注意!これは景太郎X素子小説…?

*これは『千切れた約束が織り成すは 終わりの始まりと始まりの終わり』の続きで
このように書かれた部分は英語です
*この作品は『ラブひな春のスペシャル』とはまったく関係ありません!
*いつものことですが、『こんなの○。○じゃない!』ってな感じの抗議は後でどうぞ。


2/20 (日)

そして今、俺はここにいる。

東大2時試験二日目、最後の科目、英語。
問題用紙を開いた俺は、ざっと問題に目を通した後シャープペンをつかんだ。
わかる、わかるぞ!
俺にもわかる!!
きっと去年とは比較にならないほど、文章が理解できている。
今までの、4年間の積み重ねの成果。
そして、ひなた荘のみんなのおかげだ。

煮詰まっていた俺に、気分転換をさせてくれたスゥちゃん、サラちゃん。
――――ありがとう

受験が近づいて焦る俺の、相談に乗ってくれたキツネさん。
――――ありがとう

差し入れのお菓子を作ったりして、応援してくれたしのぶちゃん。
――――ありがとう

いつも、馬鹿な俺に勉強を教えてくれた成瀬川。
――――ありがとう
 
『このままでいいのか』という俺の、迷いを打ち消してくれたむつみさん。
――――ありがとう

そして……

俺を叱咤し、励まし、支えてくれた素子ちゃん。
――――ありがとう

今、俺はここにいる。
みんなのおかげで、俺は今ここにいることができる。
――――本当に、ありがとう


今、俺が問題を解くのに使っているシャープペン。
これも―――素子ちゃんが買ってくれたものだ。
そう、あれは試験の前日……


「浦島、明日はこれを使ってくれないか?」
そういって素子ちゃんが差し出したのは…なんでもない、ごく普通のシャープペンだった。
100円で売ってるような安物じゃなくて、もっとしっかりとした…けれど何の装飾もない質素なシャープペン。
……なんとなく、素子ちゃんに似てると思った。
「うん、使わせてもらうけど……これ、どうしたの?」
「………それは、私が普段使っているものだ」
とりあえず受け取ってからの俺の質問に、素子ちゃんは蚊の鳴くような声で答えた。
……素子ちゃんは俺より背が高いから、うつむくと大体俺の胸のあたりを見つめることになる。
前髪で目元が隠れて表情はわからないけど…髪から覗く頬や耳は真っ赤に染まっていた。
「わ、私は試験に行けないから……それを私だと思って……」
「も、素子ちゃん……」
俺の顔もすぐに赤くなった。
じわっと涙まで浮いてきたのは男としてどうかと思ったけど、すぐにそんなことはどうでもよくなった。
感情に任せて、差し出されたままだった素子ちゃんの手をぎゅっと掴む。
ハッと顔を上げた素子ちゃんの目は、やっぱり潤んでいた。
「素子ちゃん…俺、絶対合格するよ!」
「………浦島」
素子ちゃんは最初は戸惑っていたけど、しっかりと俺の手を握り返してくれた。
素子ちゃんの顔に、力強い笑顔が戻る。
「そうだ、その意気だ!」
その力がみなぎった瞳を俺は―――――


『―――――てください』
唐突に響いた館内放送で俺は我に返った。
いけないいけない。最後の最後で詰めを誤るところだった。
さ、残りの問題も急いで……

『あと5分で終了です――――』

「へ……?」

耳を疑う。
残り……5分?
解答用紙は……最後の1枚が白紙………?

そ ん な………

ちょ………

待っ………



『試験終了です。解答用紙を揃えて――――――』



ラブひなEX

突然の別離に 長すぎる孤独に 遅すぎた出逢いに あなたは…




3/3 (金)

景太郎が行方不明になってから2週間が過ぎた

ひなた荘は今日も静か。
あいつがいないだけで、ここは嘘みたいに平和になる。
……ううん、きっと、こっちのほうが本来の姿なのだろう。
本来の姿を取り戻したひなた荘は
……火が消えたように静かになってしまった。

管理人の仕事は、私が代行している。受験が終わったばかりなのでやることもないし
…といっても、まだ2週間しかたってないから管理人の仕事が特別貯まっているわけでもない。
それに、いつものようにスゥちゃんサラちゃんが暴れることも、景太郎が私や素子ちゃんに殴られて建物を壊すようなこともないから
…暇だ。
朝食を食べてから部屋に戻りしばらくファッション誌を眺めていたけど、それを閉じて私は下に向かった。

リビングに行くと、みんな(むつみさんも)集まっていた。
……なんとなく来てしまったのだろう。みんな、何をするでもなく座っているだけだ。
いや、私だって人のことは言えない。

みんな気が抜けたようになってしまったけれど…
落ち込みようは、素子ちゃんが一番ひどかった。
いや……あれは落ち込むという次元だろうか?
高校も休んで、日がな一日ここに座っているだけ。
リビングで……電話に一番近い場所で連絡を待っている。
ずっと虚空を見つめて……まるで抜け殻のようになってしまっている。
それほどショックだったのか…それとも、いまだに信じられないのかもしれない…
そんな素子ちゃんを一人にしてられなくて……みんな、なんとなくリビングに来るようになっていた。

景太郎からの連絡は、二次試験の夜に『旅に出ます。探さないでください』というFAXがきたきり。
その紙は素子ちゃんの目の前においてある……動かすと、不安がるのだ。
ソファに座って、虚脱状態の素子ちゃんを見ながら、私は心の中だけで叫んだ。
(早く帰ってきなさいよ景太郎!!)



―――――FAXの着信音が鳴った。

「景太郎!?」
「連絡ですか!?」
「………」
あっという間にFAXの周りにみんなが集まり
一番近くにいた私は、FAXが紙を吐き出すのももどかしく読み上げた。

「『みんなへ。心配させてすみません。俺は元気でやってます』」
「先輩……」
「『俺は今、太平洋のど真ん中のパララケルス島というところにいます』……ええっ!?」
「たっ、太平洋のど真ん中!!?」
「パ、パララケラって……やっぱり、東大の試験悪かったから、今度は海外へ傷心旅行か!?」
「「……………!」」

ぶちっ!

………つまり何?
私たちがこの1週間散々心配している間、あいつは南の島に旅行に行っていたと
……そして今も

「あははははははは」

誰かが笑ってる。ものすごく近くで。
ああ、私か。
別におかしいわけでも嬉しいわけでもない。
……人間、あまりに怒髪天に来ると笑い出すものらしい。

「「あははははははは」」

ふと笑い声が被ったので横を見てみると、むつみさんも笑い声を上げていた。
…といっても表情はいつもと変わらなかったけど。
虚ろな笑いだ。
顔を覗き込んだときに、鏡を連想したのは何故だろう?

「「あはははははははははははは」」

もはや言葉は要らなかった。
南の島?
太平洋のど真ん中?
パララケルス島?
ふ………

なめんじゃないわよ!!景太郎!!!!



