「はい……はい。では、7:00でお願いします」
私は受話器を置いた。

1月5日は浦島の誕生日だ。

そのことを私が知ったのは二ヶ月前だった。
それを聞いたときから、私はずっと『彼女らしいこと』をしようと思っていた。
そして、正月にバイトをしていた分の給与を今日1/3日にもらって。
ホテルのレストランを予約したのだ。
……それは『彼氏』の仕事のような気がするが、どうせ浦島にそんなことを求めても無駄なのだ。
何しろあいつは、初めてのデートで牛丼屋に行くような奴だから。
だったら、私がリードしてやろうじゃないか。

もちろん、私だって『ホテルのレストラン』なんていうのは初めてだ。
予約をするにも、緊張しっぱなしだった。
どうせ浦島にムードを求めても無駄だとはわかっているが…


「うーん、さすがにどこも閉まってるね…」
「人もあまりいないな」
「いつもは、いろんな人が歩いているのにねえ」
「…さて、腹が減らないか?」
「ん?じゃあそろそろ帰る?まだおせち料理があったと…」
「ゴホン……浦島、少しついてこい」
「え、どこ行くの?お店なんてどこも閉まってるんだけど…」
「いいからこい!」


ダメだな。
想像の中ですら、このていたらくだ。
どうせ気が利かないことを連発するのだろう。
……それは私も同じか。
でも、もしかしたら……


「今日はありがとう、素子ちゃん」
「…今日はお前の誕生日だからな」
「嬉しいよ。素子ちゃんが、こんなふうに祝ってくれるなんて」
「………」(赤面)
「…今日は綺麗だよ、素子ちゃん」
「なっ……!」


……ん?
そういえば私は、なにを着ていくつもりなのだ?
今は冬。
そして向かう先はレストラン。
袴姿……ダメだ、場に合わない!
制服……そんな格好で、ホテルのレストランにいけるわけがない。
ジャージ……論外。
……ちょっと待て、着ていく服がないではないか!

私はがっくりと膝をついた。
ここまで来て…しかも、予約を入れてから挫折するとは…
確かに最近は、普通の服なども着るようになっていたのだが…
それは、おおむね夏の話だ。
冬はずっと制服、ジャージ、袴を使用してきたのだ。
今から自分で購入しようにも…自らの服飾感覚のなさが恨めしい。
こうなったら、恥を忍んで誰かに借りようか…などと考えたそのとき。
私はふと思いついて、弾かれたようにタンスに取り付いた。
ごそごそと取り出したのは、新品のブラウスとスカート。

浦島が、クリスマスプレゼントとして私に贈ってくれたものだ。

……そう。
そうだな。
ちゃんと……お礼をしないとな。
何しろ私は、クリスマスに何も用意していなかったのだから。
世間に疎いのも、あそこまでいくと無神経だな。
受験も大詰めで忙しいはずの浦島は、ちゃんとプレゼントを用意してくれたのに。

私は、手にしたブラウスをぎゅっと抱きしめた。
その弾みで、ひらひらと落ちる白い布……って、え?
そういえば、紙袋には服のほかにも入っているものがあったような…
それを見た瞬間、私は顔を真っ赤にして浦島を全力で殴り倒したような…
私はふらふらと、床に落ちた純白のそれを手にとって…


「ねえ、素子ちゃん…」
「なんだ…?」
「その服、似合ってるよ」
「そ、そうか。感謝する」
「うん、素子ちゃんのために買ってよかったよ」
「………」
「今日は、全部着けてきてくれたの?」
「……ああ」
「ねえ、素子ちゃん」
「…な、なんだ?」
「今日はありがとう。最高の誕生日プレゼントだよ」
「そ、そうか。わざわざ予約した甲斐があったな」
「でも……どうせなら、もう一つ欲しいものがあるな」
「なんだ?私に用意できるものなら、たいていのものは…」
「俺は、素子ちゃんが……」
「なっ」


「何を破廉恥なことを考えてるのだ私は――――――!!」

『ぶらじゃあ』を握り締めて部屋の中で絶叫する私。
……バカな女にしか見えないだろう。
というかバカな女だ。

……やはり、ホテルのレストランというのはまずかったかもしれない。





ラブひなEX

「ありがとう」



そして当日

私は手にしたコップを弄んだ。
即席のパーティー会場と化したロビーの真ん中で、皆が集まっている。
なる先輩が、むつみさんが、しのぶが、スゥが、サラが、キツネさんが。
その真ん中に浦島がいる。
笑っている。
私は部屋の隅で、壁にもたれかかって
皆の輪を、遠巻きに眺めている。
右手のコップを弄びながら。


