔・風の聖痕編〉

 

第一部・風の聖痕

 

 

第十一幕   『襲撃』

 

 

 

 

 

 

「やはり……誰もいないか」

 

 目的地の上空に着いた途端、降り立つ間も惜しいと云う感じに、夜空を飛翔するアルタイルから落下同然に降り立った景太郎は、脇目も振らずに屋敷に―――――風牙衆の屋敷に駆け込んだ。

 既に気配がないことから誰一人としていないことは理解していたが、それでも景太郎は一つ一つ、朝露よりも儚い希望を求め、時間をかけて風牙衆の家族が暮らす部屋を詳しく見て回る……が、結果は同じだった。

 

 景太郎が彼らと最後にあったのは先日…時間にして数時間ほど前。その時は、皆が同胞の死を悲しみ沈んだ顔をしていたが、涼原の家族を訪ねに来た景太郎を快く迎えてくれた。それなのに、今は人っ子一人いない。

 家具や生活道具もそのまま…人だけが消えてしまったような錯覚すら覚える。

 

「シリウス、追えるか?」

《無理……臭いも霊臭も風で完全に消されている》

「そうか…………」

 

 押し黙る景太郎。暫しの沈黙の後、その部屋から踵を返して屋敷の中央部分…長たる風巻家が住んでいた区画へと足を向けた。

 

(兵衛さん達の部屋へ行こう。調べてないのはあそこだけだし……万が一にも、手がかりがあるかもしれない)

 

 一縷の希望を賭けて風巻家の居住区に向かう景太郎。だが、やはりというべきか、何一つ手かがりとなり得るようなものは無かった。

 そして、景太郎は調べていない最後の部屋の扉を開けるとその前に立ち、中を眺めた。

 

「一体どこへ行ったんだ……陸渡」

 

 そう…そこは景太郎の相棒である『風巻 陸渡』の部屋だ。中は卓袱台に古めかしいタンスのみ……実に殺風景であり、故に……

 

「ん?」

 

 たった一つ異彩を放つもの…卓袱台の上に置かれた真っ白い紙が目を引いた。

 

(陸渡……)

 

 考えるまでもない、それは自分へのメッセージだろう。

 景太郎は卓袱台の上に置かれた綺麗に二つ折りにされた白い紙を手に取り、広げる。そこには……

 

『兄貴、ごめん』

 

 走り書きでただ一言、そう書かれていた。走り書きとはいえ、景太郎にはそれが紛れもなく陸渡の文字だという事が解った。
 それと同時に、陸渡が…そして風牙衆の人間がこの屋敷にいない理由をはっきりと確信した。

 

 考えるまでもない…彼らが犯人だったのだ。そして実行に移ったことを期に身を隠したのだろう。
 そのタイミングが自分が出払っていた時であることを考えれば、彼らは一番最初に気付かれるのが景太郎だと考えていたようだ。

 かなり慌ただしかったのは、陸渡の残した手紙から察せた。だが、それでも手がかり一つ残さないその手際は、本当に見事としか言いようがない。

 そのあまりの手際の良さに、神凪一族は誰一人として風牙衆の失踪に気が付いていない。風牙衆の手際、夜逃げであることを差し引いても、目と鼻の先の出来事に気が付かないのは、今までの風牙衆への無関心ぶり故だろう。

 

(陸渡……)

 

 目を瞑り、口を噤んだまま歯を食いしばる景太郎。
 風牙衆の苦しみと悲しみは解っていた…否、解っていたつもりだったのかもしれない。だからこそ、自分は風牙衆が裏で進めていた今回の件に気が付けなかったのだろう。

 様々な後悔が景太郎の心を責め苛み、重くのしかかる。

 

 その時―――――

 

ゴオオォォォン!!