「あーあ、行ってもうた」

ウチは、凄まじい形相のなると、寒気がする雰囲気を纏ったむつみを見送ってため息をついた。
二人とも旅行カバンをかついどったから……まあ、間違いなくケータロ探しに行くつもりやろうな。
いや、あの勢いやったら殺しに行くのかもしれんけど……
まあ、あっちは元気(かどうかは微妙やけど)を取り戻したみたいやから
「問題は……こっちやな」

モトコは
なるやむつみが旅行支度してるときも、ずっとFAXのそばに立ってた。
立ち尽くしてた……少なくともウチには、そう見えた。
なるが、FAXの内容を読み上げた時あたりから。
とりあえずウチは、FAXを手にとって…ふと、あることに気づいた。
「なあ、モトコ…」
「私は………」
「あ?」
「私は……浦島にとって、何なのでしょう……」
「何って、そら……」
――彼女やろ?
ウチはそう言いかけて口をつぐんだ。
……モトコにとっての『彼女』というのが、ウチの思う『彼女』と違う可能性もある。
……でもモトコは、ケータロがいなくなっただけでこんなに落ちこんどる。
……元気付けてやりたい。
「浦島は……私を捨てたのですか?」
「は…?」
「私がいなくても平気なのか?私はこんなに……」
「………」
はあ……何を悩んでるのかと思えば……
「なあ、モトコ」
ウチはモトコの肩に手を乗せた。
…好きで、恋愛コンサルティングなんて呼ばれとるわけやないけどな。
それでも、今のモトコは放っておけん。
「大げさに考えることあらへん。ケータロの逃げ癖はそう簡単に直るわけやない。去年の騒ぎも知ってるやろ?」
「……けど、少しは相談…」
「だから癖や。顔を合わせづらくて、つい発作的に逃げてしもうただけや…まあ、今回はスケールでかいけどな」
「………」
「別にあんたのこと捨てたわけやない…ほら、見てみ」
「…?」
「FAXの最後や。なるは最後まで読み上げんで、飛び出してったからな」
「…」

『PS.せっかくシャーペン貸してくれたのにごめん』

「あ………」
「書くかどうか、最後まで悩んだんやろな。ケータロらしいわ……でも、あんたのこと忘れたわけやないで」
「浦島……」
「なあ、モトコ。ケータロのこと、好きか?」
「…はい」
「多分あいつはめっちゃ落ち込んどると思う。何しろケータロやからな」
「はい……あいつは、自分のことばかり責める奴なんです」
「そやな。海外までいったんやから、相当やろな」

モトコの瞳にようやく力が戻ってきた。
やっぱりモトコはこうでないとあかん。
ウチはモトコの肩に置いた手に、ぎゅっと力をこめた。
しっかりと、目を見つめて。

「……落ち込んでるときほど、好きな人には傍にいて欲しいもんやで……」
「………はい。この2週間で、よくわかりました」
「よし!」

ウチは口の端を吊り上げて笑顔を作った。
つられて、モトコの顔にも力強い笑顔が生まれる。
……たとえ空元気でも、ないよりマシや。

「行きっ!ぐずぐずしてると、なるやむつみに取られるでっ!」
「はいっ!」


「行ったか……」

ウチはモトコを見送ってから一息ついた。
なんか、無性に酒が飲みとうなったんやけど、我慢しとくことにする。
「ふう……」
何しろ、これから未成年の相手をせにゃあかんのやから。
……ウチがモトコと話している間に、いつのまにかしのぶとスゥとサラの姿が消えとった。
ま、ここまで来るとパターンやな。大体、去年と似たような面子や。
けどさすがに、平均年齢12歳で海外はまずいやろ。
とりあえずウチは、しのぶを説得しに部屋に向かった(他の二人は説得なんかされるとも思えん)
「はー……ウチってこんな苦労するタイプやないんやけどな……」

早くケータロ帰ってこんかな……

そんなことを、モトコとは違う理由で切実に思ってしもうた。




3/6 (月)

「ふう……」
南国の日差しが容赦なく降り注ぐ中、俺はスコップを握る手を緩めて一息ついた。
今日で6日目だけど、こうやって遺跡を掘るのもだいぶ慣れてきた。
最初は強い日差しで日射病になりかけたりもしたけど、今はもう肌がうっすらと焼けてきている。
受験勉強ばかりで体がなまっていたけど、だんだん疲労に強くなってきている。
なんだかんだで、俺はパララケルス島での生活に順応していた。

……それはそれとして、そろそろ腹が減ってきた。
俺は食事に行くべく、遺跡のどこかにいるはずの同僚に声をかけた。
「おーい、そろそろ食事にいこーよ」
英語で呼ぶと、遺跡の奥のほうから彼女がパタパタと駆け寄ってきた。
小麦色の肌をした小柄な少女。俺の知っているある人と驚くほど似ている。
ニャモ・ナーモ
俺の同僚。
そして命の恩人。

二次試験の後、当てもなく東京をさまよっていた俺は、発作的に晴海埠頭のフェリーに飛び乗った。
つくづく、自分がいやになっていた。
北国の厳しい寒さの中で、自分を見つめなおそう…と思った。
……それが実は南国行きの船だと知ったときは、がっくりきたけど。
そして俺は、風に飛ばされたプリクラを取ろうとして海に落ちた。

身勝手なのかもしれない。
卑怯なのかもしれない。
一人逃げておいて、それでも俺は
彼女の写った唯一の写真を…手放したくはなかった。
結局のところ、写真(と受験票)は無くしてしまったけど。

意識を失った俺の体は、パララケルス島に流れ着いた。
そのままだったら、俺は間違いなく死んでいたと思う。
俺を見つけて、目が覚めるまでの三日間、ずっと看病してくれたのがニャモちゃんだった。

ニャモちゃんと一緒に街に向かう。食事だけならテントでもできるけど、やっぱり行きつけの定食屋に行くことにした。
行きつけと言っても、ここ六日での話だ。南国の建物らしく、四方に壁が無い風通しのいい店。
昼食時なので人がごった返して、活気に満ちているのが店の外からでも見える。
ニャモちゃんはあまり外食などはしないらしく、注文するのも俺だけど。


目が覚めて驚いたのは、しのぶちゃんにそっくりな少女の存在だけじゃなかった。
瀬田さんがここにいるらしい。
『らしい』と言うのは、俺が目が覚める直前くらいに、島の内陸部へ行ってしまったからだ。何でも見捨てられた遺跡の存在が文献によって示唆されたらしい。
俺の世話をアルバイトのニャモちゃんに頼んで
……もしかしたら、ニャモちゃんはそちらのほうに行きたかったのかもしれない。
なんとなく、そう思える時があった。

彼女は人見知りが激しい。
こうやって、人ごみの中にいるときも何か落ち着かないようで、食事もなかなか進んでいない。
それでも俺は、少しでもニャモちゃんが『人間』に慣れて欲しくて、定食屋にきている。
こうやって、隣でもそもそと食事をとっているニャモちゃんを、俺はなんとなく放っておけなかった。
それは命の恩人とか、女の子だからとか、そんな理由ではなく……
何故だろう、俺は彼女のような存在を知っているような気がした。
どうにかしてニャモちゃんを助けてあげたい。
そう思うのは……なぜだろうか。
そう思うのは……彼女への、裏切りなのだろうか。

3日前、ひなた荘にファックスを送った。
本当は目覚めてすぐに送るべきだったのだろうけど…踏ん切りをつけるのに、三日もかかってしまった。
また逃げだした俺を、みんなはどう思っているのだろうか?
笑っているだろうか。
怒っているだろうか。
心配してくれてるだろうか。
それとも……もう、忘れてしまったのだろうか。
そのほうが良いと言う、自分が嫌いな俺がいる。
そう思うと胸が張り裂けそうになる、みんなが好きな俺がいる。
そして………FAXの最後の一文を書いた俺は
ずっと、ずっと後悔を繰り返していた。

