暖かい春の木漏れ日を受ける俺と――――――彼。
居るはずの無いその男は、そこに確かに存在している。
握り締めた拳。
その手のひらにじっとりと汗が浮き上がるのがわかった。
一陣の風が吹き、桜の花弁を乗せた暖かなそれは、俺の首筋をなぞるように通り抜けていく。
暖かいはずの風なのに、俺は震えそうになるほどの寒気を感じた。
俺の眼は彼を見つめたまま、時間が過ぎていく。
なんで・・・・・・『ココ』にいるんだ・・・・・・?
その疑念が頭の中を反響する。
吐き気がする……
眩暈のように意識が白濁してゆき、俺の奥底に眠っていたどす黒い嫉妬が
身体を埋め尽くすように心までも犯していった。
「―――おや、景太郎くん?」
彼の声が俺を現実の世界へと呼び戻す。
声の主は口元に煙草を咥え、不思議そうに俺を見つめていた。
「な、んで、瀬田さんが、ここに……」
口の中が乾ききっていて声が擦れる。
俺がそう言うと、彼は流れるような動作で口元の煙草を掴み、ゆっくりと紫煙を吐き出した。
その光景が目の奥にこびり付く。
「友人に逢いに来たんだよ―――ところで、なんで景太郎君がここに?」
「えっ―――」
思わずそう聞き返した後、言葉に詰まる。
何を恐れているのだ?
「……俺、ココの上に住んでるんです」
「えっ? そうなのかい?」
彼は驚いたように声を上げた。
しばらく彼は何かを思い出すかのように頭を掻くと、急に笑い出した。
「あぁ、なるほど。彼女が言ってた甥っ子ってキミのことだったのかぁ」
なんで気付かなかったんだろうと、彼は苦笑いをし、
手に持っていた煙草を再び咥えた。
――――友人に逢いに来た――――
今、確かに彼はそう言った。
彼がここに来たのは……彼女に会うため……
「―――なら話は早いんだけど……」
彼の唇が静かに動き、微笑を湛えたその口が言葉を紡ぐ。
俺には、次に彼が口にする言葉など容易に予想できた。
俺が望んでいない名前
決して望んでいない彼女の――――――
「はるかはいるかい?」
彼が穏やかに浮かべる微笑は、
俺にとって憎しみ以外の何者でもなかった……
『届カナイ愛ト知ッテイルノニ、愛シ続ケタ……』
第二十話
じわり……じわり……
俺を埋め尽くしていく音がする。
「景太郎くん?」
彼が何か言っている。
早く反応しないと、彼が不信がるかもしれない。
とはいっても、俺の中では何かが渦巻き始めている。
今の俺にはどうする事も出来ない。
ただこれに心をゆだねる事しか出来ない。
じわり……じわり……
心が黒く染まっていく。
「――――はるかさんは今出かけています」
俺は静かに瀬田に言った。
俺が今まで感じていたすべてのものはいつの間にか消え去り、思考は冷静を取り戻していた。
酷く冷静であった。
いつもの俺であれは取り乱していただろう。
だが、俺は冷静であった。
恐ろしさすら覚えるくらいに。
じわり……じわり……
俺は真正面から、彼の純粋無垢な瞳を見つめ返していた。
だが、今この場に立っている自分は――――――多分、俺ではない。
冷酷な、自分の裏の中に存在していた違う誰か。
もう一人の自分・・・・・・。
そいつは氷のような眼差しで彼を見ていた。
瀬田はキョトンとした表情をして俺を見つめ返していた。
俺は彼の目線から逃れるかのように視線を逸らした。
すべてを見透かされそうで。
不安? 趙著? 恐怖?
