If………
もしも………
それは、あったかもしれないこと…
あるかもしれないという願望…
あるいは………夢




 ラブひなEX

If もしも………ver可奈子





景太郎side

覚醒


「あ……れ……?」
目を開けると、そこには見慣れた机。
開きっぱなしの高校の教科書。
俺の部屋。
そう、18年間過ごしてきた俺の部屋。
そうだ……俺は、明日出す宿題をしようとしていて……
とっさに時計を見ると、午前3時。
いつから眠っていたのかはわからないけど……もう、間に合いそうにない。
諦めて、俺は着替えもせずにベットに入った。
明日、誰かに写させてもらおう。


………夢、だったんだな
ひなた荘も
むつみさんも
素子ちゃんも
しのぶちゃんも
スゥちゃんも
キツネさんも
サラちゃんも
はるかさんも
瀬田さんも
ニャモちゃんも
…成瀬川も
そして………約束も

一炊の夢
そんな言葉が浮かんだ
少しだけ……涙が出た




浦島景太郎……それが俺の名前。
高校3年生……東大を目指しているわけじゃない。
俺は…そんな約束はしていない。
だから高校卒業後は、本格的に家業を継ぐための修行を始める事になる。
ずっとそういう風に言われてきたから、そのことが当然だと思っていた。
でも……不意に、気付いた。
俺には………自分の、夢がないという事に。



どんなに悩んでいても、どれだけ涙を流しても朝は来る。
少しだけまどろんでいた俺は、体を小さく揺すられて目を覚ました。
目を開けて見るとベットの横に制服を着た女の子の姿。
「朝です……兄さん。食事ができてますよ」
妹の可奈子だ。
どうやらいつまでたっても起きてこない俺を起こしに来てくれたらしい。
「ふああ……おはよう、可奈子」
「おはようございます」
制服のまま寝ていた俺は、そのまま起き上がって鞄を掴む。
「兄さん、行儀悪いですよ」
そんな事を言いながら、可奈子が皺になった部分をぴんと伸ばしてくれた。



別に、走らなければ間に合わないという時間でもないので可奈子と一緒にのんびりと登校する。
その間特に会話はないけど、別に仲が悪いと言うわけじゃない。
それどころか、この年頃の兄妹としてはかなり仲がいいほうだと思う。
ただ、可奈子はあまりおしゃべりではなく、俺は夢の事を考えていたから。

夢の中の俺は………『目標』があった。
目指すものがあった。
『夢』があった。
夢は自分の願望を映す……まさしく、その通りなんだろう。
ただなんとなく生きている俺は。
人に自慢できるものなど何もない俺には。
自分が好きになれない俺だから。



「兄さん………大丈夫ですか?」
可奈子の心配そうな声で我に返った。
どうやら顔に出てたらしく、可奈子が(若干)こちらを気遣うような表情を見せている。
可奈子はあまり表情を顔に出したりしないほうだから、これはかなり心配させてしまったな。
「ああ、大丈夫だよ」
取り繕ったような笑顔なんだろうな、と思いながらも俺は可奈子を安心させるために笑顔を作る。
それでも可奈子は安心した様子を見せない。
……こちらの表情を見抜いているのかもしれない。生まれた時からの付き合いなのだから充分ありうることだ。
「ただちょっと、今朝の夢の事を考えてただけだよ」
「夢…ですか?」
「ああ。長い長い………夢」
細部まで鮮明に、覚えている。
そして、幸せな、夢……だった。





可奈子side

「ああ。長い長い………夢」
それだけ言って兄が黙り込んでしまったので、私は改めて隣の人の顔を覗き込んだ。
見慣れた顔が見慣れない表情で何かを考え込んでいる。
……夢、と兄は言った。
その夢の事を、ずっと考えているのだろうか。
その夢は、今隣にいる私より―――――
「おはよう、可奈ちゃん!……ついでに景太郎も」
その時後ろから声をかけられて、私は思考を中断させた。
振り向くと、兄の友人の灰谷さんがこちらに手を振っていた。
「おはようございます」
「……おはよう」
「なんだなんだ景太郎。今日はまたずいぶんと景気が悪いな」
灰谷さんは兄の背中をぽんぽんと叩いて笑顔を見せた。
彼は、人と話すときはいつもオーバーアクションで明るく話す。
時々それがわずらわしい時もあるけど……今はとてもありがたかった。
兄との間にあった気まずい雰囲気が飛んでいったようで。
「お前、隣歩いてる可奈ちゃんに失礼だろうが」
「…灰谷さん」
前言撤回。睨みつけると灰谷さんは慌てて口をつぐんだ。
ただ、眼鏡の奥の目は笑っていたけど。
……今のは私が悪いだろう。灰谷さんなりに兄を元気付けてくれたのだ。
兄は少しだけ、心から笑ってくれた。