 

 かなり遠くの方から爆音が鳴り響き、屋敷の窓を軽く震わせた。

 そちらは神凪の屋敷がある方向。そして景太郎がそちらに意識を向けると、炎術師としての感覚が猛っている炎の精霊の存在を報せる。

 

「敵襲か?!」

 

 その音に導かれるように、景太郎は部屋を飛び出し神凪の屋敷めがけて疾走した。

 

 

 

 


 

 

 

 神凪の正門まで十メートルの距離に近づいた時だった。

 

「か、和麻!?」

 

 近づいてくる和麻の姿を視認した門番の一人が狼狽する。

 

(遅えよ……)

 

 厳戒態勢でありながら、殆ど目と鼻の先にまで近づかないと気付かない門番の無能さに、和麻は白けた目を向けると共に酷く苛立つ。
 そもそも、神凪の連中がむざむざと殺されず、最初の襲撃の際に敵の風術師を返り討ちにでもしてくれていれば、こんな面倒なことにはならなかったのだ。

 ……とはいっても、敵の風術師の能力を鑑みれば、重悟や厳馬でない限りは太刀打ちもできないのは和麻も承知の上なのだが、それでも腹が立つものは腹が立つ。
 しかし、その後の対応の早さは評価に値した。門番の叫びを聞いた警護の術者達があちこちから集結したのだ。そして叫びから僅か数十秒後には、和麻への包囲を完了させるという手際の良さだ。

 彼らは和麻が厳馬の呼び出しを無視し、この場に現れたのだと思ったのだろう。呼び出しを無視し、あまつさえ宗主に命乞いに来た和麻に怒りと、一件の犯人である殺意を向ける。

 一方的な勘違いから浴びせかけられる殺気に、和麻は、

 

「宗主を呼べ」

 

 微塵の動揺も見せずに傲然と言い放った。

 

「呼び出しに応じてやったんだ。ありがたく思えよ」

 

 身の程を弁えないこの言葉と前の科白を聞いた術者達の殺気が更に膨れ上がる。

 しかし、やはり和麻はその殺気を変わらずに…いや、口の端を少し吊り上げて嗤った。

 

(まぁ、当然だな)

 

 和麻自身が考えても、今の科白はどんなに贔屓目に見ても喧嘩を売っているようにしか聞こえない。

 これは無用な挑発であることは理解している。だが、それでもなお和麻には止めるつもりにはなれなかった。傍目には努めて冷静に見えるが、その内部では複数の怒りの念が荒々しく渦巻いているのだ。

 

 自分が日本に帰ってきてからこっち、殆ど碌な目にあわない。
 まず、神凪と謎の風術師との諍いに巻き込まれたこと。その風術師に出し抜かれて煉をさらわれてしまったこと。駄目押しに、煉の誘拐を伝えるために二度と近づくまいと思っていた神凪の家に出向く羽目になったこと。

 これら一つ一つが和麻の神経を逆撫でし、極めて不機嫌にさせていた。

 

 ―――――のだが、神凪側がそれを知るわけはなく、おめおめと顔を出した和麻に底なしの怒りと殺意を覚えていた。

 

「貴様…この期に及んで、赦しを乞える立場だと思っているのか……」

 

 取り囲む術者の内の一人が一歩前に出て和麻に対応する。煮えたぎる激情を抑え込んでいるのが一発で解る口調だ。

 そんな神凪の勘違い発言に不快度指数を急上昇しているのを感じながら、和麻は再度口を開く。

 

「宗主を呼べと言ったんだ。聞こえなかったか?」

 

 とても深く重苦しい口調…先程の術者に負けず劣らずの、激情を抑え込んでいるような口調だ。加え、纏う雰囲気も僅か一押しで爆発せんばかりだ。

 

「貴様ッ!」

 

 その和麻の態度に我慢の限界を超えた術者が炎術を行使すべく炎の精霊を召喚する。

 これが彼の間違いだった。この時、彼のやるべく最善の方法は和麻の来訪を宗主に伝えに行くこと……最悪の選択肢を選んだ彼の末路はこの時点で決まってしまった。

 

ゴシャ!!