そうだ…多分……
その視線が―――何もかも知っていたように感じたからだ。
「あれ? 参ったなぁ……いつ頃帰ってくるか分かるかい?」
「わかりません」
俺は彼に目線を戻しながら自分でも無機質な声だと思った。
思わずきっぱりと言い切ってしまった。
本当はこの階段の上に彼女いる。俺は嘘をついているのだ。
俺は顔に出ないように、彼と目を合わせた。
沈黙が降り積もる。
時間が流れるにつれて鼓動が速くなるのがわかる。
――――――それだけ俺は彼を彼女に会わせたくない。
しばらくすると、彼は「う〜ん」と間抜けな声をあげつつ、困った顔つきで頭を掻いていた。
「そうかぁ……じゃあ、また夜にでも来てみるよ―――――あ、そうそう。」
何か思い出したように彼はゴソゴソと白衣のポケットを漁り始める。
俺はその彼の動作を冷たい眼差しで見つめていた。
―――――消えろよ―――――
「ああ、あったあった―――はいこれ」
彼はほっとしたようにそれをポケットから抜き出して俺に差し出してきた。
それはヨレヨレになってしまった茶色い封筒であった。
「……なんですか? これ。」
――――この場から、今すぐ―――――
「バイト代。ほら、今日でもう一週間になるからそれで」
「……。」
俺は何も言わずにその封筒を彼の手から取った。
何故か虫唾が走る、そんな感覚であった。
しばらくそれを見つめていると、俺は今まで気にも止めていなかった事を突然思い出した。
このバイトを受けたのは一週間前。
そして、彼が日本にいるのも一週間……
「……もしかして、向こうに行ちゃうんですか?」
「え? ああ、そうだよ。明日の朝早くココを発つことになるね」
話はそれだけで終わった。
彼はそのまま店を後にしてゆっくりと坂道を下っていく。
その後姿を見送りながら、俺はその場に立ち尽くしていた。
俺はいつの間にか、いつもの自分に戻っていた。
彼の後姿がいつしかなくなると、急に奥底に隠していた恐怖が押し戻されてきた。
彼がここに来るのはわかっていた……
それは、彼女に電話がかかってきた時から、薄々と……
突然、胸が軋むように痛んだ。
それは酷く苦しく、そして悲しいものだった。
痛みに耐え切れず、俺は心臓を握りつぶすかのように己の胸倉を掴む。
それでも痛みは治まらない。それどころか、痛みが激しくなったように感じる。
気が付けば俺は、涙を流していた。
結局は、俺は『部外者』なんだ。
彼らにとっては俺は無関係。
その事実が俺は憎かった。
それ以上に、自分自身何もできない事に腹が立った。
今の俺に何ができる?
たとえ行動を起こしたとしても、俺は大切な何かを失ってしまうだろう。
大切な何か……それを失うのが俺は恐い。
俺は『部外者』
そう、目の前で起こっている事を、ただ眺めているだけの部外者でしかない。
「……煙草、取りに行かないとな……」
鉛のように重くなった足を無理やり動かし日向に向かった。
春風が額をなで上げるが、数十分前のあの心地よさはなかった。
彼女が横にいて、俺も彼女の横にいて、木々の花が摩れ合う音が聞こえて………
いつまでも安心できたその日々が消えうせていく気がした。
「――――おい馬鹿――――」
頭がぼんやりしている。
煙草を猛烈に吸いたかったが、はるかさんに渡してしまったので今は無い。
今はそれよりも早く彼女に会いたい。
彼女の笑顔が見たい。
「――――おい馬鹿!――――」
なんだか変な声がする。
……どうせ空耳だろう。
気が滅入ってるからそんな幻聴が聞こえるのかもしれない。
俺はようやく店の前に来てドアに手をかけようとし―――――
「無視すんな!! このクソボケ!!」
その瞬間、首筋に激しい衝撃が走った。その後、顔面に同じような衝撃を受ける。
何がおきたか一切分からない。
が、俺はその勢いで店のドアに突っ込み、自分の身体が店の中をゴロゴロと転がっていくのはわかる。
そしてカウンターにぶつかった俺は――――停止した。
ついでに思考も停止した。
「……………」
久々に強烈な攻撃を受けた気がした。誰だか知らないが相当痛いぞ、今回は……
「―――ヤバイ! やりすぎた?! おい、大丈夫か、馬鹿!!」
精神的ダメージがまだ残っている俺に、さらに物理的ダメージが加わり、横たわる俺は少女の声を聞いた。
その声は、とても聞き覚えがあった。
「おい、起きろって!! ―――――まさか死んだ?」
「……………」
「……おい、死ぬな!!」
少女の声が微妙に涙声に変わっていた。
(――――そろそろ…起きんとやばいかな?)