「なあ、灰谷」
兄がポツリと声を出したのは、灰谷さんの世間話が一段落ついたときだった。
私たちと一緒に歩きながら、灰谷さんが先を促した。
「あのさ……夢とか、ある?」
兄のその問いは、さして不自然なものではなかった。
二人は3年生で、進路の事を考えなければいけないのだから。
「ん?それって進路相談の内容か?」
それなら、私に聞けなかった事も説明がつく。
私はまだ1年生だから………仕方ない。
それが少し寂しかった。
「いや、そういうのじゃなくて………何か、やりたいことでいいんだ」
けれど、それも違うようだった。
兄の聞きたいのは……本当に、個人的な『夢』のようだ。
「それなら決まってる」
灰谷さんが自身満々で言った。
「可愛い娘を見つけてお嫁さんにすることだ!」
いや、叫んだ。朝の通学路のど真ん中で。
とりあえず私は、少し離れて他人のふりをする事にした。
「男として生まれて、それ以上の夢があろうか!?いや、ない!ついでに言うと料理が上手で一緒にいて楽しい娘ならなおのこと良し!」
「灰谷さんも、あれさえなければいい人なんですけどね……」
私はしみじみと、同じく隣で他人のふりをしている兄に話し掛けた。
「いや、夢があるっていうのはいいことだよ」
兄はいつもの通り、とぼけた笑顔でボケた事を言っていたけど。
なんだか少し、羨ましがっているようにも見えた。





景太郎side

落ちついた灰谷と一緒に教室に入ったのは、始業5分前だった。
教室は、おしゃべりをしている生徒達のせいで騒がしい。
「おはよう、二人とも」
「ああ」
「おはよう、白井」
既に机に座ってノートを広げている白井に挨拶を返す。
……って、何やってるのかと思ったら今日提出の課題じゃないか。
灰谷が何かを思い出したかのように手を叩いた。
「そういやそんなものもあったな…」
「一時間目だよ……ちなみに俺はもう終わってる」
「げっ!白井、写させてくれっ!」
「昼飯奢れよ」
「OK!」
いつものことなので、白井も灰谷も慣れた様子でページを写していく。
そういえば……
「そうだ!俺も宿題やってなかったんだ…」
「君が?珍しい事もあるもんだな……教師が来るまで時間がないから、早くしなよ」
「ありがと……今度何か奢るよ」
「しかし……浦島君が課題を忘れてくるなんて珍しいね。いつもだったら、例え間違いだらけでも一応やってくるのに」
「間違いだらけは余計だろ?」
「灰谷君、まったくやってこない人に比べれば100倍マシだ」
「ぬ、ぬわにぃ!」
「……確かに、言い方が悪かったな。浦島君の努力を称えたつもりだったんだが……」
「……ありがとう」
俺はちょっと苦笑いで白井に礼を言った。
でも……本当は、そんなに偉いものじゃないんだよ。
君みたいに、前日に完璧にやっておいて友人に見せてあげるわけでもなく。
灰谷みたいに、いろいろ忙しくて時間が取れないわけでもない。
ただの惰性で授業を受け、課題をやっているに過ぎないんだ。
惰性で生きているに…過ぎない。