 

 生々しい音を立てながら術者の身体が宙を舞う。見えない巨人にアッパーカットを喰らったかのように宙を飛んだ術者は、数秒の飛空時間を経過して地面に叩きつけられた。

 倒れ伏した術者の容態は無惨の一言に尽きた。死んではいないようだが顎は粉々に砕かれ、力なく開かれた口からは血に混じって砕けた歯の欠片と自らが噛み切ったであろう舌の先端が吐き出された。

 

『―――――ッ!?』

 

 術者の間に走る動揺。彼らには和麻がなにをやったのかまるで分からなかったのだ。
 それでも、解ったことはただ二つ…自分達と同じ系統…炎術ではないという事。そして、戦闘は既に始まったという事。

 術者達は即座に身構え、炎術の起動を急ぐ。

 仲間を倒されるもすぐさま思考を戦闘に切り替える警護術者達は見事といえる。だが、現れる前から既に戦闘態勢に移行している和麻の目には今更に見える。

 

(遅えよ……)

 

 本日二度目となる神凪への評価と共に、和麻の周囲から見えない暴力が放たれる。

 『大気の拳エーテル・フィスト』高密度の空気の塊を、亜音速で敵に叩き込む風術の一つ―――――それが見えない暴力の正体だった。
 その叩き込まれた空気の塊は激突の瞬間圧縮を解かれ、その復原作用による衝撃波を放つ。その威力はヘビー級プロボクサーのフィニッシュ・ブローを遥かに凌駕する。
 しかも、これを知覚できない者は何も出来ずにサンドバックになるしかない。

 その例にもれることなく、放たれた無数の空気の弾丸に、術者達は最初の一人と同様反応すらできずに吹き飛ばされて地に沈み、果ては塀や地面までも抉り、砕きながら辺りに破壊を撒き散らす。

 

 見えざる暴力はきっかり三十秒続き、その後に立っているのは和麻だけ…術者達は死屍累々と云った感じに地面に倒れ伏していた。

 最初の一人と同じく顎を砕かれた者、腹部に受けて内臓破裂を起こした者、その他倒され方は様々だが、誰一人として立ち上がるどころか戦う気力を残している者はいなかった。
 中には、凶悪な空気の弾丸を運悪く二発以上も受けた者もいたが、辛うじて生きてはいた。

 

「…………」

 

 かつては自分を苛めてきた連中が、今は為す術もなく倒れ伏している。その事に対して和麻の胸中には何の感慨も浮かばず、ただ眺めているだけだった。その結果は至極当然として、ただ目の前の現実を受け止めていた。

 だが、突如として和麻の表情が苦しげに歪む。

 

「しまった……」

 

 半分死にかけている術者達を見ながら、和麻は重大な失敗に気が付いた。

 

「一人くらいは手加減しとくんだった。これじゃパシリにも使えねぇ……」

 

 それ以前に、電話で事前に宗主に連絡でもいれていれば、こんな面倒は起こらなかった……かもしれない。先日の綾乃みたいに聞く耳持たずに暴走する輩もいるだろうが、それでも宗主に連絡をいれていれば回避できた可能性は少なからずあった。

 自分でも考えていた以上に、和麻は煉を攫われて動揺しているようだ。

 

「チッ……おい起きろ、悠長に寝てんじゃねぇ」

 

 比較的ダメージの少なそうな術者を見繕い、和麻は気付け代わりに蹴りを入れるが、当の術者は虚ろな目をして和麻の声にまるで反応を示さない。

 

「くそ。普段偉そうにしている割には使えねぇ奴らだ……」

 

 先も今も、自分がやったことが原因なのを綺麗さっぱり無視して好き勝手なことを言いながら、和麻は正面に向かって歩き出した。

 その際に、進路上にいた術者を忘れずに踏んでいくという念のいれようで……

 

 …………果てしなく大人げない。

 

 

 もう正門まで和麻の先を遮る存在モノはない。警護をしていた術者を全て倒したのもそうだが、閉じているはずの正門は綺麗さっぱりと存在しない。開いているのではない、本当に無いのだ。

 だから、和麻はある程度近づいた時点で中が見えた。先程の警備の倍に匹敵する人数の術者達が、準備万端の状態で待ちかまえている姿が。

 

「やれいっ!!」

 

 和麻が門の前に立つのと同時に号令が放たれ、三十本もの火線が一気に殺到する。

 

 

ゴオオオオオン!!

