ラブひな IF 〈白夜の降魔〉
第三十三灯 「―――――ひな―――――」
京都にある神凪の聖地―――――炎神『火之迦具土』を奉る御山の祠付近にて。敵を排除し、後は景太郎達の帰還を待つばかりとなった面々はそれぞれ好きな事をして時間を潰していた。
訂正―――――好きな事をして時間を潰そうといていた。だが、景太郎の話を聞いたひなた荘の住民の面々は、ずっと黙って考え込んでおり、その暗い雰囲気に圧され、他の連中もなにも手につかない状況だった。
そんな中……
「我が主」
「ん? なにかあったのか?」
まったりとした様子でエネアの煎れた紅茶を堪能していた灰谷に、瞑想しているように目を瞑っていたラブレスが突如声を掛けた。
「先程、浦島の屋敷の方面より莫大な炎の波動を感知しました。その余波による空間の揺らぎなどから、〈神凪 景太郎〉が神炎を発動させたと推測します」
「お〜そうか。景太郎の奴、とうとうアレ使ったか。こりゃもうすぐ決着がつくな」
灰谷の『決着』という言葉に一同が反応して一斉に振り向く。
「え〜…神鳴流の皆さん、この度は大変ご愁傷様でした。そちらの損害を考えれば同情の余地はあるかもしれませんが、当方と致しましてはお詫びの言葉なんかをかけるつもりは欠片もございませんのでご了承ください」
「それ以前の問題として、貴様は我々を馬鹿にしとるのか?」
灰谷の言葉に怒るわけでもなく、神崎は逆に呆れた様子で言葉を返す。そんな神崎に、灰谷はニヘラッと笑う。
「いんや、暇だからからかってるだけ」
「……そうか」
もはや何も言うまい…と、神崎は大きな溜息を吐き、会話を終了させた。
内心では浦島を守護する同胞達が心配だが、今自分にできることはなにもない。それこそ身を案じるだけしかできない事を理解しているのだ。
「皆さん…灰谷さんの言う通り、景兄様が神炎を出したという事は、事がもうすぐ済むと言っても過言じゃありません。もう時間がないんです…皆さんに無理を言っているのは重々承知しています。でも、お願いします。景兄様が道を誤る前に決断を急いでください。完全に手遅れになる前に……お願いします」
煉の悲痛な訴えがなる達の心を揺さぶる。
そして五人はお互いの顔を見つめ合い…揃ってその場より立ち上がった。
「お義兄ちゃんっ!!」
景太郎の胸を漆黒の刀が貫いた事に、可奈子の悲鳴が響き渡る。
「景太郎っ!!」
皆が呆然となり動かない中、綾乃が景太郎の元に駆け寄る。
が、後数歩にまで近寄った瞬間、景太郎の胸を貫いた漆黒の刃―――――『ひな』から膨大な邪気が噴き出した!
「な、なんなの!?」
突然の邪気に慌てて立ち止まる綾乃。綾乃の後を追いかけていたむつみやはるか達も同じく立ち止まる。
そんな綾乃達の目の前で、噴き出した膨大な邪気は急速に形を成し始め、見る見るうちに一匹の獣の姿をとりだし始める。
そして現れたのは―――――先程、景太郎が消し飛ばした漆黒の翼を持つ鳥『黒烏』だった。
その黒烏はその巨大な翼を広げると、親鳥が雛鳥を包み護ろうとするように景太郎を覆い隠した。
「一体何をするつもりだ!!」
「んな事わからないわよ!」
はるかの言葉に思わず怒鳴り返す綾乃。
「どけっ!!」
その時、綾乃達の後方から大きな声が轟くと共に、景太郎を覆い隠す『黒烏』の真上から、蒼い輝きを放つ剛風が叩きつけられた。
「んきゃあああああっ!!」