「なあ、白井は……夢とか、ある?」
俺が白井にもそう聞いたのは、昼休みに屋上で食事をとっている時だった。
白井は咀嚼していたアンパンを飲み込んでから一言。
「無いよ」
「そんなこと、偉そうに言うなって」
これはカフェオレを片手に持った灰谷のつっこみ。
けど、それは俺も同感だった。
何故白井は、夢がない事をこんなに堂々と言えるのだろうか。
俺の疑問に気付いたのか、白井はアンパンの残りを飲み込んでから補足した。
「俺たちは高校生だ。これからなんにでもなれる立場にある……そうだよな?教師達は進路だ何だと言っているけど、人間の寿命に比べれば18なんてまだ駆け出しだ。もっとゆとりを持たなければいけない…今すぐ決めなきゃいけないことでもないし、夢なんて見つけようと思って見つかるもんじゃない」
長広舌を披露した白井は、牛乳の残りを飲み干した。多分に照れ隠しも入ってたんじゃないんだろうか。
俺はちょっと悪戯心を出して白井の言葉を補足した。
「要するに『夢なんてそのうち見つかる』ってことだね」
「ま、そういうこと」
「なんだよ、始めっからそう言えよな……」
けどやっぱり、白井もしっかりとした考えをもってるんだな。
それでこそ白井だとも言えるけど。
俺は気を取り直して、白井にもう一つの質問をした。
あの夢に関係する、こと。
「なあ、もしも俺が……」





可奈子side

放課後、私は部活を終えて兄の教室に向かっていた。
もう外は暗い。学校にはもうほとんど人は残っていなかった。
別に約束しているわけじゃないので、兄もおそらく帰ってしまっているだろう。
しかし兄は、たまにこんな時間まで教室に残っている。何をするでもなく、物思いにふけっている時があるのだ。
そんなボケた兄を放っておくとそのまま校舎に閉じ込められそうなので、私は帰る前に兄の教室を覗いておくようにしていた。
…それに今日の兄はどこかおかしかった。できれば少し話したい。
でも、鞄を携えて教室に踏み込んでいた私を待っていたのは……
「やあ、可奈子君。必然だね」
ただ1人、椅子に座っている白井さんだった。

私はどうもこの人が苦手だ。
理路整然とした理屈のみで生きている印象ががある。
私は、この人が動揺したり取り乱した所を見たことがない。
常に冷静………もしかしたら、私も同じように見られているのかもしれない…
まあ、それはともかくとして。
「必然、ですか………私を待っていたんですね」
逆にいうと、白井さんが無駄な事をする可能性はきわめて低い。
だから私は少し話をしていく事にした。
「うん。少し君に言うべき事と……聞きたいことがあったんでね」
「……なんですか?」
「まあ、言うべき事から言おう」
白井さんは目を閉じて椅子に深く座りなおした。
その仕草は老人のような印象を私に与えた。兄と同年代のはずの彼が、ずいぶんと老けて見えた。
私もずっと立っているわけにも行かないので、白井さんの前の席を借りてそこに座った。
「今日、浦島君がおかしな事を言い出した」
「はい。夢のことですね」
「それは別におかしなことじゃない。ただ、その後に俺は……進学について聞かれた」
「進学?」
兄はウチの家業を継ぐはずだ。
家族はずっとそのつもりだったし、兄だってその事を承知しているはずなのに。
なのに突然?
「なんで…?」
我知らず声を出していたようで、白井さんが私のほうをじっと見詰めてきた。
「さあ……全ては推測にしかならないよ。本人に聞く以外に知る術はない」
「兄に……」
私は立ち上がった。
この時間なら……兄は家に帰っているはず。
今すぐ私も家に帰るつもりだった。
けれど、白井さんの言葉が私の動きを止めた。
「浦島君なら東大に向かったよ」
「え…?」
とう………だい………?
立ち上がりかけていた私は、再び椅子にへたり込んでしまう。
それほど、その言葉にはショックがあった。
「な…んで…?」
「昼に浦島君が聞いてきたのが、『東大にいけるかどうか』という質問だったからね」
兄は……東大に、行きたいのだろうか?
いや、私にとって重要なのはそのことじゃない。
その結果、どうなるか……なんだ……
私は…


「私……兄の所に行きます……」
やはり、今私ができるのはそれしかない。
散々な心理状態ながらも、私はもう一度立ち上がった。
「そうか。ならこれを持っていくといい」
そう言って白井さんが机の上に出したのは、数枚の紙幣と携帯電話だった。
「運賃だ。タクシーを使うといい。それと、その携帯を持っていれば灰谷君が連絡をくれる。彼は浦島君といっしょに行動しているはずだ」
………私は、目の前に座る白井さんに底知れないものを感じ始めていた。
この人はどこまで予測しているのだろう?
この人はどこまで知っているのだろう?
………私の、想いを。
「……ありがとうございます」
けれど、今は素直に感謝しておく。
これで、兄を追いかけることができるのも事実だから。
携帯電話とお金を鞄に入れる。
そして教室を後にしようとする私に、もう1度白井さんの声がかかった。

