ラブひな IF       〈白夜の降魔〉

 

 

 

第三十四灯 「―――――龍眼―――――」

 

 

 漆黒の炎により、痕跡すら残さず焼滅する鶴子……

 時同じくして、漆黒の獣達は龍斗の周囲に集い、邪気で創造された黒烏クロガラスは【ひな】の刀身の中へと姿を消した。

 

「鶴子さん……」

「鶴子……」

 

 塵一つ残さず消滅した鶴子に悲しみ嘆きつつも、元舟は【麒麟】と【黒龍】を構え、彰人も無手のまま龍斗に向かって身構える。

 同時に、なつみや可奈子、他の神鳴流戦士達も悲嘆にくれつつも各々の武器を構える。

 

 鶴子は死んだ……悲しくない者など誰一人としていない。

 だが、悲嘆にくれるよりも、今は生き残った者の役割として龍斗を討たなければならない。鶴子のやり残したことを、そして無念を晴らすべく。

 

 そんな悲しい決意を総員が固める中、

 

「たいしたもんだ」

 

 なにやら感心したような和麻の言葉がその場に響く。

 

「和麻! あんた少しは空気を読んでものを言いなさいよ!!」

 

 和麻の不謹慎ともとれる発言に、綾乃が怒り露わにして襟元を掴みかかる。他の連中は特に何も言わないが、半分以上の者が向ける視線が和麻を睨んでいた。

 そんな綾乃に、和麻は煩わしそうに眉を潜めながら冷ややかな目で見つめ返す。

 

「あのな、誰もあいつの事だとは一言も言ってねぇだろうが」

「へ? どういうこと?」

「見てみろ、あの野郎も気が付いてやがる」

 

 浦島の屋敷の門に目を向ける和麻。見れば龍斗もそちらの方に目を向けている。綾乃…そしてその場の一同がそちらの方に目を向ける。が、やはりそこには壊れた門しか残っていない。

 ―――――次の瞬間、唐突に門前の空間に裂け目が生じる。そして、その中から灰谷の使い魔たるラブレスと、つい今しがた消滅したと思われた鶴子がラブレスに襟首を掴まれた状態で現れた

 

 鶴子が炎に呑み込まれる寸前、ラブレスが強制的に空間転移させ、間一髪の所で救ったのだ。

 

「あんた…何で此処に居るのよ?!」

 

 成瀬川一家と非戦闘員を守るべく神凪の聖地に居るはずのラブレスに疑問をぶつける綾乃。

 ラブレスは問い掛けてくる綾乃を一瞥すると、答えることなく目線を別の方向に逸らした。その方向には―――――現れたラブレスと鶴子に向かって疾走する龍斗の姿があった。

 

「ぼさっとしてんじゃねぇ、行くぞ!」

「―――――ッ!?」

 

 和麻の声にハッとする綾乃。その時には既に和麻は龍斗に向かって駆け出しており、綾乃も黄金きんの炎を纏わせた炎雷覇を片手に、和麻に遅れまいと続いて疾走する。

 だが、それとほぼ同時に、ラブレスと鶴子が出てきた空間の裂け目からメイド服の少女―――――エネアが跳びだし、棍を構えて疾走、棍の間合いに入るや否や、龍斗の顔面目掛けて棍を突き出した。しかし、

 

「邪魔だ」

 

 龍斗は僅かに右に移動してその突きを避けると、【ひな】を唐竹に振るいエネアを左右に分断する。

 が、次の瞬間―――――左右に断たれたエネアの身体が霞のように掻き消えた。

 

「高位幻術―――――上か!」

 

 斬ったエネアが偽物…というよりも、いつかかったかも分からぬ幻術に驚愕しながらも、龍斗は頭上から感じた気配に即座に反応し、見上げる。
 そこには先程消えたはずのエネアが存在し、棍を振りかぶった状態で迫っていた。

 既に迎撃するには遅く、龍斗は振り下ろされた棍の一撃を【ひな】で受け止める―――――直前、

 

「ほほほ…甘いのぅ」

 

 龍斗の背後から幼い女の声が響く。それと同時に重く堅い何かに足を払われ、龍斗はバランスを崩した。

 その状態でエネアの一撃を受け止めた龍斗に、地面に倒れ伏すことを防ぐことはできず、押し倒されるように背中から地面に倒れる。
 そして、そのままエネアは龍斗に圧し掛かり、身動きがとれないように抑え付ける。

 

「中身が違うとはいえ、神凪 景太郎のそんな無様な姿が見られるとはのぅ。眼福眼福」

 

 圧し掛かるエネアの側に立つ巫女服の狐耳少女―――――紫苑が、倒れる龍斗を見、鉄扇で口元を隠しながら嘲笑う。先の幻術も足払いも、彼女の手によるものだという事は疑うべくもない。

 外見では十歳にも満たぬ子供に嗤われ、龍斗はギリッと歯を食いしばる。

 

「ハッ―――――この程度で……なに!?」

 

 いかに圧し掛かろうとも少女の身、龍斗は容易に弾き飛ばせると思った直後、エネアから掛かる重量が桁違いに増加する。まるで鉛…いや、巨大な岩でも乗せられたかのような重さだ。

 

「ヌゥゥッ!」

 

 龍斗は身体に力を入れて押しのけようとするが、それでも僅かに動くのみ。

 いかに龍斗が氣で身体補強しようとも、エネアの能力『重力操作』により自らの重量を十倍以上に圧し掛かり、更には要所を的確に抑え付けているのだ。そう容易く脱出できるものではない。

 

「グゥゥゥゥッ!!」

 

 それを理解したのだろう。龍斗は歯を食いしばると唸るような声を発し炎の精霊を喚び、抑え付ける存在自体を焼き尽くさんとする。それと同時に影より四匹の使い魔も召喚し、エネアと側にいる紫苑に向かって飛び掛かる。

 だが、その瞬間―――――

 

ドンッ!