距離があったはるか達は何とか踏み堪えたが、一番近くにいた綾乃は地に叩きつけられた風の余波で見事に吹き飛ばされる。
「だからどいてろって言っただろうが」
「そう言うことはもっと早くいえ!!」
足下まで転がってきた綾乃にしゃあしゃあとほざく和麻に、綾乃が怒声をもって応える。
そうこうしている間に、上空から降り注いだ蒼き風の前に『黒烏』が削られるように浄化され―――――ない?! いや、正確には削られ浄化されているが、内から噴き出す邪気が『黒烏』の身体を再生し続け、傍目には微々たる効果しか見えないのだ。
ならばと和麻が本腰を入れようとした―――――矢先、『黒烏』は大きく囀ると同時に熱衝撃波を放ち、蒼き風を逆に散り散りに打ち砕いた。
「マジかっ!?」
「嘘でしょ!?」
信じられないものを見た和麻と綾乃が絶叫した。和麻にしてみれば、咄嗟にしてはそこそこ本気で放った浄化の風が微々たる効果しか上げず、更には粉々に砕かれたことに。
綾乃にしても、(実力には)全幅に信頼を寄せる和麻の一撃が効かなかったこともそうだが、それよりも蒼き風を散り散りにした熱衝撃波が炎術師の大家たる神凪の分家を超える程の勢いであった事に驚きを隠せなかった。
「ちょっと、あれ洒落になんないわよ!?」
「だったら手を貸せ、一気にやるぞ!」
今度は本気で浄化の風を喚び束ね上げる和麻に、綾乃もまた炎の精霊を喚んで黄金の炎を顕現させる。
そして二人が同時攻撃を放―――――とうとしたその時、背後から軽い衝撃波が和麻と綾乃を叩いた。
「痛っ……何をするつもりだ、あんた?」
振り返り、衝撃の発生源である鶴子に問いかける和麻。
「知れた事…最悪の状況が起こる前に“カタ”をつける!!」
鶴子の身体から爆発的に発せられる〈神氣〉! 先程和麻達に当たった衝撃波は、鶴子が氣を練った際の余波だったのだ。
キンッ―――――
五龍の鯉口を切る鶴子。そして己は体内で練り上げた神氣を今だ鞘に隠れる刀身に収束させる。そして重心を下げ、居合いの構えをとった。
「神鳴流 奥義 〈斬魔剣・二ノ太刀!!〉」
居合いをもって下から上へと斬り上げるように振るわれる五龍。放たれた神氣は光の刃となり『黒烏』に一直線に飛翔する。
神鳴流最強の鶴子と神霊器【五龍】とが共鳴、増幅して放った〈魔を斬る〉奥義は強力無比。純粋な威力だけでいうのであれば総代である元舟すらも遥かに越えるほど絶大。
ただぶつけるのではなく、収束され刃として放たれたその一撃であれば、『黒烏』とて防ぎきることは不可能。
と、鶴子の実力を知る者、放った氣刃の威力を感じた和麻達もそう思った―――――が、その氣刃が『黒烏』を斬り裂く寸前、合わせた翼の間から突如突き出た漆黒の刃の切っ先が、斬魔剣の光の刃を受け止め、あまつさえ粉々に打ち砕いた!!
「そんなまさか―――――いくら何でも“早すぎる”!?」
目の前で起こった現象に驚愕する一同。斬魔剣を放った鶴子もまた…否、その現象が意味する事に驚愕する。
その一同の驚愕を余所に、あれほど頑なに翼を合わせていた『黒烏』が羽ばたき、突き出たその漆黒の刀身の中へと吸い込まれて消え去る。
そして現れたのは、『黒烏』が消え去った黒き刀……妖刀【ひな】を右手で持つ、景太郎であった。
「け…景君?」
むつみが景太郎の名を呼びながら近づく。すると景太郎はむつみを一瞥し…【ひな】を横薙ぎに一閃させる。
ガキン!!
