こんにちわ、おひさしぶり、はじめまして。妖刀ひなです。
突然ですが現在、かなりブルー入ってます。
ほとんどの人が気付いていたと思いますが―――今回、話の途中で、私は行方不明になっていました
気付いてますよね?
気付いてなかったら酷いですよ?
まあ、その間に何があったかなんて過程はどうでもいい(というか思い出したくもない)んです。大事なのは結果です。
さて、今現在、私がどういう状況にあるかというと――――
地べたに、失格モノの妖刀と一緒に転がっていたりします
―――――こら
ああ、なんでこんな目に遭ってるんだろ。寄りにも拠って、こんな奴と同じ扱いだなんて
―――――君、半年で随分性格変わったねえ…
しみじみ言うなっ!当たり前でしょう?だいたい、私は600年前に発生してすぐ封印されたんだもの、実年齢は一年足らずよ
―――――また、そんなどっかで聞いたような屁理屈を…
五月蝿い!そういうアンタこそ、正真正銘のジジイでしょうが
―――――別に僕は歳を取ることがいけないなんて言ってない。ただ、随分すれたんだなあ、と少々悲しくなっただけだよ。ついでに言わせて貰えば、僕の性格は600年前に発生したときと何も変わってないはずだけど
どーだか…本体はもうとっくに死んでるんだし、証明しようがないじゃない
―――――ああ、そうか。随分不機嫌だと思ったら、君は本体と再会…
それ以上言うなっ!っていうか言ったら殺す!
―――――別にいいじゃないか。大体、過ごした年月に600年も差があれば、相似性は双子程度だろう?
そ、そう、そうよねっ!あんなの全くの別人よね!だから全然関係ないわよね!?
―――――…一体、どんな自分自身と再会したんだい、君は?
もうその話題はやめて!
―――――というか、それは普段君が行ってる常套手段だよな…コレに懲りたら、少しは他人をからかうのは自粛したらどうだい?
…まあ、それはそれとして
―――――聞き流すんだね…
どうしたものかしら、この状況
今、私たちは別館と呼ばれてる建物の裏に放り出されてるのよね…
止水の奴は青山素子がぶちのめされた弾みで
私の方は、実体化する別館のついでで…というか、なんで地べたなのかしら。途方もない悪意を感じるわ。
とにかく私たちは、無造作に転がってる。
考えたくもないんだけど…もしかして、私たちって…いや、まさかとは思うけど
―――――完璧に、忘れ去られてるね
いやああああああああああああ!!!!
寄りにも拠って、隠しヒロインの、このわたしがぁ〜〜〜〜〜〜!?
―――――隠しヒロインって、それはあまりに自惚れ過ぎじゃないかなあ…それに、僕にしろ君にしろそもそも『彼』と『彼女』の派生品じゃないか。脇役は脇役らしく、分をわきまえて…
五月蝿い!妖刀であることすら即興設定の半端物くせに!
―――――それでも僕には、神鳴流極意止水を導くという役割があるから
くっ…余裕の理由はそれ!?役割があるからって随分小物になったものね!
って…よく考えてみたら、青山素子は止水の境地に至ったんだから用済みじゃない、あっはっはっはっは〜!
―――――虚しくない?
…うん、かなり
っていうかホント、誰か気付いて取りにきてくれないかしら…
この際、持ち主の青山素子でなくても良いから…お礼に好きな夢を見せてあげるのに
―――――………あ、誰か来た
マジ!?
あ、本当だ!気づけ〜!こっちにきづけぇぇぇぇ!!!
来い来い来い来い来い来い来い来い来い来いぃ!!
―――――いいのかなあ…サングラスに黒スーツって、滅茶苦茶怪しい男なんだけど…
来た来た来た来た来た来た来た来た来た来たぁ!!
拾って〜!お願いぷりーず!もうこの際誰でもいいから!
―――――僕が言うのもなんだけど、それでいいのか?伝説の妖刀…
「………」
うわ〜、拾ってくれてありがと〜!感謝感謝〜
ついでだから抜いてみない?ほら、今ならサービスしてあげるから♪
ね?
―――――君、ほんっとに性格変わったねえ…
だから、しみじみ言うなっ!!
いいでしょ、別に!久々に、私の存在意義を示せるかどうかの瀬戸際なんだから
ほら、抜いてみてよ、ね?
―――――うーん、この黒服、どっかで見たことがあるような…
「………」
ああ、ちょっと待って!どこ、私を何処に連れてくの!?
古道具屋に売り払うんならまだしも、この半端物まで持ってくってことは…
ま、まさか…ゴミ捨て場!?
イヤァァァァァァァァ!!電化製品の横で雨に打たれるのは嫌ぁぁぁぁ!!
―――――…ちょっと五月蝿いよ、君。思い出せないじゃないか
んなことどうでもいいわよ、ゴミ捨て場送りかどうかの瀬戸際なのよ!?
こ、この黒づくめ!あからさまな悪役みたいなカッコして、私たちをどうするつもりよ!
せ、せめて妖刀に相応しい扱いを要求するわ!
―――――強気なんだか弱気なんだか…どうせ聞こえないってのに
「…当主」
「…おや、どうしたんだい、そんなものを持って」
ああっ、今度は怪しいババアが出てきたわ!どうなってるの、ここは女子寮じゃなかったの!?
誰か来て〜!ココに不法侵入者がいるわよ〜!
―――――いや、不法じゃないと思うよ…このお婆さんは、ひなた荘の元持ち主だし景太郎君の祖母でもあるし
知り合い!?何者よ、こいつら!
―――――今言ったじゃないか…まあ、このサングラスに黒スーツの男は、ちょっと思い出せないけど
「おや『ひな』じゃないか…景太郎め、持ち出してこんなところに放り出して…また封印し直しておかないとね」
!?
ふ、ふふふふふふふふふふふふ封印!?
イヤァァァ!!暗くて狭くて埃が積もってネズミに齧られるぅぅぅぅ!!!
いやだよォ…ふええええええん
―――――あ、泣いた
「………」
「…おや、こっちは素子の刀かい…にしても、見事に折れとるな」
「…当主、彼女は止水の代用として、この妖刀を使用しているのでは?」
「そういうことかい…『ひな』を抑えるとは、素子も腕を上げたねえ…」
「…ですな」
うええええん…永遠に放っておかれるのはいやぁ…
―――――なんか、こんなのを抑えておけるからって自慢にも何にもならないような気はするなあ
「ま、そういうことなら『ひな』を預けておいてもよかろう…この二振りは、後で素子のとこに返しとかにゃならないねえ」
「…当主、それは拙者が」
「そうかい?それじゃ頼むさね。ワシの方は…まあ、見ての通り別館がボロボロじゃ、先祖の機嫌でもとって直してもらうことにするか」
「…それでは」
「やれやれ、あの娘が緊急事態だって言うから来てみれば、全部終わった後の後始末だなんてね…割に合いやしない」
ぐすぐす……ああ、運ばれてる、封印されちゃうのね、私…
―――――聞いてなかったのかい?今の会話を
ううん、全然…あのね、止水。もしも二度と会えなくても、私、あなたのこと忘れないから。だからあなたも、私のこと忘れないでね?約束だよ?