 

 空から飛来した一条の閃光が龍斗やエネア達の側の大地に突き刺さった。そして続いて飛来した四つの閃光もそれぞれ別の場所に突き刺さる。

 地に突き刺さった五つの閃光は線で結ばれ、龍斗達を取り囲むように五芒星を描く。そしてドーム状の結界となって龍斗達を完全に覆い尽くした。

 

「やるじゃねぇか」

 

 足を止め上空を見上げる和麻。そこには米粒程小さく見える有翼の少女〈ファーナ〉がライフルを構えている姿があった。
 和麻は知る由もないが、現在ファーナが構えているライフルは神鳴流と戦った際に使っていた物と異なっており、魔石を填め込む部位が元来のように弾丸装填型に変わっていた。

 

「あれなに?! 火の精霊が逃げてるの?!」

 

 目の前で発生した結界の効果に驚く綾乃。景太郎…正確には龍斗が喚んだ精霊がその結界内から外部に向かって散っている様が視える。

 

「ぼさっとしてんじゃねぇ! せっかくお膳立てしてくれたんだ、さっさとあいつから精霊を奪え!」

「わ、わかった!」

 

 炎雷覇を正眼に構え、その切っ先越しに景太郎―――――龍斗を睨む。そして龍斗の炎の精霊に干渉、自分の元へと誘う。

 龍斗が集めた炎の精霊が津波のように綾乃の元へと集まる。火の存在を拒む結界内で龍斗の干渉力が弱まり、綾乃が外部から強く干渉して精霊を奪っているのだ。炎の精霊で身体を形成するシリウス達もまた結界の影響と綾乃の干渉を受け、纏う黒炎を弱めつつ苦しげに唸る。

 だがそれでもシリウス達は主の命を遂行するべく、苦しげな様子のままエネアと紫苑に襲い掛かる。

 

 しかし、今度は突如として地面の至る所が抉れると、その中より木の根っ子のようなモノが飛び出してシリウス達を束縛する。しかもそれだけでは飽き足らないのか、所々にある植樹された木々の枝が伸び、四匹の獣達の姿を覆い尽くさんばかりに絡みついた。

 

「お願い…動かないで……」

 

 いつの間に現れたのか、その木々の側にはフリルがふんだんに着いたドレスを着た兎耳の少女〈ラビッシュ〉が、木の幹に手を当てながら泣きそうな顔でシリウス達を見ていた。

 

「次から次と―――――舐めるなっ!!」

 

 炎術を封じられ、使い魔をも無力化された龍斗だが、その戦意は些かも損なわれてはいない。怒りを秘めた咆哮と共に龍斗ケイタロウの身体と【ひな】の刀身より膨大な邪気が放出し、抑え込んでいるエネアを喰らわんと襲い掛かる。

 

「はっ!!」

 

 邪気が発せられると同時に後方に跳び退くエネア。隣にいた紫苑も共に後方へと跳び―――――両手に持った二つの鉄扇を広げた状態で投擲、地に伏せる龍斗の左右の地面に突き立てる。

 

「オンッ!!」

 

 着地すると共に手印を切る紫苑。それに伴い鉄扇に無数の梵字が浮かび上がる。そしてその梵字が地面に移動、二つの鉄扇から伸びる光の文字列が龍斗を中心に地面の上を走り、龍斗を中心に〈八卦〉を描く。そして―――――

 

「破邪―――――邪気封印!!」

 

 紫苑の呪と共に光はより一層輝きを増し、八角形の光柱となりて龍斗を閉じこめる。続いて、

 

「グラビティ・プレス!!」

 

 エネアが光柱内の重力を倍増させ、立ち上がろうとしていた龍斗を重圧により地面に縫い止めた。

 

 綾乃の援助があったとはいえ手早く炎術を封じ、使い魔の動きを束縛、そして龍斗の動きと邪気をも封じた。突如現れた四人の少女達の鮮やかな手際に、皆が皆揃って感嘆の息を吐いた。

 

「クッ―――――中身こそ隙を突かれた間抜けではあるが、器は変わらず一級品というやつか。ラブレス! 長くは持たん、呼ぶのなら早うせい!」

 

 印を組んだ状態のままの紫苑がラブレスに向かって叫ぶ。本当に辛いのだろう、紫苑とエネアは険しい顔をして術を維持している。

 そしてラブレスは紫苑の言葉に心得たとばかりに頷くと、鶴子を掴んでいるのとは逆の手をかざす。するとその先の空間が揺らぎ、そこから十人近くの人間が突如として現れた。

 

「景太郎!!」

「先輩!」

「神凪?!」

 

 現れたなる達が八角形の光柱の中に倒れている景太郎を見、驚いて叫ぶ。

 

「景太郎君!」

 

 なるの父、一斗が景太郎を見て駆け寄ろうとする。

 

「一斗殿、行ってはならん!」

 

 が、途中で元舟が押し止めた。

 

「げ、元舟さん。これは一体どういうことなのですか!」

「そうです父上、一体神凪に何があったというのですか?!」

 

 一斗に続き駆けつけた素子が元舟に問いつめる。

 素子だけではない、成瀬川達全員も一体何があったのか分からず、素子と元舟の方を見ていた。

 

 なる達がいざラブレスの空間転移で移動しようとした矢先、当のラブレスが制止をかけると灰谷に何かを耳打ちすると、血相を変えた灰谷が使い魔達に命令して先行、暫くして急に景色が変わったと思ったら―――――この有り様なのだ。
 驚くなという方がどだい無理な話だ。

 

 そんななる達の視線に元舟は苦痛に表情を歪めると、視線を景太郎の方へと向け直した。

 

「景太郎殿は……今、妖刀【ひな】に取り憑かれている」

「よ、妖刀【ひな】にですか!? あれは神鳴流の禁忌、厳重に封印されていたはず、何故そんなものを神凪が所持しているのですか?!」

「それは……」

 

 素子の問いに言葉を濁す元舟。それを言うのは、浦島宗主の…魔に堕ちた親友の事を語らなければならない。堕ちたとはいえ親友は親友、元舟の口からそれを語るのは憚られた。

 その時―――――

 

「そんなことより、先輩は一体どうしちゃったんですか!!」

 

 しのぶの悲痛な声が青山親子の耳に響く。確かに、今は原因を究明するよりも大切な事があるのだ。

 

「景太郎殿は、あの刀に宿る魂に身体と意識が乗っ取られている状態だ」

「じゃあ先輩は……」

「我々の敵だ。それだけならばまだ良い、味方であったむつみ様をも攻撃したことから、もはや敵味方関係なく、無差別に虐殺を行っている」

 

 元舟の驚愕の言葉に息を飲むしのぶ達。幼なじみで、自分達よりもより親密そうに見えたむつみを攻撃した……それは、自分達をも景太郎が攻撃すると考えて間違いないからだ。

 だが、それより何より、なる達には景太郎の現状こそが信じられないことだった。

 

「なあおっちゃん、景太郎を助ける手はないんか?!」

「ウチからもお願いや〜、ケータローを元に戻してくれへん?」

 

 キツネとスゥが縋り付くように元舟に頼み込むが、元舟は悲痛な顔をして明確な言葉を返せない。彼とて、できることなら何とかしたいのだ。

 