なぜ…俺はあの時、あの娘の処から逃げ出してしまったのだろう……

「……ケータロ?」
ニャモちゃんの小さな声で我に返った。
見ると、ニャモちゃんは食事の手を止めて心配そうな表情でこちらの顔を覗き込んできている。
…どうやら俺は、またやってしまったらしい。
この空想癖(もしくは妄想癖)のせいで、受験に失敗したっていうのに…
「ゴメン、ちょっと考え事をしてたんだ。心配してくれてありがとう」
安心させるように微笑むけど、どこか納得できないようでまだこちらを見ている。
ニャモちゃんはあまり喋らない……だからその分、言葉にできない『何か』を感じ取ってしまうようだ。
彼女の人見知りは、こんな所から来ているのかもしれない。
だから俺は
「ア……」
言葉にできない『何か』を伝えるため、ニャモちゃんの頭をゆっくりと撫でた。
少なくとも俺は、彼女の味方だということを伝えるために。
ニャモちゃんは、普段滅多に見せない安らいだ表情をしている。

………俺は、素子ちゃんを裏切っているのかもしれない……

――――その時不意に、ニャモちゃんの表情が引きつり、見開かれた目が俺の背後に向けられて

「……………………みつけた…………………わよ」

何かが床に落ちるゴトンという音が響いた。



ひなた荘を飛び出した私とむつみさんは、その日のうちに飛行機に飛び乗った。
もちろん、パララケルスなんて聞いたこともない島に直接行ける訳が無い。
いくつもの空港を経由して、私たちは1日かけてこの島に着いた。
そんな私たちを待っていたのは異世界だった。

春の日本から来た私たちにはキツすぎる日差し。
何か訪ねようにも、言葉の通じない人々。
………おまけに、暑さで倒れて私に担がれているむつみさん。

灼熱地獄の中、足枷をつけて迷宮をさまよっている気分だった。
一歩進むごとにくじけそうになる心を、景太郎への怒りに転化してごまかしていた。
唯一の聞き込みの材料である顔写真は、いつしかクシャクシャになっていた。
そんな二日間だった。

そして今、私はここにいる。
こんな南の島まで来て、足を棒にして探し回り、言葉の通じない人たちに聞き込んで。
そして

「……………………みつけた…………………わよ」

……見知らぬ女の子の頭を撫でている景太郎を

――――ころす――――

右手に持っていた鞄と背中に担いでいたむつみさんが床に落下し、ゴトンという音が響いた。


「な、成瀬川………?」
「……ひゅっ」
「!」
ガタッ!ドタタタタタタ!!
私から漏れ出ている、言葉にできない『何か』を敏感に感じ取ったのか、景太郎が背中を見せて逃げ出した。
―――にがさない―――
もはや平面的な思考しかできなくなった私も、テーブルを飛び越えて後を追う。
ちなみに、景太郎に頭を撫でられていた少女は硬直して動けないようなので放っておいた。

「う、うあああああああ!」
「待て―――――!!」
道を全力疾走する景太郎を追いかける。
怒りに我を忘れた私はがむしゃらに足を動かすけど、疲労が溜まっているせいかなかなか追いつけない。
「はあっ、はあっ……ぜぇぜぇ……」
息切れがひどくなり、そこらの石でもぶつけてやろうかと思い始めたその時
「うあああああ!?」
悲鳴と共に、景太郎の駆ける速度が格段に遅くなった。
注意して見ると、景太郎の足に何か半透明のものがまとわりついていた。
むつみさん、ナイス。
「む、むつみさん!?むつみさんまで来てたんですか!?」
『………』
「『実家より暑いです』って…そんなことより、早く体に戻ってくださいよ!」
―――とらえた―――
そんな会話をしている間に、私は景太郎に追いついていた。
「景太郎!あんた……!」
石畳にヒビが入るほど思いっきり地面を踏みしめ、体全体をひねるようにして右腕を突き出す。
2日間累積126840歩分の怒りを込めた渾身の一撃は、ちょうど振り向いた景太郎の顔面に吸い込まれた。
「こんなとこまで逃げてんじゃないわよぉぉぉぉぉ!!!!」

ボグアッ!!

形容しがたい打撃音と、形容しがたい手応えと、形容しがたい悲鳴と、形容しがたい満足感を残して
私の意識は、速やかに闇に落ちていった。
――――つかれた――――
少し………眠ろう……

どこか遠くで、すさまじい破砕音が響いた。




3/10 (金)

私はいまだ洋上にいる。

荷物をまとめて、ひなた荘を出たはいいが……金があまり無いのでフェリーに乗っている。
今は甲板で、風を感じている……きっと浦島も、同じようなことをしていたと思いながら

『ぐずぐずしてると、なるやむつみに取られるでっ!』
キツネさんはそんなことを言っていたが…あれはきっと、私を元気付けるための方便だ。
浦島が私を裏切るわけが無い。
それよりも問題は私の方にある。
……私の中の浦島への気持ちが、わからなくなってきている。
今まではずっと浦島の傍にいて、浦島への想いはそれが前提だった。
私の中の想いは、常に『浦島がいい』という一点を指していた。
離れようとしたことも何度かあった。それも浦島への想い故だった。
けれど……船上で六日間、自分を見つめ直してわかったこと。
実際に、浦島から離れてわかったこと。

どんな理屈をもってしても、一度知ってしまった温もりからは逃れられない

浦島の傍にいるときだけ、私は私でいられる。
それは、浦島が私を私として…私だけを見ていてくれるから。
私がどんなに酷いことをしても、決して裏切らないで傍にいてくれる存在。
それが浦島景太郎。
奴が居てくれれば、私も自分のことを少しは信じられるようになる。

だからきっと今回の事だって、何か理由があるに違いない。
それに今は、何もできずに待つだけではない。
浦島の元へ行くことができる。
ずっと何もできずに一人でいると、嫌なことを色々考えてしまうから
――――もしかしたら浦島は私が嫌いになったんじゃないだろうか
――――もしかしたら浦島は帰ってこないんじゃないだろうか
――――もしかしたら浦島は………
そんな嫌なことばかり考える自分が、私は嫌だ。

一刻も早く浦島に会って、自分自身の想いを確認したい。

「そういえば、そろそろ合格発表だな……」

船はもうすぐパララケルス島につく。



「ここが!」
「これが日本の最高学府!」
「トーダイや!」
「カオラー!走っちゃダメー!」

とまあ、そんなわけで当事者たちの代わりに合格発表見に来たはええけど……ウチは引率の先生やないで
やっぱ、スゥとサラの世話は疲れるわ……今は、ケータロもモトコも瀬田もおらんから誰にも押し付けれんし
もう、しのぶみたいに合格発表の人ごみに向かって突撃する二人を止めるパワーなんぞ残っとらん。
あ、やっぱり振り切られとる。
帰るときも同じような苦労をしないといけないことはとりあえず頭から締め出して、ゆっくりと人ごみに向かって歩き始める。
掲示板の前に集まった人垣……悲喜交々に溢れとる。
スゥもサラもしのぶも、そんな奴らに混じって目を皿のようにしとる。