―――――…なんか、しおらしくなってるし…
それで、いつか…止水が妖刀らしく人間乗っ取って、私の封印解きに来てくれたら凄く嬉しい、すっごくすっごくうれしい。うん、もしかしたら私、惚れちゃうかも。そうなったら、二人で一緒に人間の望みを叶えて回ろう?それはきっと、とてもとても楽しいよ、うん……私は封印されちゃうけど、妖刀だって、こんなふうに夢見るぐらいは、許されてもいいよね…?
うつ
―――――………君、本体から変なもの感染されてないかい……?
ラブひなEX
浦島可奈子のいる風景
夜
素子ちゃん、可奈子、そして成瀬川の目が覚めたので、多少遅めの夕食が始まった。
今日の夕食はとろろ芋。真ん中にでんと置かれたすり鉢の中にはそれがいっぱいにあって、いくらおかわりしても 大丈夫だ。
スゥちゃんが何回もおかわりするのはいつのもことだし、素子ちゃんにしろ可奈子にしろ成瀬川にしろ、一日何も食べてないんだからお腹も減っているだろう。
そういう気遣いも含めて、しのぶちゃんが用意してくれたんだけど
カチャ……モグモグ……ズズ……
食事は、やたらと箸の進みが悪かった。
スゥちゃんとサラちゃんなんか、もう三杯もおかわりしてお腹いっぱいになり、テレビを見に行ってしまうほどの時間が経っている。
キツネさんも部屋に戻ってるし、しのぶちゃんですら食事はもう終わって、みんなにお茶を注いで自室に戻っている。
んじゃあ、何故に食卓の雰囲気が悪いかというと…
可奈子が俺の隣に座っている
というか、同じ椅子に無理矢理座っている
食べにくくて仕方がない…のは言うまでもないけど、なんか向かいの素子ちゃんから凍りつくようなオーラが垂れ流しにされてて、食欲が全く沸かない。それが、食卓の雰囲気が悪い最大の理由だ。
それを受けて、可奈子は平然としている…と思いきや、こっちはこっちで素子ちゃんの隣りにいる成瀬川を強烈に意識しているようだった。
で、成瀬川はもぞもぞと居心地悪そうにとろろ芋掛けご飯を食べているんだけど、これで五杯目…いや、それはいいんだけど、なんかこっちを見るたびに顔を赤くしている。
それを受けて、俺と同じ椅子に座っている可奈子がさらに機嫌を悪くする。
三竦みの悪循環
…なんか、この場で声を出すのは致命的な過ちになるような気はするけど
気苦労がないのがひなた荘の自慢なわけで
なんとか、和解できるように努力してみるつもりで、俺はとりあえず隣の妹に声を掛けた。
「あのさ、可奈子……ちょっと、食べにくいんだけど、なんで同じ椅子に座ってるんだ?」
「兄妹なんだから、仲良くしたって別に構わないでしょう」
「いや、これで仲良くっていうのはちょっと違うような気がするんだけど…」
「膝枕はよくて、同じ椅子に座るのはいけないんですか?兄さん」
可奈子がそう言って、ギン!と、はす向かいの成瀬川を睨みつける。
そんな視線を向けられた成瀬川は、きょとんとした表情だ。
…そりゃそうだろう。むつみさんに頼まれて、さっきまで成瀬川の膝枕をしていたわけだけど、膝枕を止めてから成瀬川は目を覚ましたんだし
―――と、素子ちゃんが成瀬川を庇うかのように、す、と糸を引いた箸を可奈子に突きつけた。
「…可奈子、それ以上なる先輩にちょっかいを出すようなら、私が相手になるぞ」
「は、笑わせないでください。善人ぶってないで、本音で話したらどうです?私が、兄さんの隣に座ってるのが気に食わないんでしょう?素子さん」
どばっ、と素子ちゃんから溢れ出る殺気が増した。可奈子もそれに応じて、糸を引いた鋼鉄製の箸(なんか、投げたら刺さりそうな)を持ち替えた。
…こんなところで(というかどんな所でも)大切な人達の喧嘩する場面なんて見たくない。
成瀬川も同感だったようで、声を張り上げた。
「ちょ、ちょっと待ってよ素子ちゃん!こんなところで喧嘩しちゃ駄目よ!」
「そ、そうだぞ可奈子!膝枕ぐらい後でしてあげるから、その物騒なものを下ろしなさい!」
「本当ですか!?お兄ちゃん!」
「………」
あれ?
可奈子は喜び勇んで箸を下ろしたものの、素子ちゃんの方は更に溢れ出る冷気が増したような…
というか、明らかに目に見えない領域(のようなもの)が形成されてるような…
試しに、持っている箸を食卓の真ん中にあるすり鉢に伸ばしたら、先端が『スカッ』と見事に切断された。
コロン、とテーブルに転がる箸の先端
「………」
「………」
「………」
「………」
食卓を、再び重苦しい沈黙が支配する。
唐突に可奈子が席を立ち、食堂の隅の方に行って割り箸をとってきて無言で俺に渡し
そして、立ったまま自分のとろろ芋掛けご飯をたいらげ、椀を流し台に持っていき
くい、と素子ちゃんに向かって手招き(手の平を上に向けるバージョン)してから食堂を出ていった。
素子ちゃんもそれを受けて、盛ってあった分をがつがつと食い尽くし、やはり機械的に椀を流し台に持っていってから、食堂を出ていった。
同時に、食卓に立ち込めていた重い雰囲気が霧散する。
残された俺と成瀬川は、我知らず盛大な溜め息をついていた。
「はあ…」
「ふう…」
「…なんで、あんなに仲悪いんだろ、あの二人」
「うん…もうちょっと、仲良くなれればいいのにね」
まあ、仲が悪いというよりも、姉妹喧嘩みたいな面はあるかもしれない。
可奈子とは喧嘩なんかしたことはなかったし、素子ちゃんもお姉さんとは喧嘩なんかしたことないだろうし…
根本的に、相手を信頼しているからこそ出来る喧嘩
…もしかしたら二人とも、実はものすごく仲がいいんじゃないんだろうか
そんなことを思いついて、成瀬川と顔を合わせて苦笑し合う。
――――――――と、成瀬川の顔が、今更思い出したかのように、カア、と赤くなった。
「成瀬川?」
「な、なんでもない!なんでもないわよ!」
目を逸らされる。
なんか…かわいいな、とぼんやりと思う。
一昨日までは、元気ではきはきして少々おっちょこちょいな、半年前に別れた時と変わっていない、ごく普通の成瀬川だったのに
目が覚めてから、なんかギクシャクしている(というか反応がおかしい)
素子ちゃんにしろ、可奈子にしろ、成瀬川にしろ…一体、昨日なにがあったんだろう?