「私からもお願いします、先輩を助けてください!」

「お願いします!」

 

 しのぶとなるが元舟に頭を下げる。続いてキツネとスゥも……必死な顔で頼み込む。

 だがそれでも、元舟は悲痛な顔をして頭を横に振ることしかできなかった。

 

「私とてできることならば何とかしたい。だが、元に戻す方法は「ありますえ」―――――なに!」

 

 元舟の言葉を遮るように鶴子が口を挟む。皆がそちらに向くと、多少ふらつきつつも自分の足で立った鶴子の姿があった。

 

「鶴子……それは本当か」

 

 父としては娘の身を心配しているが、総代としての立場が景太郎を元に戻せるという鶴子の言葉を問い返させた。
 鶴子もまた、そんな父の心情を知っているのだろう。元舟の言葉にしっかりと頷いた。

 

「はい、総代……と、言うより、もうそれ以外に方法はありまへん」

「この状況下において、景太郎殿を救う手が本当に存在するのか……」

 

 鶴子の言葉に半信半疑の元舟。本来であれば信じたいのだろうが、景太郎の状態と様子を見ればもはや手遅れのようにしか見えないのだ。

 

「確かに…青山 龍斗の魂が景太郎班の魂と深いところで一つになりつつある現状、斬魔剣を使って青山 龍斗の魂を滅したとしても、景太郎はんは助かりまへん。かといって、完全に融合すれば尚更のこと」

 

 肉体を救うことは容易だが、問題はその内側…魂の部分にあった。

 景太郎と青山龍斗の魂は徐々に融合…一つになろうとしている。今は表層的な部分だが、それでもその融合は絡み合うように根強く、龍斗の魂を祓えば融合している景太郎の魂も影響がでて、最善で人格崩壊、最悪で魂の死がありえる。

 これは神凪の炎でも同じで、強力な憑依や時に取り込んだ魔獣の一部分でさえ燃やし、元に戻すことができる浄化の力だが、それでも限度というものがある。
 部分とはいえ、今の景太郎のような深い魂の融合は明らかにその限度を超えていた。

 

 

「ごちゃごちゃ言ってないで方法があるならとっととやってくれ! いくらエネア達でもそう長くは保たないぞ!!」

 

 そんな青山親子に向かって灰谷が怒鳴り散らす。

 

「力の質量が違いすぎる上に、こっちはろくな準備も無かったんだ。紫苑の結界が壊されたらエネアの術も炎封じの結界も連鎖的に破られるぞ!」

 

 灰谷の言う通り、龍斗が放つ邪気が紫苑の『邪気封印』の効力と凌駕し、結界内に満ちてその圧力にて内側から突き破ろうとしていた。更には、エネアの重力増加に抗い、ゆっくりとだが立ち上がろうとしている。

 必死に紫苑とエネアが結界の維持に努めているが、そう遠くない内に破られるのは誰の目から見ても明らかだった。

 

「彼の言う通りだ。鶴子、その方法を教えてくれ」

「はい。その方法自体は至極単純明快。景太郎はんに【ひな】の主になってもらいます。
 青山 龍斗が景太郎はんを抑え込んだのも、融合の触媒になっているのもあの【ひな】を介しているからこそ。景太郎はんが主となり、その主導権が移れば、元凶である青山 龍斗を逆に抑え込むことは勿論、融合を解除することもできます」

「なら早くそれをやりましょう!!」

 

 なるが早速といわんばかりに催促するが、元舟がその勢いを押し止める。

 

「まて。三つほど疑問がある。龍斗とやらは景太郎殿の魂と融合したと言った。それなら……」

「それは大丈夫どす。戦って分かりましたが、あれはまだ景太郎はんと完全に融合はしとりまへん。おそらく意識の奥底かで徐々に、そしてしっかりと融合するつもりなんでしょう。今でも、こうしてはる間にも……」

「そうか。ではこれが重要だ。鶴子、お前は景太郎殿が神霊器【ひな】の新たな主になれると思うか?」

 

 これは重要なことだ。聖霊器や神霊器は人が選ぶのではなく、霊器自身が使い手を選ぶ。いかに聖位・神位になりたかろうが、武器に選ばれなければなることはできないのだ。
 景太郎がひなの主になる資格がなければ、この解決策は根底から否定される。

 そんな元舟の問い掛けに、鶴子は迷うことなく頷いて肯定した。

 

「確実に。それ以前に、景太郎はんにその資格があるからこそ、あれ程早く、そして深い浸食と融合が行われとります」

「それはどういう……いや、時間が惜しいから、理由は今は後で聞こう。それで最後だが…一体どうやって景太郎殿を新たな主にさせるつもりだ?」

 

 鶴子の話を信じる限り、景太郎の魂は意識の奥底で龍斗と融合しつつあるらしい。つまり、景太郎の意識は強制的に眠らされているも同然で、その状態では主になるならない以前の問題だった。

 

「少々荒療治でいきます」

「やはり、それしかないか……」

「ど、どういうことなんですか?」

 

 なにやら話が物騒な方向に流れ始めたのに気付き、しのぶが恐る恐る話しかける。

 

「うむ……斬魔剣を用い、景太郎殿の身体に巣くう〔青山 龍斗〕の魂にダメージを与え、弱らせる」

「そして、どうにかして景太郎はんに意識を取り戻してもらい、【ひな】の主となってもらいます」

「どうにかしてって…どうするつもりだ」

「どうにかするんどす」

「だからどうすればいいのかが問題なんだろうが! そもそも、話し通りに進むと思っているのか!」

 

 鶴子の言葉に怒鳴り返してしまうはるか。その怒声にしのぶ達が首を竦めているが、それにすら気が付かない。

 確かに、今の景太郎…龍斗が素直に斬魔剣を受けるわけがない。炎術を駆使し、神鳴流の技を使う龍斗に当てることすら困難だろう。現に、先程鶴子が戦った際には、ついには一太刀も当てることができなかったのだ。

 

 そんな時―――――

 

「大丈夫だろ」

 

 いつの間に火を点けたのか、煙草をくわえた和麻が気楽そうな口調でそう言い放った。

 

「今度は俺達も手伝うしな。あの程度なら何とかなるだろ」

「何とかって……なるのか? 景太郎を相手に……」

「…………」

 

 逆に問い掛けるはるかに和麻は一瞥をくれると、何も言わないまま煉に視線を向けた。

 