ウチもまだ、あんなふうに何かに一所懸命になれるんやろか…
ケータロ、むつみ、なる、そして瀬田の笑顔が浮かんでは消えた。

埒もあかんことを考えることをやめて、掲示板を端から読んでいく。
何しろ3人とも受験票持ってってしもうたから、名前で探すしかあらへん。

「あ――――!」
「おぉ!!」
「あったでぇ!」

3人の声がほぼ同時にあがった。
急いでそれぞれの目線の先を確認してみると、そこには――――

乙姫むつみ


成瀬川なる

そして






浦島景太郎













「おおおおおお!!!!」
「やったで!!!」
「あいつ、ついにやりおったで!!!!」
「ローニンズ、全員合格です!!!」

合格したんやで、あんたら……

なる、今までの努力がついに実ったんやな。

むつみ、これからも一緒に酒飲むんやで。

ケータロ、ホンマにようがんばったな――――――

「ううっ……やりましたよ、先輩…」
「泣くんやない……」
いかん、ウチまで泣きそうになるやないか……
「よーし、とにかく帰って宴会や!」
「でも、むつみねーちゃんも、なるねーちゃんも、あのバカもいないんだぜ」
「ええんやええんや。こういうのは当事者がいないから盛り上がるんや!さ、ひなた荘に帰るでー!」
「宴会や宴会や♪」
涙がにじみそうなのを走ってごまかし―――いつも元気なキツネさんらしくないで、自分!
と、それまで泣きじゃくっとったしのぶがポツリとつぶやいた。
「でも、何で先輩合格してるのに逃げ出したんでしょうね…」
「けーたろやからな。どうせまた、なんか勘違いしたんやろ」





「はあ!?試験の最中に妄想してて、残り5分で気付いた!?」
「しかも最後の数問、何書いたか覚えてないんですか……」
「そ、そうです…」

成瀬川とむつみさんが来てから三日。
俺達は砂漠の中の見捨てられた遺跡を探していた。
…ホントは補給に戻って来た瀬田さんに、これ幸いと俺が強引に付いて行ったんだけど。
なぜか成瀬川とむつみさん(さらにニャモちゃん)までもが来ることになって。
「そういえば二人とも、合格発表はいいのかい?」
「大丈夫ですよ。発表は5日くらい貼ってあるんです」
「それに、見るときは3人でって決めてましたから〜」
「うぐっ!」
「そうそう。そんな約束もしてましたね」
「ええ。なんと言っても『友達』ですから」
「はっはっは。こんなに心配してくれる友達がいて、君は幸せだねえ」
「………はい」
「「…………………」」
「コワイ………」
俺がようやく、逃げ出した訳を二人に伝えることができたのは砂漠に出てから三日目のことだった。

「……ったく。あんたホントに救いがたいバカね」
呆れたようなため息と共に、焚き火に手をかざす成瀬川。
この島に来てから着替えたのか、破れたシャツと短いジーンズというラフな格好をしている。
「こんなところまで来てしまう私たちも、馬鹿ですけどね」
同じく焚き火にあたりながら、むつみさん。仮死状態からは脱して、今は普通に歩けるようになっている。
こちらは成瀬川とは対照的に、日差しよけにフード付きマントを羽織っている。
「……ケータロ、バカじゃない………」
小声で俺のことを弁護してくれるニャモちゃん、いい娘だ。
ただし英語の上、俺の後ろに隠れながらだったから二人には聞こえていないだろうけど。
何で俺の後ろに隠れているかというと、人見知りのする彼女が二人を怖がっているからだ(特に成瀬川を)
どうやら、第一印象がまずかったらしい。俺の場合は気絶してたんでよくわからないけど……
「でも、二人とも発掘手伝ってもらってすまないね」
これはスコップを手入れしながら瀬田さん。
昼間はオアシスで発見したカメ遺跡を探索してたから、スコップは所々欠けている。
……いったい何があったかは、後で話そう。

瀬田さん、むつみさん、成瀬川、ニャモちゃん、そして俺。発掘隊はこれで全員だ。
むつみさんや成瀬川が急遽加わったため、荷物持ち用のデカタマは留守番してる。

昨日から俺たちは、偶然(俺が)発見した遺跡を発掘するためにオアシスに逗留している。
瀬田さんが言うに『素晴らしい発見』らしい……もしかしたら、俺って考古学に向いてるのかな?

「はい。もうこうなったら、1週間ぐらいはここで手伝いますよ」
「発掘って、意外と楽しいですからね」
「俺も……しばらくは、ここで働いてようかと思ってます」
「それは助かる……ん、でも良いのかい?」
「何がですか?」
「いや、君たち東大受けたんだよね?」
「はい。合格発表は、キツネさんたちが見てくれると思いますけど」
「なにか、大切なことがあったような気がしたんだけど……忘れてしまったな。まあ、たいした事じゃないだろう、思い出せないってことは」


「そういえば…カオラ、申し込みはどうするの?」
「えっと、むつみが置いてった受験案内によると………ふむふむ。今日が3/10やから、3/15までに受験票と一緒に関係書類を郵送すればええんやな」
「そっか、五日以内か……」
「あいつもとうとう東大生なんだな……」
「なる先輩とむつみさんも……」
「「「「「………………………………」」」」」

「「「え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!?」」」
「?」



ねえ素子ちゃん。
俺はこんなところで何をしているんだろう。
君から逃げ出して、きっと君を傷つけたのに
俺はこんな所で、安穏として夜空を眺めている。
君はこんな俺をどう思うだろうか。
蔑むだろうか。
哀れむだろうか。
少なくとも、俺は自分のことを……好きには、なれない。
こんな、何もない俺を
何の価値もない俺は
何も持っていない俺だから、君から逃げたのかもしれない。
君の傍にいたときは、自分のことを好きになれるかと思ったのだけど
少しは……自分が好きになれた気がしたけど

凍りつくような、月が出ていた。
気高く美しく…どこか寂しそうな、月が出ていた。



3/11 (土)

「あったか!?」
「ダメです!どこにもありません!」
「やっぱなるもむつみも、受験票持ってったんやろな〜」
「そーとー怒ってたもんな、あの二人…」
「くっ……ヤバイで。このままじゃ、3人とも…」
「……行きましょう、キツネさん!」
「?どこいくんや、しのむ」
「先輩達のところにです!」


私はニャモ
ニャモ=ナーモ

私は発掘現場を抜け出して、オアシスの外に来ていた。
あたりは強い日差しに覆われ、乾いた風が微かに吹いている。
すくってもすくっても手の中をすり抜け、逆に肌に火傷を残す焼けた砂。
いくらでも姿を変え、絶対に決まった形を持たない風景。
入り込んだ者の生を許さない、死の砂漠。
私が、生まれてからずっと見てきた場所。
………私自身

乾いた風は私の思考。
強い日差しは何かに対する私の渇望。
焼けた砂は私の中にくすぶる憎悪。
私の中の風景は……何の形も持たない。
何も持たない、何の価値もない私は
この砂漠のように、生きながらにして死んでいるようなものだから

……でも、なぜ私は

手元を見る。
いろいろな文字が書かれた細長い紙と、2枚の小さな写真が貼り付けられた紙。
気絶して打ち上げられていたケータロが、ずっと握り締めていたもの。
目が覚めたとき彼が私の名前の次に聞いたのは、その2枚の紙のことだった。

ねえ、俺の近くにさ。こういう、小さな写真が張ってある紙とか、ちょっと細長い紙とか…
……知らない……』

なぜ私はあの時、とっさに足元にあったこの紙を隠してしまったのだろう。
いや、そもそも私は
なぜ…あの時、波打ち際に倒れている彼を助けたのだろう。
私は、倒れている人に手を差し伸べれるような存在じゃないのに
ずっと、一人でいたのに


遠くで、何か光る物が見えたような気がした。
砂の反射や蜃気楼ではなく、金属質の光が
興味を引かれて、私はそちらの方へ歩いていった。
オアシスを見失うほどの距離でも、ない。

近くまで行ってみると、それが人間であることがわかってきた。
砂漠を旅する者がつける、フードとマントの下で倒れている人間。
生きているか死んでいるかは、ここからではわからない。