毎回自分でも思うが、回復が早すぎる気がする。
普通はホントに死ぬんじゃないかな?
微妙に頭にガラスの破片が突き刺さってるし……流血してるし……
けど、その声の持ち主は大体わかった気がする。
「――――なんでサラちゃんがここにいるんですか?」
「あっ………」
突然むくりと起きた俺に少女の驚嘆する声が聞こえた。
「い……」
「い?」
「生きてんなら、さっさと起きろ!! 馬鹿ケータロ!!」
その刹那、急所に激しい蹴りが入り、 俺は本当に死んだ……。
◇◆◇
一時的に起こった喧騒は終焉を迎え、店の中では落ち着いた時間が流れていた。
何とか俺は馬鹿みたいな回復力を発揮したのち、加害者の女の子を店内に入れた。
つくづく自分に呆れてしまう。
結局は俺に延髄蹴りを食らわせたの人物は サラであった。
そう言う彼女は黙々とテーブルの上に あるプリンを食していた。
「―――サラちゃん、最後の蹴りは凄く痛いからもうしちゃダメだぞ?」
「食らうほうが悪いんだよ――――おかわり」
「あのねぇ・・・・・・人を傷つけちゃだめなの! わかった!?」
「あーハイハイ、わかったからおかわり」
子供相手にはなぜかお父さん口調になってしまう自分と、
「プリンをさっさと出せ」と言わんばかりに俺の目の前に皿を突きつけるサラ。
本当にわかってるのか? と思いながらも、カウンターの中に入り少し小さめの冷蔵庫からプリンを取り出した。
余談だが、今さっき出していたプリンも冷蔵庫入っていたものだ。
後でお金を払っておけば問題は……ないと思う。
では本題に入る事にしようか。
「なんでサラちゃんが此処にいたの?」
「ん〜?
「まあそうだろうね―――サラちゃん、食べながら喋っちゃいけませんよ」
「モグモグ―――うっせーな、私の自由だろ! 静かに食わせろ!」
なんか正論っぽく聞こえるが、これはわがままだよな?
なんだか自分のペースが狂わされて反論ができませんよ……
「でも、なんで一緒に帰らなかったの?」
そう言った瞬間、ピタッとサラのスプーンが止まった。
「……置いてけぼり……」
「……なんかわかる気がする……」
あの人ならやりかねないかも知れない。
そんな事を思いながらサラの顔を見ると、サラはプリンのカラメルを付けた頬をプクリと膨らましていた。
―――もしかして、過去にも何回もあったのかもしれない。
「―――んで。馬鹿は何で此処にいたんだ?」
「馬鹿じゃない……そうだ、忘れてた」
はるかさんの煙草を取りに来てたんだ……
俺は本来の目的を思い出し、カウンターの席を後にした。
「えーっと、どこだったかな?」
カウンターの中で俺は苦戦していた。
一見整理されているように見えたカウンターだったが、ものの置いてある配置がおかしいのだ。
たとえばスプーンの入っている引出しなど、何故か一番取りづらい位置の引き出しに入っている。
まあ、当店長が使い勝手がよろしいのなら別にいいんだが……
「……何? この組み合わせ?」
百円ライターの山とイチゴ大福……はるかさんって以外に甘党? いや論点違うし!!
まあ、気を取り直して探索を再開する。
次は……コーヒー豆の下の引き出しだな。
俺は少し疲れた眼差しで引出しを開いた。
「うおっ! なんじゃこりゃ?!」
その中を見て、俺は目を丸くした。
そこには 端から端まで敷き詰められたマルボロ が一切隙間なくピッチリと収まっていた。
「何、この買いだめ……」
俺はマルボロの箱たちと睨めっこ。
多分この面積だと……横に4、縦に10、高さ3……
ということは……120箱!?
なんですかこの量!!12カートン分ってどれだけ吸うのですか?!
奥義「五本吸い」とかしてるんじゃないのだろうか?
あ。いや待て、一か月分かもしれないぞ?