 

 集中した凄まじい熱量がプラズマ化して和麻を包み込み、その周囲にある正門を焼滅させる。

 

「はーはっはっはっはっ!! 逆賊めが、分不相応に叛逆なぞ企ておって。あの世で後悔するが良いわ!」

 

 術者達の中央に立つ、先程号令を掛けた一人の老人が高らかに哄笑しながら火だるまになった和麻を嘲る。それは先代の神凪宗主、別名〈歴代神凪宗主の面汚し〉こと『神凪 頼道』であった。

 分家とはいえ、神凪の炎術師三十名がかりの一斉攻撃の前に、生き残れる者など居るはずがない。もし存在するとすれば、それは自分達のトップである神凪宗家の者のみ。
 そして、あれはその宗家の人間ではありはするものの、炎の精霊王の加護から外れた出来損ない。

 頼道以下、場に揃った術者達が勝利を確信する。否、それは確信する以前の当然の結果としてとっているようだった。

 

 しかし、収束していく炎の中に、彼らは信じがたいものを見た。

 

「なにぃっ!?」

 

 青白く燃える炎の中にいながら、変わらず平然と歩いている和麻の姿に頼道達が騒然とする。そして―――――

 

「鬱陶しいな」

 

 和麻が無雑作に手を振るうと、三十人の術者が総力を結集して作り上げた炎が散り散りとなって消え去った。しかも、和麻の身体には焦げ目一つ付いていない。

 

「馬鹿な…奴は魔人か……」

 

 驚愕のあまり呼吸すらも忘れる術者達。もし彼らが冷静であれば見えたかもしれない。和麻の周りにある薄い空気の層が。

 高位の精霊魔術師は物理法則さえも超越する。この場合、神凪の〈炎術師〉と和麻の〈風術師〉なのだが、前者が酸素を消費せず炎を生み出すことができるように、後者も自分の操る風に熱の伝導を禁じることができる。

 

 そして、物理現象を越えた先にも法則性は存在する。その一つが【意思力の優劣】

 一流の術者の第一条件は呪力に非ず。ましてや知識や技術にも非ず、『意思』である。現実を否定し、己の望む世界を現出させるほどの『意思』。

 魔術とは“原書の法則”に自分の意志を割り込ませ、新たな法則を便宜的に創り出す事によって事象を操る行為を言う。それは【世界】というシステムにハッキングし、プログラムを書き換えるという表現もできる。

 

 和麻の周囲の風は完全に制御下におかれている。その風がある空間内においては何よりも和麻の意思が優先される。

 つまり、和麻まで炎を届かせたいのであれば、物理法則を否定した和麻の意思を越えるほどの、より強い意志をぶつけなければならない。

 具体的には、和麻が『炎を拒絶する』と念じた以上の強さで、『和麻を燃やす』という念を篭めなければならない。自分達が操る精霊を介して……

 

 炎が和麻を燃やせなかった―――――その結果が示すのは、和麻一人の意思が神凪の術者三十人分の意思を凌駕していることを意味した。
 更に言えば、炎の精霊と風の精霊が真正面からぶつかった場合、優勢になるのは炎の精霊。その事を鑑みれば、風術師である和麻の行ったことは、世界でもトップクラスの炎術師たる神凪から見れば信じられないの一言に尽きた。

 

「馬鹿な…ありえん……」

 