――あの写真
一人は、彼。
一人は、ナルセガワ。
一人は、私に良く似た女の子。
そして最後の一人が―――――

そこにいた。

砂の上にばら撒かれた、黒い髪。
握り締めているのは、抜き身の剣。
うつぶせに倒れている女。
―――写真の中にいた女。

私はなぜあの時、彼を助けてしまったんだろう。
そしてなぜ、紙を隠してしまったのだろう。
私は何を求めているのだろう。
こんな、何もない私は


「うう……」

女が身じろぎした。
1週間前と同じ状況。
あの時私は、彼を助けた。
私は、人を助けられるような立派な人間じゃないはずのに
私は―――――――

多分このひとは。
私から彼を奪いに来た。
私をまた一人にさせるために来たのだ。
ああ………そうだ、私は――――

一人ぼっちが、嫌だったんだ………



なあ、浦島。
私はこんな所で何をやっているのだろう。
お前を追って、海を渡って、砂漠を歩いて
辛く、苦しい思いをして
なぜ私は、そこまでお前を追い求めてしまうのだろう。
いつから私は、こんなに弱くなったのだろう。
剣の道に生きると、決めていたはずなのに
あの日、道場を飛び出したときに
………
………
――お前は私を裏切ったのか?
――お前も私を捨てたのか?
……嫌な女だ……
浦島は私の所有物ではないように
私も浦島の所有物ではない
………
………
もっと嫌な考えも浮かんだ。
……以前私は、浦島のことを『姉上に似ている』と思った。
常に正しいわけでもなく、無条件に頼れるわけでもなく、揺ぎ無いとはとても言えないのに
なぜか、姉上に似ていると思った。
浦島を、好きになり始めた頃に。
………本当に私は、浦島『が』好きなのだろうか。
………もしかしたら私は、姉上の『代わり』として浦島を求めたのではないだろうか。
……本当に、嫌な女だ……

月が、見えたような気がした
意識を失う寸前に出ていた、凍りつくような砂漠の月が



3/12 (日)

夜が明けた。
砂漠の彼方から差し込んだ光が、オアシスに濃い陰陽を作り出す。
私は素子ちゃんの額のタオルを取り、水を含ませた別のタオルと交換した。
ぬるくなった水を絞り、傍らの泉に浸す。
何十回と繰り返した動作を、だるくなってきた腕で行う。
素子ちゃんの意識はまだ戻らない。

昨日、ニャモちゃんが砂漠で倒れていた素子ちゃんを見つけてきた。
私達を……いや、景太郎を追ってきたんだ、一人で。
たった一人で、海と砂漠を渡ってきたんだ。
景太郎に会うために……
命を賭けて
私に、そんなことができるだろうか?
もしもあの街で景太郎を見つけれなかったら、私に同じことができただろうか

「わから……ないわよ……」

砂漠をさまよっていた素子ちゃんは、脱水症状と日射病を併発していた。
かなり危ないところだったらしい。

瀬田さんは、薬を買ってくるために車で街に向かった。
今日の昼には帰ってくると言っていた。

ずっと看病をしていた景太郎は、今は眠っている。
素子ちゃんが担ぎ込まれてからずっと看病をしていたのだが、私達が無理に寝かせたのだ。

ニャモちゃんは、いつのまにかどこかに行ってしまっていた。
昨日は、景太郎と一緒に素子ちゃんの看病をしていたのだけれど。
……それともあれは、必死で看病をする景太郎を観察していたのだろうか。
ひどく、印象的な目だった。

むつみさんは……
「なるさん……そろそろ、交代の時間ですよ」
そんなことを言いながら、木陰からむつみさんが姿をあらわした。
私は額に浮いた汗をぬぐってから、むつみさんと場所を交代する。
本当なら、私はしばらく仮眠をとるのだけど……
私は、素子ちゃんを挟んでむつみさんの向かい側に座った。
「もう少し、ここにいます」
「……はい」

二人の…いや、三人の間に風が流れた。
熱く乾いた砂漠の風。
恵みの気配を含んだオアシスの風。
沈黙の風。

意識を失った素子ちゃんの顔を見つめる。
血の気を失い、朝日に照らされた彼女の顔は……人形のように、綺麗だった。
人間ではありえない、完璧な美しさを持っているようにも見えた。
けれど

『なんで……なんでこんな………』

思い出すのは…虚ろに呟いて、それでも看病の手を休めようとしない景太郎の後姿。
あいつにとって、人形の美しさなど何の意味も持たないのだ。
あいつが求めているのは、素子ちゃんの全てなんだから……

「むつみさんは……」
ポツリと、呟く。
むつみさんも、私と同じように素子ちゃんの顔を見つめている……そんな、気がした。
「なんで……こんなところまで、来たんですか?」
それは私に対する問い掛け。
なんで私は、合格発表を放り出してまでこんな島まで来たんだろう。
なんで私は『今は戻りたくない』という景太郎に付き合って発掘なんかしてたんだろう。
なんで私は……その事に、薄暗い喜びを感じてしまったのだろう……

「決まってるじゃないですか」

むつみさんの言葉が、こちらの思考を中断した。
私は、いつしかうつむいて組み合わせた手を見ている自分に気付いた。
左手首の時計を

「浦島君は、私達の大切な人ですから」

な――――――

「なに言ってるんですかむつみさん!」
何を言っているのだろうこの人は。
勢いよく顔をあげた私が見たものは、むつみさんの笑顔。
「大切な人じゃなきゃ、逃げたのに怒って、こんなところまで来ませんよ」
「それはあいつが友達だからです!」
全て解決といわんばかりに胸の前で手を合わせたむつみさんに向かって、私はあのときのことを言った。

『私達……東大に行っても、ずっと友達でいようね……』

言ったのだ、確かに
けれど景太郎は、土壇場になって逃げた。
「そうですよ、私は景太郎と一緒に『友達』として東大に行くって決めたんです。それで景太郎が逃げ出したから怒って…」
そうだ、そもそも私は、景太郎にフラれているんだ。
『ゴメン』と。
思いっきり、痛いほど抱きしめられて。
抱きしめられて……

『俺、成瀬川のこと嫌いじゃないよ……でも、もっと好きな人が、いるんだ…』

「だいたい、景太郎が一番好きなのは素子ちゃんなんです。むつみさんだって知ってるでしょ?」
私達の間で意識を失っている少女を指す。
命を賭けてまで、ひたむきに純粋に景太郎を想う少女。
あの時、景太郎が選んだ少女。

『比べて……選んだんだ………』

その言葉は、私の心を大きく抉った。
親が再婚した時よりも、瀬田先輩が海外に行ってしまったときよりも。
今まで生きてきた中で一番深い傷を、私の心に残した。
私は景太郎に抱きしめられたまま、泣きもせず笑いもしなかった。
ただ、大きく傷つけられた心を抱えてバカみたいに呆けていた。

「だから――――」
「いいじゃないですか」
私の言葉を笑顔でさえぎるむつみさん。
何もかもわかっている、とでもいいたげな笑顔で
「浦島君が素子さんのことを1番好きでも、私達があの人を好きなのは変わりないんですから」
―――それは
「も、素子ちゃんから景太郎を奪うって言うんですか?」
嫌だ、私は
あの時、身勝手な私のことを許してくれた少女を裏切るなんてことは
それに……私は、素子ちゃんには勝てない。
こんなところまで命を賭けて来た、ひたむきに景太郎を想う少女には
こんな、屈折した想いを抱く女では