「え…可奈子ちゃん?」
「むつみさん、退ってください」
むつみに向かって放たれた邪気の衝撃波を、可奈子が棒状の水昂覇で叩き砕く。
「でもっ!」
「いいから離れろ、私達は邪魔だ!」
愚図るむつみをはるかが抱えて皆の後ろにさがる。一緒に瀬田も退き、それを確認した可奈子もまた、油断無く水昂覇を構えたまま和麻達の近くまで退いた。
それと入れ替わり、綾乃が黄金の炎を纏わせた炎雷覇を両手に構え、景太郎に向かって跳びかかり様に斬りかかる。
「なにとち狂ってんのよこの馬鹿義兄! 目ぇ覚ましなさいっ!!」
言葉とは裏腹に、洒落にならない凶悪な一撃を叩き込む綾乃。その渾身の一撃を、景太郎は片手で持ち上げた『ひな』で真正面から受け止める。
「うそっ!?」
綾乃は受け止められることを前提として渾身の一撃を繰り出した。そして、受け止めた【ひな】を叩き折るか消滅させるつもりだったのだ。それがどうだ、景太郎の持つ【ひな】は劫炎纏う炎雷覇の一撃をごく普通に受け止めている。
綾乃の驚きは、炎雷覇の威力を知る者とすれば至極尤もだ。
しかし、景太郎の動きはそれだけには止まらなかった。景太郎は左手を―――――元舟との戦いで動かなくなった左腕―――――に氣を収束させると、綾乃に向かって掌打を放つ。
「―――――ッ!」
息を止め、力を込めて衝撃に備える綾乃。景太郎の掌打の前には薄紙ほどの役も立たないだろうが、反射的な行動であったし、やらないよりはましだ。
だが、景太郎の掌底は綾乃に接触するよりも先に発生した“空気の壁”に衝突、威力の殆どを刮ぎ落とされた上で綾乃を弾き飛ばした。
それでもかなりの威力を有していたのか、綾乃は吹き飛ばされるようにすっ飛ぶが、それを可奈子が受け止めてダメージを軽減させた。
「ありがと」
「どういたしまして」
「んで…和麻! あんた守るんならきっちりやりなさいよ!!」
「やかましい、咄嗟とはいえ守ってやっただろうが。それが破られただけだ」
「嘘、マジで?!」
和麻の吐き捨てるような言葉に、本日何度目になるか分からない驚きの声を上げる綾乃。
いくら景太郎の氣功術が凄まじく強力とはいえ、霊器も無しに素手で精霊魔術を上回ることはありえない。これは、景太郎本人から語られたことでもある。
咄嗟に張った障壁とはいえ、並の風術師の以上の強度はあるそれを一撃で破られたと言うことは、今の景太郎は何らかの理由で氣功術の威力が下手な精霊魔術を破るほどに高まっていると言うことだ。
「ああくそったれ…さっきといい今といい、かなりプライドが傷付けられたぞ! おら綾乃、とっとと立て。本気で闘るぞ!!」
「本気で闘るの?!」
つい先ほど炎雷覇で斬りかかった事など棚上げして驚く綾乃。尤も、指摘されればされたで過ぎた事は気にしないと言い張るだろうが……
ともかく、二人とも完全に戦闘に思考を切り替えて膨大な風と炎の精霊を召喚する―――――その時、
「お二方、ここから先はうちに任せてもらいますえ」
身構えた二人の前に鶴子が一歩進み出る。それを、いつもの飄々とした表情を捨てた和麻が睨み付ける。
「景太郎と闘り合わずに済むのならそれにこしたことは無いがな…答えろ。『最悪の状況』ってのはなんだ、今がその『最悪の状況』なのか?」
完全な詰問口調で問い質す和麻。答えなければ集めた風の精霊を全部叩き込んでも口を割らせると言わんばかりだ。
それについて、いつもなら止める綾乃もまったく止めようとはせず、逆に和麻と同じように鋭い視線を鶴子に向ける。景太郎の義妹として、自分にも聞く権利がある…そう態度で主張して。
鶴子はそんな二人をチラッと一瞥すると、