 術者達は一様に驚愕の表情を浮かべて呻く。

 宗主や厳馬ほどではなくとも、彼らも一流に分類される精霊魔術師。故に見えてしまった。和麻が統べる膨大な風の精霊が。

 彼らは理解した…和麻の力は、自分達の想像を遥かに超えた次元にあることを。そして、自分達には勝機など欠片もないことに。

 

 

「何をしておる馬鹿者共が! 和麻如きに何を恐れおののく必要がある!!」

 

 だが、いつの世にも目が曇った馬鹿は居るもの。頼道の傲慢に歪んだ眼には和麻の統べる風の精霊が大したことのないように見えるらしい。

 長年、風牙衆を虐げ続けてきた所為で頼道の頭の中には『風術師=弱者』という方程式が焼き付いているのだろう。

 

「もういい、貴様等のような腰抜けの手など必要ない。先代宗主である儂自らの手で和麻に引導をくれてやるわ!」

 

 喚き散らすも一行に動こうとしない術者達に短気を起こし、頼道は手ずから炎の精霊を喚び顕現させる。

 顕れた炎は炎術師三十人分よりも遥かに強く、煌々と黄金きんに輝いている。腐っても宗家、そして先代宗主―――――分家の一流が寄り集まろうとも、足元にも及ばないほどの黄金の炎。

 だがしかし、和麻はそれすらも遥かに凌駕し―――――速い!

 

「消し炭になるがいい!!」

 

 頼道が黄金きんの炎を収束、火球として放つ。そして和麻もまったく同タイミングで『大気の拳エーテル・フィスト』を一発だけ放ち、真っ向からぶつける。

 頼道の数倍以上の精霊密度と収束された風の弾丸は、放たれた黄金きんの火球を撃ち抜いて粉砕、そしてそのまま直線上にいた頼道の腹部に衝突、圧縮を解除して衝撃波を放つ。

 

「ぐふぉあっ!!」

 

 まともに『大気の拳エーテル・フィスト』を受けた頼道は、残像を残さんばかりの勢いで吹き飛ばされる。

 

『せ、先代!!』

 

 軽く十メートル以上の滑空から墜落、伏せたままピクリともしない頼道の様子に慌てて数名の術者が駆け寄り、容態を確かめた後、抱え上げながら素早く屋敷の中へと運び込む。
 宗家の威光か、それとも息子の宗主の怒りを買うのが怖いのか、どちらにせよ迅速な対処と動きだ。

 その一連を和麻は関心なさげに見送った後、その場に立ち止まって屋敷を見上げるように眺める。

 そして……眺めている時間の比例し、胸中に郷愁の念が涌き上がってくるのを強く感じていた。

 

 良い想い出など殆ど無い場所だった。誰もが和麻を疎み、蔑み…存在すらも無視されていた。その無闇に多い一族の中で、和麻に好意的に…もしくは普通に接してくれた者はほんの一握り。いくら数えても片方の手の指で足りるだろう。

 それでも…郷愁の念は抑えきれなかった。どれだけ迫害されようとも、ここが和麻の原点だった。

 

(そうか…俺は、心の何処かで此処に戻りたがっていたんだな……)

 

 和麻はその思いを認めざるを得なかった。蔑まれても、苛められても、存在を認められなくとも、ここでは和麻は守られていた。社会から、一人で生きる責任から、子供であった和麻は守られていたのだ。

 

 だが、今の和麻にとって守られることを望むのは弱さであり、逃避であった。

 今、自分が四年前に家を出ると共に捨て去ったはずの弱さを引きずっていることは認めた。しかし、それは決して気分のいいものではない。否、むしろ忌むべきものだと認識した。

 

(ようするに、こんな家めざわりなものがあるからいけないんだよな)

 

