ラブひな IF       〈白夜の降魔〉

 

 

 

第二十八灯 「迫られる判断―――――」

 

 

 

 〈仙位〉二人との死闘の後……素子は、なる達の居る位置に向かって、只ひたすらに歩み続けていた。

 本当なら、疾風の如く地を駆け元の場所へと戻り、〈神凪 景太郎〉から託された成瀬川達を護りたい。だが、死闘での精神疲労と氣の消耗による体力の消耗にそれも叶わず、長い時間を掛けて森の中を進み、やっとの事で辿り着いた。

 

 

 そして、そこで素子が見たものは…………全てが終わった後。そう称するしかない光景であった。

 

 なにやら談笑をしている灰谷とその使い魔達……そしてその端に、この場に戻ってきたのであろう、神崎と三名の神鳴流戦士達が纏めて縄でぐるぐる巻きにされていた。よく見れば、身体の至る所に切り傷や焦げ目、煤が着いているので、灰谷の使い魔に倒されたと云うことは想像に難くなかった。

 

「あ、おっきいお姉ちゃんが着いたよ」

 

 素子の足音に気がついたのだろう、ラビッシュが姿を現すよりも先に指をさし、仲間に素子の帰還を知らせる。

 

「なんじゃ、今頃戻りおったか」

「そういう風に言うものではないだろう」

 

 呆れたような声音で素子を迎えた紫苑をファーナが咎める。素子が満身創痍で、決して遊んでいたのではないことを見越しての言葉だ。
 もっとも、紫苑もそれを知っていての言葉なのだが……紫苑らしい出迎え、と、言うべきか。

 そんな二人を筆頭に、周囲の状況を確認した素子は大きく溜息を吐いた。

 

(急いで戻ってくる必要はなかったか。しかし、仙位数名を無傷で捕らえるとはな……恐ろしい、というべきか)

 

 神崎を初めとする仙位数名を捕らえた紫苑達の実力に寒いものを覚える素子。実際は、真正面から戦おうとせず、搦め手などを駆使して勝ったのだが……それでも評価はあまり変わらなかっただろう。

 

「お帰り。だいぶ苦労したようだね、素子ちゃん」

「ん? ああ、貴様か。そういう貴様は随分と優雅そうだな」

 

 気安げに声を掛けてきた灰谷に、暗に『使い魔コドモだけを働かせていい身分だな』と言葉を返す素子。
 元々、素子は軽い男が嫌いで、更に灰谷に対しては初めて会った時に最悪の印象(幼女趣味の変態)を受けたため、きつい態度になっているのだ。

 そんな素子のきつい態度に、灰谷の顔が少し引きつる。

 

「これでもちゃんと働いてるよ。これは仕事後の一服」

「そんな事よりも、なる先輩達は無事か?」

 

 誤解を解こうとしている灰谷の言葉を、素子は一言の元に切って捨てる。

 駄目だこりゃ…という感じに落ち込む灰谷の代わりに、素子の質問をエネアが答えた。

 

「中のご様子が伺えませんので確認はしておりませんが、おそらくご無事のはずです。神鳴流の方々は結界に手を出す前に全て制しましたので、ほぼ間違い在りません」

「そうか」

「はい…………それと」

「なんだ?」

 

 問い返す素子に、エネアは僅かに目を細め、静かな口調のまま言葉を続ける。

 

「貴方と御主人様の間に何があったかは存じませぬ。ですが、御主人様に仕える者として、あまりにも非礼な行いをなさるのであれば、わたくしとしましても、ただ黙って見ているわけにもいけませんので……どうか、ご理解の程を」

「ん……わかった」

 

 エネアの静かな威圧感に、少し引きつつ素直に頷く素子。心なしか体が重いと感じたのは…気のせいだろう。たぶん……

 

「そういえば……ラブレスと煉の姿が見えないが、どこにいるんだ?」

「〈神凪 煉〉様であれば、あちらにてお休みになられております」

 

 エネアが右の掌で示す先に目をやると、そこには木の傍で横たえられている煉の姿があった。

 

「煉!?」

 

 ピクリともしないその姿に、素子は慌てて駆け寄ろうとするが、エネアがやんわりと制止した。

 