「最後にこれは好奇心だが……君と浦島君は血が繋がっているそうだね」
「はい、そうです」
「……どうも解せないな。義理の兄妹ならともかく……」
「私は……あの人の妹として生まれた事を、感謝こそすれ恨んだことなど1度もありませんよ」
「ふむ…?」
「私は妹であり……女でもありますから」
「……やはり、人間関係の中でも恋愛というのは難しいようだな」
「白井さんも、愛する人ができればわかります」
「………まいった」
「それでは」
「ああ。浦島君をよろしくな」





景太郎side

東大に行こうと思ったのは、別に何か目的があるわけじゃなくて発作的なものだった。
そんな無茶に、灰谷は付き合ってくれた。感謝してる。
「いや、俺は東大でナンパというのもいいかなと思ってな」
そんな事を言っても、制服姿のままでそれはないと思うけどね。

電車に乗っている間、昼休みに交わした白井との会話を思い出していた。
「はっきり言って、君の今の成績では難しいだろう」
それは自分でもよく理解していた。
勉強ダメ、スポーツダメの俺では、東大なんか夢のまた夢だということは。
それであんな夢を見たとは……言いえて妙かもしれない。
落ち込んだ俺をフォローするかのように白井が続ける……もっとも、口調はいつも通りの淡々としたものだったけど。
「だがまあ、何事も努力次第だ。家庭教師くらいなら、俺が引き受けてもいいよ」
「そういやお前、中学の頃はやたらと成績良かったよな」
「そうだったね……でも、今の成績はあんまり良くなかったと思うけど。大体中の下くらいじゃなかったかな?」
「…鋭いね、浦島君」
「変だよなー。初めて会った時は、マジで学年上位だったはずなのに……何でこんな高校にいるんだ、お前?」
「さあ……もしかしたら、君達と会ったせいで馬鹿が感染ったのかもしれないな」
「なんだとこらー!」
俺は、灰谷が白井にヘッドロックをするのを見ながら笑っていた。
さすがに、白井の顔色が赤を通り越して青くなってきた時は止めたけど。
それでも表情を変えないところはさすがだな、と思った。



そして今、俺は東大に来ていた。
べしゃ
……そして足元の段差に気付かずに転んでいた。
「おい、大丈夫か?」
「………痛い」
「前から思ってたけどさ……お前ってやっぱりボケキャラだろ」
灰谷の声を無視して立ち上がり、もう1度見上げる。
東大。
夢の中の俺が、目指していたもの。

「それじゃ、俺は女の子捜すから。俺を待ってなくても勝手に帰っていいからな」
「ああ」
「あと、あんまりここから動かないほうがいい。話がややこしくなる」
「え?」
「まあとにかくここから動くな。じゃな」
念を入れてから、灰谷はどこかへ行ってしまった……けど、俺もここから先に行くつもりはなかった。
あたりはもう暗くなっている。人影も少ない。
いや、この広場には俺しかいなかった。
すっ、と手をかざすと、夢の中の1部分が浮かび上がった。
――クリスマスの日、雪の中、ただ1人佇む男。手を伸ばした先にあるのは誰もいない東大――
かざした腕は制服に包まれていた。

もしも俺が、今から東大を目指したら……あの夢のように生きられるだろうか。
浪人して、それでも目指すのをやめないで、家を追い出されて、そして……
今日はずっとそれを考えていた。
そしてここに来て、ようやくはっきりさせることができた。