「成瀬川、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「な、なに?」
「あのさ、昨日、なにがあったの?俺、ずっと気絶してて覚えてないんだけど…みんな気絶してるし、後で見に行ったら別館がボロボロになってるし」
「え、あ、そ、それは、その…」
「俺も、可奈子に呼び出されて別館に行ったまでは覚えてるんだけど…」
「………え」
ふと、成瀬川のあたふたとした動作が硬直する。
半笑いのままひきつった笑顔で、ギギ、と俺に確認した。
「憶えて…ないの?カナちゃんがなにをしたのかも、私がなにをしたのかも?」
「え、可奈子と成瀬川が何かしたの?」
「あ、ちょっと待って……っていうか、私って斬られ損?」
「斬られ…?」
なんか、成瀬川の口から出てきた物騒な言葉が気になって身を乗りだす。
成瀬川はしばらく目を閉じてうんうん唸ってたが、こめかみに手を当てて「えーと」と前置きしてから話し出した。
「まず、カナちゃんはひなた荘を出ていったんじゃなくて、しばらく一人で考えたかったから、別館に住んでたのよ。それで、考えがまとまったから景太郎を呼び出した、ココまでは憶えてるのよね?」
「うん」
「で、別館ってなんだかんだいって滅茶苦茶古いでしょ?景太郎が別館に着いた頃に、結構大きな地震があって、ところどころ崩れちゃったのよ。やっぱり老朽化してたのね」
「…そうなの?」
「それで、崩れた別館に挟まった景太郎とカナちゃんを、私と素子ちゃんで必死で助け出したの。あんまりに大変だったんで、引きずり出した後に疲労懇狽で寝ちゃったけど」
「…地震があったのは夜中だろ?なんで、成瀬川と素子ちゃんが起きてたんだ?」
「素子ちゃんは深夜まで稽古で起きてたんだって。私は…その、夜中に催して、その時偶然見かけたのよ」
「……そうだったんだ」
辻褄は合う、けど…三人の態度がいきなり変わってる理由にはなってない。
でも、成瀬川の微妙な笑顔を見ていると追求する気が失せてしまった。
なんか隠しているのは俺にもわかるけど…成瀬川のことだからそれは悪いことではなく、きっと他の人を庇っているんだろう。だったら、管理人の俺が追求するのはいけないことだ。
はあ…でも、別館が壊れたなんて、婆ちゃんになんて報告しよう。
地震というのは仕方がない理由だけど、相当に由来のある建物だったはずだしなあ…小さい頃から、ずっと昔話みたいなものを聞かされてたし…まあ、魔法少女が云々なんて婆ちゃん風味が加わってたせいで神聖さはまるで存在しなかったけど
「あ、あのさ、景太郎」
「ん?」
「その……気絶してる間、夢とか見なかった?」
「夢…?」
気絶してる間に夢とか見るもんなんだろうか?
俺の場合、ぶっ飛ばされて幻覚やら三途の川やらを垣間見ることはままあるけど…
まあ、気絶状態から睡眠状態に移行するってのはよくあるかもしれない。
…うーん
「ちょっと思い出せないなあ…見たのかもしれないけど、忘れちゃったのかも」
「そ、そう?それならそれでいいんだけどさ」
「成瀬川は、なにか変わった夢でも見たの?」
「!!」
「!?」
驚いた。
俺が何気なく言った瞬間、成瀬川の顔面が火でも点きそうなぐらいに真赤に染まり
がたん、と立ち上がって「ご、ごちそうさまっ!」と言い残し走り去っていった。
…俺はといえば、呆然としたまま、一人食堂に取り残されて
なにがなにやら
「はーっ…」
パタパタと、全速力状態から我に返って減速しながら、私は熱い溜め息をついていた。
なんだか、私ばっかり意識してバカみたいだ。
結婚式を挙げるなんて夢を見たからって、それは私だけの独り善がりで
…でも、今思い出しても赤面してしまうほどに、シアワセな夢だった。
あまりに現実離れしすぎて、今の状態との落差に落ち込むこともなく
景太郎を見ると、思わず夢の中の感情を思い出し、そんな自分に赤面してしまうほどに
「はは…」
本当に、バカみたいだ。
それでも、そう悪い気分じゃない。
うん、悪くない
高揚した気分に任せて廊下を適当に歩いてると、玄関ホールに辿り付く
そこから、ふと、前庭の方を一瞥したら
素子ちゃんとカナちゃんが、西部劇で決闘するガンマンのように向かい合っていた。
「あ」
と、閃光の如き一瞬の交錯
互いに手を複雑に組み、組ませまいとして牽制の打撃を受け流し、結局有効打を放てないままにすれ違う
背中を向け合うように着地した。
「の」
「やりますね…と言いたいところですが、やはり素手では分が悪いですか?神鳴流」
「ほざけ、刀を使うだけが剣の道ではないぞ…ここからが本番だ、浦島流」
なんか、物騒な会話をしてるし…
とにかく放っておくわけにはいかない、止めよう
「ちょっと、二人とも!」
「なる先輩…」
「なるさん…」
前庭に怒鳴り込む
途端に二人は、しゅん、と大人しく―――というか気まずそうに、肩を竦めた。
あれ?
二人とも、普段だったらさも当然のように自分の正当性を述べるような性格なのに(特にカナちゃん)
なんか、こっちに対して酷い負い目でもあるかのように
…ああ、そういえば、カナちゃんには殺されかけて手を怪我して、素子ちゃんに滅多斬りにされて気絶したんだった、私。
夢の方がインパクト強くて忘れてたなあ…というのは人間として、ちょっと問題あるかも
と、素子ちゃんが、意を決したように―――――――土下座した。
「―――なる先輩。この度は、取り返しのつかないことをしてしまい、申し訳ありませんでした。なにをしても償えぬかと思いますが、せめて何なりと命じてください。命で償えというのなら切腹―――」
「ちょ、ちょっと素子ちゃん!いいよ、別に、気にしてないから」
「――――は?」
「…正気ですか?なるさん、貴女は常人なら即死しているはずの攻撃を八つ当たりで手加減無しに食らわされた―――正真正銘、殺されかけたのですよ?そこの青山素子に」
「…確かにそうだが、可奈子にだけは言われたくない、貴様だってそうだろうが」
「…ええ私も、なるさん、一度貴女を殺そうとしました。二回目も、手に深手を負わせ、神経に針を打ち込みました……青山素子の言葉ではありませんが、出て行けと言うなら出ていきます」
「―――――だから、本当に、気にしなくていいんだって。私も、言われるまで忘れてたぐらいなんだから、さ」
彼ならきっとこう言うだろうから
―――私は、景太郎ではないけれど
私だって、景太郎に対して、恨まれても仕方がないことを幾度もしている。
それでも彼は恨まなかった、私達を家族のように扱い――まるで父親のように、赦してくれている。
殺されかけたと言っても、実際には私はぴんぴんして(怪我したはずの右手はいつのまにか治って)いる。だったら、私に彼女達を責める権利などない。私だって、景太郎に赦されている身なのだから
それに
―――私は、景太郎ではないけれど
なんとなく、彼の気分が理解できた。
この娘達が揃っているこの場所は、私の身の安全よりもきっと、価値があるから
私は、この場所が笑顔で溢れているよう、精一杯の努力をしたい
「そういえば、別館のアレね……地震、ってことにしておいたから」
「「…は?」」
「なんか、景太郎の記憶が飛んでるみたいでさ。ほら、本当のこと話すと色々不都合が起こりそうだから、口裏を合わせておこうと思って」
「……確かに、素子さんが別館を破壊したと知れたら此処には居られないかもしれませんが」
「……まあ、可奈子が浦島を殺そうとしたなどというのは確かに公表できることではないが」
「だからほら、こういう事情なら、嘘をつくのも仕方ないんじゃないかな」
「「まあ、そういうことなら…」」
素子ちゃんとカナちゃんが、ちらちらと互いに目配せしているのがおかしくて
笑顔が、自然に出た。
―――私は、景太郎ではないけれど
「…なる、先輩」
「なに?」
「―――――いえ」
「そーいう態度とられると、却って気になるんだけどな」
「いえ、大したことではありません。ただ、随分良い笑顔をするようになったな、と僭越ながら思っただけです」
「そう?そうかな」
「そういえば、なんというか――――ホッとするものがありました」
つい口を出してしまってから、私はハッとして口を抑えた。
今、私は、なんと言った?
