彼女の目は
恐怖に怯えていた
俺の目も
恐怖に染まっていた
消えない傷跡
彼女にも
そして俺にも
深く刻み付けられた
心の傷跡
『届カナイ愛ト知ッテイルノニ、愛シ続ケタ……』
第十五話
◇◆◇
彼女の表情は驚きに満ちていた。
その時、何故そこまで驚くのか俺にはわからなかった。
俺は煙草に灰が溜まってきたので、ポンと灰皿に煙草を打ち付けた。
すると、彼女も静かに自分の煙草の灰を落した。
「―――そうか、やつに会ったのか・……」
そう言って、静かに煙草をくわえた。
その表情からは、何かが映し出されていた。
だが、俺には読めなかった。
俺は煙草を口から離しながら、彼女を見つめた。
「知り合いですか?」
俺はじっと彼女から目を離さなかった。
少しの静寂の後、彼女の顔が、ふっと緩まった。
「ああ――この前に電話してただろ、あの時の相手だ」
「それが瀬田さんだったんですか?」
「ああ」
彼女がそう言い終えると、徐に煙草をもみ消した。
その動作を見つめたまま、俺は深く紫煙を飲み込んだ。
煙が肺を満たし、やわらかい痛みが胸に刻み込まれた。
なんだろう……
この、胸に靄がかかったような……
何かに押さえつけられるような、そんな幻覚を俺は感じた。
俺がぼんやりと天井を見つめていると、不意に彼女が静かに立ち上がる。
そのままカウンターの中に入るやいなや、また新しいマルボロを口に咥えた。
「―――コーヒーでも飲むか?」
彼女がカウンターの向こうから、俺を見つめながら言葉をかけてきた。
俺は彼女に背を向けたまま、静かに立ち上がった。
「……今日はいいです」
そう言って、静かに玄関に向かって歩き始めた。
「―――なんだ? 景太郎らしくないじゃないか」
俺は足を止めて、彼女のほうに向き返る。
そして、じっと彼女を見つめた。
「?」
何だ? という表情を浮かべる彼女。
けれど、俺はじっと彼女から視線を外さなかった。
「――どうした?」
「いや……今日は早めに寝たいんです、作業で疲れましたからね」
ふっと、俺は表情を崩した。
「なんだ、それなら早く寝て明日に備えろ。また明日も仕事があるんだろ?」
「まあ、あるのかはわかりませんけどね」
俺が苦笑いをすると彼女もまた微笑を浮かべてくれた。
俺は軽く会釈すると、ドアをゆっくりと抜けた。
俺はそのまま店のドアを抜けると、すぐに立ち止まり、側にたたずんでいる店の柱に背を預けた。
不意に冷たい風が吹いた。
俺は身体を縮こませ、空を見上げた。
もう太陽は遥か西の彼方に消えてゆき、赤色に微弱な紺色を混ぜ、空を造っていた。
「―――何やってんだろ、俺」
俺は短くなった煙草を咥えたまま、ぼんやりと呟いた。
いつもの俺ではなかった。
彼女にいつも見せている、俺ではなかった。
いつものようにコーヒーを飲んでいけばよかったのに……
俺は短くなった煙草を足元に落すと、戸惑いを隠すように火をもみ消した。
俺は足元から視線を外すと、また空を見上げた。
いつの間にか、淡い赤色は消えて、夜に向かって時を廻らせていた。
それはまるで、俺の心にかかる、どす黒い闇のようだった。
俺はそっと柱から冷え切った身体を離すと、静かな足取りで石段のほうに歩いていった。
俺の頭の中で、彼女の顔が壊れた映写機に映し出されたように、ぼやけながら繰り返し再生された。
頭の中でこびり付きは、かき消され、次第に色を無くしていった。
自分の心が酷く揺れ動くのを感じた。
彼女の顔
多分、俺の言葉では言い表す事ができないであろう。
決して彼女ではないのであるから……
彼女の奥底から浮かび上がってくる、感情………
とても断片的であった。
―――――――驚き―――懐かしさ―――――――
わずかな感情の欠片を拾い集め、俺がわかったことは………
―――彼女が、
―――悲しみと喜び……
………それだけに満たされていたと、俺は思う。
彼は……瀬田さんは彼女にとって何なのであろう?
ただの友人?