「青山様、ご安心を。御主人様の診断では、即効性の睡眠薬を…おそらく粉末状のものを嗅がされたとのことです。お体には特に影響も無く、後遺症も無いとのことです」

「粉末状の……なるほど、あの薬か。ならば心配することはあるまい。あれは制圧用の薬、暫くすれば目が覚めるだろう」

 

 エネアの説明に何があったのかを理解する素子。神鳴流戦士である故に、煉の状態から神崎達が何を行ったのかを容易に推測したのだろう。

 

「それでラブレスは? お前達の様子だと、無事というのは解るが……」

「ラブレスは煉様と青山様、および私達が倒した者達を此処に集めるべく向かいました。もうそろそろ戻って…来たようです」

 

 そう言い終えると同時に神崎達の端に神鳴流の戦士達…素子と戦った常磐や獅堂達が出現した。

 

「ただいま戻りました」

「ほい、ご苦労さん。エネア、縛っといてくれ」

「了解しました」

 

 灰谷の言葉にエネアは一礼すると、テキパキと常盤達をポケットから取り出したロープで縛ってゆく。そのテキパキとした動きは、人というよりもまるで荷物を縛っているかのようだ。それも、無駄なくそつなく頑丈に。

 

「よっし、これで全員だな」

 

 神鳴流の者達の人数を確認する灰谷。正確には一人足りないのだが……素子は気が付かず、神崎は何も言わず…灰谷達はまったく気にしていなかった。

 

「んじゃ、一応これ以上の襲撃もないだろうし…白井に合図でも送るとしますか」

 

 ポケットからなにやら取り出す灰谷。それは長さが十センチ程度の棒で、片方の先端に赤いボタンが付いている。

 灰谷は棒を握ると親指でスイッチを押―――――そうとしたが、ふとなにかを思い付いたような顔になると、真面目くさった表情で棒を握った右手を目の高さまで持ち上げ、棒を横向きに構える。

 

「…………任務、完了」

 

 なにやら自爆でもしそうな台詞と共にスイッチを押す灰谷。これがやりたいが為にわざわざスイッチを押さなかったのは、灰谷らしいといわざるをえない。

 ともかく……これでなる達を護っていた結界が爆発したら大問題だが、生憎とそんな事態にはならず、数秒の間をおいて結界が解かれ初め、十数秒後には完全に消滅、中にいたメンバーが姿を現した。

 

「みんな、怪我してない!?」

「無事かいな?」

 

 なるとキツネが素子達の安否を確認するべく駆け寄る。

 

「も、素子ちゃん! 服が破れ…血が付いてるじゃない!? 怪我は!?」

「大丈夫です、なる先輩。もう治しましたので……ちょっと疲れていますが、大丈夫です」

「そんならええが……煉はどないしたんや? 寝とるようやけど」

「煉も大丈夫です。眠り薬を嗅がされただけで、怪我などはありません」

「さよか。そら良かった」

 

 素子の言葉にホッとするキツネとなる。隔離されて外の状態がわからないため、心配で仕方がなかったのだ。見えない、わからないと言う状況が不安をより一層かき立てていたのだ。

 それは取り越し苦労ですんだようだが……それに越したことはなかった。

 

「あの〜……お二方、もう一人忘れてはいませんか?」

「「誰を?」」

「ああ分かってたよ! どうせ俺の役回りはそんなんだって事はな!」

 

 世の中の仕組みに怒り、泣きが入った灰谷が慟哭する。

 

「あの…ご無事でしたか?」

「兄ちゃんは無事そうやな。ま、怪我が無いんは一番や!」

「ありがとう、しのぶちゃんにスゥちゃん。君たちだけだよ、そんなことを言ってくれるのは」

 

 今度は感涙してしのぶとスゥに感謝する灰谷。何とも浮き沈みの激しい男である。

 そんな主人に対し、使い魔達は……それぞれまた始まったというような顔をして、エネアの入れた紅茶を溜息を吐きつつ飲んでいた。

 

 そして、ひなたメンバーを余所にサラはというと、真っ直ぐにラブレスの元に駆けつけていた。

 

