透き通る水面に花弁が浮かんだ
それはゆらゆらと小さく揺れ
波紋を静かに揺らしていた
『届カナイ愛ト知ッテイルノニ、愛シ続ケタ……』
第十九話
◇◆◇
「えーっと、今回は少し遅い花見になりましたが、みん――――」
「「「「かんぱーい」」」」
「……せめて最後まで言わせて」
俺の呟きは、住人の笑い声と共に消え去り、こうして花見はひらかれた。
俺はその場を見渡してみた。
相変わらずスゥははしゃいでいて、それをなだめるしのぶ。
すぐ隣にいる素子は、黙々と料理を口に運んでいた。
すると、成瀬川が手招きをしているのに気がついた。
「景太郎、こっちに来て飲みましょうよ」
「はいはい―――って、お前未成年だろ!?」
俺はなるの手の中に収まっているものを見つけて、すぐさまツッコミをいれる。
「え〜、いいじゃない、硬いこと言わないでよ。こっちは勉強、勉強でフラストレーション溜まりまくってんだから」
なるは俺をにらめつけながら、唸るようにそう言った。
その迫力に俺は少し後ずさりしてしまう。
たしかに、彼女の言っているっことはわかる。
俺もほとんどの時間を勉強に費やしているのからだ。
「―――ああ……今日は特別によしとしようかな? だけど程々にしとけよ」
「それくらいわかってるわよ」
そう言って、彼女は俺に缶ビールを投げよこした。
ビールの冷たさが、すぐに手の中に広がる。
いつしか俺はその輪の中に溶け込んでいった。
◇◆◇
「おっとっ……」
ようやく、花見が一段落を迎えようとした頃、俺は酔いを覚ましに木陰に移動しようとした。
けれど、酔いが回ったのかどうにも足元がふらついて上手く立てなかった。
「なあに〜? もう酔ったの〜??」
隣にいたなるが俺のそんな様子を見たようで、可笑しそうに笑った。
「……お前、酔ってるだろ……」
「え〜? そんなことないよ〜」
そう言って、なるはケラケラとまた笑い始めた。よく見れば頬は赤く染まりはじめていた。
相当酒が回り始めているようだ。
「ほら〜、もっと飲みましょうよ〜」
なるがブンブンと、缶ビールを持っている手を振り回す。
案の定、中身がシートに飛び散ったので、俺は慌ててその缶を取り上げた。
「ああっ! もうお前飲むんじゃない! 片づけが面倒になる!」
「え〜!………景太郎のケチ……」
赤い頬を染めたまま、なるは恨めしそう頬を膨らまして睨みつけた。
その仕草が妙に可愛らしく少しだけクラッときたが、俺はそんな頭を元に戻すように頬をパシパシと叩いて平常心を取り戻す。
「たくっ―――俺、向こうで酔い覚ましてくるから、もう飲むなよ」
「わっかりました〜」
そう言って、なるは敬礼をしながら、またニコニコと笑った。
俺は安心は出来なかったものの、その場から離れることにした。
「なーにが、もうだめだって〜? 景太郎の癖に〜」
なるは俺の後姿を見つめたまま、ポツリと呟いた。
「まだまだ、お酒はあるんだから―――しのぶちゃん〜!」
近くの空いていないビールを手にとりながら、なるはしのぶ達を呼んだ。
俺は盛り場から少しはなれた場所にある桜の木の下で酔いを覚ます事にした。
俺はその場で腰を下ろすと、そのまま木にもたれかかった。
「フー……」
今までに貯まった疲労が開放されたかのように、身体の力が一気に抜ける。
すると、頭の上から ちらちらと桜が舞い落ちてきた。
俺はそのまま静かに目を閉じてみた。
あまり距離は離れていないはずなのに、スゥ達の楽しそうな声が静かに聞こえてくる。
不意に目の中が暗くなった。多分、木の影だろう。
心地のいい風が緩やかに俺の肌を通り抜けていく。
耳を澄ましてみれば、サラサラと桜の音が聞こえてくるようであった。
「――――景太郎」
「ん?―――あっ、はるかさん」
目蓋を開いて見上げてみると、そこには彼女の姿があった。
よく見れば、さっき落ちた影は彼女のものだったらしい。
「酔い覚ましか?」
「ええ――はるかさんもですか?」