「それをこれから確認します。それと、これから起こることには邪魔だて無用……あの時うちを止めた責任、とってもらいますえ」
そう言い、豹変した景太郎に向かって静かに歩み寄る。
当の景太郎はというと、綾乃を殴り飛ばしてからなんの行動を起こさず、ただずっと佇んだままだった。
それは悠然と待ちかまえていると云うような様子ではなく、ただ静かに…本当に佇んでいる様子だ。
「単刀直入に訊きます……景太郎はんの魂、喰らいましたんか?」
「……いいや、彼の者は我と共にある」
幾分かの間を置き、景太郎…の口を借りた何かが厳かに答える。
その言葉に和麻達の表情が強張る。景太郎が影治のように容易く魂を喰われるはずはない…そう思っていた。だが、実際は景太郎が『ひな』を受け入れているというのだ。
妖魔を…『邪なる魔』という存在を心底憎んでいる景太郎が魔に堕ちるなど、和麻達には到底信じられることではなかった。
「あいつが魔に魂を売るかよ、嘘つくんならもっとましなことをいえ」
「そうよ! 景太郎が魔に堕ちるはず無いじゃない!!」
「以上、身内の言葉どすが…うちも同意見どす。景太郎はんほどの御仁が、あんたはんの軍門に下るとは到底信じられまへんな」
「何故にそう思う……」
「命を賭して護りたい人を邪龍〈涅槃〉と身内に奪われ、その復讐の為に神鳴流の技を独学で極め、炎術において至高の炎『神炎』の域に達した真の強者。それほどの御仁が、わざわざあんたはんの軍門に下るなどありえまへん。
たとえ、同じ境遇に共感したとしても……違うおますか?」
「…………」
「答えなはれ―――――青山 龍斗!!」
『―――――なっ!?』
鶴子の口より出た名前、正確には苗字に、全ての者…特に神鳴流の者達が―――――総代である元舟までもが驚愕する。
そして、鶴子の言葉に景太郎が……いや、景太郎の身体を借りた『青山 龍斗』が表情を歪める。
「貴様…何故我の事を〈青山 龍斗〉と呼ぶ。その名は神鳴流の歴史の闇、その深淵に沈み消えた名。なのになぜ…………」
「この刀に見覚えが無いとは言わせまへんえ」
鋭い視線と共に刀の切っ先を向ける鶴子。その刀を目にした『龍斗』は軽く目を見張った。
「【五龍】…まさか……」
「その通り、あんたはんが呪をもって取り憑いたその刀―――――神霊器【雛】の対、神霊器【五龍】どす」
続いて出た衝撃の真実に、もはや神鳴流と浦島には言葉がなかった。
「何故貴様はそこまで知っている…総代ですら知らぬ様子では、口伝ではあるまい」
「教えてくれたんどす。【五龍】に宿る〈青山 燕〉様の魂が…全てを」
「なるほど、『燕』がな…あいつも味な真似をしてくれる」
そう言って『龍斗』は愉快そうに、それでいて邪悪な笑みを浮かべる。
「俺を殺しただけでは飽きたらず、同じように刀に取り憑いてまで俺の邪魔をするか」
「それが…あんたを止められなかった自分の役目……それが燕様の返事どす」
「フッ……相変わらず生真面目な奴だ」
一瞬―――――ほんの一瞬だけ、狂笑がなりをひそめて微笑が浮かぶ。一瞬故に誰も気が付かなかったが、真正面にいた鶴子だけにがその事に気が付いた。
だが、それをはっきりと確認する間もなく、『龍斗』は嘲りと蔑みに満ちた笑みを浮かべた。
「話を戻そうか…わざわざ手の内を明かしてくれたんだ、先ほどの問いに答えてやろう。鶴子…といったな、貴様はこの身体の持ち主を『心身共に強靱な強者』だと思っているようだな。確かに、この者の心・技・体は強靱。先ほどの愚者と違い、そう易々と身体の支配権は奪えなかっただろう」
一々鶴子の言葉を肯定する龍斗に、鶴子は訝しげな顔をして話を聞く。