多分あの時。
景太郎の言葉が私を深く傷つけたあの時。
私の心には、深く深く『浦島景太郎』という存在が刻まれたのだ。
家族のことよりも、瀬田さんのことよりも、深く深く
こんな形で、私は景太郎をかけがえのないものに『してしまった』んだ――――

「私は嫌です!そんな―――――」
そんな――――なんだろう?
素子ちゃんを裏切れないということ?
素子ちゃんには勝てないということ?
それとも
こんな、不幸になるのが決まってる想いが…嫌だということ?
だったら私は
なんて臆病で、自分勝手で、嫌な女なんだろう。

「いいじゃないですか。別に」
私の表情を見て取ったむつみさんが、何時にもまして気楽に続けた。
けれど…私にはなんとなく、彼女がこれ以上ないほど真剣であるような気がした。
その笑顔に、私は怒るよりも先に引き寄せられた。

「どんな理由でも、あなたが浦島君を好きなのは変わりないんですから」
「………」
「どんな『好き』にも…優劣はないんです。あなたは、決して負けてなんかいませんよ」

その、言葉は
いつか素子ちゃんに言われた言葉と似ていた。
『あなたは……私に勝てるのです』
それはきっと、自分に自信のない臆病な少女の過ち。
……私と同じ

だったら私は――――――



「………う………」




唐突にあがったうめき声が、私の言おうとしていた言葉を中断した。

「素子さん―――」
「素子ちゃん―――!」

二人が見つめる中、彼女はうっすらと目を開いた。

「…………………うら……しま……………は…………?」



ケータロは地面の上で寝ている。
私は横に座ってその顔をじっと見つめている。
ケータロが、あの女―――モトコにしていたように
ずっとずっと、何をするでもなくただ見つめて
だんだんと、自分の中へ潜って……ゆく

私には両親がいない
らしい
それは唯一の肉親である祖父が伝えたことで、私は両親の記憶など持ってはいない
だから私は、覚えている限りずっと一人で生きてきた
ずっと

モトコを見たときのケータロは
泣いて
笑って
喜んで
悲しんで
怒って
そして…………なにか。
私にはない感情、私にはわからない表情をして
意識を失った女の名を叫んだ。

もちろん子供が本当の意味で、一人で生きていけるわけもない
私の保護者は祖父だった
けれど彼は考古学者だった
遺跡を探して世界中を飛び回る祖父とは、数ヶ月に1度会えれば良い方だった
この島の遺跡を発掘するときは、連れて行ってもらえる場合もあったけど
ずっと、一人だった

そっと手を伸ばして、ケータロの頬に触れる。
日に焼けた肌は、僅かにざらざらした感触を私に返してくる。
10日前とは違う感触。
温かい………

3年前、私が11歳の時
祖父は行方不明になった
日々の暮らしに必要なお金は変わらず送られてきたけど、あの人が帰ってくることはなかった
私は本当に、一人ぼっちになった
そして気付いた
私は、年に数回しか訪れない祖父を―――その手の温もりを、狂おしく求めていたということに

この人は
私に無いものを―――私が欲するものを全て持っている。
夢も
希望も
心配をしてくれる家族も
帰るべき場所も
――――大切な人も

祖父がいなくなってから、私の生活は変わった
私は考古学者を目指した
それまで学校と家とを往復する毎日だったけど、遺跡発掘を手伝わせてもらうよう頼んで回った
余った生活費を使って本を買い、独学で学んだ
もちろん子供だから、やれることは本当に限られていたけど
今年で3年……他のことは何も考えずに、目指して来た
――――――考古学者になれば、祖父を探しにいけると思ったから

不意に私は、ケータロの頬を撫でる手を止めた。
たくさんの人が騒ぐ気配が、オアシスの向こう側から伝わってくる。
ナルセガワとムツミとモトコがいる方向。
よく見てみると、セタが誰かを連れて帰ってきたみたいだ。
知らない人は苦手………
私はケータロを目が覚めるくらいまで揺すってから、オアシスの奥へそっと向かった。

少し、一人で考えたかった。



「な、なんでキツネ達がこんなところにいるのよ!」
ウチらの姿を見るなり、なるが叫んだ。
おお、驚いとる驚いとる。こんなところまで来た甲斐があったな。
横で半身を起こした素子も驚愕の表情や。意識が戻らんとか聞いとったけど、何とか大丈夫みたいやな。
その横のむつみは、表情がよう分からん。

ああ、そうそう。なるの質問に答えとらんかったな。
うちらは昨日この島に着いたんや。
ちなみに飛行機代は殆どウチが出した。泣けるで、ホンマ。
で、とりあえず宿を探してるときに、瀬田とばったり会ったんや。
『あれ?こんなところで会うなんて奇遇だね、みんな』
てなことをほざいとる瀬田に突っ込んでから、ウチらは車に乗せてもらったんや。
あ、ちなみに『ウチら』ってのは、ウチとサラとスゥとしのぶや。セリフがないのは、回想シーンだからやで。

とゆーわけで……
「モトコ、久しぶりやなー!」
病み上がりのモトコに何の遠慮もなく飛びついとるスゥ……実は寂しかったんやな。
「なるねーちゃん、カメねーちゃん、やっと見つけたぞ!」
なるとむつみの周りをぐるぐる回るサラ……ま、確かにこんな所まで来たんやからな。
「なる先輩、むつみさん、浦島先輩!合格ですよ!!」
飛び出したしのぶは思いっきり叫んだ……にしても、ケータロがこの場にいないことに気付いとるんやろか?
「ま、そういうわけや」
最後にウチがにっと笑って、呆然としとるなるの頭を叩いた。

「ほ……ほんと?」
「ホンマや」
「マジだぜ」
「ほんとですぅ」
「みたいですね」
「そうそう……って、姉ちゃんも驚いてくれんと張り合いがないで」
「あら…これでも驚いてるんですけどね……」
「や・………」
「「「「「ん?」」」」」
「やったやった―――――!景太郎!私やったよ――――――!!!!!!!!」
「え?どうしたの成瀬川…うわあ!」
「センパーイ!!やりましたよ!合格で――す!!」
「し、しのぶちゃんがなんでここに…おぐっ!」
「ハハハハ!ケータロも久しぶりやな――!」
「ごーかく!ごーかく!」
「あははははは……みんな、ありがとうございます」
「よっしゃ――!今日はこれから宴会や―――!」
「「「「「お―――――――!」」」」」

「…そうか、合格か……良かったな、浦島……」
それまで薄ぼんやりした目をしとったモトコも、ケータロを見てふっと呟いた。

と、それまでみんなに振り回されとったケータロが、ポツリと

「でも……俺、受験票なくしちゃったんだけど……」













































「「「「なにいいいいいいいいいいいいい!!??」」」」


「やれやれ、こんなところでパンクするとはね。スペアがまだ残っててよかったよ……あれ、君達どうしたんだい?合格のことは伝えたんだろう?……おーい、ちょっと、固まってないで返事くらいしてくれないかな……あ、浦島君、いったいみんなどうしちゃったのかな。様子が変なんだけど……おや、どこ行くんだい?」
「……ちょっと、一人になってきます……」



私は遺跡の中にいた。
石で組み上げられ、悠久の時を誰にも会うことなく過ごしてきた領域。
穴が開いた天井から、砂がサラサラと流れ落ちていく。
流れ落ちた砂は、この場には不釣合いなジープの横を流れ、谷を埋めていく。
数年前までは数百mもの深さがあった谷は、数mにまでその深さを減じていた。
私はその谷底で膝を抱えて、流れ落ちる砂を見つめていた。