「いや―――景太郎、ほれっ」
すると、彼女は俺にグラスを差し出してきた。
よく見てみれば、彼女の手には一升瓶ともう一つグラスがあった。
俺は慌ててそれを受け取ると、彼女は俺のすぐ横に腰をおろした。
「あれ?―――それって一番高かったやつじゃなかったですか?」
「そうだよ。……なんだ? 私が独り占めして飲むと思っていたのか?」
もちろん、俺はそう思っていた。
すると、彼女が俺の頭にコツンと叩いた。
どうやら顔に出ていたらしい。
「お前に大分働いてもらったからな。お前にも飲んでもらわんと、後味が悪い」
そう言って彼女は、俺のグラスになみなみと透き通った日本酒を注いだ。
◇◆◇
しばらくそれを飲んでいると、薄まっていた酔いも再び回ってきた。
酔いを覚ますつもりであったのに、また酒を飲んでは何の意味もない……が、これはこれでいい。
俺は彼女を覗いてみた。
彼女も何回か口に運んでいたので、頬に赤みがさしてきていていた。
「―――どうだ? 美味いだろ?」
「ははっ、やっぱり自分で買ったお酒は美味いですね」
俺はそう笑うと、再び少し酒を口に含んだ。
程よい辛味と、スーと抜けていく酒の香りがとても心地がよかった。
流石、彼女が選んだだけある。
―――まあ、物凄く値は張ったが……
「……なんだか、お前に苦労かけてばっかりだな………」
「どうしてです?」
彼女が不意にそんな事を言い出したので、俺は不思議そうに彼女の横顔を見つめた。
「まあ、なんだかな……そんな気がしてならないんだよ」
そう言って、彼女は自分のグラスを傾けた。
そんな彼女を見て、俺は可笑しそうに笑った。
「そんなことないですよ。俺こそ、はるかさんに昔から甘えてばっかりじゃなかったですか」
彼女はゆっくりと俺を見つめてきた。
けれど、俺は彼女の目を見ずに、グラスを見つめたまま続けた。
「―――母さんが死んでから、俺はいつも何所か心を塞いでた……あのままの過ごしてたら、俺はずっとあの時のままでしたよ」
「…………」
「だから、はるかさんのおかげですよ。こうして笑ったりできるのも」
そう言って、俺は彼女に微笑んだ。
嘘ではない。
俺はあの時、彼女に助けられたのだ。
母親を失った悲しみ。
それは俺の心にできた塞ぎようもない空虚の傷跡であった。
だから、俺は彼女を大切にすることを求めてきた。
彼女が悲しそうな顔をするたび、俺はすぐ側にいてやった。
それが俺のできる、唯一の事だったから。
「――――そうか」
「そうですよ。―――いつでも甘えちゃってください」
俺は、彼女の顔を見つめた。
すると、彼女は優しく微笑みを浮かべていた。
その少し赤い頬に、舞い散る桜の花弁が美しく照らし出されているようで、
――――とても綺麗であった。
しばらく俺たちは口を開かなかった。
何も会話のないこの時間は、別に不愉快であるとは俺は思わない。
ただ、彼女が何故あんな事を言ったのか……それが少し俺の心を揺るがしていたのはたしかであった。
「……もう最後か」
彼女がポツリと何か呟いた。
俺は驚いて視線を送ると、彼女がマルボロを咥えていて煙草の箱の中を見つめていた。
くしゃくしゃになった箱の中にはチョコンと一本だけ煙草が覗いていた。
「―――吸うか?」
すると彼女がおもむろに煙草の端を出して俺に差し出してきた。
「えっと……」
「最後の一本だ。お前が吸ってしまえ」
そう彼女が言うので、俺は途惑いながらもその煙草を受け取った。
俺は火を点けようと、ポケットの中をゴソゴソとあさりはじめると、彼女が火を灯したライターを差し伸べてきた。
「―――ありがとうございます」
そう礼を言うと、風で消えないようにその火を手で包み込んだ。
青い炎にゆっくりと火が煙草に移っていく。
すると、煙草の煙は俺の呼吸と共に気管をすり抜けていく。
――――いつも吸っているマルボロとは違った。
スーっと喉を通り抜け、肺の中に満たされていく紫煙。
吐き出した時に感じる、メンソールの香り。