今、私がこの場にいるのは
予約した時間まであと僅かだというのに、ひなた荘にいるのは
そんな大した理由ではなかった。
浦島の誕生日を知っていたのが、私だけではなかったこと。
そして、私が予約の件を浦島に言ってなかったこと。
それだけだ。

「はあ……」

ため息一つ。
きっと、どれも些細なことなのだ。
私が、浦島と二人だけで食事をしたいと思ったことも。
先程から時計ばかり見るのも。
浦島からプレゼントされた服を着込んでいることも。
全て。
……そうでないと、やっていられない。

私はふと、懐中から一枚の紙切れを取り出した。
記されたのはホテルの住所。そして

7:00という時刻。

私は未練がましく壁に掛けられた時計を見上げた。
現在6:30
きっと浦島も、皆で祝ってもらう方がいいだろう。
そんなふうに自分に言い聞かせながら、私は再び、右手に持ったグラスを弄んだ。
中に満たされた透明な液体を、じっと眺める。
部屋の隅で、壁に寄りかかったまま。
時は刻々と過ぎていく。



喜ぶべきことなのだろう。
浦島が、皆にとって大切な存在になっているということは。
今開かれている、パーティーとも宴会ともつかないものは
皆が私と同じように、浦島を祝いたいと思っただけなのだから。
そして、浦島が感謝感激してそれを受け入れたのを
責める権利など、私にはない。
浦島は、私の所有物などではないのだから。


スゥが、こちらに駆け寄ってきた。
顔を赤くして―――酒が入っているようだ。キツネさんも仕方ないな―――不満げな表情をしている。

「なー、モトコ!なんでみんなと一緒に話さないんや?」
「すまんな…気が乗らんのだ」
「ぶ〜……ええわ、ケータロに誕生日プレゼントもらお〜っと」
「スゥ、今日は浦島の誕生日だぞ」
「だから、誕生日やからプレゼントもらえるんやろ?」

……どうやらスゥは、誰の誕生日でもプレゼントがもらえると思っていたようだ。
『誕生日プレゼントとは、誕生日を迎えたものがもらえるものである』と教えてやると、目を丸くして自室の方に走っていった。
どうやら、今から何か作るつもりらしい。
どうせその内、酔いが回って寝てしまうだろう。

現在6:40。



なぜ、私はあらかじめ浦島に予約のことを伝えなかったのだろう。
…それも理由はわかっている。恐かったのだ。
浦島に断られるかもしれないことが。
だから、理由も告げずに連れ出して、なし崩し的に食事にするつもりだった。
……何のことはない。自業自得だ。
臆病な私自身のせいだ。



私のほうにしのぶがふらふらと歩いてきた。
向こうでは本格的に酒が入ってきたようだ。
配膳係として動き回っていたため、酒気に当たってしまったのだろう。

「素子さ〜ん、頭がふらふらします〜」
「そうか、少し涼むといい」
「そういえば、素子さんはプレゼント渡さないんですか〜」

グラスを握る私の手が、ぴくりと痙攣した。
中に僅かに残っていた氷が、音を立てる。
けれど、赤い顔をしたしのぶは私の動揺に気付かなかったようだ。
その後、少し会話をして
今日はもう起きていられないようで、『おやすみなさい』と言い残してふらふらと自室に戻っていった。

現在6:45



先程しのぶが、浦島にマフラーを渡したのを私は知っていた。
クリスマスにはセーターを渡していたので、それとセットなのだろう。
おそらく、手編みだ。
手先が器用で、マメで…そして努力家のしのぶにふさわしいプレゼント。
私には……出来ないことだ。



いつのまにか、むつみさんが横に立っていた。
片手にコップを、片手に焼酎のビンを持って。
パーティーが始まってすぐ、グラスを押し付けていったのと同じ笑顔で。

「飲んでますか?素子さん」
「………いえ」

見ればわかるだろうに。
グラスの中の酒はまったく減っていない。
というより、氷が溶けきって水かさを増していた。
むつみさんはずいぶん飲んでいるはずなのだが…顔が赤くなっている程度だ。
そういえば……

「あなたは、浦島に何か贈ったのですか?」
「スイカです」
「す、スイカですか」

なるほど、確かに見てみればテーブルの上にスイカが山積みにされている。
…今は冬なんだが。
むつみさんも相当に酒が入っているはずなのだが…顔が少し赤くなっている程度だ。
どうやら相当の酒豪らしい。