「ラブレス! 無事か!?」

「ああ、心配してくれてありがとう。この通り怪我一つ無い」

 

 真っ先に自分の安否を心配してくれたサラに、ラブレスが微かに微笑む。サラもそんなラブレスに微笑み返すと、今度はエネア達の方を見た。

 

「お前達も無事なんだな。そうだ、白井に聞いたけど、お前達もB&Wバトル&ウィザーズをやってるんだってな。今度一緒にやろうぜ!」

 

 いきなりのサラの言葉にエネア達は面食らった顔をしたが、すぐにそれぞれの笑みを返して応え始めた。
 ややラビッシュは引き気味だが、人ではない存在にも当たり前のように接するサラの天真爛漫な態度は、エネア達にもおおむね好印象のようだ。

 

 その使い魔とサラの心温まる光景を見て灰谷は微笑むと、後より現れた白井と成瀬川親子に追っ手との戦いが終わったことを伝えた。

 

 

「…………そうか。じゃ、後は景太郎達が戻ってくるのを待つだけだな」

「そう言うこったな。十中八 九、これ以上こちらに割ける戦力はもうないはずだ。多分な……」

 

 全てを聞き終えた白井がそう言葉を返し、灰谷も同意する。

 『成瀬川 なる』の捕獲に来た神鳴流の戦士はその殆どが『仙位』。それもかなりの人数を動員した。景太郎達への迎撃を考えると、それ以上は人数を割けるとは思えない。仮に割けたとしても、格下の者…そんな連中など、この場に辿り着く前にトラップにかかり全滅する。

 つまり、神崎達を迎撃した時点で、なる達の身の安全はほぼ保証されたも同然なのだ。

 

 しかし、灰谷には懸念していることが二つある。

 それは神鳴流の総本山を守護している〈聖位〉数名と、今回の緊急召集に間に合わなかった遠方に退魔に出ている者達のことだ。一応、灰谷の事前の調べで宗主命令でも本山の守護が動くことがないことも、遠方にでている者が間に合わない事も判ってはいる。

 それでも一応、警戒は緩めない方が良いのだが…安心して笑いあっている成瀬川達を見て、何も言わず言葉を飲み込んだ。帰ってきたラブレスにアイ・コンタクトだけをとって。

 

「ま、後は景太郎達が帰ってくるまでのんびりと待つ……前に、やる事はやっとかないとな」

「まだなにかあったか?」

 

 全て終わったというのに、まだやることがあると言う灰谷に訝しげな顔になる素子。そんな素子に灰谷は、

 

「こいつらの始末」

 

 と『後片付けはきちんとしましょう』みたいな気軽げな口調で、縛られている神鳴流戦士達を指差した。

 その言葉を聞いた瞬間、神崎のような意識のある者は自らの戒めを破ろうと密かに練っていた氣を一気に解放する―――――が、

 

「動くな」

 

 ラブレスの静かな声にその動きを止めた。

 

「それ以上少しでも力を込めれば、その首を落とす」

 

 暫しの間硬直する神鳴流の者達。暫しの間、硬直していたが……神崎が視線で命令を送り、ゆっくりと力を抜く。
 戦い、制されたからこそ理解しているのだ。その言葉が本気であり、それを行えるだけの能力を有することを。そして、更にその背後に控える使い魔達を出し抜き、気絶した仲間を連れて脱出することなど不可能であることを。

 

 意気消沈する神鳴流の者達。その中で、唯一神崎だけが意を決した表情で口を開いた。

 

「命を奪おうとした故に、強く文句は言えん。だが…できるなら、殺すのは俺だけにしてくれ。俺の命令に従っただけの此奴等には手を出さないでもらいたい」

 

 逃げられないのなら…と、神崎は己の命を対象に条件を持ち出し、それを聞いた戦士達が詰め寄った。

 

「何を言っているんです、隊長!!」

「そうです! 命を差し出すのなら俺のはず。俺が死んでも神鳴流は損をしない!」

「馬鹿者! 命を損得勘定で考えるとは何事か!! それに、俺はこの部隊を任された隊長。上司が部下を護るのが、責任者が責任をとるのが筋だろうが。お前達は黙っていろ」

『ですが!!』

 