「とりあえず俺達の中じゃ煉がメインだな。しっかりと景太郎を焼けよ」

「操っている意思と邪気を―――――でしょうが! それに何で煉がメインなのよ」

「…………言って欲しいか?」

「………………いい」

 

 和麻の言葉に、未だに対象限定できない綾乃が言葉短く答える。

 

「つー事だ。一斉にかかってあいつをボコる。景太郎の意識が戻らない場合は再起不能なまでに痛みつける。そんで、拘束した後で精神干渉系の術でもなんでも使えばいい。簡単じゃねぇか」

 

 どこまでも気楽げな和麻の言葉だが、さすがに誰も反対はしない。ひなた荘メンバーや成瀬川一家は何か言いたげだったが、はるかの「本気で行かなければこっちが死ぬからな…」という言葉を聞いて何も言わなかった。

 いや、ただ一人…なるの父、一斗が何かを思い付いたようにハッと顔を上げた。

 

「あれならば…景太郎君を覚醒させることができるかも知れない」

『え!?』

 

 一斗の言葉に皆が一斉に反応する。

 真偽の視線が向けられる中、一斗は娘の前に立つと、その両肩に手を置き真っ直ぐに視線を向ける。

 

「なる…お前の神通力チカラなら、景太郎君の意識を呼び戻せるかもしれん」

「え? お父さん、一体何を……」

「時間がない、細かい事は省いて重要なことだけ話すからよく聞くんだ」

「う、うん……」

 

 父の有無を言わさぬ迫力に、なるは目を白黒させただただ頷く。

 

「私たち成瀬川の一族には龍神の血が流れていて、その恩恵により異能…神通力を持っている。私の場合はちょっとした『念動力』だが、お前は私と違って強い力を受け継いでいる」

「あ、あたしにも?」

「そうだ。そして、特に強い神通力を発露させた者は、身体の一部に龍の眷属たる証が現れる。お前の場合は【眼】だ」

「目?」

「私たち成瀬川はそれを【龍眼】と呼称している。一言で【龍眼】といってもその能力は様々だが、お前の力は視線を介し、相手の眼を通じて精神に干渉することができるものだ」

「あたしの眼に…そんな力が?」

 

 やや呆然とするなる。今まで一般人として育ち、つい最近になって実は特殊な家系でしたと知らされたばかりなのに、極めつけが人外の力だ。素直に受け入れろと言うのが無理な話だろう。

 

「その力は相手の精神を破壊することも、心の病に苦しむ者を救うこともできるとできる。と、言い伝えられている。その力を使えば、心の奥底に抑え付けられた景太郎君の意識に干渉し、呼び起こすことができるかも知れない」

「え、でも……」

「それも絶対とは言えないが、他の方法よりは可能性が高いはずだ」

「ま、確かに精神に直接モーニング・コールされたら目が覚めるかもな」

 

 クククッと笑う和麻。何を想像しているのかは分からないが、綾乃にはろくでもないことだと即座に理解できた。

 

(どうせあの成瀬川って人と余計なフラグでも立てて操と修羅場になれって思ってんでしょうね……)

 

 どこのギャルゲーだ…と呆れ果てつつ、綾乃は煉と一緒に周囲の炎の精霊を抑え続けていた。

 一方―――――なるは、今まで考えもしなかった事態に狼狽え、気弱な顔で父を見た後、結界に封じられた景太郎の方へと目を向けた。
 そこでは景太郎の身体を操る龍斗が、鬼のような形相で結界を破らんと抗っている様が見えた。

 

「あたしだってどうにかしたい…けど、やったこと無いのにできるかどうか……」

「私たちの力は意思に左右されるもの。できるかできないかじゃない、やるかやらないかだ! 可能性が低ければお前は諦めるのか! そんな気持ちで、お前は無理だと言われ続けた東大を目指してきたのか!!」

 

 真っ直ぐ見据えて訴える一斗の言葉に、なるがハッと顔を上げる。

 

(そうよ…東大を目指すって言った時、みんなから絶対に無理だとか不可能だといわれたけど、それでもあたしは頑張ってきたじゃない! 結果は駄目だったけど…それは無駄じゃない。失敗しても何度でもやってやろうじゃないの!!)

 

 なるの瞳に“決意”の意思が宿る。それに呼応し、なるの瞳孔が細くなり黄金きん色へと変わる。以前の血の如き赤ではなく、神々しき黄金きん色へと……

 なるの【龍眼】が完全なる真の状態となって現れた瞬間だった。

 

「やるわ…やってやろうじゃない。人様に散々迷惑かける馬鹿管理人を表に引きずり出してやろうじゃない。起きるまで何度でもね」

 

 ふんっ! と鼻息荒く、いつもの勝ち気な顔付きに戻ったなるが袖まくりをして景太郎に向かって一歩踏み出す。

 

 

 

 

 ―――――その時、

 

「あ、盛り上がってるところ悪いんだけどさ。それ多分無理だから」

 

『なにーーーーっ!!』

 

 最高潮に達した盛り上がりを地面にめり込むまでに叩き落とした白井の爆弾発言に、一部を除いたその場の全員が一斉に叫んだ。

 

「いやね、いつも景太郎がかけてる眼鏡って普通の眼鏡じゃなくて、実は『魔工創具エンチャント・アイテム』でね。あれにはいろんな機能が搭載…って、その説明は省くとして…何の機能も使っていない通常時は魔力を遮断する能力、通称『魔眼殺し』が付与されててね。視線を介して影響を与えるような魔術や能力は全部無効化キャンセルされちゃったりするんだな、これが……って、みんなどしたの?」

 

 笑みを浮かべ、ごめんね〜…と言わんばかりの表情で頭を掻きつつ説明する白井だが、自分に寄せられる熱い視線にその表情が愛想笑いに変わっていく。

 その視線の一人であるキツネが、項垂れた状態で近づくと、白井の肩をポンポンと叩く。そして―――――

 

「お・ん・ど・れ・は〜っ!」

 

 般若の如き表情で襟首を掴んで吊り上げる。

 

「そんなもん作っとるんやったらさっさと言わんかいボケー! 何か、そんなにうちらが嫌いなんか?! やから言わんかったんかい! 答えんかいこらー!!!」

「い、いや、キツネちゃん! ち、違う、違うんだよ! 誰か止めてー!!」

 

 揺さぶると言うより振り回すに近い暴走するキツネに、白井が必死に助けを求める。

 

「大丈夫だ、紺野さん。なるの【龍眼】は『魔眼殺し』で防げるほど甘いものではない」

「へ…そうなん?」

 