「お前は先ほど言ったな、同じ境遇と……つまり、この者がそうになるまで至る理由を…その根底にある“もの”が何であるかを知っていると云うこと」
「…………」
「そして、何故俺が【人】であることを捨て【魔】に墜ちたのかを……『燕』から聞いたのだろう?」
鶴子は表情を歪め、強く歯を食いしばっている。その顔は怒りや憎しみといったものではなく、果てしない悲しみにも似た雰囲気を周囲の者達に与えた。
「この〈景太郎〉と呼ばれる青年と俺は時を隔てた“鏡像”。同じ理由で大切な者を奪われ、失った憎しみ故に力を求めた……道は違えど原点は同じ。その原点に在る憎悪を触媒に、俺とこの者は邂逅したのだ」
「同期・共鳴……【雛】の能力を使い、景太郎はんを取り込んだか……」
「違う、融合だ」
「よく言う、主導権はあんたのくせに……それを聞いて、尚更負けるわけにはあきまへんな。神霊器【五龍】を持つ者として、兄弟刀たる【雛】を止める為、そしてこの刀に宿る〈燕〉様の願いとうちの願い故に……青山 龍斗、あんたを止めますえ!」
聞く者全てが目を覚ますような美声と、気の弱いものなら腰を抜かすような裂帛の気合いを発する鶴子。そして何処からか羽織を取り出し、その身に着込む。
白い布地に背と右胸に太陰太極図、そしてそれを囲む五芒星。その五芒星を構成する五つの線は翠・紅・黒・金・蒼の五色で形成されている。
それは神位たる証を刻まれた羽織…聖位以上が着ることを許された衣装だ。
「神鳴流 〈神位〉 青山 鶴子―――――参る」
【五龍】を手に上段の構えをとる鶴子。そして、その身体より噴き出した翠色の氣―――――木氣の奔流が五龍に集い、一頭の龍となって顕現する。
「轟け“木龍”―――――その牙をもって敵を打ち砕け!!」
木氣で創り上げられた擬似神獣【木龍】が顎を開き、その猛々しい牙を龍斗に向ける。
「神鳴流 秘奥義 哮龍剣―――――翡翠龍牙!!」
鶴子が刀を振り下ろすと共に、木龍は空間を轟かせるほどの咆哮を上げつつ、龍斗に向かって飛翔する。
「金〈剋〉木―――――斬鋼閃・二の太刀」
龍斗は【ひな】に邪気で淀んだ大量の金氣を収束、黒金に輝く刀身を迫り来る木龍に向かって振り下ろす。しかし木龍は途中で軌道を変更、ほぼ直角に上昇して龍斗の斬鋼閃を避ける。
その急激な変化に訝しむ龍斗。だが、即座に木龍を追撃しようとし―――――木龍のすぐ後に続いていた別の龍に気が付いた。
木龍の後より続いたのは真紅の龍―――――火氣で創られた〈火龍〉だった。龍斗は木龍の迎撃を止め、瞬時に刃を切り返し、既に目前にまで迫った火龍に斬りかかる。
だが、相剋で言えば【金】は【火】に弱い―――――刀身に纏う金氣の刃は火龍の牙を引き替えに噛み砕かれる。そしてそのまま火龍の勢いに圧され、遥か後方へと吹き飛んだ!
「ぐぅっ!」
地面に倒れるもすぐさま立ち上がる龍斗。だが、その龍斗に上空に退避していた木龍が襲い掛かる。
【ひな】に纏わせた金氣は火龍に砕かれ、再度木龍に抵抗するほどの氣を練る時間も無い。
そして、仮にあったとしても木龍と火龍の同時襲撃を迎撃するのは難しい。火龍に金氣を相剋され、木龍の一撃をまともに喰らってしまうだろう。
「―――――おおぉおおおっ!!」
突如雄叫びを上げる龍斗。その雄叫びに応えるかのように龍斗の周囲に漆黒の炎が顕れ、怒濤の奔流となって二頭の龍を飲み込み消滅させた。そして、その漆黒の炎は大波となって鶴子に覆い被さるように迫る。
対し、鶴子は既に五龍を納刀、目を瞑って静止した後―――――カッと目を見開くと共に凄まじい氣が立ち昇る。そして抜刀し、炎の波を縦に斬り裂いた。
それどころか、その一撃と共に放たれた光の刃が龍斗に襲い掛かる!