多分、それだけじゃないと思う……
俺は石段を登るのを止め、ポケットから煙草を取り出して火を灯した。
まるで、深い霧に満たされた、自分の心を晴らすかのように……
冷たい風がまた自分の身体を切り裂く。
俺は思わず目を瞑ったが、不意に聞こえた音に気付き、ゆっくりと目を開けた。
―――――桜たちが鳴いている。
幾千もの花弁が風に揺られ、その身を風に預けて空に舞い散っていた。
夕暮れの空に小さな花が空に消えていく。
ふと、近くに舞い落ちてきた桜を掴もうとしたが、俺の手は空を切り、地面へと吸い込まれていった。
「……花見……そういえば、まだやってなかったな」
俺は自分の掌を見つめながら、ふと思い出した事を呟いた。
ひなた荘が出来てから毎年三月三日に花見を行っていたのだ。
ひなた荘の周りにはたくさんの桜が咲いている。
ココの住人にとっては花見のベストスポットになるというわけだ。
しかし、受験やらひなた婆ちゃんの世界一周などですっかり忘れていた。
もう三日は疾うに過ぎ、今は中旬。
桜も散り始めていた。
「そうだ、今週の日曜日に花見でもしようかな―――去年は皆楽しんでたからなぁ」
俺は自分の一言一言を胸に刻み付けるように一人で言葉を紡いでいった。
そうしよう―――
きっと、みんな喜ぶだろう。
俺は煙草を口に咥えて石段を再び登り始めた。
何時しか心の霧もなくなっていた。
――――それで、はるかさんを誘って買出しに行こう。
俺は、心の内にそんな決意を抱いて、ひなた荘に戻っていった。
◇◆◇
「ケータロー、お帰り〜〜!!」
ひなた荘の玄関を潜ると、いきなりロビーからスゥが飛び出してきた。
それも、ダッシュ&飛び蹴りというおまけ付きで。
「おっと……いいかげんそれ止めてくれない?」
俺は上手く蹴りを避けながらも、スゥがそのまま通り過ぎていってしまわないように抱きとめた。
「えー、嫌なんか?」
「どちらかと言えばい……「浦島!貴様、スゥに何をやっておるのだ!!」―――ふぇ?」
キョトンと声を上げた瞬間、俺の身体に衝撃が襲ってきた。
そこには、ロビーの所に抜き身の刀を持った素子がいた。
俺は謎の物体に吹き飛ばされ、玄関の地面に叩きつけられる。
スゥといえば……見事に身を翻し、ロビーの上に着地していた。
「あわわわわっ……」と、どこからかしのぶちゃんの戸惑いの声が聞こえてくる。
多分、一緒にロビーにいたのであろう。
「あら、景太郎帰ってたの?」
不意に廊下の向こうからやって来たなるが何事もなかったように声をかけてくる。
「はぁ・……あんたも相変わらずねぇ」
「……少しは俺の身を心配してくれててもいいんじゃない?」
なるに見下ろされながらも、よろよろと身体を起こした。
「う〜ら〜し〜ま〜!」
身体を起こすや否や、怒り狂う鬼神(?)が目の前に佇んでいる。
「わぁー!! 素子ちゃんストップ、ストップ!! ―――大事な知らせがあるんだ!」
「なんなの?」
「なんや〜?」
「?」
「言い残しておきたければ今聞いてやる……」
殺す気!?
まあそれは置いといて……
「今週の日曜日に花見を開こうかと思うんだけど……どう?」
俺は恐る恐る聞いてみる。
しかし、素子は変わらず怒気を含んだ視線で俺を睨みつけていた。
「その前にお前は死…「花見や、花見や〜!!」」
素子が何か物騒なことを言いかけたが、スゥの歓声に打ち消された。
「ま、待て……私は「そういえば、今年はまだでしたね」――っておい!」
しのぶがフォローをするかのように言葉を投げかけてきた。
ああ…ナイスだ、しのぶちゃん!!