 一斗の言葉に我に戻ったキツネは、白井を掴んでいた手を離す。

 いきなり放された白井はそのまま尻餅をつき、痛みに顔を歪めるが…すぐに微妙な顔になって頭を掻く。

 

「いや〜、それを吟味しても無理だと思うな。なんせ創ったのは教授プロフェッサー…『クリフォード・ブリュンスティン』だからね」

魔工技創師エンチャンター最高峰ハイエンド『クリフォード・ブリュンスティン』謹製の魔眼殺しだと? そんなものまでもらうほどの仲なのかよ」

 

 白井の言葉に目を見張る和麻。

 

景太郎あいつ教授プロフェッサーのお気に入りだからね。あの眼鏡も相当力を入れて創ってるから、冗談抜きで性能も機能も伝説級だよ」

 

 白井が属する魔工技創師エンチャンターの世界で、最高峰の存在はと問えばまず名が上がるのが『パラケルスス』と『フルカネルリ』の〈錬金術師〉兼〈魔工技創師エンチャンター〉のこの二名。
 だが、その二名を含めた古株の魔工技創師エンチャンターに問えば、まず間違いなく『クリフォード・ブリュンスティン』の名が出る。彼が最古にして最高の魔工技創師エンチャンターである…と。

 彼に作れないものは誰にも作れないとまで言われており、その彼が作るもの全てが『手作りの一品物ハンドメイド・ワン・オフ』で、その殆どが凄まじく高い性能を誇っている。

 それほどの大物、一流の術者といえど会おうと思っても会える人物ではない。手ずからの魔導具を貰えるなどそれに輪を掛けて不可能。和麻の驚きは至極真っ当なものなのだ。

 

「ったく…そんなとんでもない物、一体いつの間に手に入れたんだよ」

「ああ、あれね。教授プロフェッサーが景太郎の十四歳の誕生日にプレゼントとして贈ってたよ。他にも銀時計とか、心繰器…武器とか、結構色々と」

「そういや、あいつが眼鏡を掛けだしたのもそれくらいだった様な気がするな」

 

 手に入れた理由が理由だけに、和麻はもはや何も言う気にはなれない。

 ここだけの話し、和麻は今の今まで景太郎が眼鏡を掛けだしたのは勉強のし過ぎだと思っていた。あの頃はお互いに関心が薄かったため、和麻は眼鏡の事を聞く事なくそう判断していたのだ。

 

「んじゃ、眼鏡を外さねぇとそいつの『眼』は使えねぇって事で決定だな」

「そういう事ね。それじゃあ、和麻が言ったとおり景太郎の中の邪気を浄化する事を優先して、眼鏡を外すことができたら、その成瀬川って人の『眼』で景太郎の意識を直接叩き起こすって事で……準備しておいて」

「は、はい」

 

 炎雷覇に黄金きんの炎を纏わせながらそう言ってくる綾乃に、成瀬川はちょっと退き気味に頷いて返事をする。
 『龍眼』という見えすぎる眼ゆえに、綾乃とその黄金きんの炎から放たれる力を直視し、気圧されているのだ。成瀬川の霊力が格段に上がっていなければ、その強大な力に気を失うか腰が抜けていただろう。

 

「姉様、景兄様を抑えている結界がもう限界のようです!」

「ん、わかったわ。そっちもできる限り手伝ってよ」

 

 煉の注意に頷くと、綾乃は成瀬川達から元舟達神鳴流に声を掛ける。

 

「綾乃さん。当然私たちも参戦致しますのであしからず」

 

 綾乃のとなりに来た可奈子が水昂覇片手にそう言葉をかける。そのやや後方には乙姫親子が可奈子と同じく戦う意思を秘めた表情で立っている。

 

「当てにしてるわ。正直、今は猫の手でも借りたい気分よ」

「私たちは猫の手レベルですか」

「ものの喩えよ、喩え。それほど景太郎の相手は辛いわよ」

「そうですね……」

 

 水昂覇をギュッと握りしめ、表情を引き締める可奈子。その可奈子を横目で一瞥した後、景太郎―――――龍斗を抑えている使い魔達の主たる灰谷に声をかけた。

 

「待たせたわね、こっちはいつでもいいわよ」

「了解。エネア、紫苑、これから三つ数える、タイミングを合わせて退避。ラビッシュは引き続きシリウス達の拘束。これは出来る限りで構わない、無理するな。ファーナとラブレスは不測の事態に備えて警戒を怠るな」

 

「はい!!」

「承知した!」

「わかったよ」

「了解!!」

「わかりました…」

 

「よし……三!」

 

 綾乃と煉が更に膨大な量の炎の精霊を喚び、黄金きんの炎として顕現させる。そして綾乃は炎雷覇に、煉は己が身に纏わせる。
 その行為に一切の遠慮というものはない。操られているとはいえその身体は景太郎。生半可な力では太刀打ちできないことを、長く家族として付き合っている二人はよく知っているからだ。

 同時に、可奈子と乙姫親子もそれぞれ水の精霊を喚び、白銀ぎんの水として顕現させる。そして可奈子はその水昂覇へと、なつみはその手に持つ剣の柄へと、むつみはその身に纏わせる。
 こちらもまた、一切の手加減はない。景太郎を助ける―――――その想いを証明するかのように精霊に呼びかける。そして精霊も歓喜しつつそれに応え、その力を十二分以上に発揮する。

 

「―――――二!」

 

 和麻の元へ凄まじい数の風の精霊が集う。同時にその風は蒼い輝きを帯び、内包する力が桁違いに跳ね上がる。
 それは浄化の風…風術師の力と神凪家に連なる浄化の血が融合した、黄金きんの炎と同じく景太郎の邪気を消滅させる事ができる神秘の風だ。

 

「――――― 一!」

 

 身構える元舟達高位の神鳴流戦士達。その身体より神氣を発し、いつでも『斬魔剣・二の太刀』を放てる状態となる。

 その他の神鳴流戦士達は戦いの余波を避ける為に浦島の分家達を後ろに下がらせ、護衛に専念する。

 

「―――――零ッ!!」

 

 その言葉と同時に綾乃と可奈子、なつみが飛び出し、一拍遅れて煉も続く。

 そしてエネアと紫苑は綾乃達の行動に合わせ、邪魔にならぬようその場より跳び退く。

 

「グゥゥオオオオッ!!」

 