彼女がいつも吸っている香りであった。
◇◆◇
もうどれくらい飲んだのだろう。相当酔いが回ってきている。
霞みそうになる視界をめぐらして一升瓶をみれば底の方ほんの少し残っている程度であった。
「はるかさん〜、切れましたよ〜」
日本酒の空瓶を持ちながら隣の彼女を見た。
酔いの所為か微妙に舌がもつれる。
「はる―――ありゃ、寝ちゃってる」
顔を横にしたまま、俺はポツリとそう呟いた。
彼女は小さな寝息を立てていた。
その赤味のかかった頬に横髪がさらりと触れている。
時折、太陽の光が彼女の目蓋にさらされると嫌そうに声を洩らしてゆっくりと身体をずらしていた。
「酒には強いはずだったのになぁ……」
俺はぼんやりとした頭で思った。
「ん……」
彼女が呻くような声が聞こえた。
俺はなんだろうと再び彼女を見てみようと首を動かそうとした瞬間、肩に軽い感触があった。
――――彼女が寄りかかってきたのである。
俺は驚いて身を強張らせた―――が、すぐに身体の力を抜いた。
すぅすぅと彼女の息遣いが耳元で小さく聞こえる。
俺は彼女を起こさないようにと、ゆっくりと彼女の顔をみた。
なんだか子供見たいだなぁ、と思った。
いつもの落ち着いた表情ではなく、無邪気な女の子のようなそんな顔であった。
不意に彼女が身体を動かすので、どんどんと俺の身体に密着してくる。
終いには、俺の肩に頭をあずけるという状態。
けれど、俺は何所となく落ち着いていた。
初心な自分なら慌てて身を離すだろう。
だけど、この温もりが心地がよかった。
なんとなく煙草を吸いたくなった。
俺は彼女がずり落ちないように気をつけながら、煙草を一本取り出して静かに火を点けた。
マルボロの先の方からゆらゆらと紫煙が立ち昇る。
嫌がるかな、と彼女の表情をみてみるが彼女の表情は先ほどと変わらない。むしろ心地がいいといった感じだった。
サラちゃんみたいだな、と俺はフッと笑った。
「…、……」
「ん?」
なにやら寝言を言ってるようだ。
面白そう。
俺は好奇心に駆られ、彼女の口元に耳を寄せてみた。
「………、……」
小さすぎてよく聞こえなかった。
「残念……」
俺は半場諦めて彼女から顔を上げようとした、その時、俺はそれに気がつき目を見開いた。
彼女は涙を流していた。
凍りついたようにこの場の空気が冷たく感じた。
彼女は何故泣いている? 何か恐い夢でも見てるのか?
…………じわり…………じわり………
何を見ているんだ? 夢の中で何を見ているんだ?
…………じわり…………じわり………
―――何かに覆われていく。
―――俺の中で何かがうごめく。
―――何かが俺を飲み込んでいく。
俺の視界から、彼女の涙がゆっくりと頬を滑り落ちていく。
それは俺の眼にこびり付くように、ゆっくりと……
頬から手を離した雫は、俺の肩に小さな染みを作った。
◇◆◇
「あー!! ケータローがタバコ吸ってるで!!」
俺はいきなりの大声に意識を一気に現実に引き戻された。
慌てて彼女から顔を離し、正面を見た。
「い〜けないんだ、いけないんだ。せ〜んせに言ってやろ〜」
「懐かしいはやし唄だな……」
そんな唄を聞いたせいか、呆気に取られてしまった。
唄を歌っているのはスゥであった。
「しのぶ〜!! ケータロがタバコ吸ってるで!!」
「わわっ!? スゥちゃん!?」
酔いの所為か頭が働かなかったらしい。
俺は改めてこの事態を把握した。
スゥにばれる→しのぶが泣きながら逃げる→成瀬川と素子登場→撲殺(死亡)
うん、見事な血色ルートだ。多分明日はないだろう(泣)
「スゥちゃ―――「どうしたのスゥ?」―――い゛っ!?」
ヤバイです。本当にルートに乗っちゃった
「セッ、センパイ……!?」
「しのぶちゃん! これには訳が!」
別にわけなんてないんですけどね……
「イヤアアアアアアァァァァァ…(この叫び声なんか恐い……)」
今思った。なんで叫んで逃げられなければいけないの?