 不快感にまみれた和麻の意識は、その感情の源を引きずり出す諸悪の根元たる神凪の屋敷をぶっ壊す事に決めた。

 その和麻の意思に応え、更に莫大な風の精霊が―――――大型台風に匹敵するほどの風が召喚され、持ち上げられた右の掌の上に凝縮される。
 これを術として放つまでもない、ただ純粋に解放し解き放てば、それだけで半径二百メートルの空間は更地にできる。

 今の和麻に、神凪の人間は元より、範囲内に存在する関係ない住民に対しての配慮は全く無い。早く神凪の屋敷めざわりなものを消し去りたい…ただその一念のみだった。

 

 対し―――――

 

「う…あ……」

「なんて力だ……」

 

 術者達は和麻の圧倒的なまでのチカラに恐れおののく。無理もない、和麻の集めた精霊はもはや人知を越えた天災の域にまで達しているのだ。

 

「「「…………」」」

 

 それでも年輩の術者達は比較的冷静だった。恐れおののいているのは同じ…しかし、状況を判断するだけの有余はあった。

 若き日の重悟を知る彼らにとって、天災規模の精霊を制御する人間を始めてではないからだ。だが、それは裏を返せば和麻を宗主と同じレベルの術者であることを認める行為でもあった。

 そんな和麻に対抗するべく…いや、この場を切り抜けるために、彼らは壮絶な決意をした。

 

 己の命を糧にした大規模召喚……文字通り『最後の手段』を用いれば、和麻の風を相殺できるかもしれない。それは楽観に近い見解だが、彼らにはこれ以上の選択肢はなかった。

 己の命を燃やし尽くそうとも、宗主である重悟だけは守らなければならないのだ。

 

「いく―――――」

 

 先輩の術者達が勝ち目のない特攻をかけ―――――ようとした瞬間、何処かから現れた一条の閃光が和麻に向かって伸びる。

 その一条の閃光は和麻の掌中に集まっていた風の塊を貫き、跡形もなく“燃”やし尽くす。

 

「なにぃ!?」

 

 今度は和麻が驚く番だった。風の精霊を苛立ちにまかせて集め、しっかりとした意志を込めていなかったことも認める。だが、自分の集めた風はそう容易く燃やせるものではない。
 それを炎術で行うには、宗家クラスの莫大な炎の精霊を用い、更には和麻の意思をも越える一撃を叩き込まなければならない。

 少なくとも、此処に居る術者達…ついでに奥に引っ込んだ頼道が到底出来る行為ではない。

 

(宗主が出張でばったのか?)

 

 一瞬とはいえ視認した火線の秘めるエネルギーも分家とは桁違い。その収束率も、先日の綾乃とは比べものにならない。厳馬を病院送りにした今、宗主がでてきたのだと思ったのだ。が……

 

(いや違う。さっきの炎の色は黄金きんではなく白銀ぎんだった。という事は……考えるまでもなかったな)

 

 結論が出ると同時に火線が伸びてきた方向…右に振り向く和麻。

 その視線の先には、分家とは桁違いの炎の精霊を引き連れた一人の男の姿があった。

 

(そうだ…こいつが居たんだったな)

 

 和麻と男との距離は約三十メートル。加えて朝日もろくに昇らず辺りは薄暗い……だが、風の精霊を共にする和麻には、その距離や薄闇など有って無きに等しく、その男の姿を精霊越しにはっきりと視認した。

 だが、視認したのも束の間―――――男の姿が和麻の視界より忽然と消えた!