「―――――ッ!」
半身になってギリギリ避ける龍斗。その光の刃はそのまま後方の屋敷を真っ二つに断つ。
「うっそ、氣で景太郎の炎を斬ったの?!」
「信じられないほどの氣をあの刀が桁違いに増幅、加えて凄まじいほど収束させて剣圧と同時に放って斬ったんだよ」
「……そ、そう」
自分をからかうわけでもなく、難しい顔で淡々と説明する和麻に拍子抜けしつつ頷く綾乃。信じられない…だの、桁違い、凄まじいなどの形容詞を和麻が付けるなど、本当に非常識レベルなのだろうと感じつつ。
今の説明に付け加えるならば、仮に同等の氣を用いたとしても、同じ事は誰にも出来ない。事『氣』による戦闘術では他の追随を許さぬ程の領域にある…世界で最高峰と言っても過言ではない神鳴流の技術があるからこそ出来る行為だ。
「景君……」
「お義兄ちゃん……」
「二人とも、今は鶴子ちゃんを信じて任せなさい。彼女ならきっと景君を助け出してくれるわ。そして、いつでも動けるように準備なさい。いいわね」
心配するむつみと可奈子を、なつみが優しく励ます。その言葉に二人が頷いたのを見た後、なつみは微笑したまま…
「それに…私達にはあの因縁には割り込めないわ」
そう呟きつつ、瞳に心配の色を浮かべて戦いを見守る。鶴子の実力と、景太郎の心の強さを信じて…………
「そう言えば忘れていたな……通常、異なる属性を同時に練り上げることはできん。だが、【五龍】の持ち手の身はその道理すら越え、『五行』全ての氣を同時に扱うことができる…と」
「さすがは先代【ひな】の使い手、【五龍】の能力についてよう知っとりますな」
龍斗の説明に微笑む鶴子。その顔には焦りはなく、逆に余裕が感じられる。
しかし、その内心では表面上ほど余裕はなく、触れただけで命を蝕む【ひな】の邪気、掠っただけで消滅しかねない炎の対処に、慎重に慎重を重ねて警戒していた。
「だが、その程度では俺は倒せんぞ」
「その程度……五龍を侮ると痛い目みますえ。あの時と同じように―――――」
五龍を一振りする鶴子。同時に刀より木龍が、次ぐ二振り目で火龍が現れる。
先程と比べ、時間も行程も遥かに短いが、その質と内包するエネルギーは段違いに上がっている。それは、今もなお鶴子と五龍から立ち昇る莫大な【氣】が起因しているのだろうか。
「―――――行け!」
鶴子の命令に二頭の龍が虚空を飛翔し龍斗に迫り来る。
対し、龍斗は【ひな】の刀身に漆黒の炎を収束、木龍を一刀の元に斬り伏せる。斬られた木龍は頭部を垂直に断たれ、そのまま尾まで裂かれ、漆黒の炎に包まれて消滅する。
続いて、返す太刀で二頭目の龍―――――火龍を水平に斬りつけ、先程の木龍と同じく尾まで断ち焼滅させる。
「叩き伏せや、金龍!!」
その瞬間、鶴子の言葉と共に上空より金色の龍が急降下、人を丸呑みしそうなその顎を開き、龍斗に襲い掛かる。
それに合わせ、鶴子は氣を水氣に変化、五龍の刀身に収束させ、龍斗に向かって一気に放つ!
「神鳴流 決戦奥義 〈真・瀑流剣〉!!」
放たれた莫大な水氣は龍斗を覆い包む繭となり、内部を乱気流にも似た水氣の奔流が駆け巡り、内包する存在を削り消滅させる。
そして金龍はその繭に巻き付き、取り込まれて〈真・瀑流剣〉の威力を爆発的に高めた。
広がると同時に空間と大地を削る水氣の乱流。〈真・瀑流剣〉の威力を肌身で感じた一同は、これで倒したか……と、判断する。
しかし―――――
「おおおおおおおぉぉぉっ…………」
内部より、龍斗の奈落の底から響くような声を轟き、水氣の繭が漆黒に染まる―――――次の瞬間、水氣の繭は黒き炎に飲み込まれ、ひとかけらも残らず消滅した。
「チッ―――――」
絶妙なタイミングで仕掛けた決戦奥義を、技もへったくれも無い力ずくで破られたことに舌打ちする鶴子。
そんな鶴子に龍斗は瞬時に間合いを詰めて、唐竹に容赦なく斬りかかる。鶴子は身体を半身にしてその刃をかわすと、素早く身を屈め刀の柄頭を龍斗の水月に向かって突き出す。
しかし龍斗はその一撃を左手で受け止めると、黒炎を纏わせた【ひな】を鶴子目掛けて振り下ろす。
「フッ―――――」
その場から翠の粒子を残し掻き消える鶴子。それとほぼ同時に龍斗は前面に跳び、直前まで居た空間に紫電が走る。
「避けはりましたか」
旋駆で回り込み、雷迅剣を振るうも容易く避けられる鶴子。神鳴流の誰もがよく使う連携ながら、鶴子が使えばまさに必殺―――――だが、それ故に神鳴流戦士であった龍斗には読みやすい攻撃なのだろう。
「技が単純だな…五龍の使い手とも有ろう者が、底が知れたぞ」
龍斗の横薙ぎに振るう刀より、黒き炎が大波のように放たれ鶴子に襲い掛かる。
その炎の波を今度は斬ることなく〈旋駆〉で回避する鶴子。同時に龍斗は炎を消して【ひな】を逆手に持つと、その刀身に土氣を漲らせて地面に突き刺す。
「五霊戦術―――――黒穿」
回避した直後の体勢も万全ではない鶴子の周囲の大地から、土氣が無数の錐となって鶴子と貫かんと迫り出す。
「神鳴流 奥義―――――」
そんな中、鶴子は龍斗と同じように【五龍】を逆手に持ち替え、その身体と【五龍】から迸る木氣が数多の花弁となって宙を舞う!