成瀬川なるは「そっかな」と照れくさそうに笑っている。
それは何処から見ても普通の女性の仕草で、私はそんなものに感心するような正気(マトモ)な感性など持ち合わせてないはずなのに
そういう感情は、兄に対してしか抱いたことがなかった、故に私は兄以外に価値を置かない存在となったのに
―――――何故?
「なんというか、ね――――幸せな夢を見たの」
「…幸せな夢、ですか」
「それが夢だということを、自分で選ぶことが出来たから、それは夢になったんだけどね」
「……………あの、よく意味が」
「つまりね」
現実があるから夢がある
そして、幸せな夢というのは、現実という場所から眺めるからこそ、きらきらと輝いて見えるのだと
輝いていることは、一切を抜きにして――――尊い。
それを観られたのだから、それは純粋に良いことなのだと
成瀬川なるは語った。
――――なにか、奥底に強い強いものを秘めた笑顔で
……そうか
それは、夢を語る兄の瞳に似ていたのだ
辛くて、苦しくて、絶望していて、それでも、それでも、人並みに夢を持てることを幸せに思っている
私にとって理想たる、兄の姿
彼は人並みであろうとして人並みで在り続けてる
外れてしまえば楽なのに、敢えて困難な道を歩いている
人並み(シアワセ)であるために
私が真に、本質的に信頼しているのはあの人のそういう部分だ。
愚かで、健気で、律儀で、苦しむその姿も大好きだが、しかしその『大好き』という気持ちの基礎となっているのは、あの人の性質に対する信頼なのだ。
あの人の、そういう性質を思うたびに私は安心する。
ああ、私は確かに『ここ』にいるのだと
それが常識より以前に、私に芽生えた価値基準
「―――なるさん」
「うん?なに、カナちゃん」
「もう一度、謝らせてくれませんか。正直に白状しますが、今まで内心で馬鹿にしてました。しょせん根性の足りない一般人と」
「…おいこら、可奈子。誰が不幸を被るだけのやられ役だと?」
「素子ちゃん、それわざと言ってるの…?」
「侮っていて、すみません」
青山素子となにか言い合っている成瀬川なるに対して、深々と頭を下げる。
なにしろ、兄と同じ瞳が出来る人だ
充分、敬意に値する。
「あは、水臭いこと言わないでよ。友達でしょ」
「「………」」
「え、あ…私はそのつもりだったんだけど、迷惑だったかな?」
「考え直した方が無難ではありませんか?こいつの手の速さは並ではありませんよ」
「…黙りなさい、青山素子」
「ちょ、ちょっと二人とも、また喧嘩しないでよ?」
また仲裁が入る―――というか、いい場面なんだから邪魔をするな青山素子
それにしても、友達、か
思えば、そんな関係を結んだことなど一度もなかった。
兄がいれば良いと思っていた
兄以外の人間は要らないと思っていた
けれど
悪くない
ああ……悪くない
「私でよければ喜んで―――――友達になりましょう、なるさん」
「しかし、本当に良かったのですか?」
「もう、カナちゃんはそんなに悪い娘じゃないってば」
「…いえ」
用事があると言ってどこかに出かけていったカナちゃんを見送った後、私と素子ちゃんは寮の中に戻ってリビングでソファーに座って話をしていた。
「―――私の壊してしまった別館のことです」
「気にしないでいいのに……って、まあ、私は景太郎じゃないから気楽には言えないんだけど」
「いえ、いかに憶えてないとはいえ、実際に物的損害を与えてしまったのですから――弁償は必要かと思います」
「うーん、でも別館って、相当古そうな建物だし…」
実際に弁償するとなったら、莫大な額になってしまうのではないだろうか
それはあんまりだ(本人錯乱状態だった)しなあ…どうにかしてあげたい。
うーん……と考えて、思い当たる。
そういえばカナちゃんが来たとき、ひなた荘を新しくするのに何か不思議なことを言っていた。
『ひ、ひなた荘が新しくなってる…?』
『いえ、十年前における改築直後の『旅館ひなた荘』に戻っただけです』
『――――え』
「もしかしたら、カナちゃんに頼めばなんとなるかも…」
「可奈子に、ですか」
「えと、素子ちゃん、そんなにカナちゃんに頼るのが嫌なの?」
「べつにそのようなことはありませんが」
確かに表情は平静そのものなんだけど、眉だけがピクピク動いてちゃあねえ…
はあ
私の方から頼むと言い出しても、素子ちゃんのことだから認めないだろうし
カナちゃんも、売り言葉に買い言葉で無理難題を提示してきたり…とか
ありそうだなあ…
二人とも頑固で不器用だから
ダメ元で提案してみる。
「あのさ、なんだったら私からお願いしようか?それならカナちゃんも、すんなり聞いてくれるかも」
「―――いえ、気遣いはありがたいのですが、結構です。これは私のしでかしてしまった問題ですので」
…ふと
素子ちゃんの表情が、普段より(カナちゃん絡みの話であることを差し引いても余計に)強張っているのに気付いた。
思えば素子ちゃんはずっと、機嫌が悪い――――とは違う、なんだか情緒不安定のように見える。
景太郎がひなた荘にいるのに
なんだか、彼を避けているように、思える
私は、あの場所でシアワセな、幸せすぎる夢を見たけど
彼女はなにを見たのだろう
「――――――素子ちゃん、別館でなにがあったの?」
「………!?」
ビクン、と素子ちゃんの体が震えた。
それから、俯いて
髪に隠れて表情の見えない姿勢で
ポツリ、ポツリと
「―――なる先輩は、幸せな夢を見たといいましたね」
「う、うん」
「私は―――私の現実逃避を認めない私たちと遭遇しました」
「え?」
「なんのことはない、私はあの場所に入るまでもなく、幻想(ユメ)を観ていたのです」
……そんな素子ちゃんに押されて、私が、どんな言葉を掛けても嘘になってしまいそうだったけど
けれど一言だけ
夢をみることが、そんなに悪いことなのだろうか、と
思った私は、それだけを聞いてみた。
それに対する、素子ちゃんの答えは
とても、とても、儚い目を遠い場所に向けての、呟きだった。
――――幻想を自分で選んだ私は、夢を観ていることを常に、自覚しているべきだったのに――――
「―――――友達」
口にしてみたその言葉は、存外にくすぐったかった。
この―――私が
百戦錬磨の、今までにも何十人と敵を殺害してきた『神速』浦島可奈子が
全く別の、平和な世界に生きる人間と、関わってはいけない表の人種と
友達―――だなんて
はは、と心の中で笑いが漏れる。
馬鹿らしい、そんなことがあってたまるか。
幻(ミセカケ)に過ぎない。
兄と同じ、結局は違う世界の住人だ。触れ合うことは双方の不幸を意味する。
そう、そこまでわかっていて、なお
――――悪くないと思っている自分がいる事実こそに、私は笑っていた。
これは、いよいよ――――
「――――?」
ふと
日も暮れて、宵闇が支配する裏庭のあたりを無目的に歩いていた私は
別館のあたりまで来ていて、それを発見した。
……別館が、修復されている
青山素子が、その技(神鳴流極意止水といったか)を以って、豆腐の角を削ぎ落とすかのように滅茶苦茶にした別館……何時の間に修復を?