 

「ッ!?」

 

 左に―――――神凪の屋敷のある方向に再び振り返る和麻。そこには、先程見失った男がきっちり先程と同じ間合いを開けて立っていた。

 

(今のは『縮地法』……だけじゃねぇな、他にもなんか混じってやがる。しかし、なんつうデタラメな速さだ。四年前とは比べもんにならねぇほど腕を上げやがったな)

 

 直線にして約四十メートル近く……その距離を瞬間移動と見まごうばかりに一瞬で移動したその速度に、和麻は背筋にヒヤリとしたものを感じつつ、それを平然と行った男を油断無く見つめながら声をかけた。

 

「……よう、久しぶり。景太郎」

「ええ、久しぶりです。和麻さん。この度はどのような御用向きでしょうか?」

 

 景太郎が淡々と和麻に問いかける。事務的な口調からは、友好とかそういった類のものが感じられない。むしろ、どこか苛立った感じすらある。

 

「宗主に用事がある。取り次いでくれ」

 

 直に用件を言う和麻。他の術者よりは景太郎の方が遥かに話が通りやすいと思ってだ。だが―――――

 

「わざわざ来て頂いて申し訳有りませんが、後にしていただけますか。こちらには火急の用件があり、先に宗主に通さなければならない用件がありますので」

 

 景太郎の返事は後にしろ…というにべもない言葉だった。

 

「ふざけんなよ…こっちは来たくもねぇのにわざわざ来てやってんだ。それに、元々呼んだのは手前らだろうが」

 

 景太郎の態度に苛立ちながら吐き捨てる和麻。そんな和麻に、景太郎は軽く嘆息すると妥協案を提示した。

 

「わかりました」

「わかりゃいいんだよ」

「俺の用件が終わり次第、すぐに呼びますのでお待ちください」

「二度も言わせんなよ……巫山戯るな、俺の方が最優先だ。こっちは人一人の命が掛かってんだから、手前を後回しにしろ」

「そうですか。しかし、こちらも人の命が掛かっていますので……数十人単位で」

 

 頑として先を譲らない景太郎の言葉に、和麻の口調が剣呑さを帯びる。

 

 お互い一歩も譲る気配はない。二人とも譲れない者の為に、己の用事を優先させようとしている。 和麻は大切な弟の為に。景太郎は相棒にして大切な弟分と、その多くの同胞の為に。

 景太郎は和麻の言う一人の命が煉と言うことを知るはずもなく、和麻個人の関係者だと思っていた。
 そして、和麻もまた、景太郎が言う大勢の命というのも、どうせ神凪の雑魚共のことなのだろうと推測していた。

 もし、二人の精神に少しでも話し合おうという余裕があれば、こんな自体にはならなかっただろう。

 だが、二人とも大切な者を失いかねない状況に置かれ、冷静な判断を下せないでいる。なまじ聡い頭脳がある故に、相手の事情を勝手に推測し、決めつけてしまっているのだ。

 

 

「………………」

「……………………」

 

 二人は黙して語らず…和麻は目で『お前が退け』と殺気を篭めて語るが、景太郎は冷たい目で受け流す。

 静と動―――――きっちり両極に分かれた二人だが、考えていることはまったく同じ。

 

 

―――――この期に及んで話し合いで済ますつもりはない。相手が譲らないのであれば、その障害を踏み砕いて押して通るのみ―――――

 

 

 

 和麻と景太郎の四年ぶりの再会は最悪の形で行われ―――――すぐに激しいものへと変わった。

 

 

 

―――――第十二幕に続く―――――

 

 

【あとがき】

 

 どうも、ケインです。皆様、お久しぶりです。

 アンギットゥさんが復活し、喜ばしい限りです。

 実は、アンギットゥさんのホームページが更新されたことを知らず、KKさんやダブルクエスチョンさんが感想を送ってくれたことで知ることが出来ました。

 本音を言えば、掲示板などで書いていないのに自分の名前があり、勝手なことを書いているのを見て、送るのをやめた方が良いのかと思考しましたが……とりあえず、投稿続行と言うことで完結しました。

 

 さて……話は仕切り直して、聖痕編。和麻と景太郎、再会のちバトルです。次回の話は和麻と景太郎の闘いオンリーの話になる予定です。

 和麻の四年間で培ってきた力と、景太郎の四年間で培ってきた力、双方の力が鎬を削り、ぶつかり合います。

 

 よろしければ、これからも読んでやってください…ケインでした。

 

 

 

 

 

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