「百烈桜華斬!!」
回転する鶴子と共に刀が幾つもの円を描き、周囲を舞っていた花弁が竜巻となって黒い錐の侵入を拒み、切り刻む。
「チッ―――――」
黒い錐が全て斬り刻まれ消滅すると共に花弁の竜巻も治まり、開けてきた視界の中、鶴子と龍斗はお互いに睨み合いながら刀を持ち直す。
そして鶴子は五龍を持ち上げ大上段の構えに……龍斗は服の袖口から錘の付いた鋼糸を伸ばし、影治が捨てた【ひな】の鞘を引き寄せて納刀、腰に差して居合いの構えをとる。
「カァァァァァ…………」
鶴子の身体から放たれていた氣がますます増大する。容量、質、共に人の限界を当に超えているというのに、底を感じさせないその圧力に誰しもが恐怖を覚える。
「次……四頭いきますえ」
大上段からの一閃と共に【五龍】の刀身より翠、紅、黒、金の四頭の龍が生まれ出る。
「木龍、火龍、土龍、金龍……四頭を一度に相手できおますか!!」
四頭の龍の咆哮が大気を揺るがす。
その一頭一頭が有する〈氣〉は今までとは比べものにならない。それこそ、先程の金龍を相生に使った水の決戦奥義すらをも超えている。全てを合わせれば、元舟の【黒麒麟】すらも凌駕しているだろう。
「行けっ!!」
四頭の龍がその巨大な顎を開き龍斗に襲い掛かる。その迫力、威力共に神凪、浦島宗家の力に負けず劣らず―――――否、匹敵するやも知れない。
その四頭の龍を前に、龍斗は【ひな】の切っ先を足下の影に突きつける。
「…………いでよ、我が魂に染まりし四匹の僕よ」
影治の影が大きく揺らめく。その中より四匹の獣が猛烈な勢いで飛び出し、それぞれが四頭の龍に飛び掛かる。
「「「「ガアアアアッ!!」」」」
現れたのはシリウス、フレイ、アグニ、アルタイルの四匹の使い魔達。既に炎獣形態なのだが、景太郎の身体に巣くう龍斗の影響か、それとも形成する炎が邪気に穢されている為か、彼らの身は漆黒に染まり、狂ったように四匹の龍に襲い掛かる。
「ならば五頭目―――――水龍!!」
五龍の刀身より現れる蒼き龍―――――水龍が他の四龍と使い魔達の合間を縫うように飛翔し、龍斗に向かって襲い掛かる。
対し、龍斗は【ひな】の切っ先を今度は水龍に向かって突きつける。そして発する強大な邪気を【ひな】に収束、【黒烏】を顕現させて水龍を迎え撃つ。
〈五頭の龍〉対〈五匹の獣〉の攻防に、周囲一帯は荒れ狂い、撒き散らす衝撃波が崩れていた屋敷や庭の灯籠などの設置物を破壊し吹き飛ばす。
その最中―――――
ドンッ―――――ガキンッ!!