 

「おい、お前があんな事を言うもんだからあちらさんが熱い会話を始めたぞ」

「俺のせいかよ……」

 

 なんだか熱く盛り上がる戦士達の語らいを横目で見ながら、白井が灰谷を責める。

 

「あ〜…もしもし? 始末ってこの件が終わるまで動けなくするだけで、命までは取るつもりはないよ」

「動けなくする…だと?」

「そ。動けなくするだけ」

 

 灰谷の言い様に訝しむ神崎。ヘラヘラとした笑顔が逆に安心できない。

 

「……具体的にはどうするのだ?」

「ん? そうだな……え〜っと、とりあえず両手両足の砕く……とか?」

「知るかっ! というか、何故疑問系だ」

「しゃ〜ないだろ、特に考えてなかったんだから」

「まったく、最近の若者は考えも無しに……」

「じゃ、そう言うことで」

 

 そう言った灰谷の前に進み出るエネア…手の平に重力場発生済み…に神崎が本気で焦る。

 

「いや、ちょっと待て!」

「ちなみに、土氣だっけ? 治癒力が高まるの。それをやったら治るたびに砕くから」

「ちょっと待てと言ってるだろうが!! 若い内からそう考えも無しに行動するのは感心せんぞ、もう少し思案してみてはどうだ?」

 

 さらりととんでもないことを言う灰谷を必死に止める神崎。さすがに両手両足の粉砕…再生する度に破壊するといわれれば、誰でもそうなる。

 だが、そんな事には興味なしといわんばかりにエネアが…ついでに面白がった顔をした紫苑が進みでたその時、意外な人物から制止の声がかかった。

 

「おいおい、子供達の前でそんな乱暴なことはするなよ。しのぶちゃんとかにトラウマなんか作った日には、俺達が景太郎に壊されるぜ?」

「そうだな…景太郎云々はともかく、しのぶちゃんに嫌われるのだけは避けたいところだ」

 

 制止する白井の言葉に、ちょっと変な方向で同意する灰谷。先程慰められたことやバレンタインの一件から、しのぶには嫌われたくないのだろう。

 

「んで、どうするよ。止めたんだからお前が何とかしろよ」

「わかってるって。神鳴流が相手だから、こんな事もあろうかとちゃんと拘束具を用意してあるよ」

 

 リュックから複数の首輪を取り出す白井。ただし、首輪といっても犬や猫などに使っているようなものではなく、虜囚に使うような金属製のリング型だ。

 

「かなり多めに持ってきて正解だったよ。ちゃんと人数あるから全員の首に着けてくれ」

「なら、わたくしめが……」

 

 白井の取り出した首輪を灰谷に代わりエネアが受け取り、神崎達の首に着けてゆく。

 そして、全員の首に取り付け終えたのを確認すると、白井が皆の前に立って解説を始めた。傍聴者は神鳴流を含めたその場にいた皆だ。

 

「さて…今、神鳴流の皆さんに着けてもらった首輪はこの俺が制作した『吸精輪ドレイン・リング』という名前の魔具です。
 これの原材料は『吸精石』という魔石です。それについてはひなた荘のみんな一度言ったけど、知らない人が居るからもう一度きいてください。
 この魔石は精気…氣や霊気を吸収する性質があります。素子ちゃんの持っている『明鏡』や『氣鏡刹』もこの石を使って出来ています」

 

 いつもとは違い、丁寧な口調となった白井がラブレスが出したホワイトボード…昨夜の作戦会議で使ったもの…に文字や絵を書いてよりわかりやすいように説明する。

 そのボードの真ん中には、えらく達筆で可愛くディフォルメされた刀を持った素子が書かれている。
 自分をそんな風に書かれて素子は複雑な顔をするがあえて何も言わない。白井には『明鏡』を造ってもらった恩義があるからだ。

 

「詳しい話は企業秘密で省きますが…この魔石を加工し、魔導回路などを刻み込みます。素子ちゃんの『明鏡』が吸収した氣で刃を作り出すという感じに。
 そして、この首輪には……身につけた相手の余剰な氣を自動的に吸い取り、強度を飛躍的に増すだけではなく、その度合いによって縮小、相手の首を締め上げるという効果があります。ついでに、他者が『設定されたキーワード』を言えば、勝手に氣を吸収して締め上げたりもします」