「飲みましょうよ。飲んだ方がいい時も、ありますよ」
「……そう、かもしれませんね」
「それじゃ、私はキツネさんのところに行きますね」

一升瓶から直接酒を飲みながら、むつみさんは歩いていった。
…ずいぶん飲んでいるようだが、大丈夫だろうか。
それとも…私と同じように、何か嫌なことでもあったのだろうか。
…そういえば1月1日に、むつみさんのアパートは全焼したんだった。

現在6:50分



きっと、むつみさんは気付いていたのだろう。
私の服装と、その意味に。
…確かに酒でも飲みたい気分だった。
へべれけに酔ってしまえば、憂鬱な気分になることもないだろうから。
けれど
一縷の望みが、私を引き止めていた。
いや……未練、だな。 向こうの方から、なる先輩がおずおずと近寄ってきた。
本人は『さりげなく』のつもりなのだろうが、私に用があるのは一目瞭然だった。
だから

「何か用ですか?なる先輩」
「……!」

面白いように動揺する彼女。
それでも私の横まで歩いてきて、同じように壁に寄りかかる。
私が持っているグラスを見咎めたのか、意外そうに一言。
「お酒……飲んでるの?」
「いえ、『まだ』飲んではいません」
「そう……」

その後、しばらく沈黙が続く。
壁に寄りかかりながら、私はぼんやりとパーティーの真ん中を眺めた。
キツネさんとむつみさんの両方に酒を勧められて困っている浦島を。

不意に、気付く。
なる先輩も、同じものを見つめていることに。
ラッピングされた薄く細長い箱を、左手に持っていることに。

「プレゼント……ですよね」
「…うん」
「渡さないのですか?」

本当に不思議に思って、わたしはなる先輩に聞いた。
なる先輩は…意表を突かれたような、そしてどこか泣いているような表情で。

「渡して……いいの?」
「は…?」

この人は何を言っているのだろう。
浦島は私の所有物ではないのだから、自由にすればいいのに。
我知らず、笑い声が漏れた。

「はっ……ははっ……」
「素子ちゃん?」
「別に……いえ、ぜひ渡してやってください」
「そのほうが、あいつも喜びますから」

それにあなたも。
おずおずと浦島にプレゼントを渡すなる先輩を、私はぼんやりと眺めていた。
どうやら、なる先輩が用意したのは腕時計らしい。
そういえば、クリスマスに浦島がなる先輩に贈ったのも腕時計だった。
そのお返しということだろう。
自分の服装を見て、もう一度自嘲。
……私も、おとなしく服でも用意すればよかったのだ。

現在6:55



私はただ
浦島に喜んで欲しかっただけなのに
……というのは恐らく嘘だ。欺瞞だ。
本当は私は
ただ、浦島を独り占めしたかっただけなのだろう。
『浦島には私しかいない』という錯覚に浸りたいがために。
…今日、浦島の誕生パーティーが開かれたのはきっと必然だ。
そんな愚かな私の思い込みをあざ笑うために。

―――バカな、女だ…―――



そして今、時計の針は

3
2
1
ロビーの時計が音を立てた。

現在7:00

私はぬるくなってしまったグラスの中身を、思い切り喉に流し込んだ。





酔うのはあっという間だった。
ブランデー、日本酒、ウィスキー、他になにかよくわからない酒。
むつみさん以上に手当たり次第に
キツネさん以上に飲んだ。
嫌なことを全て忘れられるように。
けれど
体が熱くなって、内蔵が重くなって、世界がふらついて
それでもなお、私の中には自身をあざ笑う冷たい心があった。
ただ消えていくのは私の自制心だけ。



たぶんわたしは、あいつをぶつんだろうな







がすっ






現在11:00

白い息を吐きながら、夜空を見上げてみる。
残念ながら曇っているらしく、星や月は見えなかった。
冬の真っ直中で、冷え切った空気が肺に染みわたる。
対照的に背中の温もりは、コ−ト越しにもはっきりと伝わってくる。
どうやら彼女は(酒を飲んでいたせいか)とても体温が高いようだ。
そんなことを思いながら、さらに1段石段を下りた。



俺はさっき、素子ちゃん殴られた。
突然、素子ちゃんが千鳥足で近づいてきたと思ったら

「あほぉ!」

なんだか関西弁っぽい口調で、キツネさんに飲まされていた俺の頭を上から殴った。
けど、それにはいつものような威力はなくて
俺が、持っていたグラスを顔にぶつけて痛いだけだった。
そして彼女は、すぐに眠ってしまった。