納刀の状態から獅隼脚を繰り出し、加速状態で居合いを放つ鶴子と龍斗。衝突した二本の刀が耳障りな金きり音と摩擦による火花を盛大に撒き散らす。
そして二人は相手を斬ることなく―――――正確には斬ることができず、刀を振りぬき、すれ違うように通り抜ける。
通り抜けた二人は即座に振り返りながら大地に足を着け、二条の傷跡を付けながら急停止する。
同時に止まる二人。だが、先に動いたのは鶴子―――――瞬動術で間合いを詰めると共に逆風…掬い上げる斬撃を放つ。
それを龍斗は右足を半歩足を引き、半身となって避ける。が、鶴子は振り上げた刀の刃を切り返し、唐竹に振るい、龍斗は今度はその一撃をひなで受け止める。流れる、そして速い斬撃に受け止めざるを得なかったと言うのが正解だ。
その瞬間―――――鶴子は右足を龍斗の足の目掛けて踏み出す。完全な脚部破壊の『震脚』。だが、それを見きっていたのか龍斗は右足を先んじて退き、鶴子の震脚は石畳を粉々に破壊するに終わった。
「チッ―――――」
舌打ちする鶴子。対し、龍斗はニヤッと邪悪な笑みを浮かべる。
「愚かな、この間合いは俺の必殺だ」
その言葉と共に龍斗の身体から噴き出すように現れる漆黒の炎。鶴子は獅隼脚を使い高速で跳び退く。だが、今度は龍斗も間合いを空けさせまいと地を蹴り、鶴子に追いすがる。
「焔之太刀―――――」
高速移動する龍斗の【ひな】から漆黒の炎が迸る。そして鶴子が着地すると同時に黒炎迸る【ひな】を叩きつけるように振り下ろし、燃やし斬る。
―――――が、鶴子の身体が炎上した次の瞬間、その姿が人型の符へと変じ、瞬時に灰へと化す。
「空蝉―――――小賢しい!」
「それが人の知恵どす!」
姿を消した以上、次の襲撃は死角から。セオリー通りに背後から感じた鶴子の闘気と声に龍斗は振り向き様に横薙ぎに一閃させる。
しかし、そこには鶴子の姿はなく、なにもない―――――否、気配と声が微かに残る虚空を黒炎纏う刃が通り過ぎた。
「【音渡り】か!」
神鳴流 歩法術が一つ【音渡り】。風氣を使い、気配と声などの音を残して移動する特殊な歩法術。
それにまんまと引っかかってしまい、精神の集中が乱れてしまった龍斗の背後めがけ、元の位置に戻った鶴子が放った、魔のみを斬る神鳴流の奥義【斬魔剣・二の太刀】が迫る!
(やったか!?)
誰しもがそう思った瞬間、本能で危険を察知したのか、龍斗はあろう事か雛の刀身に集束させた炎を解放する。
その解放された漆黒の炎は爆発の如き勢いで龍斗の身体を包み込み、後一歩まで迫っていた【斬魔剣・二の太刀】を阻み焼滅させる。
しかし解き放たれた炎はそれだけに収まらず、そのまま近くにいた鶴子に襲い掛かる。
「―――――ッ…かぁっ!!」
間一髪、五龍を盾のように構え、水氣の障壁を張る鶴子。
霊視力の無い者でさえも目視できんばかりに高められた水氣が圧縮された障壁が、漆黒の炎と衝突する。
広がる黒の爆炎とそれを遮断する蒼い障壁。
解放した故に意思こそ碌に籠もっていないが、宗家に近しい炎と邪気が融合した漆黒の炎。それを、五龍を用いたとはいえ所詮は急拵えの水氣の障壁。奥義を放った直後という不利な要素も重なり、後一歩で耐えきれるというところで障壁が砕かれた!
「―――――がはっ!」
障壁が破られた際の衝撃と爆風に吹き飛ばされた鶴子が大地に叩きつけられる。
そして偶然か、漆黒の獣達が五頭の龍を駆逐したのもほぼ同時だった。
「くっ―――――」
苦痛に顔を歪める鶴子。
常に纏っていた高密度の水氣と、耐火呪を編み込んだ服と羽織の三重の防御のお陰で、熱によるダメージは軽微。だが、強烈な衝撃波が鶴子の身体を強く打ち据え、一時とはいえ身体の自由を奪う。
そんな鶴子に向かい、振り上げた雛の刀身に散らせた炎を再び引きずり集めた龍斗が疾風の如き速さの踏み込みで迫る。そして―――――
「終わりだ……」
振り下ろされると同時に放たれる黒炎。それは今までよりも強烈な波となって鶴子を呑み込んだ。
そして―――――邪悪な炎が消え去った後には、鶴子の姿は欠片どころか灰すらも残されていなかった。
―――――第三十四灯に続く―――――