私は、祖父と一緒にこの遺跡に来たことがあった。
だから、セタ達の発掘には加わらなかった……なんとなく、思い出の場所を汚されているような気がして
けれど…
この場所も変わっていた。
悠久の昔から変わらないように見えるこの遺跡も……私の記憶とは違っていた。
そんな場所に私は座って、考えていた。

私も……変わることができるのだろうか。
こんな、何もない私が
ずっと、一人ぼっちでいる私も
変わることができるのだろうか……

背後で足音が聞こえた。


俺はみんなの(固まって)いる所から離れて、オアシスをふらふらと歩いていた。
情けなかった
自分が
悲しかった
みんなの期待に答えられない自分が
ますます、嫌いになった
あの娘の努力を無駄にしてしまった自分を

いつもいつも何もできない、自分自身を

いつのまにか俺は遺跡の中を歩いていた。
1昨日まで発掘をしていた場所。
あの時は、こんなことになるなんて思ってもみなかった。
………いや、もしかしたら俺は『こんなこと』から逃げたかったのかもしれない。
だからあの時、あの娘のところから逃げ出したんだ。
けれど彼女達は……あの娘は俺を追ってきてしまった。
もう逃げることはできない。

けれど…………俺は何をすれば良いのだろう。
こんな、何もない俺が。
ずっと―――君という存在ができるまで、一人でいた俺に。
何ができるのだろう……

俺は、そこにうずくまる少女を見つけた。


私は自問する。
何故、この人は私のところに現れたのだろう。
十日前、私の前で死にかけていた人。
私に、一人ぼっちであることを気付かせた人。
私に、孤独の意味を教えた人。

なぜ……ここに、きたの……?

私はなかば独り言のように、背後の人に問い掛けた。
なぜ、この人は私の前に現れたのだろう。
いまさらになって。
私が孤独に慣れてしまってから
いちばん、いちばん寂しい時には現れてくれなかったのに
孤独を少しでも紛らわそうと、何も考えずに目標に向かっていた私の前に
私の欲しいもの全てを持っているあなたが
温もりを、傍にいてくれる存在を渇望していた私の前に


なぜ……ここに、きたの……?

俺の前で砂の上にうずくまる少女の、かすれるような問い掛け。
砂の流れ落ちる僅かな音にまぎれてしまいそうな小さな声だったけれど、それは確かに俺の耳に届いた。
なぜ、俺はこんなところまで来てしまったのだろう。
そのせいであの娘は、日射病と脱水症状を起こして死にかけた。
俺が、やったようなものだ。
俺が、素子ちゃんを殺しかけたんだ。
でも、もしかしたら俺は……

大切なものを、確かめたかったから……

だからあの時
気絶した彼女と再会した俺は
彼女が死にかけていることに泣いて
自分の不甲斐なさを笑って
こんな地の果てで再開できたことに喜んで
彼女に合わせる顔がないと悲しんで
こんな危険なところに、死にかけてまで来た彼女に怒って
そして……
その時俺は確かに、素子ちゃんに対して焼けるような愛おしさを感じていた。
こんな危険なところに、死にかけてまで来てくれた彼女に対して。
俺のことを想ってくれている少女がいること。
俺は……いつのまにか、自己嫌悪から解放されていたんだ。
あの娘の傍にいるとわかった、あの時から。

その時…

ア……ア……
「え…?」
アア……アアアア………

突然涙を流しだしたニャモちゃんに対して、俺は呆然とすることしかできなかった。
目を見開いたまま、不思議なものでも見るように涙をぬぐう少女は。
なにかを握り締めた左手を胸の前に持ってきて、自らの胸に押し付けた。

わた…ワタシ……私は………


私は……私には、なぜ大切な人がいないの?

あれ?
なんだろう、これは。
私の目から流れ出しているこの水は、なんだろう。
こんなものは、初めて見る。

何故、私には帰りを待っていてくれる人がいないの?

なんだろう。誰かがなにか言っている。
これは……私だ。
私がなにかをケータロに言っているんだ。

あなたは、私にないものを全部持っている!それなのに……

何故だろう。
こんなこと言うつもりなんか、ないのに。
こんなこと、誰にも言うつもりはなかったのに。

ナゼ私は、ケータロのことを嫌いになれないの…?

私はこの人を憎んでいる。
嫉んでいる。
そして……渇望している。

なぜあなたは、そんなに悲しそうなの……?

あの時、モトコと再開した時のケータロの表情。
はじめて見た……なにかの感情の発露。
私にはわからない。
私が持っていない感情。
ただ、それは『悲しみ』に近いものだと思った。

私には何もない………

夢も
希望も
帰りを待っていてくれる家族も
命を賭けれるほどの大切な存在も
心も

もう………一人はイヤ……





――――――――――――――――――――――――――――――――――――





俺も………そうだよ

ずっと一人でいて、傍に誰も……誰もいなくて

いつのまにか、自分のことがすっかり嫌いになっていて

俺も、そうだったんだ……でも

今は、そうじゃない。自分のことを、好きになれそうなんだ

今の俺には、あの娘がいるから………

そして少しだけ迷って、俺は
彼女が胸の前で握り締めている拳を、ゆっくりと両手で包んだ。
この行為は、あの娘への裏切りになるのかもしれないけど
この、孤独感に打ちひしがれた少女を安心させたかった。
ひなた荘にくる前の俺のように、孤独に慣れてしまっていた少女を

「自分のことを、嫌いにならないで……」

それは同時に、俺自身にも向けられた言葉

今は……君の傍に、俺がいるから…………


哀しいときは、泣いてもいいんだよ……




アアアア……アア…ア………

水が流れていた。
ほんの少しずつ、けれど途切れることなく。
水滴が、砂に染み込んでいく。
私の中の砂漠に、水が染み込んでいく……

目から出る水は『涙』
『涙』は悲しいときに出ると、知識として知っていた。
けれどこの『涙』はそれだけじゃない。
『涙』を流すたびに、少しずつ少しずつ体が軽くなっていく。
雨が降った後の砂漠のように、様々なものが芽吹いていく。
初めて知るそれを、私は表現する方法を知らない。
けれどそれはきっと、ケータロが持っているのと同じものだと思う。

いつか…いつかさ……ひなた荘にきなよ。きっと、君も自分が好きになれるから……

痛いほど握り締めていた、私の拳が緩んだ。
ずっと張り詰めていた、心の壁が緩んだ。
そして
そして…

彼をここに縛り付けていた私の我侭が、二人の手の中からすり抜けた――――――――



私はもう一度、辺りを見回した。

見慣れない場所。
少なくとも、意識を失う前までさまよっていた砂漠ではない。
木々の緑と砂の灰色と水の青が混じったその場所は……オアシスのようだ。
そして見慣れた人々。

すぐそこで、真っ白になってへたり込んでいるのはしのぶだ。
サラも脱力したのか、その隣で大の字になって空を見上げている。
スゥはそんな二人を真似て座っているが、そのうち痺れを切らして駆け回るだろう。
なる先輩とむつみさんは、荷物の確認をしている。
先ほどから、何かを小声で言い合っているようだ。
キツネさんは瀬田さんと、街に戻るための相談をしている。
先ほど聞いたのだが、受験票がないと合格手続きができないらしい。
しかし、浦島は受験票をなくしてしまった。
つまり手続きできない。
ならば、なる先輩とむつみさんだけでも、日本に帰さないといけない。
そして浦島はまた東大に落ちる。