…いや、ここから見る限り、細かな傷や、古い建物特有の雰囲気は残ったままだ、ということは
修復したのではない、逆行させたのだ。
私が、女子寮ひなた荘を旅館ひなた荘に逆行させたように
それは『懐古緑』という、浦島家に伝わる秘術なのだという。
陽想―――『彼女』の想いによって形成されたこの聖域を、一時前の姿に戻すという、一種の結界操作。
それを行えるのはただ一人
現浦島流『当主』浦島ひなた、その人のみ
私は名前を借りてその術を行ったに過ぎない。
「―――――――来ていたのですね、お婆様」
声に出して囁くと
即座に、どこからか、返事の言葉が返ってきた
「『全ての浦島はこの件に手出し無用』だからね、ワシらはただ、子供が遊んだ後の後片付けに来ただけさ」
『当主』
私の祖母
私を地獄に誘った人、私に浦島の心得を叩き込んだ人、そして兄と逢わせてくれた人
姿はどこにも見えない、世闇に紛れているにしては声は近く、死角に潜んでいるにしては韻は遠く
居場所を探っても、声の出所すらはっきりとしていない。
力量差をこんな所でも思い知らされる。
言葉通りの子供扱い
だが
「ちょうどいいです―――私も、一つお婆様に伝えたいことがあったので、直接言うとします」
「なんだい?」
「私は」
息を止め、そして吐く
私に出来る最高の気を込め、何処かにいる祖母に向かって
「今、この時を以って、『正統後継者』の立場を放棄します」
宣言、した
『正統後継者』
浦島ひなたの全てを継ぐもの
そのためだけに、私は引き取られた。
母の代役として、私は連れて来られた。
ああ、そのこと自体は恨んでもなんでもいない。むしろ、そのおかげで兄と出逢えたのだから感謝してすらいる。
浦島流
闇に潜みし人狩りの刃
誰かがやらねばならないことを正にやっている無駄極まりない組織
其々の目的で、世界の敵を目の仇にする者が集まる場所
それを継承するのが
『正統後継者』
それは、私の存在意義だった。
正に、そのためだけに私は連れてこられ、育てられたのだから
私も殊更にそれを否定することなく、任務を遂行してきた
けれど、今や、それは私の足枷となっている。
『正統後継者』
その二つ名を持つ以上、私は必ず浦島へと戻らなければならない。
けれど、私は
いや、私が戻るべき場所は
「…色香に迷ったかい、可奈子」
「は、なにを今更。私が兄に色狂いなのは、とうの昔からわかっていることでしょうが」
私は、祖母に『そのため』だけに引き取られた
『正統後継者』となり、『当主』として浦島流を継ぐことは、暗黙の了解として二人の間にあった。
兄と一緒に旅館を経営するという夢も、『当主』となるまでの執行猶予のようなものだと――あるいはそれすら、実現不可能な子供の我侭だと――祖母は考えていたのだろう。
暗黙の了解
それを、私は破壊した
つまり、今この瞬間から
祖母と敵対するということだ
「浦島の使命をなんだと思ってるのかね、この娘は」
「…600年も前の誓いだかを、いつまでも果たそうとすること自体、ナンセンスですよ。そのようなこと、とうの昔からわかっていたはずです」
「――――思えばお前には、浦島の使命の意味というものを、教えていなかったねえ」
「は、言っておきますが、どんな言葉だろうと改心しない自信はありますよ―――なにしろ私は、意地っ張りの頑固者ですから」
「…また、変なところばかり景太郎に似おって」
「私にとっては最高の褒め言葉です、それは―――掛け値無しに」
現在の武装状況は――――ほぼ、無手に近い。
青山素子との連続戦闘で消費した分を補充する暇がなかったので仕方ないとはいえ…厳しい。
相手が祖母なら尚更だ。
更に言うなら、祖母には必ず護衛がついている。この時点で二対一以上、その上どちらも私よりも技量で上回っている。客観的に観るなら、ほぼ絶望的な状況。普段の私なら一目散に撤退しているだろう。
だが、私は今この場で退くわけにはいかない。
兄への想いに懸けて、絶対に、だ。
「―――――言葉よりも行動で、それがワシらのルールだったね」
「ええ…思えば、二週間前のアルジェリアでもそうでしたね。互いの意志が決定的にぶつかり合う以上、結局は武力でモノを言う―――それが浦島のやり方というものでしょう」
ここで退いたら、私の全ては嘘になってしまう、から
……そう、こうやって、個人的な感情で戦略的な指針を誤り、破滅していく愚か者を私は大勢見てきた。私も今日からその仲間入りだ。
―――考えてみれば、四日前もそうやって青山素子に惨敗したんだった。
同じ失敗を繰り返すほど馬鹿だったのだろうか、私は
自分に苦笑し、戦闘体勢をとる。相手の方向すら分かっていない状態で構えることは出来ない、全身の力を抜いて神経を張り詰める、両手をダランと下げた無行の位で、カウンターを狙うしかない。
―――だが、私とて、全くの無策で技量的に勝っている相手に対するほど馬鹿ではない、つもりだ。通じるかどうかは怪しいが
「そうだったねえ……それじゃ、この二週間で、どれだけ強くなったか見せてもらおうかの―――『御盾』」
戦闘体勢に入った私を見て、祖母がどこからか命じた瞬間
唐突に、その場を、異常なまでの静寂が支配した
――――――『御盾』の方か
『醜の御盾』
浦島流門下の中でも、ずば抜けた技量を持つ男。そして、私の技術面での指導役
『魔弾』か『御盾』か、相手の予想はしていた―――が、どちらにしても厳しいことには変わりはない。
彼が最も得意とするのは、隠行(にも関わらず、遂行する使命は護衛のみという変人だ)積もった雪に足跡をつけることなく歩き、大衆の中で誰の記憶にも残らずに行動する。もしかしたらその腕は『魔弾』より上かもしれない。 はっきり言って、私は奴の行動を補足できた試しがない。
それは今、攻撃を受けているこの瞬間ですら、そうだ。
――――そう、『御盾』は、攻撃を加えるために死角から私に接近中なのだろう。攻撃中ですら、奴の隠行は崩れない。 カウンターしようにも、気配も掴めないのではどうにもならない。
だが、これなら、どう、だ――――――――――
静寂、そして交錯する瞬間
ズダン!と大地を踏み抜く音が響き
凪ぎ
私は、背後から伸びてきた『御盾』の腕を取って前方に投げ飛ばしていた。
「ひゅっ!!」
『御盾』の顔が驚愕に歪んだかどうか、ぜひ確認したかったがサングラスのせいでそれは無理だった。