「なるほど、孫悟空の頭の輪っかみたいなもんやな。逃げようと力を込めたら最悪窒息してしまうというわけか」

 

 合点がいったと頷くキツネ。しかし、白井は同意せずに首を横に振る。

 

「いや、最悪の場合は首がもげる」

『ちょっとまたんかい!!』

 

 最悪の訂正に灰谷とその使い魔以外の者が一斉に突っ込む。

 

「なにさらりとえぐいこと言っとるんや!」

「だから最悪だって。大丈夫、そんなになるまでに大概窒息するし。そもそも、逃げ出さなければ問題はないからね」

 

 キツネの言葉を白井が笑って受け流す。そして、顔を青ざめさせている神鳴流戦士に視線を向けた。

 

「まぁ、そういうわけだから。逃げようとしない方がいいよ。あんた達だと、窒息通り越して首の骨が折れそうだから」

「ぐぅ……」

 

 神鳴流戦士の最大の武器『氣』を徹底的に…ある意味、ただ封じられるよりも厄介な方法で無効化されたことに、もはや〈ぐぅの音〉しかでないようだ。

 

「いやいや、そう悲観することはないぜ? 案外頑張れば破れるからな」

「なんだと?」

 

 灰谷の言葉に訝しげな顔になる神崎。敵である自分に助言をするなど、胡散臭いことこの上ない。特に、この短期間で朧気ながらも灰谷の性格を察しているから尚更だ。

 そんな神崎の視線にお構いなく、灰谷は同じ首輪を右手で玩びながら言葉を続ける。

 

「これと同じタイプの物を、景太郎は破ったことがあるからな。なぁ白井」

「ああ、そういえばそうだったな。修行に使えるとかなんとか言って……」

「…………」

 

 制作者・白井が同意した事に活路を見出す神鳴流の面々。だが……

 

「しかし、あんなこと本気マジでやるか? 首輪の耐久力を超える氣を一気に流し込んで破るなんてよ。正気の沙汰じゃないぞ」

 

 続いた言葉にがっくりと肩を落とした。それを行う難しさをすぐに理解したからだ。

 この首輪の耐久力は分からないが、おそらく生半可なものではないだろう。それだけの氣を『穏行』を行いながら『練氣』、そして『蓄積』しなくてはならない。この三つを平行して行うなど無茶苦茶。そんな事が出来るのは、神鳴流でも鶴子や総代にほか数名…仙位、神位でも上位にいる僅かな者達だけだろう。

 

 

「景太郎殿か。あの少年はそこまで成長したか。いや、昔を鑑みれば至極当然の結果か」

「あんた、景太郎のことを知っているの!?」

 

 神崎の口より出た言葉に、今度はなるが食いついた。

 その自分に詰めるよなるの姿を見た神崎は、大きく目を見開き、そして痛ましげな眼差しとなった。

 

「あんたが成瀬川の次女か……なるほど、あのお嬢ちゃんの面影がある。もしお嬢ちゃんが成長していれば、あんたみたいな美人になっていたんだろうな」

「貴方はあの子を―――――響子を知っているのですか?」

 

 かつては宗家の嫡男であった景太郎だけではなく、響子…自分の娘まで良く知っているような口振りに、今度は一斗が神崎に詰め寄った。

 響子が浦島宗家の屋敷にいた期間は一ヶ月そこそことかなり短い。それからすぐにひなた荘に景太郎と共に移ったからだ。
 その短期間ながらも、【楔】という事でしか見られなかった響子を深く知っていそうな神崎の口振りに、一斗が興味を示さないはずはなかった。

 

「ああ。元舟様が用事で留守の間、あの少年の修行を数日だけだが見たことがある」

「本当に、父上自らが神凪を鍛えていたのか……」

 

 第三者より改めて知らされた事実にショックを受ける素子。予め本人の口から聞かされていたとはいえ、やはりショックは大きい。責務に忙しい総代自らが直々に鍛えるなどそうそうありえることではない。
 素子の知る限り、総代が手ずから鍛え上げたのは幼き頃より優れた才を見せていた鶴子、そして他数名。そして、鶴子は【神位】に、その他の者も皆【聖位】にまで上り詰めている。