「うらしま〜!!!」
はい、なんですか?
「斬岩剣!!」
「ごはっ!!!」
まあ、いつも通りのオチですが……成瀬川がこないのは何故?
「いっけー素子ちゃん♪」
ああ、なるほど。酔いすぎて人格かわってんのね。
「センパイのバカー!!!!」
しのぶちゃんまで酒飲んでたのね……後戻りしてきたし。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ん……うるさいぞ、お前ら……」
「あっ、はるかさん」
「何事だ?」
「いや、煙草がばれちゃいまして……」
「自業自得だ。 頑張れ」
「そんな〜……「うらしま〜」―――ひぃ!」
「串刺しでミュディアム、レアどっちがいい?」
「・……素子ちゃん、酔ってる?」
「よし! こんがりか!!」
「マジで?」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「おーい、景太郎。煙草くれ」
「うわっ、ちょっとタンマ、素子ちゃん! ――――はい!これ吸っててください」
「サンキュ、んじゃ、頑張って」
「助けてくださいよ!」
「ん〜……面倒くさい。ついでだ、煙草も取ってきてくれ」
「全然ついでじゃない!」
「待たんか浦島〜!!!!」
「さっき待っててくれたじゃん!!」
「センパイ、クスクス笑ってゴーゴーです♪」
「そのネタやばいって!!」
いつも身近にある喧騒が俺を追いかける。
けれど、俺にはその音は小さく聞こえた。
貴女の涙を見たときから
◇◆◇
「はぁっ……死ぬかと思った……」
俺は石段に腰を下ろして、溜め息をついた。
あの事態から離脱した俺は、このひなた荘の裏にある石段にまでたどり着く事が出来た。
さっきの運動の所為で、酔いはとうの昔に消し飛んでいた。
多分、彼女たちは今頃―――
『ケータロー、どこやー』
びくっ――!
スゥの声が石段の上の方で聞こえた。
俺は慌てて隠れようと、石段の隣にある林に隠れようと腰を上げた。
『しのぶ! ―――向こうかも知れんぞ!』
『素子さん、ダッシュでゴーゴーです♪』
そんな会話が聞こえた後、足音が遠くのほうに消えていくのが解った。
俺は用心しながら、石段を下り始めた。
(ふう……これじゃあまだ戻れそうにないな)
仕方ないので、俺は日向に隠れる事にした。
「えーと、はるかさんの煙草の予備は……カウンターの上だったかな?」
俺はぼんやりとした記憶を思い出しながら階段を下りていった。
裏の石段の桜たちも、表のように綺麗に咲いていた。
よく見ればチラチラと小さな緑の葉が見え隠れしていた。
もうすぐこの桜たちとお別れか。
そんな風に思うと、少し寂しく感じた。
ようやく石段が終わり新たな地面を踏みしめた瞬間、突然風が鳴り響いた。
桜の枝が軋むような音をたて、桜がざわめく。
俺は飛んでくる花弁を避けるように手をかざし、日向に視線を向けた。
背筋が凍るように冷たくなった。
「――――あれ? 景太郎君じゃないか」
聞き覚えのある声。
桜吹雪の吹き荒れるなか、確かにその声を聞いた。
「瀬田……さん……?」
目の前が白濁していくようだった。
風のざわめきが耳を反響していく。
……じわり……じわり……
また俺の中から何か聞こえる。
何かが俺を侵していく……
後書き
投稿遅れて申し訳ありませんでした!!
理由を言えば……パソコンを取り上げられてしまっていましたΣ(゚д゚lll)ガーン
もうすぐ終わるというところで中間テストというものが襲来!
受験生という事もあり、速攻で没収でした……(泣)
中間テストが終わった直後、すぐにパソコンを奪取! こうして完成したわけです(;´Д`)
後半部は手抜きのような感じになってしまったのですが、空虚感を出そうとしてみたしだいです。
本当はギャグにしようかと思ったんですが、あまりにも雰囲気がぶち壊されるので止めました。
けど、出来てるんですよ! 見たい人がいれば掲示板に言って下されば投稿させていただきます!(めちゃくちゃ壊れギャグです)
これからも頑張っていくのでよろしくお願いします! 感想待ってます!