機を逃さず、逆さまに滞空したままの黒スーツに突進、軽くジャンプしてから後ろ回し蹴り(ローリングソバット)を相手の頭部に叩き込んだ―――が、相当に無理のある体勢にも関わらず(ブーツから飛び出した刃を避けて)受けられる。
…普通、凌ぐか?この状況で
だが、流石にこの状況で受身を取るのは不可能だったらしく、『御盾』は背中から地面に叩きつけられる―――と 思いきや、空いているもう片方の手を足代わりに着地、バク転して離脱され、即座に用意して放った最後の鉄針は虚しく地面に突き立った。
それ以上の追撃は危険と判断し、私は『御盾』と5mほどの距離を隔てて向き合う。
「…驚いたな」
「ええ、私も、まさかここまでいくとは思いませんでしたよ―――嫌になるほど完成度の高い技です」
私より技量で圧倒的に勝る『御盾』の攻撃を凌いだ技の名は『静寂凪ぎ(しじまなぎ)』
発徑を以って地面を踏み抜き、放射された余波によって相手の攻撃の軌跡を読み取り攻撃をさばく、気を用いたアクティブソナーのような見切り技。どんなフェイントを挟もうが、気配の断ち方がどれだけ完璧だろうが、攻撃の軌跡は白日に晒されたかのように露になる。
母の技だ。
兄の手紙を回収するために実家に寄った時、母に他の幾つかの技と共に(何故か)教授された。ずっと互いに避けていたのに、どういう心境の変化だろうと、そのときは不審に思ったが―――どれもこれも、悔しいぐらい役に立っている。
「―――以前は、貴方の元で血みどろの修行に明け暮れてました。その時から、一度、本気でケリをつけてみたいと思ってましたよ。私も、あの頃より大分強くなりました…この際です、互いに全力でやってみますか?『御盾』」
「……虚偽を為そうとする者は雄弁となる」
ぎく
ばれてる……ハッタリにビビって撤退してくれれば御の字と思っていたが―――やはり虫が良すぎたか
はっきり言って『静寂凪ぎ』で『御盾』の攻撃を凌いだといっても、それは最初だからこそ。二度目からは通じないだろう。というか、今の私の技量ではこの技を使うのに全力を尽くしてなければならない。そして、待ち一辺倒では絶対に勝てないのが勝負というものだ。
仕方ない、こうなったら移動速度で撹乱しつつこの場を離脱(伊達に『神速』ではない)して青山素子を巻き込むか(ロビーか自室にいるはず)そうすれば二対一、流石に相手が『御盾』といえど勝機は見えてくるだろう
…無論、祖母が途中で手を出さなければ、だが
――――――――と、こちらが腹を決めたと同時、その黒スーツの男が構えを解き、一歩下がった。
「―――?」
「……拙者、これ以上茶番に付き合うのは御免こうむります」
「やれやれ、此処からが面白いっていうのに、お前も無粋な男だねえ…」
がさ、と傍らの茂みを揺らしながら
祖母が、杖をついて、『御盾』の傍らに現れた。
…ここにもう一人の黒スーツ―――『魔弾』がいれば、水戸黄門に見えないこともないだろう。
あるいは、中国系マフィアの老幹部に見えるのかもしれないが
そして、祖母は
「―――茶番、とは?」
「別に、好きにするといい、ってことさ。浦島は基本的に、入るも抜けるも本人の自由だからね」
「…それが例え『正統後継者』でも、ですか?」
「あんたの好きにするといい」
あっさりと
言う
……そんな、馬鹿な
身寄りのない子供だった私(憶えてはないが)をわざわざ引き取って『神速』として教育して
『正統後継者』に相応しいだけの逸材に鍛え上げて
それが
どうでも、いい?
「けれど可奈子や、一つだけ伝えておくよ」
祖母が背中を向ける
待って―――――――――と、言葉を紡ぎかけた自分に愕然とした。
「お前が景太郎のことを真に考えるなら、いつか必ず、浦島に戻ってくるだろうから―――それまで『正統後継者』の座は空けておくからねぇ」
そうして
その、杖をついた小柄な老婆(祖母)と、黒スーツにサングラスという格好のボディーガード(師)は去っていった。
残された私は呆然としていたが
しばらく―――五分ぐらい―――経ってから、急にムカムカしだした。
なんなのだ、それは
ワケのわからない言葉だけを残して、もやもやとした気分を植え付けて
本当は、こっちが驚かすはずだったのに、あっさりと承認されて、なんだか全て読まれていたような―――とにかく煮え切らない。
そのことが無性に腹が立つ。
相手はそもそもからして理不尽の塊のような存在だと、わかっていてもだ
「お婆様……」
――――それでも
それでも確かに、浦島の使命は私の人生の大部分を占めていたのだ。
…なんてこと
まるで、親から見離された子供のような、喪失感
『神速』ともあろう者が――――いや、浦島から外れたなら、それですらないのか
存在意義の自己否定
また……だ
これから私は、なにをすればいいのだろうと、ぼんやりと思う。
百の罪を背負ったまま
百の罪を上回るだけの価値がある生き方とは
いったい――――――――――
「やれやれ、結局ワシ等は悪者かい。割に合わないねえ、全く」
「……それが我等の役目なれば」
「ああ、はいはい。必要悪を気取ってるからには徹底しなきゃならん、だろ…とはいえ、それをあんたに言われるとは思わなかったよ、護衛専門の浦島流門下『醜の御盾』に言われるとはね」
「………」
「ヒョッホッホ、拗ねるでない。大の男がやってもかわいくないぞ」
「……それでは地中海に戻りますが、やりのこしたことなどはありますか?」
「ま、ひなた荘の子達に会いたかった気もするが、それはまた今度にしておくさ…そうそう、そっちこそ、あの二振りは素子に渡しといたのかい?」
「はい、確かに青山素子の部屋に置いて参りました」
「なんじゃ、直接渡さなかったのかい…といっても、その格好じゃ曲者に間違われるのが関の山じゃろうがな」
「当主、何度も申しますが拙者、神鳴とは完全に縁を切った身ゆえ、それ以上…」
「ああ、はいはい。この程度で怖い顔するんじゃないよ…それで、帰りの足はなんだい?」
「…来た時と同じく、拙者の操縦する自家用ジェットですが」
「なんだ、つまらんねぇ…たまには一般客と一緒に、バスツアーで羽目を外したいもんだよ」
「…とりあえず火急の用です。手が足りない故、『神速』が使命に応じないとなれば、当主が事にあたるしかありません。『魔弾』が時間を稼いではいるでしょうが、急ぐに越したことにはないでしょう」
「…やれやれ、本当に―――孫の尻拭いなんて、割に合わない役回りじゃな」