 術者であるエネアが離れたことにより、抑えつける重力が弱まってしまったのだろう、龍斗は雄叫びを上げながら立ち上がると、綾乃達を迎え撃つべく【ひな】を構える。結界で閉じこめられている上にこの重力、避ける事ができないと判断したのだ。
 更に言えば、最大の武器たる炎は、ファーナが撃ち込んだ五つの弾丸による『炎精封じの結界』の効力と綾乃、煉の二人が精霊を抑えていることにより顕現させることはおろか喚び出すこともできない。

 ゆえに、龍斗は迸る邪気を【ひな】に収束させ、迎撃体勢を整える。

 

「邪魔する者は―――――全て殺す!!」

 

 『ひな』を地面に突き刺す龍斗。直後、綾乃達に向かって地中より次々に黒い錐が突き出し迫る。

 

「先手―――――譲ります」

 

 可奈子はそう言うや否や剣状と化した水昂覇の切っ先を龍斗と同じく地面へと突き刺す。

 

「浦島流 水術―――――針水の舞」

 

 地面より水の錐が龍斗に向かって次々に突き出る。そして黒き錐と水の錐が衝突―――――水の錐は黒き錐を容易く破壊、複数の水錐が壁のようにそびえ立つ。

 

「浦島がっ! 時を越えても忌々しい!!」

 

 己の技を破壊された龍斗が可奈子を憎悪の眼差しで睨む―――――と、その時、気が付いた。

 

(破壊―――――しただけだとっ!?)

 

 浦島宗家の水術チカラを持ってすればそのまま攻撃できたはず。それなのにそれをしないとは―――――

 

「罠かっ!」

 

 龍斗がそう考えるのと、綾乃が裏側が階段に変化した水の錐を登り切るのがほぼ同時だった。

 

「はぁぁぁッ!!」

 

 水の錐の頂点より龍斗に向かって大きく跳躍する綾乃。

 『精霊封じの結界』は設定されていた・・・・・・・とおりに綾乃が触れた瞬間に解除される。龍斗もそれを感覚で察知したのだろう、炎の精霊を手元に引きずり寄せようとするが―――――

 

「遅いっ!」

 

 精霊を炎として顕現するよりも遥かに速く、上段に構えた綾乃の炎雷覇が唐竹に振り下ろされる。
 二の太刀を考えない渾身の一撃に加え、龍斗の周囲に展開された『重力倍加』による加速による一撃は力、速さともに凄まじく、身動きが鈍い龍斗は【ひな】で何とか受け止める事しかできない。

 

「ぐぅぅっ!」

 

 上から抑え込む綾乃と舌から抵抗する龍斗―――――即興の鍔迫り合いの状態となる二人。本来なら、綾乃の体重では押し返され弾かれるだろうが、倍加された重力の恩恵がそれを容易く許さない。

 だが、龍斗も元は神鳴流戦士。そして肉体は景太郎のもの。不利な状況ながらも氣による身体能力補強で綾乃を押し返す。

 

「やるじゃない―――――でもね!」

 

 

 龍斗が綾乃を弾き飛ばすよりも早く―――――二人は綾乃の後方より放たれた黄金きんの炎に呑み込まれた!

 放ったのは煉だ。対象を限定した黄金きんの炎は龍斗の邪気のみを焼く。

 

「ぐぅぅっ!」

 

 龍斗の邪なる魂、そして【ひな】から発せられる不浄を焼き尽くそうとする黄金きんの炎。その浄化の力に龍斗は魂に直接受ける苦痛に表情を歪ませる。

 直後―――――

 

「おおおおおぉぉぉっ!!」

 

 【ひな】そして龍斗から浄化を上回る邪気が噴き出し、逆に炎を浸食、龍斗に制御権を奪われる。そして邪気に染まった炎は黒く染まり、更に煉の炎を浸食、眼前にいる綾乃ですらも呑み込まんと荒れ狂う。

 

「っ―――――炎を汚すな!!」

 

 怒声を上げた綾乃が憤怒の顔で黄金きんの炎で黒炎を浄化する。綾乃は聴いたのだ。邪気に穢され、悲鳴を上げる精霊の思念こえを…間近で。

 

「神凪宗家の者か!」

「そうよ! そして、その身体の持ち主の義理の妹よ!!」

 

 黄金きんの炎と漆黒の炎がお互いを呑み込まんと鬩ぎ合う。

 だが、それも数秒の間。炎雷覇を持つ綾乃の黄金きんの炎に、龍斗の操る邪気に穢れし炎は次々に浄化されその姿を黄金きんへと昇華される。

 

 しかし―――――その時点で既に龍斗の思惑は達せられていた。二種の炎の余波にて破邪の結界は元よりエネアの重力操作までもが焼滅させられたのだ。
 綾乃も自らの体が軽くなったことからそれに気が付いたのだろう、しまった! という顔になるが時既に遅く、龍斗の繰り出した蹴りが綾乃の腹部を捉え後方へと蹴り飛ばした。

 

「姉様!」

 

 蹴られたボールのように吹き飛ぶ綾乃に煉が助けようと動くが、それよりも先に虚空に発生した白銀ぎんの水が大きな球状となり、クッションのように綾乃を柔らかく受け止めた。

 

「ありがと」

「いいえ、気にしないでください」

 

 綾乃の軽い礼にむつみが微笑み返す。綾乃もまたむつみにつられて微笑み返すと、直後には表情を引き締めて龍斗を睨む。

 

「煉の炎に耐えるなんて…結構しぶといわね」

「済みません、姉様」

「煉は悪くないわ。効いていたことには変わりはないんだから。今の要領で行くわよ」

「はい!」

「和麻も! あれだけ大口叩いたんだからしっかりフォローしなさいよ!」

「わかったわかった。ほれ、無駄口叩いてる暇があったらさっさと行け。遅れてんぞ」

 

 綾乃とは別の方向を見ながらそう言う和麻。綾乃がそちらに視線を向けると、龍斗に向かって左右から挟撃している可奈子となつみの姿があった。

 さすが親戚、と言うよりは同じ師を持つ姉妹弟子か。その意気の合った連携に龍斗は防戦一方となっていた。

 

「やるじゃない…これは神凪うちも負けてらんないわね!!」

 

 炎雷覇を片手に再び龍斗に向かう綾乃。そしてその後に煉と和麻も続いた。

 

 

 

 

 一方―――――

 

 綾乃と龍斗が剣と炎を交え、精霊封じの結界が解除されたと同時に、拘束されていた四匹の獣もまたその力を取り戻していた。

 

「「「「ガアアアアァァッ!!!」」」」

「きゃあっ!」

 

 咆哮と共に炎獣形態へと移行し、束縛する植物を瞬時に燃やし尽くすシリウス達。そしてその煽りを喰らい、ラビッシュが悲鳴を上げてその場にへたりこむ。

 