答えは………否、だ。

ここは俺が夢の中で見た東大じゃない。
そして何より約束の女の子は……成瀬川は、いない。

そんな当たり前の事を確認するためだけに、こんな所まで来てしまった。
やはり俺はバカみたいだった。
ぴゅう、と風が吹いた。

その時
聞きなれた、けれど決して聞こえるはずのない声が……聞こえた


「お兄ちゃん!」


振り向くとそこに可奈子が立っていた
どうしてここがわかった?
何故こんな所まで?
疑問は口に出すことはできなかった
なぜなら

「お兄ちゃん!」

可奈子がこちらに駆けて来たから
そして





べちゃ




……段差につまずいて転んだから



「………」
「………」
痛いほどの沈黙。
可奈子は動かない。
表情は、思いっきり顔面からイッてるので見えない。

「……うっ……ううっ………」

すすり泣きを始めた可奈子を起こすために近寄りながら、俺はもう一つの事に気付いていた。


東大を目指すことは……可奈子を捨てる事になるんだな……





可奈子side

「兄さん、重くない?」
「全然大丈夫。これでも男だから」
私を背負う兄の声は、少し強がっているのがバレバレで。
足を強く打ってしまって歩けない私は、先ほどから兄におんぶをされて駅に向かっていた。
私に電話で、兄のいる場所を教えてくれた灰谷さんはいない。先に帰ってしまったらしい。
でもそれは、私たちに話をする時間をくれたということだろう。感謝をしなければならない。
「ねえ、兄さん」
だから私は兄に聞く事にした。
「どこかに……いっちゃうの?」
数瞬の沈黙。そして

「どこにも行かないよ……ずっと、可奈子の傍にいる」

私は………
私は兄の首に回した腕に力をこめた。
顔を兄の肩にうずめるように押し付ける。
そして………
誰にも―――兄にも聞こえないような小声で、そっと、そっと囁いた。


(愛してます、お兄ちゃん)



ねえ、兄さん
私、兄さんの妹として生まれてほんとに良かったよ
だってそうすれば
兄さんと一緒に遊んで、一緒に登校して、同じ食卓を囲んで、朝一番に会って、おやすみの挨拶をして、家業を継いだ兄さんを手伝うために私も家に残って………
生まれてからずっと……一生、兄さんの傍にいることができる
そして何より
妹としても、女としても、あなたを愛することができるから
私は他のどんな女性よりも貴方を愛していると、言うことができる

お兄ちゃん……世界で一番、愛しています







とりあえず駅に着いて、私たちは電車に乗ることにした。
改札口を通る時は少し苦労したけど、駅員さんが手伝ってくれたので助かった。
階段を登る兄を励まして、ちょうど来た電車に乗り込む。
二人で隣り合って座って、やっと一息つくことができた。
「兄さん……大丈夫ですか?」
「……ホント言うと少し疲れた。もう少し運動しないとダメだなー」
「はい」
私は無言で兄の肩に寄りかかった。
兄の体温が、感じられる。
ずっと、ずっと感じていたいぬくもり。
「今日の可奈子はなんだか甘えん坊だね」
ポ…
「………」
ガタンゴトンと電車の振動が体に響く。
私は兄に体を預けたまま、ゆっくりと目を閉じた。
向こうにつくまで、眠っておくつもりだった。
この場所なら、安らかに眠れる気がした。






「え…………」

兄の呆然とした声。
反射的に目を開けると………向かいの席に1人の女が座っていた。

奇妙なほどに、印象がはっきりしない女。

「君………は……?」

兄の震える声。
信じられないものを見た……そんな、声。

女が……笑顔を浮かべた。
奇妙なほどに印象がはっきりしない、笑みを。

「約束の……………」





嘘だ!

嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!そんなはずがない!!



『あなたがここにいるはずがない!』



だってこれは



『わたしのゆめなんだから!』









覚醒


「あ…………」
目が覚めると、そこは見慣れた自分の部屋。
兄はいない。
あの人は………約束の女を追って、この家を出て行ってしまった。
………わたしはすてられた…………

それに私は、あの人の本当の妹ではない。
夢は秘められた願望を映すというけど………まさしくその通りだ。
もしも同じ家に生まれて、一番初めに逢えていれば………
何度恨んだかわからない、現実。

胡蝶の夢
そんな言葉が頭をよぎった
少しだけ………泣いた
もう何度目かになるのかもわからない、涙を流した



If………
もしも………
それは、あったかもしれないこと…
あるかもしれないという願望…
あるいは………夢
そんな夢を見てしまった私は……どうすれば、いいの…?
どれだけ涙を流しても、あの人はいない……
私はただ………あの人の傍にいたいだけなのに………


 

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