けれど私は……

そこで、気付く。
砂を蹴る音。
誰かがこちらへ走ってくる音。
半身を砂の上に横たえている私は、その音に皆より早く気付くことができた。
足音が聞こえてくる方向は……
いや、もう気配だけでわかる。
浦島だ。

「はあ、はあ、はあ……素子ちゃん……」
私の前まで駆けてきた浦島は、吐く息も荒いまま私を見つめた。
私は地面に座り込んだまま、じっと見つめ返す。
「素子ちゃん、その……」
浦島が、左手でズボンのポケットをまさぐった。
ちなみに右手は、先ほどから何か紙切れのようなものを握り締めていてふさがっている。
「これ………」
そういって差し出したのは一本のシャープペン。
海水に浸かり、砂に晒され、ボロボロになった私のシャープペン。
それが、私の目の前に差し出された。
「……本当に、ありがとう………」
その感謝の言葉は
ただ、シャープペンのことだけを言っているのではなかった。
もっと、もっと大事なことを言っているように思えた。
浦島はこの事を言うのに、どれだけの勇気を振り絞ってきたのだろう。
だから私は手を伸ばして

差し出された浦島の手首をつかんだ。

「ふんっ!」
ゴガッ!!
「………!」

浦島の体を思いっきり引っ張って、半身を起こした状態から私は体を引き上げた。
私の頭突きを顎に食らった浦島が、言葉もなく仰け反り倒れた。
逆に私は、反動によって両の足で立っていた……まあ少しふらついたが

浦島がやってきた方向からこちらを伺っていた見知らぬ少女が、こちらに慌てて駆け寄ってくるのが視界の端で確認できた。
他の皆は唖然としている。
特に……なる先輩が、ひどいショックを受けているように見えるのは気のせいだろうか。
まあ……どうでもいい。

多分私は、薄情な女なのだろう。
浦島が東大に落ちようが、別にかまわないと思っているのだから。
本当に、どちらでもいいのだ。
こいつは『東大に落ちたら会わせる顔がない』とか思って、逃げ出したのだろうが。
私には、浦島が東大生になろうが浪人を続けようが、大して違いはないのだ。
今の私にとって『東大生』という肩書きなど、何の意味も持たないのだから。

合格しようと落ちようと、浦島は、浦島のままだから

私はふらつく足を抑えて、必死で立っている。
いや、待っている。
脱水症状と日射病を併発していた体は、急に立ち上がった私に悲鳴をあげていた。
意識は既に気持ち悪いを通り越し、気絶寸前まで行っていた。
それでも私は立っていた。
まだだ……
まだだ……
まだ……倒れるな……

すっと、体が楽になる感覚。
私の歪んだ視界の中で
私の体を支えた浦島が、泣き笑いの表情を浮かべた―――ような気がした。

待っていたものがようやく訪れて
私は安心して、眠りに落ちることができた。

―――もう、あまり私を心配させないでくれよ、浦島―――




3/13(月)

「………ねえ、むつみさん」
「はい、なんですか?」
「郵送でいいって、知ってたんですか?」
「はい。素子さんはまだ動かせないですし、浦島君の分は私たちが出しておけばいいでしょう?」
「ええ……だから今、瀬田さんの車で街に向かってるんですけどね……」
「なら、いいじゃないですか」

何か石でもふんずけたのか、がたんと車体が揺れた。
別にバンには3人しか乗っていなかったし、弾みでドアが開くようなこともなかったけど。

「……むつみさんは、もしも景太郎の受験票が見つからなかったら、どうしてたんですか?」
「捨てますよ、受験票」
「……やっぱり、そのつもりだったんですか」
「はい。3人一緒に入らないと、意味がないですよ」
「むつみさんは、どうしてそこまで…?」
「もちろん、浦島君のことが好きだからに決まってます」
「……私は………」
「ねえ、なるさん。あなたも浦島君にこと好きですよね?」
「私のは………そんな、綺麗なものじゃないです……」
「なるさん……言った筈ですよ。どんな『好き』にも優劣はないって……」
「でも…」
「それに、もし仮にあるとしても……素子さんだって、ただ純粋に浦島君を想ってるわけじゃないんですよ……」

そうだ……
あの時、素子ちゃんは景太郎を殴り倒して。
それでも、立ち上がって体を支えてくれた景太郎に安心して、気を失った。
……素子ちゃんは、ただ純粋に景太郎のことを想っていると考えていた。
私の歪んだ愛なんか、跳ね除けてしまうくらいひたむきに
でも違った。
彼女だって、私と同じように様々なことに悩んで、色々な未来に怯えている。
私と同じなら……確かに、優劣は、ない。

ぐらりと、心が揺れた

「だ、大体!私はイヤです!」
「何がですか?」
「素子ちゃんが、どれだけ景太郎のことを必要としてるか、むつみさんだって知ってるでしょ!?」
「はい」
「だったら!」
「別にいいじゃないですか」

何が良いと言うのだろう。
景太郎は一人しかいない。
対して私たちは3人だ。
どう考えたって、奪わないで済むとは思えない。
などと思っていたら……

「みんな一緒に、浦島君に可愛がってもらえば」

「な、何言ってるんですかぁ!!!」
「おーい、二人とも、もうすぐ街につくよ……あれ、何でなるちゃん暴れてるのかな?こんな狭いところで拳を振り回すのは危ないと思うけど……もしかして、バーサークモードかい?困ったな、僕は運転しないといけないし……おや、むつみ君は幽体離脱なんかできるのか。多芸だね………」







エピローグ


3/28(火)

そして今、私はここにいる。

ひなた荘に

「でもさー、ほんとにしのぶに似てるよな」
「さては、しのむの偽者やな!」
―――私の周りを二人してぐるぐる回っているのはスゥとサラ。

「やっぱ、覗かれたり不幸になったりの人生なんか?」
―――私に向かってひとさし指を立てて笑っているのがキツネ。

「わ、私そんな人生送ってません!」
―――両手を挙げてキツネ達に抗議している、私にそっくりの少女はシノム。

「……どういうこと?」
―――青筋を立ててケータロを睨んでいるのはナルセガワ。

「………どういうことでしょう?」
―――笑顔をたたえてケータロを睨んでいるのはムツミ。

「………どういうことだ?」
―――無表情でケータロのむなぐらを掴んでいるのはモトコ。

そして……

「ニャモちゃん、ここに住みたいんだって。身元引受人は瀬田さんがなってくれたそうだよ。家族もいないそうだし、むしろ俺としては……って、あれ?どうしたの3人とも?特に成瀬川、そんな恐い顔して………ってちょっ、まっ……!!!」
―――私を理解し、傍にいてくれると言ったケータロ。

今、私はここにいる。
誰でもなく、私自身の意志で。
それまで何も望まなかった、私の最初の1歩。


「まっ、それじゃ恒例のあれやろか」
「そうですよ、ニャモちゃんもここに住むんですから」
「おーい、なるやん、むつみ、モトコ―!」
「いつまでもやってないで、こっち来いよ!」
「まあ……そうよね。別にこの娘は悪くないわけだし……」
「ニャモちゃんみたいな良い娘なら、私は大歓迎ですよ」
「私たちにとっては、命の恩人も同然ですしね」
「……それじゃあ俺はなんで、殴られて蹴られて首締められたんだろう…?」
「知らない」「知りません」「知らんな」
「それじゃ、行くで。いっせーのーで」


 

「「「「「「「ようこそ、ひなた荘へ!」」」」」」」



FIN

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