「クォォォォォッ!!」

 

 漆黒の炎の猛禽と化したアルタイルは一番近い敵である綾乃を無視し、上空に居るファーナ目掛けて一直線に飛翔する。喚び出された際の命令を実行するつもりなのだろう。邪気に侵され思考を奪われた為、命令されたことしかできないのだ。

 

「馬鹿みたいに一直線な動き―――――だねっ!」

 

 文字通り大気を焼きながら高速で迫るアルタイルを、ファーナは自らの翼をはためかせ軽やかに避ける。スピードは大したものだが、あまりにも一直線過ぎて避けるのが容易なのだ。

 

「悪いけど…止まってもらうよ!」

 

 ファーナはそう言うとライフルのリボルバーをスライドさせ、新たな弾―――――拘束用の捕縛結界弾を手早く装填する。そして再び構え、

 

標的ターゲット―――――捕捉ロック・オン

 

 高速飛翔で旋回するアルタイルに銃口を向ける。そして―――――

 

(―――――発射ファイア!)

 

 六発の弾丸が銃口から発射される。

 しかし、アルタイルは急旋回してその六発の弾丸を避けた―――――と、思いきや、その六発の弾丸が突如光の線で連結、六芒星を虚空に描き、アルタイルの動きを束縛した。

 

「【六芒星の呪縛カース・オブ・ヘキサグラム】ってね―――――ええっ!?」

 

 だがしかし、その六芒星で束縛するのも束の間、アルタイルの体より噴き上がった黒炎が己の縛り付ける陣もろとも弾丸を焼失させた。

 

「そんなっ!」

 

 驚愕の声を上げるファーナ。そんなファーナに向かい、アルタイルは己が翼より漆黒の羽根の弾丸フェザーブレッドを撃ち出した。

 

「くそっ!!」

 

 横殴りの雨と言わんばかりに撃ち出された黒羽根の群にファーナは急速回避を行うが、射撃後と束縛を破られた事による硬直による数秒の遅れが致命的だった。
 回避を行おうとしたファーナに羽根の群が激突し―――――空に巨大な漆黒のプラズマ火球を作り出した。

 凶悪なまでのその熱量にファーナの焼滅は確実。大空を灼くプラズマ火球を前にアルタイルが勝ち鬨の咆哮を上げる。

 しかしその瞬間、下方から蒼白い光弾が飛来、アルタイルに直撃する。

 

 弾かれるように吹き飛ぶアルタイル。だが、然したるダメージはなかったのかすぐさま体制を直すと、下方を―――――先程焼失したと思われていたファーナを睨む。

 

「舐めないでよね、こちらには大変優秀なサポーターが居るんだから」

 

 口の端を吊り上げて不敵に微笑むファーナ。

 邪気に侵され理性を失った状態でもそれを挑発と感じ取ったのか、それともただ単純に命令を遂行しようとしているだけなのか、アルタイルは翼をはためかせいったん上昇すると、ファーナ目掛けて体当たりを兼ねた急降下を開始した。

 同時に、次なる弾を装填したファーナもまた翼をはためかせ、高速飛翔しつつ追撃してくるアルタイルに照準を合わせ、躊躇無く引き金を引いた。

 

 

 

 

 

「ギリギリだったが、今度もなんとかなったな……」

 

 ラブレスが上空で戦闘を再開したファーナとアルタイルを見上げつつ呟く。

 龍斗の邪炎から鶴子を助けたように、ファーナもまたラブレスが空間転移させて強制回避させたのだ。

 

「……今度はこちらか」

 

 上を向き余所見をしていると判断されたのだろう、炎の結界を展開させたフレイがラブレス目掛けて体当たりを仕掛ける。

 しかし、この場一体の空間を把握しているラブレスに死角など存在せず、最初から気付いていたラブレスが空間に壁を形成、社の結界すらも容易く貫くフレイの体当たりを軽々と受け止めつつ、今度はエネアと紫苑、ラビッシュに視線を移した。

 

「あちらもまた苦労しているようだな……」

 

 ラブレスの視線の先では、エネア達三人が共同してシリウスとアグニを相手に戦っている。

 紫苑が幻術により二匹を撹乱、その隙を見てエネアが重力操作で作り上げた〔重力弾グラビティ・ブリッド〕で攻撃をし、ラビッシュが木々を操り再び捕縛しようとするが、二人の攻撃は炎獣形態となったシリウスとアグニには殆ど効果が薄い。

 景太郎の方は綾乃達に任せ、はるかと瀬田がこちらの応援に加わるが、二人の精霊魔術をもってしても状況に然したる変化はなかった。
 二人の精霊魔術が弱いわけではない、相手が悪いのだ。四匹の内随一の俊敏さを誇るシリウス、そしてスピードこそ無いが攻撃と防御は最強のアグニ。先のエネア達と同じく、二人の攻撃はシリウスに避けられ、アグニにダメージを与えることができないのだ。

 この場にいる術者や戦士の中で、シリウスを捕捉できるのは和麻や鶴子といった神鳴流の極一部、アグニにダメージを与えることができるのは宗家クラスの攻撃力を持った者達だけだ。

 

 はるかの攻撃が通用しないことから、自分達では邪魔にしかならない事を悟ったのだろう、神鳴流の戦士や浦島分家の術者達は被害を少しでも抑えようと合同で結界を作り、維持に努めていた。

 

「膠着状態……か。向こうも時間がかかるようだな」

 

 ラブレスが綾乃達の方に視線を移す。そこでは黄金きんと蒼き風、白銀ぎんの水が漆黒の炎とその中心を浄化せんとひしめきあっている。
 向こうは膠着とは言わないまでも、長期戦になりそうな気配が漂っていた。

 

「………?」

 

 一番近くにあった熱量が遠ざかる。そちらに目を移せば、離れた位置にまで下がったフレイの姿があった。地面を掻くような動作から、おそらくはいったん距離をとって全力でぶつかるつもりなのだろう。

 

(こちらも…少し時間を稼ぐか)

 

 一歩目にしてトップスピードに乗るフレイ。だが―――――

 

「跳べ」

 

 ラブレスの一言と手が突き出された直後、フレイは二歩目を踏み出すことなく強制転移させられた。次いで、その手を横に動かし、シリウスとアグニに向け―――――

 

「跳べ」

 

 フレイと同じく二匹も強制転移させられ、姿を消す。そしてラブレスが上空を見上げると、そこにはアルタイルの側に転移させられた三匹の獣達の姿があった。

 