ふらふらと散策を再開しているうちに、いつのまにか兄の部屋(管理人室)に来てしまったらしい。
戸を開ける。
兄がいた。座布団の上にあぐらをかいて、ぼんやりと考え事をしている。入ってきた私には気付いてないらしい。
ふ、と足音を忍ばせて傍まで歩み寄る。そしてコロンと、兄の足を組んでいる部分に頭を投げ出して寝転んだ。
「う、うわっ!か、可奈子、なにやってるんだ!?」
流石に気付かれる。
んーんん、と猫のように喉を鳴らして兄の顔を見上げた。こちらを覗きこんでくる瞳が、僅か30cmの距離にある。
うん
「膝枕、してくれるって言いました」
「え、あ……そっか、膝枕か…でも、それならちゃんと正座するぞ」
「いいです、これで。正座は足が痺れるでしょうから」
暖かい
心地よい
この場所でなら、それは確かに、優しい夢を見れるだろうと思う。
なんで、ここはこんなに幸せなのだろう
「…そういえば可奈子、お前この部屋に住んでたらしいけど、これからどこで寝るんだ?」
「この部屋で、というわけにはいかないんですか?」
「ええっ!?……そ、そりゃ兄妹なんだから別にいいかもしれないけど…」
くす、と笑う
この人が、私のことをどういう風に思っているのか、今のでだいたいわかった。
妹としては、もちろん最初から受けいれてくれている、七年の年月を越えて
それと、女としても多少は意識してくれていると思う。思えば、成長期の七年間という年月は妹が恋愛対象に変わるのに充分な期間だったのかもしれない
それは、私も
「……いえ、やっぱり別に部屋をとります―――そうですね、305号室でも」
「あ、成瀬川の隣か。あいつ結構親切だから、いろいろ聞くといいよ」
「はい――――友達ですから」
兄は、私が成瀬川なるを友達と呼んだことを、当たり前のように受け入れてくれた。
嬉しい
―――兄は、私が成瀬川なるにした諸々の事実を知らない。でも、知っていてもきっと(多少驚くだろうけど)受け入れてくれると思う。
貴方はとても優しい
罪なほどに、残酷なほどに
「そういえば、可奈子。ひなた荘を旅館にしたんだって?」
「はい―――兄さんがお客様第一号ですよ」
――――――ああ、そうか
この期に及んで、ようやく気付く。私が夢見ていた、旅館ひなた荘を経営するという望み。それが意味するところ
私は―――兄を迎えたかった。
私は兄とは全く違う道を、それこそ休むことなく走りつづけていたから―――
兄の帰還を待つという
ひとときの幻想(ユメ)を、見たかったのだ。
「でも、しばらくは休みにしておきます。皆さんには皆さんの生活があるでしょうから」
「そうだよなあ…まあ、ひなた荘が女子寮じゃなくなったら――って、大分先のことかもしれないけど――そのときは旅館でもなんでも、自由にやればいいよ」
やはり、兄は―――幼い頃に交わした『共に旅館をやる』という約束を憶えてないようだった。
それが、全然気にならなかったことが、むしろ驚きだった。
いや、当たり前か
兄は、兄だ。
私との約束の一つや二つ、憶えていなかったところで別人に変わってしまうわけではない。
私が本質的に信頼する、兄の性根は――――幼い頃のまま、確かに変わっていない。
人並み(シアワセ)になろうとして苦しむ貴方
「兄さん、アメリカでも手紙、届いてましたか?」
「あ、その……ゴメンッ!全部、向こうで飼ってる山羊に食べられちゃってさ」
「………」
「だ、だからさ、せっかく久しぶりに会ったんだから、その分色々と話してくれると嬉しいなーっと…思うんだけど、どうかな?」
「――――はい」
膝枕(というか胡座枕)してもらいながら、今まで離れていた分を埋めるかのように色々な話をする。
受験のこと、東大のこと、青山素子のこと、成瀬川なるのこと、乙姫むつみのこと、前原しのぶのこと、カオラ=スゥのこと、紺野みつねのこと、瀬田記康(兄の師匠らしい)のこと、他にも、色々
私も話す。浦島流のことは話せないので、殆ど話すことはないかと思ったけど―――思い出してみれば(使命を抜きにしても)実に様々な経験をしてきたのだと、兄との語らいの中で気付く。
ああ
祖母との会話で残された喪失感が、ゆっくりと埋まっていく。
私は、浦島のことなどなくても、この世界に思い出と共に確かに存在するんだ。
『正統後継者』ではない、浦島可奈子として
「―――ありがとうございます」
「ん?どうしたんだ、急に」
「膝枕」
「礼なんかいいよ、そんなこと。これまで、兄妹なのにこうやってゴロゴロすることなんか、あまりなかったからさ」
「……はい」
不思議な感じがした
膝枕している兄も、コロンと寝転がっている私も、なんだか、10歳と5歳の少年少女のように無邪気に話している。
それでも、私達の体は22歳と17歳の、手足もちゃんと伸びて上背も充分にある大人のものなのだ。
ふと―――――これは、幻想(ユメ)なのではないかと思う
たとえば、本当の私はまだ5歳の子供で、はじめて兄と会った次の日に、願望と共に――こんな、優しい夢を見たのかもしれない。
その私はきっと、夢など目覚めると同時に全て忘れてしまって、急にできた頼るべき人の元に遠慮なく走っていくだろう。
それはそれで、いいと思う。
たとえば、本当の私はどこかの国のどこかの宿で休息を取っていて、祖母から下された使命のままに、また罪を背負う朝を迎えるのかもしれない。
その私はきっと、そんな夢を見たことで一時の感傷に浸るのかもしれないが、それは心の奥底に、大切に、汚れないように仕舞って、鋼の心をもって使命に取り掛かるのだろう。
それはそれで、いいと思う。
たとえば、本当の私はごく普通の高校生の少女で、思春期の妄想として、居もしない優しい兄(限りなく白馬の王子様に近い)の夢を毎晩見ているのかもしれない。
その私はきっと、見た夢の内容を忘れないように日記にしたためて、ギリギリまで夢を見ていた故に、遅刻しそうな時間に家を大急ぎで飛び出していくのだろう。
それはそれで、いいと思う。
――――夢なのだろうか、とふと思い
私は、それを確認するために何気なく聞いてみた
「兄さん―――私のこと、好きですか」
「?うん、好きだけど」
「私も、です。それじゃ、結婚しましょう」
「!?か、かかかかかかかかかかかなこ!なに言ってるんだ、お前!」
「…ダメですか?」
「駄目もなにも、無理に決まってるだろ!」