それでも…………4箱!? 一日4箱ですか!?
いや、半月に一回、5カートン買ってくるから、それ以上かも……
「―――――あとで叱っときましょう」
俺は心の内で小さく決心した。
◇◆◇
とりわけサラとはたいした話はしなかった。
そこで俺はコーヒー一杯と目的の煙草の回収。
サラは冷蔵庫のプリンを全部平らげた程度……いや、俺の財布が痛い程度です……
まあ、特にはなかった。
今はひなた荘に戻るべく長い石階段を上ってるぐらいだ。
空は青空を薄め、夕暮れへと時を進めていた。
横を見れば、相当プリンが嬉しかったのか上機嫌にスキップをしているサラがいる。
「――――マルボロ効果使わなくてよかったな……」
「ん? どうした馬鹿?」
「いや、なんでもないよ」
俺は苦笑いをしながら、手の中でマルボロを転がした。
「――――ずいぶんと遅かったな」
俺は頭上から聞こえた声に、ばっと顔を上げた。
見上げれば、もうすぐ階段が途切れる場所。
そこに はるかさんが煙草を吹かして仁王立ちをしていた。
「いつまで待たせるんだ?」
微妙に語気が強まっていた。
けれど表情は変わらない。
怒っているのは分っていたが、そのポーカーフェイスを見ただけでも心が安らぐ自分がそこにいた。
「はるかさん……! いつからそこに?!」
「大分待ったかな?」
彼女は煙草を咥え、軽快に首の骨を鳴らした。
「まあ、言い分は後にして……誰だ? その子?」
「うへっ?!」
俺はとなりにいるサラを慌てて見た。
サラは俺の腕に掴まりながら暢気にぶらぶらと遊んでいた。
今、はるかさんが見ている光景はまさに子供と遊ぶ親子のように見えた思う。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
数十秒が永遠と感じるぐらい時間が過ぎる。
彼女は俺とサラを交互に見比べていた。
俺はというと、頭の中で現状を整理し、今最も効率がよい言い訳を考え出していた。
すると、彼女が長々と紫煙を吐き出しながら俺に問うた。
「……誰との子だ?」
「……跳躍したボケかまさんで下さい……」
「―――では拉致か。なるほどな」
「犯罪者ですか俺は?! しかもなにが 「なるほど」 なんですか!?」
「いや、気にするな」
「しますよ・・・・・・」
「なぁに、私の記録に景太郎がロリコンという事が掲載されただけだ」
「勘弁してください……」
俺は力なくうな垂れた。
そうなのか? こうして見ると俺は変態に見えるのか?
俺は何かを喪失した気分になった。
「それで、実際にその子はなんなんだ?」
俺は落ち込んでいた気持ちのまま、彼女を見上げた。
すると彼女はくくっと笑いを堪えている。
今まで一緒にいたが、此処まで性根が悪いとは思ってもいなかった。
俺はがくりと深い溜め息をついた。
そして―――――ゆっくりと口を紡ぐ。
「はあ……瀬田さんの子供ですよ」
そう言った瞬間、足元を何かが通り過ぎていった。
それは彼女の咥えていた煙草であった。
後書き
こんにちは2ヶ月ぶりかもしれないフェイカーです。
またもやブランク……(;´Д`)
全然書けない状況が二ヶ月、これもついさっきできたばかりです。
もう受験受験のオンパレードでストレス的なものが……文章にも影響が出てきてしまった。
次が本当に今年ラストかも……その分力を入れなければ!!
この作品まだまだ続きます。 てか続けます! 続けさせて完成させてやる!!
まだまだ続くこの作品を暖かい目で見守ってください。
ヨロシクお願いしますね(´∀`)
ps、ゲノやんさんに先送りさしていただいた所、なんと『アレンジ』して送り返していただきました!!
皆さんが今読み終わった作品は『フェイカー&ゲノやん』なんです!!
ゲノやんさんと『コラボ』なんです!! くぁwせdrftgyふじこlpヽ(`Д´)ノ!
――――――すんません、取り乱しました。
ゲノやんさんにアドバイスもいただき次の作品も力を入れていきたいと思います!
それでは〜 (´・ω・`)