「ファーナ!」

 

 ラブレスが声を張り上げる。それを先んじて理解していたのだろう、ファーナは呼ばれると同時にその場を離脱する。

 そのファーナを追撃しようとするアルタイル。だが、見えない壁にぶつかりそれ以上進むことができない。ラブレスの意思により、四匹の炎獣達の存在する十メートル四方の空間が閉鎖、隔離されているのだ。

 そして空間内はまさにラブレスの支配する空間―――――主の望むように変化する。

 

「〈見えざる刃の舞いファントム・ザ・ブレードロンド〉」

 

 隔離した空間内に発生した不可視の刃―――――空間の断層が無数に発生し、内包する存在〈シリウス〉達を切断する。

 それこそ、握り拳以上の大きな存在を許さないと云わんばかりに、全てを断ち斬る刃が空間を舞い、細切れにする。

 

 

「は、ははは……あの四匹をほぼ一瞬にして細切れ…か。『ディメンジョン・キャット』が争いを好まない穏和な種族で助かったな」

 

 分家の力じぶんたちでは満足にダメージも与えられなかったのに、ラブレスは一瞬で強制転移させたどころか、瞬時に細切れにして倒してしまった。

 これがまだ(種族的には)子供の力だというのだから、もはやはるかには笑うことしかできなかった。

 

 だが、はるかの考えには一つ間違いがある。『ディメンジョン・キャット』という種族は、自らが持つ力の強大さを知っているが故に、争いを拒んでいるのだ。

 殆ど予兆も起こすことなく認識した空間を自由自在に操作できる彼らの力は強大にして凶悪。超一流の戦闘力を持つ神凪次期宗主〈神凪 綾乃〉といえども、その能力を駆使すれば倒すことすら決して不可能ではない。普通の人間に対して行えば、万の命を一瞬で奪うこともできるだろう。

 それほどまでに強力な能力を誰でもない、彼ら自身が恐れているのだ。だからこそ力を使わず、争いを避けて旅をするようになった。
 彼らが『トラベル・キャッツ』と呼ばれる由縁はそうした事からであり、温和だと言われているのは彼ら種族が長い時をかけて己に定着させ、能力を自ずと制御させていたのだ。

 今のラブレスを見れば解るように、その制御を越える意思さえあれば…彼らがその気にさえなれば、その能力は最強の剣にも盾にもなるのだ。

 

「いや〜…本当に凄いね。でも、後で景太郎君に何を言われるのやら……」

 

 やむを得ず…とはいえ、使い魔を殺したことには変わりはない。瀬田は後のことを考えて苦笑を浮かべ、はるかもそれにつられて苦笑する。だが、

 

「これは時間稼ぎだ、あまり気を抜くな。彼らは神凪 景太郎の使い魔となり、その肉体は炎で形成されている。主である神凪 景太郎が死なぬ限り彼らは不滅、その肉体も億の欠片となろうとも暫しの時を経れば復元する」

 

 ラブレスが声を掛け、緩みかけた意思と警戒心を引き締めさせる。ただし、これは仲間内以外への警告だ。エネア達はラブレスに云われるまでもなく気を緩めることなく、引き続き警戒したまま次の準備に取りかかっている。

 そして、そのラブレスの言葉を証明するかのように、細切れとなり散り散りとなっていた炎の欠片が急速に集まり、再び元の形に戻ろうとしていた。

 

「味方の時はこれ以上なく心強かったが、いざ敵となると此程恐ろしいとはな……」

 

 フレイに助けられた時の事を思い出しながら呟くはるか。それに同意するように瀬田も頷く。

 

「ほんと、できることなら戦いたくないよ。使い魔達も、それを率いている景太郎君にもね」

「それに関しては激しく同意だな。必要とあれば命を懸けても戦うつもりではいるが……私の命など、使い魔一匹にも相当しないだろう」

「その前に僕も呼んでね。絶対にはるかを止めるから」

「ふん……一応連絡だけ入れてやる、止められるものならやって見ろ」

 

 不敵な笑みを見せるはるかに、瀬田が「はるかは頑固だからな〜…」とぼやきにも近い呟きもらしつつ、苦笑しながら頭を掻く。

 

 一方―――――

 

「ふむ…やはりあれでも足止め程度にしかならぬか。主たる神凪 景太郎をどうにかした方が早いのだが……」

 

 紫苑は上空の閉鎖された空間内にて急速に復元しているシリウス達の様を一通り眺めた後、視線を激戦を繰り広げる綾乃達に向ける。

 

「あちらはまだまだ時間がかかりそうだのぅ……それはそうと、お主は何をしとるのかえ?」

 

 地上に降りてきたファーナに声を掛ける紫苑。

 当のファーナといえば、持っていたライフルの弾倉リボルバーから未使用の弾を取り出し、別の弾へと手早く変更していた。その顔付きは今まで以上に鋭く、戦士…否、狩人の表情になっていた。

 

「足止め程度に考えていたの私が甘かったよ。本気で…仕留める気でやらないとこっちが死ぬ」

 

 弾倉リボルバーを元に戻し、再びライフルを構えつつはっきりと応えるファーナ。迷いも何もない、本気であることは口調と雰囲気から十二分に理解できた。

 

「〈シリウス〉お兄ちゃん達を殺すの?」

 

 ファーナの言葉と雰囲気に怯えたのか、泣きそうな顔をするラビッシュ。そんなラビッシュに近寄ったエネアが、微笑しつつ優しく頭を撫でる。

 

「そうではありませんよ、ファーナ。彼らはとても強い、だからこそこちらも本気で戦わなくてはならない…ファーナはそういう意味で言ったのです」

「うん、そうだよね!!」

 

 その言葉に元気づけられたのか、途端に笑みに戻るラビッシュに、エネアは見た目にそぐわない慈愛に満ちた微笑を浮かべつつ、撫でていた手を放した。

 

「さぁ、ラビッシュも準備をしなさい。本気で戦わないのは、戦士である彼らに失礼でもあるのですから」

「うん!」

 

 木々に向かって駆け出すラビッシュを見送ったエネアは、次いで上空で復元しつつある使い魔…シリウスに目を向ける。

 

「私も……本気でお相手いたします」

 

 宣告するように呟くエネア。その身体からは魔力が陽炎のように立ち昇り、同時にその手に構える棍に強い重力場を纏わせる。

 

 

 そして、暫しの急速の後―――――

 

「来るぞ!!」

 

 ラブレスの戦闘再開の言葉が辺りに響いた。

 

 

 

 

―――――後編に続く―――――

 

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