…そうそう、うまくいかないか
やっぱりこれは、現実のようだ。
これが夢だったら、実は本当の兄妹ではないという今更といえば今更の事実(私にしろ兄にしろ忘れがちだ)が明らかになり、ベッドシーンから結婚式まで一直線だろうに
それはそれで、いいだろう
けれど
こうやって膝枕をしてもらって、二人で当たり前のようにゴロゴロするのも、悪くない
本当に
悪くない
悪く……ない………なあ…………
「……可奈子?」
それからしばらく静寂が続いて、ふと呼びかけてみたら返事は穏やかな寝息だった。
寝ちゃったのか…
寝顔はやっぱり(面影はあるものの)俺の知らない少女のもので、それを意識すると少しドキドキするけれど
昔はよく、二人一緒の布団で寝たことを思い出せば別に恥ずかしいことでもないかと、思う。
なにしろ、可奈子は可奈子だから
どんなに外見が変わっても、俺をずっと助けてくれた、笑顔の似合う可奈子には違いない。
ちょっと人見知りする部分はあるけれど、住人のみんなとも、きっと打ち解けてくれるだろう。
成瀬川とは、もう友達になったと本人も言っていたし
「もう、一人でも大丈夫なんだな…」
七年前は、とても小さくて、守ってあげなければいけないような頼りなく儚い少女だった。
いつも俺の後をひょこひょことついてきて、他の誰とも話をしない、そんな子だった。
でも、もう背も伸びて、ちゃんと他の人とも話し、友達もつくれる。普通の娘だ。
それは、少し寂しいけど、それよりもはるかに喜ぶべきことだと思う。
世界が、様々な可能性が開いているということだから
「もう、子供扱いできないのかもな…」
くしゃ、と髪を撫でる。
こうやって幼児にするような行為は、もうしていけないのかもしれない。
一人の人間として尊敬する以上
けれど――――
『お前は、俺の妹だよ……』
『何があったって、お前は俺の妹なんだ』
『そして…お前が認めてくれるんなら…俺は、可奈子の兄でいられるんだ…』
『だから……そんな、無理しなくていいんだ』
成長した妹を膝枕しながら
俺も成長しないといけないな……としみじみと思う
「……俺は、いつまでお前の兄でいられるんだろうな」
――――いいえ
――――たとえ、なにがあったって、お兄ちゃんはずっと私のお兄ちゃんですよ
やあこんにちわ、久しぶりだね…ええと、以前に出番があったのが五月だったから、今度は11ヶ月ぶりかな?
さて
僕と彼女のいわゆる『妖刀コンビ』は、黒スーツの男によってマスターの元に戻ることが出来た。
ひな君の方はしばらく落ち込んでたけど、今ではもうぎゃいぎゃいという勢いを取り戻している。
ああ、疲れる。
いちいち相手をしてしまう自分の性根を恨んだりしたいが、妖刀なのでそんなこともできない(というか一々落ち込んでたら600年も過ごせやしない)
さて
ひなた荘に騒動を巻き起こした可奈子君だけど、結局ひなた荘の住人として暮らすことになった。
元の住人の一部からかなり反発があったけど、景太郎君と成瀬川君、乙姫君の取り成しでなんとか皆納まったようだ。本人からの謝罪もあったことだし
最後まで危険だなんだとブツブツと言っていたマスターも、可奈子君の「そういえば、別館を復元しておきましたよ」の一言で黙った。別館を削り壊したのが他ならぬマスターだからなあ…なんか、弱みを握られたっぽい。
さて
ひなた荘に住むことになった可奈子君が、なにをしているのかというと
勉強してたりする(東大を目指しているらしい)
しかも、マスターと一緒に
どうせ勉強する範囲は同じなのだから、という理由らしいけど、正に呉越同舟。
―――――だけど(時折戦闘にもつれこみながらも)勉強する二人は、なんだか…楽しんでいるようにも見える。
特にマスターは最近落ち込み気味なので、随分救われているような―――こんなこと言ったら本人からぶん殴られそうだけど
まさしく好敵手(ライバル)って感じだ。うん、よきかなよきかな
―――――こらぁぁぁぁぁぁぁぁ!しみじみ言ってないで助けなさいよぉぉぉぉ!!
あ、そうそう
勉強してる間、僕らは傍らに置かれているんだけど、ひな君は毎回猫(可奈子君の飼い猫、名前はクロ)にいいように弄ばれてたりする。いい気味だ。
―――――こ、この人でなし!あんたなんか捨てられて埋められて五百年後にボロボロの状態で化石として発掘されちゃえ!
それはむしろ、君が辿りそうになった運命だね…
というか、妖刀だとわかっていても君を使うマスターは本当にアバウトだなあ。
だいたい、今回こんな騒ぎになったのは君がいたせいでもあるんじゃないかな?
―――――な、なんのことよ!
いや、末端の君がいたからマスターは取り込まれてプッツン来たんじゃ…
―――――知らない!あんな変人なんて、私とは何の関係もないぃぃぃ!
…いや、悪かったよ、その話題に触れたことは謝るから
あんまり泣いてると……ほら
「み、み」
―――――あ、こら!転がすな引っかくな舐めるな匂いをつけるなぁ!
いやあ、懐かれたねえ…ひな君
はっはっは、慰めてくれているんだね、君を
ふふふふふ、気の効いた猫じゃないか、クロ君は
―――――笑いながら嫌味言ってるんじゃないぃぃぃぃ!!むかつく!殴る!いつか必ず乗っ取ってやる!
まあ、せいぜい精進するといいさ
果たして、妖刀が成長なんかできるのかは僕も興味があるしね
それまで、クロ君と友情を暖めているといい
―――――このバカ猫、私の言葉なんて一切通じないでしょうが…あ、こら!ま、まさか、や、やめなさい!やめろっ!お願いだから爪を柄で研ぐのはやめてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!
まあ、そんなこんなで
可奈子君(&クロ君)のいる風景は、特に問題もなくひなた荘に存在する。
…多分
―――――なにまとめに入ってるのよこのバカ止水!問題ありまくりじゃない!
ひな君、汚い言葉を使ってると心まで汚れてしまうよ♪
―――――とってつけたように爽やかさを演出してないで助けてよ!
というわけで、また会える日まで、さようなら
―――――こら、強引に終わらせるんじゃない!なんで私ばっかりギャグ担当なのよ!そんなの隠しヒロインに相応しい扱いじゃない……あ、フェードアウトしないでよ!待ちなさい!っていうか待て!言いたいことはまだ山のようにあるのよ!こんなところで終わるなぁぁぁぁぁぁ!!……………
FIN