石段を降りきってまずは一息。
ひなた荘を見てみようと振り返って……素子ちゃんに頭をぶつけてしまいそうになり、慌てて逆に首を回す。
ロビーにはまだ明かりが灯っていた。
こっそり出ていったときには、キツネさんとむつみさんしか『生き残って』いなかったけど……あの二人は、まだ飲んでいるのだろうか?
そういう俺も(主賓ということで)だいぶ飲まされてフラフラだったけど、今はしっかりと覚めていた。
さっき、素子ちゃんの懐から滑り出た紙を見てしまったときから。



街のホテルの住所。
階数(たぶんレストランかなにかだろう)
7:00という時刻。

その時、俺はやっと理解していた。
素子ちゃんが、なぜこの服を着ていたのか(今更だけどこの服は外出用だ!)
素子ちゃんが、なんで部屋の隅でじっとしていたのかも。
そして俺の度し難い愚かさにも。
俺は、すぐ横で意識を失っている素子ちゃんを抱え上げて、背負った。
そして誰にも気付かれないように、こっそりとひなた荘を出ていく。
ぐったりとした彼女は、とてつもなく重く感じた。

それはきっと、想いの重さ。



さすがに彼女を背負ったまま、街に行くことはできないので(行ったとしてもこの時期のこの時間だ)俺は近くの公園に入った。
素子ちゃんは、まだ目を覚まさない。
すぅすぅと寝息を立てる彼女をベンチに降ろすと
彼女の履いているスカートが、わずかに衣擦れの音を立てた。
安らかな寝顔。
俺は少し迷ってから、食べられるものを探して公園を出た。
できる限り急いで。



なぜ、俺は気付いてあげられなかったのだろう。
素子ちゃんはずっと俺に訴えかけていたのに。
やっぱり俺は、無神経で鈍感で彼女を傷つけてばかりで
……それでも俺は、彼女の望みを叶えてあげたいから。
だから、現在道を走っているのは
彼女の『二人きりの晩餐』という望みを、なんとか叶えてあげたいから。

結局、見つかったのは商売熱心な焼き芋の屋台だけだったけど。



公園に戻ってみると、ちゃんとベンチに座らせたはずの素子ちゃんが横になっていた。
彼女は寝相が悪いんだろうか?
元の姿勢に戻そうかと思ったけど、ふと思い直して屈み込む。
首に巻いてあったマフラー(さっきしのぶちゃんから貰った)をほどいて彼女にかける。
編んでくれたしのぶちゃんに感謝。
後は彼女の目が覚めるのを待つだけだ。
俺もベンチに……素子ちゃんの隣に腰掛けた。



素子ちゃんが望んだことを、できる限り叶えてあげたかったけど…
公園のベンチで、二人きりで(冷えた)焼き芋。
これが、俺にできる限界だった。
『二人きり』という部分しか合ってないような気が…
やっぱり君は怒鳴るんだろうか。
やっぱり君は殴るんだろうか。
そうしたいなら、そうして欲しい。
我慢しないで、君の想いを思い切りぶつけて欲しい。
そうすれば、女の子の気持ちなんてわからない俺にも、少しは伝わるから。
けれど今日は



「あ……」

素子ちゃんの隣に座って、しばらくして
空からひらひらひらひらと舞い降りてきたのは、雪。
あっという間に、視界が白で埋め尽くされる。
……ふと、思い出した。
2週間ほど前のクリスマス、服をプレゼントしたときのことを。

「…なんだこれは?」
「なにって……服だよ」
「なぜ、私にこのようなものを渡すのだ?」
「え……?」
「普段服装に全く気を使わない女に、わざわざ高い金を払ってまで……何故だ?」
「……この前、街で見かけてさ」
「ああ」
「こんな服を着た素子ちゃんも、見てみたいなって……発作的に」
「………」
「迷惑だったよね、ごめん。勝手なこと押しつけて…」
「違う!」
「え?」
「違う……口ではうまく言えないが、違うんだ……」
「…気にしないで」

今、気付いた。
もしかしたら、あの時の素子ちゃんのぶっきらぼうな態度は、ただの照れ隠しで
本当はお礼を言いたかったんじゃないかと。
だって、こんなに不器用な少女だから。
今日も、言いたいことをどうしても言えなくて
俺は、手遅れになってから殴られて、やっと気付いて
とても器用とは言えない俺と君。



けれど今日は、少なくとも今は
二人でいるときは、俺が言葉を紡ぐよ。
だって君は、俺に想いを伝えてくれたから。
とても………嬉しかったから。


しんしんと、雪は降り注ぐ。
時折、素子ちゃんの体に薄く降り積もった雪をぱっぱと払う。
そして、成瀬川に貰った腕時計を見てみる。
現在11:59


彼女はうっすらと目を開いて―――――――――






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