「今年は色々あったからねぇ、いいんじゃないの?」
「じゃあ、今週の日曜日に。楽しみにしといてね」
俺は安心したように息を吐き出すと、そのまま階段を上がっていった。
ロビーでは喜びのあまりかスゥが飛び跳ね、しのぶとなるは花見で用意するものを相談していた。
何所からともなく怒声が聞こえてくるが……まあ、無視するとしよう。
◇◆◇
「というか、相変わらず素子ちゃんは怖いなぁ……」
俺は階段を上りながら、服の裾を持ち上げぼやいた。
俺の身なりは素子による襲撃によって土ぼこりがこびり付いていた。
「少しはねぇ―――」
女の子らしくなったらいいのに、とぱたぱた服をはたきながら俺は二階の廊下にでた。
「あっ………」
瞬間、足が動きが止まった。
氷の雫が背中を伝う感覚を感じ、俺はある一点を凝視していた。
俺は心臓が止まるかと思った。
この場から数メートル先にある談話室。
住人の溜まり場であり、テーブルを挟んで古い型の小さなテレビが一台だけポツンと置いてある。
そこには彼女がいた。
ただ一人、ポツンと椅子に座ってある一点をを静かに見つめていた。
テレビに視線を向けるが電源は入っていない。
再び視線を彼女に戻すと、その目は虚ろで、ぼんやりと虚空を眺めているのが俺にはわかった。
彼女の髪は、あの時のような艶はなかった。
無造作に髪は乱れ、服はあの時のまま。
引き寄せられるように、自分の眼差しが自然と彼女の瞳の方に移動していく。
俺は気付いた。
彼女の目じりが―――淡い赤に染まっているのに……
それを見た瞬間、俺は心臓をもぎ取られるかと思うほどの罪悪感に襲われた。
ぐらつく足を必死に踏みしめる。
思い出したくない記憶が再び、鮮明に蘇り俺に襲い掛かってくる。
彼女の言葉……
彼女の涙……
彼女の愛……
―――そして、悲しみ………
俺は息を飲んだ。
ゆっくりと彼女の顔が動く。
視線が……俺たちの目が次第に重なるのがわかった。
しかし、俺は目線を外すことなく、じっと横顔を見つめていた。
彼女の右頬に涙の流れていた。
胸が―――張り裂けそうだった……
「―――――っ」
俺と目が交わった瞬間、彼女はいきなり逃げ出そうとした。
「あっ、待ってください!」
俺は叫んでいた。
自分でも気がつかないような声量だったのだろう。
キツネの身体が一瞬、強張ったように動きを鈍らせた。
俺はいつ走り出したのかわからないが、咄嗟に彼女の腕をつかんでいた。
俺は動けなかった。
彼女の身体は小刻みに震えていた。
俺の腕を伝ってくるその震えに、俺は動けなくなった。
何所か遠くから、なる達の声が聞こえてくる。
しかし、いつしか耳から遠のいでいった。
静寂が流れる……いや……
静寂はガラスのように張り詰めていた。
「なんやの……?」
不意に沈黙を破るように、キツネの唇が静かに動いた。
彼女は顔を伏せていた。
前髪が目を隠し、その唇は恐怖に震えていた。
俺はそれをみて、言葉を飲み込もうとしたが、唇をかみ締め静かに言った。
「―――日曜日に花見をしようと思っているんです……キツネさんも出てくださいね」
自分の震えを押さえ込むように、俺は彼女に話し掛けた。
俺は必死だった。
こんな彼女を見たくなかったから。
俺の所為で……彼女を傷付けた償いをしたかったから………
「はなして………」
彼女が静かに言った。
声が少し……湿っていた。
「……来てくれますよね?」
俺は再び問い掛ける。
その瞬間、彼女の前髪の後ろから何かがこぼれ落ちた。
それは涙だった……
「――――――離してや!!」
彼女の叫び声に俺は咄嗟に手を離してしまった。
刹那、彼女は俺に背を向けて、俺から逃げ出した。
俺はその場から動けずに、ひたすら彼女の後姿を眺めるしか出来なかった。
彼女が廊下を曲がる。
俺の視界から彼女が消える。
俺はいつまでもその場に立ち尽くしていた。
俺の思考はもう働かなかった。
ただ、わかったのは……
――――拒絶――――
蛍光灯の光が俺を続けていた。
それから永遠に感じる時を迎え、俺は、重い足を床から引き剥がすようにその場から移動した。
『離してや!!』
彼女の言葉が頭の中を反響する。
それは完全なる拒絶だった。
俺は自らを呪った。
何故、あんな事をしてしまったのだろうか……
明確だった。
ただ、自分が楽になりたかったから……
キツネという重荷を俺の胸から降ろしたかった……ただそれだけ・……
そう思った瞬間、俺は横にある柱を、思いっきり―――――――殴ぐりつけた。
―――――甘えるな。
俺は頭の中でそう叫び、何度も柱を殴った。
手の甲は次第に紅く染まっていく。
骨が悲鳴をあげ、柱に紅を染めていく―――――
でも、俺はその行為を止めようとしなかった。
ただ、自分が酷く憎かった。
彼女の傷を広げた自分が憎かった……
俺は拳に走る激痛に、殴るのを止め、嘆いた。
どす黒い、コールタールのような想いが俺を犯していく。
俺は手を抑えながら、彼女の消えた角をじっと見つめた。
彼女はもうそこにはいない……
時間は決して戻らない。
そして…過去もまた、刻み込まれた深い傷跡として残りつづける……
そして、骨が砕けんばかりの力で俺は
自分の頬を殴った。
後書き
えー、こんにちは。フェイカーです!
期末テストがありまして、ほとんどかけない状況でした……しかし、書き始めるとすらすらと一日で書き終える始末 (;´Д`)
調子がいいんだか、悪いんだか……
テストはというと―――――散々な結果で、進級が危うい状況…… illi orz illli
今回の話は自分的にいい出来だと思います!! (うわっ、自己自賛しやがった…… (゚Д゚#)ゴルァ!!)
これからも頑張っていくので、応援よろしくお願いします!!
ps、修正しました、いくらかよくなったと思います……読み返しは大切ですね(;´Д`)