 約十年前、色々と忙しかった…今なら、それが『水仙の儀』の為だと解る…総代が、その合間を使ってまでも直々に景太郎を鍛えていた。
 つまり、景太郎はそれほどまでに期待された存在だったという事だ。

 実の娘である素子じぶん鶴子あねに任せてまで……

 景太郎や他の者から言わせれば、素子は最高位である【神位】に手取り足取り教えてもらっていた…ある意味、総代すら超える立場の者に指示してもらっていたのだ。素子の不満は親を盗られた子供の我が侭にしか聞こえない。

 

「そ、それで神凪は一体どのような修行を!?」

 

 父が景太郎をどのように鍛えていたのか、強い興味と軽い嫉妬に後押しされて神崎に問う素子だが、

 

「期待しているところを悪いが、総代が教えたのは基本的な氣の扱いと剣術の基礎だけだ。五行の技を一通り講義し、実演して見せたとは聞いたが、それ以上は教えていなかったらしい」

 

 神崎の答えは、素子の期待からはかけ離れた…到底信じられないものであった。

 

「そんな馬鹿な!? それでは神凪は独学で『五行戦氣術』を―――――【真髄】を身に着けたというのか!」

「その通りだ…と、しか言えん。私も初めて見た時は同様に驚いたものだ」

 

 目を瞑り沈痛な顔となる神崎。それが、景太郎を見た最後なのだ。

 しかしすぐに見開き、成瀬川親子を見る。

 

「話が逸れたな…私が修行を見たのは先程言ったように僅かな期間でしかない。しかし、それだけで十分だった。景太郎殿が修行を終え、疲労に倒れるとすぐにあのお嬢ちゃんが駆け寄り、怪我を治癒術で癒していた。何とも言えない、仲睦まじい二人だった……」

 

 穏やかな表情になる神崎。本当に微笑ましい光景だったであろう事が、それだけで十二分に伝わるようだった。だが……それも、再び沈痛なものへと変わった。

 

「しかし…あの儀式の所為でお嬢ちゃんは死に、景太郎殿は儀式を妨害しようとした咎で追放された。今でもはっきりと覚えている。お嬢ちゃんの死に様を、そして、それを見た景太郎殿の顔を………」

「あ、あなたはあの場にいたのですか!?」

「ああ、儀式の警護としてな。あの時、俺は人とは本当に『血の涙』を流せるのだと知った」

 

『―――――ッ!!』

 

 息を飲むなる達。普段、なる達が一番目にする景太郎の表情は『穏やか』の一言に尽きる。浦島関係や素子と喧嘩する時は無表情の冷たい顔になるが、それを除けば皆は殆どその穏やかな表情しか見たことはなかった。

 それ故に驚き…想像がつかなかった。あの景太郎が、血の涙を流すほどの壮絶な顔を。

 

「本当に…景太郎は『響子』って言う人の事が大切だったんだ」

「なる先輩……」

 

 俯いて呟くなるに、しのぶは心配するように声を掛ける。なるの声が、まるで今にも泣きそうな感じに聞こえたのだ。
 そんなしのぶの気遣いを察したのだろう、なるは顔を上げ、ぎこちないながらも笑顔をしのぶにみせた。

 

「以前一度だけ、景兄様がその事を言ってくれました」

 

 離れた場所から聞こえた声に皆がそちらを向くと、そこにはふらつきながらも上半身を起こした煉の姿があった。薬の効果がやっと切れたのだろう。

 

「煉! 大丈夫なんか?」

「ええ。ちょっとフラフラしますけど……」

 

 駆け寄ろうとしたキツネに、煉は手を上げて大丈夫とアピールして止める。

 

「煉君、景太郎はなんて言ったの?」

「……『俺にはもう、命を懸けてまで護りたいと思う女性はいない。今の俺はただの復讐者、その為に強さを貪欲に欲する』」

 

 煉の口から語られた景太郎の心情に、皆は口を挟むことなく耳を傾ける。神鳴流の者達ですら。

 

「『時がいつも万能の薬になるとは限らない。時を経れば経るほど、俺の内で燃え盛る炎は強くなる。憎しみを糧に激しく燃える。そのうち、俺自身を燃やし尽くすのではないかと思うほどに……
 だが、そんなものは二の次だ。俺は“あいつ”を奪った存在を全て“殺す”。その為に力を求める。その結果が破滅であろうとも…………俺は止まらない』」

 

 煉の語りが…景太郎の想いの言葉が終わる。他者の口から語られるも、その言葉に潜む“憎悪”という感情を皆の心に刻みながら。

 

「好きな人を殺されて、理性的に行動できる人なんていないでしょう。僕も……きっと怒り狂ってしまいます」

 

 煉の言葉が重く皆の心にのしかかる。只の上っ面ではない、深い想いの籠もった言葉ゆえに。しかし、煉の顔は言葉とは裏腹に強い…言葉とはまったく反対の正の意思が表れていた。

 

「しかし、その先に訪れるのが『破滅』しかないというのなら…止めなければならない。それも、僕の本音です。でも……それは僕だけじゃできません。たぶん、姉様や兄様、宗主が加わっても。力だけでは心までは止められません」

「煉は家族みたいなもんなんやろ。せやったら誰にも景太郎は止められへんで……」

「いえ。あなた達ならできる…僕はそう思っています」

 

 煉はなる、キツネ、しのぶ、スゥ、素子の顔を順に見る。

 

「「「「「あたし(うち)達が!?」」」」」

 

 それぞれ自分を指差して驚くひなた荘のメンバー。その面々に、煉はまじめな顔で頷く。

 

「景兄様がそちらに行って数ヶ月。僕が次に見た景兄様はとても穏やかな顔をしていました。見た目だけではなく、もっと内側まで……とても穏やかでした。
 神凪に居た頃は、操さんなど極限られた人の前でしか見せなかった笑顔を、皆さんの前では普通にしていたんです」

 

 操って誰?! と、何名かが心の中で叫んだが、煉のまじめな顔にその質問がはばかられた。

 

「そんなこと言うても、うちらは特になんかやったわけでもない……一体何をすればええんかわからへんで」

 

 己の不安を包み隠さず吐露するキツネ。なる達も頷いて同意を示す。そんななる達に、煉は大人びた微笑みヲ浮かべた。

 

「皆さんはそれで良いんだと思います。それに、すぐに分かるものじゃないと思いますし。
 でも、これだけは言わせて…いえ、覚えていてください。その時が来て、何をすればわからない時は、『自分が何をどうしたいのか』をはっきりさせてください。そうすれば…おのずと自分のやりたいことが分かります」

 

 煉のアドバイスを受け、五人は思考の海に沈み込む。

 自分…達が来るべき時に景太郎に対して何をしたいのか。そもそも、その先にある破滅を救う、または回避させることなど、自分達にできるのだろうか―――――と。

 

 

それは答えの出ない問いかけ―――――

今は、まだ……その時を想像し、数多くの答えを模索する。

 

未だ見ぬ、自分達と同じ者と同じく……ただ思い悩む。

 

 

 

―――――第二十九灯に続く―――――

 

 

 

【あとがき】

 

 どうも、ケインです。

 この話は、本来なら前回の投稿時に一緒に送りたかったのですが、仕事が忙しく、完成が遅れてしまいました。どうもすみません。

 

 さて…これにて居残り組達の話は一時完結です。

 今回の最後にて、キツネ達には課題が出されました。といっても、これは絶対的なものではなく、任意なのですが……どうするかは、キツネ達個人の問題でしょう。言われ、強制されて行ったとしても無意味なものですから。

 

 次回からは…景太郎サイドに戻ります。浦島の結界は解除され、とうとう景太郎が本拠地に殴り込みをかけます。

 一体どんな話になるのか…浦島宗主はどう動くのか、屋敷を護る者達は景太郎を止めることができるのか。そして和麻達は……次回をお待ちください。

 

 

 それでは次回、第二十九灯『―――――修羅―――――』を、よろしければ読んでやってください。ケインでした。

back | index | next